7.学校での実践例(3)

「直接交流で英語をブラッシュアップ」

 

 本校は生徒数約840名の公立商業高校で、女子生徒が9割近くを占めています。5年前から文部・通産・郵政各省の指定を受けて、国際コミュニケーションコースの生徒を中心にインターネットを利用した国際交流に取り組んできました。

 英語科教員はこれまでサポートの形で授業時間外に指導をしてきましたが、今年度は商業科枠の「英語実務・国際理解」のTT授業(商業科1名、英語科1名、ネイティブのAET1名の計3名)に正式参加し、この2学期?3学期に2年生の授業で交流を行いました。

 1学期はパソコンやソフトの扱いの習得にあて、アメリカの新学期である9月から交流を始める形式は、この5年間の取り組みの中で確立したスタイルです。5年前から英語中心のHPを立ち上げていたため、海外からの交流依頼のメールはよく届きます。今回の交流もそんな1通のメールからスタートしました。

 アメリカはノースカロライナ州にあるマクマイケル高校の学生で、日本語の授業を選択しているパトリック・マクフォール君とクリス・マコーラム君が8月中旬に交流依頼のメールを送ってきたのが、そもそものきっかけでした。

 教科担当のユウコ・ノートン先生に正式にメールで連絡を取って交流の段取りを決めました。週3時間の授業の内1時間をメールの時間とし、ほぼ週1回のペースで交流をしました。先方とこちらの生徒でメールペアを作り、自己紹介から始まり、学校行事やお祭りなどを紹介しあったりさせました。

 使用する言語は日本語(ローマ字打ち)と英語をほぼ半々で使用しました。英語については、生徒たちが伝えたいと思われる内容の例文集を私が事前に作り、それをアレンジする形で作文させました。あらかじめ家で作文してくる熱心な生徒もいました。

 意外な盲点が日本語のほうで、英語と違ってリラックスして書くためか、アメリカの生徒には少々くだけすぎていて理解不能な部分が多々あったようでした。

 

年末にはそれぞれ手作りのクリスマスカードと年賀状を交換しました。デジタルだけでなく、やはりアナログも必要です。

 

ノートン先生は近在する二つの高校で半年ずつ教えている方で、この1月中旬が異動の時期でした。一旦交流の区切りをつけるという意味で、先日アメリカと直接結んでテレビ会議を行いました。

 先方の学校では機材が揃っていないとのことで、近隣にあるロッキンガム・コミュニティー・カレッジのトゥイーディ準教授のご厚意で、同学のコンピュータ・ラボを使用させてもらうことになりました。

 14時間の時差がありますので、早朝登校可能な生徒数名と共に午前7時30分に会議をスタートしました。メールで交流していたペアの相手と初めて顔をあわせ、改めて簡単な自己紹介をしあいました。

 1時間目になって全員が揃うと、マクマイケルの生徒がパワーポイントで作成したプレゼンテーション(七五三や感謝祭など日米の年中行事の紹介など)を画面上で披露してくれました。こちらの生徒はその出来映えに感心していました。内容はどうやって調べたか聞いたところ、インターネットで検索したとのことでした。

 テレビ会議用のソフトであるネット・ミーティングでつながっていると、片方で立ち上げたパワーポイントの画面を相手の画面に送ることが出来ます。非常に優れたシステムだと思います。

 この会議の様子は、両校のHPで紹介し、また準教授が地元の新聞社にニュース原稿を投稿する形で掲載されました。

ノートン先生が、モアヘッド高校へ転勤されて、メール交流を始めました。施設設備や日本語の進度の関係でモアヘッド側では7名の生徒のみの対応となりました。こちら側も学校行事の関係でコンピュータ室を使える授業が少なくなってきたので、メールを続ける意志のある者を募り、授業外の時間でメールを続けさせました。また、一旦打ちきりとなったマクマイケルとのメール交流ですが、一部の生徒は、住所や個人のメールアドレスを交換しあってメール交流を続けています。

モアヘッド高校でメールを行っている生徒たちは、いずれも個性豊かな生徒たちばかりです。

中央の背の高いグレゴリーは作曲が趣味で、自作曲をメールに添付して送ってきてくれました。

生徒たちの背景に写っているのは、依然西陵から送った生徒のデジカメ写真です。ノートン先生がモアヘッド高校に転勤してすぐに、生徒の交流意識を高めるため、教室の壁に西陵商業コーナーを作られました。

 2回目のインターネット会議は約1ヶ月後の2月25日に行いました。今度はこちらからプレゼンテーションを行うため、生徒を5つのグループに分け、日本の学校生活や、日米の簡単な文化比較をテーマとしたパワーポイントのスライドショーを作成させました。

 商業科の先生にパワーポイントの操作の指示をしてもらって私は説明文の英語の添削に専念しました。

 2週間ほど前から準備を始めたのですが、デジカメやスキャナーで画像を取り込んだり、スライド用説明文の入力、口頭説明用の英文の入力など、授業後も多くの生徒が残って頑張って作成しました。

 生徒が口にすることは、伝える相手がいるから頑張って英語で書くんだ、ということです。「言葉はコミュニケーションの手段である。」この言い古されたような大切なことを、素直に実践している生徒の姿は、素晴らしいと思います。

 今回アメリカ側はノートン先生が教えているマクマイケルとモアヘッド両校の生徒が集まってくれて、一つ一つのプレゼンテーションが終わる度に大きな拍手をしてくれました。こちらの生徒たちはその拍手を聞いて、満足そうな顔をしていました。

 最初はお互いのスクリーン解像度が異なり、こちらのパワーポイントの画面が先方ではみ出してしまうトラブルもありましたが、その場で直接トゥイーディ準教授からネット経由でアドバイスをいただき、正常に表示できるようになりました。こんな時にインターネットのすばらしさを感じます。

 日本人式の発音の英語による説明がやや聞きづらかったが、スライド上の説明文が英語で丁寧に書いてあったので理解に支障はなかったと言ってもらって、ほっとしました。ノートン先生も、次にアメリカの生徒が日本語でプレゼンテーションを行うときは、頑張って英語なまりの日本語を聞き取って下さいとおっしゃっていました。

 先方では新聞社がこの2回目の会議を取材に来ており、翌日の新聞の教育欄に大きくカラー写真入りで紹介されました。

 現在3回目のテレビ会議を3月中旬に計画中です。次回は、モアヘッド高校の生徒によるプレゼンテーションが企画されているので、西陵の生徒は楽しみにしています。

 このテレビ会議自体は、まだ「こんなこともできますよ」というレベルのものですが、技術的なことも含めて、日常の授業の中で無理なく位置づけることができるようになれば、国内国外を問わず、遠隔地の生徒とリアルタイムで意見交換が出来るチャンスを、生徒に与えることができると思います。

 国際交流というと、「日本側のみが英語を努力して使う」形が多いですが、そんな交流を私は「植民地的交流」と名付けています。双方がお互いの言語や文化を尊重して学びあってこそ、本当の交流が図れるはずです。

 4年前にインターネットによる交流を始めたときは、英語による交流がほとんどでしたが、やはりこちらの生徒の負担が大きいことと、先方が少し内容的に退屈してしまう傾向があり、なかなか長続きしないこともありました。また、これは個人的な資質によることですが、先方の担当教官が生徒のメール状況をきちんと把握してくれているかどうかも、交流継続には重要な鍵となります。メールを出す場合、コンスタントに返事が返ってくるということがモティヴェイションに大きな影響を与えます。先方から交流以来をしてきたにも関わらず、まともに返事を返してこないのですぐにとん挫してしまったこともありました。

しかし、先方が日本語を勉強している場合は事情が全く異なります。日本のことを学びたいという姿勢は、こちらの生徒に対してよい形で伝わってくるものです。

メール交流の中で、お互いが作る文を添削しあうパターンも自然発生的に始まります。そして、それは決してあら探しのようなトーンでなく、必ずお互いの努力をたたえる言葉が添えられているのが素晴らしいと思います。

まだ未確定の部分も多いのですが、この夏には名古屋で行われる高校生の国際会議にマクマイケル高校とモアヘッド高校の生徒を招く計画も浮上しています。そうなれば、授業に参加してもらうなどして、より密度の濃い国際交流の実践が出来ると思います。

インターネットが普及する前は、高校レベルで国際交流を行うには、よほどのことがなければ、日常的には考えられないことでした。そんなことが、たった1通の電子メールから始まり、実際に会えるかも知れないところまで発展するということは、本当に素晴らしいことだと思います。

これからも、このような交流を生徒にできる限り多く体験させていきたいと思っています。


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