4章 今後の展開と課題

 我が国においては、これまでの学校のインターネット利用では、目的として明示されたのは、学校内のPCをインターネットに接続し、インターネットを活用した教育活動を行うことであったが、実際には学校内において校内ネットワークシステム(校内LAN)を構築・運用する事例はかなりあったものの、校内LANの構築・運用が全国共通の目標として提示されることはなかった。新千年紀(ミレニアム)記念事業の一環として行われる「教育の情報化」の事業においては、バーチャル・エージェンシー「教育の情報化プログラム」において示されているように、学校内のパソコン教室は勿論、普通教室や特別教室に配置されるPCをネットワークで接続し、このネットワークをインターネットに接続することが目標として提示されている。

 早くは100校プロジェクトの時期(1995-1997)から,このプロジェクトの対象校において、インターネットに接続していた各1台のサーバ及びクライアントコンピュータに加えて学校内の他のPCを繋ぐネットワークを敷設し、校内LANシステムとしてインターネットに接続した例は多数あると報告されていた。

 都道府県や政令指定都市の教育委員会の中には、域内の学校のネットワーク接続計画において校内LANシステムの構築を明示する場合もあり、多くの県立高校では校内LANシステムが構築され、運用段階に入っている。また市町村教育委員会でも同様な計画を持ち、既に域内の半数以上の学校で校内LANシステムが運用されている例がある。例えば、千葉県柏市では市立学校50校の中で既に30校余がインターネットに接続し、これらの学校では校内LANシステム運用されている。

 上記以外の場合でも、インターネットに接続している学校の中で、校内のPCを相互に接続するために教員達の手によるケーブル敷設等の努力によって手作りの校内LANが構築されている事例も少なくない。

 校内LANの構築方法には、(1)いわゆる専門業者による場合、(2)学校内に教員(場合によっては生徒も参加)による場合、(3)学校外のボランティア活動による場合がある。

(1)専門業者による場合

 都道府県、政令指定都市や市町村教育委員会の計画に従って校内LANが構築される場合には、校内のケーブル敷設工事のための予算が確保されるので、専門業者による方法が採られる場合が多い。この場合、それぞれの学校がある地域のケーブル敷設業者やPC等を販売する業者等が工事を担当するが、工事発注部門がそれぞれの学校の利用目的を実現し、近未来への拡張性を考慮した工事を実施できる仕様を示し、また、データの保護及び個人情報の漏洩防止に関する「善良なる管理者の注意義務及び秘密保持義務」を契約書に明記する契約を行うことが必要である。全国的にみた場合、今後学校ネットワークの安定運用実現の見地から、どの地域にも、コンピュータネットワークの工事を担当する技術と経験をもった事業者が育成されること及び適正な価格での受注能力の養成が重要であるため、それぞれの地域の教育行政機関は、学校現場でネットワークの運用に携わる教員等の意見を聴取し、地域行政を担当する他部門と協力しながら、ネットワーク構築と運用支援の事業者の育成と競争市場原理の普及が望まれる。

 しかし、最近の現状をみると、一部の学校では、実際に事業者の手によって校内LAN構築の工事が実施されたものの、実際には目的とした機能を実現できない場合があったりし、そのために学校現場でのネットワーク利用が行われていない例が見受けられる。校内LANの構築作業の中で、ケーブル敷設作業では問題が生じることは少ないが、サーバーの設定、IPアドレスの設定、DNSの設定等では、事業者側の知識や経験の不足のため、適正な設定が行われないまま放置される場合が見受けられる。この場合、実際に作業を担当する要員が契約した事業者ではなく、下請けや孫受けの事業者であったりして、責任ある工事が行われないままになっているケースが多い。この種のケースは契約者の責任からみても論外な問題である。当該学校内にネットワークやコンピュータシステムの知識を持ち、利用にも熱心である教師がこのようなケースに遭遇すると、問題点を事業者に指摘したり、発注者である上位機関に報告したりするので比較的迅速な問題解決が行われるが、そのような教師が少なく、教育の情報化に消極的な空気が支配的である場合、問題のある事態は追求されることなく放置されている。校内LAN構築工事受注者の技術レベルの審査や検収・検査体制の強化やこの種の問題に対する契約上の責任明確化等の措置が必要である。

(2)学校内に教員による場合

 この場合は必要に迫られ、予算の制約の下で、必要最小限のネットワークを構築する場合が多い。これは、1994年以前、我が国の大学の学内の学科や研究室で、必要に迫られてEther ケーブルを張りまわしてTCP/IPネットワークを構築した、アドホック(ad hoc)ネットワークと同様な校内LANである。このような校内LANは、比較的少数の教員達が、時には生徒達も交えて、校務の合間を使い、少しずつケーブル敷設を行って構築している。学校の隅々にまでいきわたり、システムとして必要なすべての機能とコンピュータ資源を持ち、システムやデータ保護の機能も具備するような本格的な校内LANシステムに比べれば、不十分なネットワークであり、将来は本格的LANシステムによって更新されるものではあるが、当面の必要性に対応するために不可欠なネットワークであるため、その利用を通じてネットワークの利用技術等を実践的に身につけるのに重要な役割を果たしている。そのため、自力で管理運営し、注意深い運用によってシステムやデータの安全性が保たれる規模、欲張り過ぎない規模で運用されることが望ましい。

前出の第3章において述べられている瀬田小学校における校内LANは、この種の構築例の一つである。そこでは、この仕事を担っている教師の知識と経験の豊富さ、そして長期にわたるネットワーク利用環境整備の努力の蓄積によって、目的とするネットワーク利用が実現し、小規模ではあるが、外部からの不正アクセスに対する防御機能も備えている。

(3)学校外のボランティア活動による場合

 最近は、ネットデイ(net day)と呼ばれるイベントによって学校内のネットワークが構築される例が増加し始めている。ネットデイは一時期の北米で盛んに行われたことで有名になったが、昨年から我が国でも、これを踏襲するような活動が各地で始まっている。ネットデイの主体は学校のネットワーク構築を支援するボランティアの活動であり、このボランティア活動については、その意義と特徴の一般的な側面について前出の2.3節で述べられているが、本企画においても、滋賀大学附属小・中学校の校内LANのケーブル敷設作業と墨田区立墨田中学校の校内LAN構築において、ネットデイ型の作業イベントの実践が行われた。それぞれの経過、システムや成果と評価につては、前出の3章で述べられている通りである。

 上述の専門業者による校内LAN構築の場合において指摘した、構築作業終了後のシステム設定状態チェックの重要性はボランティア活動による校内LAN構築の場合でも同様である。ボランティア活動の場合、あらかじめ構築後のシステム運用状態チェック等のフォローアップ作業を準備しておかないと、問題発見後の迅速な対応は比較的困難である。

 滋賀大学附属小・中学校の校内LANの場合、今年度のEスクエアプロジェクトに事業の中で行われた事業は、滋賀大学のネットワークシステムの内部に含まれる自律的なサブシステムとしての附属中学校ネットワークのケーブル敷設と附属小学校ネットワークシステムの拡張工事であった。この二校のネットワークは大学のネットワークの内部に配置され、大学ネットワークの部分システムである以上、セキューリティ管理等運用システムは全システムの一環として措置されるものである。

 墨田中学校の校内LANの構築は、全く最初からのLANシステムの構築例であり、それまでの墨田区内の区立学校はインターネットに接続していた学校が皆無であったことから、インターネットへのアクセス回線メディアの採用も含めて、墨田区における学校ネットワーク構築のプロトタイプ作成の意義をもつものであった。校内に分散配置されている既設のPCや、この際に導入された中古のPCをすべて接続し、今後追加されるであろうPCの接続も考慮した文字どおり全校内に行き渡ったケーブル配置、校舎間接続や防火壁横断に用いられた無線接続方式の採用、全ネットワークを独立な三つのサブネットワークで構成する校内セキュリティ確保の技術運用、外部からの教育に不適切な情報に対する遮蔽措置及び不正アクセス防止措置等、丁寧に配慮された設計によるシステムが本Eスクエアープロジェクト事業の一環として実現した。

 校内LANもシステムとしては一般的なLANシステムのカテゴリに含まれるシステムであり、LANの設計と構築については、既に多くの経験や知識が発表され、多くの技術やノウハウの蓄積があるが、実際の校内LANの構築では、建物の条件、PC群の用途と配置場所、アップリンク通信メディア、各種サーバの種類や性能・容量等が学校によって異なり、そのような大きく、また微妙に異なる条件に合わせ、しかも、企業や大学と比べると、LAN構築の予算規模が圧倒的に少ないという条件も加わって、個々の校内LANの実際の構築では、具体的な設計も作業計画も、真剣に、かつ丁寧に取り組まなければならない仕事になっていた。校内LANシステムの構築と運用の作業の性質としては、構築は校内全域のケーブル敷設を例えば1日位の短時間で実施しようとすれば、人力(マン パワー)を多量に必要とする特徴を持ち、運用においては、日常的な最低限度の運用管理、障害調査や原因究明、障害回復措置等では必要なのは人力ではなく、システム管理者の技術力の高さと経験量の大きさである。したがって、システム構築では、システム設計や構築準備作業は別にして、構築作業(ケーブル敷設、PC等の接続とOSやネットワークシステムのセットアップ)はネットデイ型作業イベントに向いていて、本企画の実践例でも、成功を収めているといえる。しかし、構築に先立つ、現地調査、システム設計、構築準備作業等においた必要とせれるのは、人手に関しては、量より質である。ネットデイ活動で校内LAN構築全般を完成しようとすれば、それに取り組むボランティアグループは、量も質も兼ねそろえた集団である必要がある。

 一方、構築後の校内LANの運用では、前述のように、人手の量よりボランティア等の質が必要とされるので、前述の校内LAN構築の3方法すべてに共通して、校内LAN運用の仕事を二つに分類して、その担当を考えた方がよいであろう。日常的なシステム管理の仕事は学校内で管理者と定めて、その管理者が担当する。その他の方法は現状では実現がより困難であろう。学校内管理者は、必要な研修の機会と資料やヘルプディスクの配備等の便宜を措置し、制度的位置付けによる職務・責任とこれに見合う報酬(手当て)の制度の実施が必要である。障害への対応の一部はこの担当者の仕事に含まれるが、担当者の手に負えない障害の対策等の必要性は、共通認識としなければならない。これは、地域によって対応が異なるかもしれないが、LAN構築を担当する業者や地域のネットワークボランティア(個人またはグループ)がこの対応や支援を担当することが必要になると考えられる。このためにも、ネットワーク活動を行う地域のボランティアの活動の継続化を考慮することは重要である。多くの地域における非営利特殊法人(NPO)等の法人格をもつネットワークボランティア組織誕生は、この方向性をもつ動きとなろう。


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