産業界においては、通信機能を持つ情報端末機(モバイル)を社外に持ち出して<いつでも・どこでも・必要な情報を入手・活用・伝達できる>というコンセプトのもとに情報の送受信や処理を実現するシステムの構築が進んでいる。
このシステムが教育現場でどのように活用できるか、また活用するための必要な要素は何かの研究を進める。
モバイルそのものの持つ機能とそれを取り巻く情報提供サービスをもとに教育現場(野外学習、登下校時なども含む)での有効利用形態について実証実験を行う。
実証のため実践校の実情に合ったモバイル機器と携帯電話やPHSなどの通信機器を貸与し、さらに通信費用やプロバイダ契約料の負担を行う。
得られた実証実験の経過を公表する。
企画を進めるにあたって中心となって推進する学校の責任者を含む学識経験者による「モバイル活用の実践研究ワーキンググループ」(以下モバイルWG)を設けた。
また、サーバの設定や運営にあったって専門的助言を得るため企業からの参画もお願いした。
このWGでは教育現場でモバイル活用実践研究が効果的・効率的に推進されるよう会合を開き、専門的見地からの活発な討議を行った。
最終的には報告書作成のため、編集方針の検討や、報告書執筆も依頼した。
また、常時オンラインでの意見交換が可能なようにメーリングリストを活用した。
モバイルWG会議の開催日および主な検討項目は以下の通り。
第1回 平成11年12月6日(月)
第2回 平成12年2月5日(土)
モバイル活用の実践研究ワーキンググループ委員名簿(敬称略:順不同)
区分 |
氏名 |
所属 |
主査 |
後藤 邦夫 |
南山大学 経営学部 教授 |
委員 |
影戸 誠 |
名古屋市立西陵商業高等学校 教諭 |
委員 |
小林 道夫 |
神奈川大学附属中・高等学校 教諭 |
委員 |
荒川 昭 |
慶應義塾普通部 教諭 |
委員 |
辻 陽一 |
帝塚山学院泉ヶ丘中・高等学校 教諭 |
委員 |
中島 康明 |
大阪府立盲学校 教諭 |
委員 |
白根 誠 |
株式会社 内田洋行 |
本企画実施のため、インターネット教育利用の過去の実績やネットワーク環境の状況を事前調査後、候補の各校を訪問し参加意志の確認やネットワーク環境の面談調査をを行い以下の5校を実践校として選定した。
1.大阪府立盲学校
2.帝塚山学院泉ヶ丘中高等学校
3.名古屋市立西陵商業高等学校
4.神奈川大学附属中・高等学校
5.慶應義塾普通部
企画実施にあたりコスト面での検討に加え、モバイル機器については販売実績とサポート体制を重視し、携帯電話やPHSなどの通信機器は日本全国でのサービス網を広範囲に有する企業を採用した。
平成11年度より学校教育においてモバイルプロジェクトを推進することとなった。
インターネットに接続された端末の元に生徒が行くのではなく、生徒が端末を持ち運び、自由な環境で生徒が主体的に活動することが可能となった。
この企画は大阪・名古屋・東京各地域の中学・高校・盲学校によって取り組まれ成果を得た。ここにそれらを概説する。
(1)新しい教育の形
日本はこれまで教育改革に取り組んできた。しかしながら生徒の感性(見る、聴く、話す、操作する)から考えてみると、やはりチョークが主流であり、1対40の一斉授業が行われている。
このモバイルプロジェクトにおいてはその生徒の視線を開放し生徒主体の学習への取り組みが見られる。
(2)観察学習
カメラのついたモバイル端末によって教室から生徒たちは解き放たれ、植物の観察をカメラに収め、さらに質問事項を先生に送り、指示を受けるなどの活動が可能になった。
またこれらの画像はデジタルであることから、後のまとめ、プレゼンテーション、さらには画像の共有、再加工が可能となり、モバイル活用によって生徒の活動がクローズアップされ、学習効率を高めている。
具体的な活動を探ってみると、
といった活動となる。
これらの活動によって、何よりも生徒の主体性が尊重されることとなり、学習意欲が喚起され、さらにグループ学習が確実にデータの蓄積、共有といった形で実現していく。
このケースではさらにそのデータをプレゼンテーションによって他者と共有できることから、相互学習も可能となる。
(3)修学旅行、フィールドワーク
志賀高原にスキー修学旅行に出かけた報告がある。また韓国修学旅行の報告もある。
このように、国内・海外研修場所からの報告は、学校に残る生徒・教員のみならず、現地に生徒を送っている家庭にとってもこの種の報告は安心を得る大きな材料となる。
またモバイルの特徴として現地の画像を送ることができ、それも掲示板、Webへの掲載の形となると多くの生徒・教員にとって貴重な教材となる。
2年生で修学旅行に出かけるのであれば、体育館に集合した1年生と現地とのやりとりは、1年生にとっては大きな動機付けとなる。
またこのような活動は、モバイルの可能性を保護者に伝え、家庭に向けての重要な情報教育ともなり得る。
(4)リアルタイムセッション
今回提供されている64kbps通信の環境は、リアルタイムセッションにも十分に可能な帯域であることが報告されている。
札幌―東京 札幌―福井 東京―名古屋などの報告があるがどのセッションも問題なく実施された。
リアルタイムセッションが授業の中にも取り入れられる日も近いと思われるが、小学校段階では、先生がモバイルを持ち、児童の要求に合わせて必要な画像を送りつつ、授業を進めることも可能となる。
また国際的な連携において、相手国の要求に合わせて動画・音声を送るという企画も今回出されている。
(5)モバイルリテラシー
生徒の活用を考えたとき、どのように基本的な技術を習得させるのかが問題となる。
今回の報告では、電子メール送信、あるいは掲示板への書き込みという一般的な技能より、送信したい場所、野外、家庭からの接続に問題があったことが報告されている。
PHS端末からの接続が無理であれば家庭からは電話のモジュラーケーブルを使うなどの指導が今後必要になってくる。
(6)コミュニケーションの質
今回のモバイルプロジェクトで生徒のコミュニケーションの量が増大している。
東京―大阪―名古屋と拡大するだけでなく、さらに盲学校―私学―公立―普通科―職業科とコミュニケーションの輪が自然と広がっている。
メーリングリストなどの機能もそれを大きく支えているが、ここで注目したいのは生徒個々人が積極的に発信していることである。
どこからでも、いつでも発信できるモバイル環境は生徒たちの生活の質そのものに大きな好影響をもたらしている。
(7)バリアフリーとしてのモバイル
「電話線や、LANがあるところまで行かなくても接続できるのでたすかりました」視覚障害を持つ生徒からの感想である。
大阪府立盲学校からの報告によると教室において、線がないことから自由な教室設計が可能となり、さらに転倒、機器の破損が無いことが報告されている。
また生徒が主体的に取材した教材データ、教員提供のデータは当然のことながらデジタルである。このことによって、視覚障害者の程度に応じた加工が可能となっている。音声化、画面の拡大、色調変更などである。
意欲を高めるモバイル、視覚障害の程度に応じたデジタル素材の再加工、これらは大きなモバイルの特性として今回クローズアップされてきた。
またこのような特性が「健常者」と「障害者」の壁と取り除く大きな力を持っていることが確認できている。
「健常者」側からもどのような形の情報提供が「障害者」にとってやさしいものかの模索も始まっている。
(8)心の癒し
電子メールの秘密性、記録性からモバイル活用を考えるとき、現在日本の土壌にはなかなか根付かない「学校カウンセリング」での可能性がクローズアップされている。
本プロジェクト指導教諭の中に「学校臨床カウンセリング」修了者がいる。文面には具体的に出てこなかったが、秘密が守られ、誰にも察知されることもなく、相談できるモバイル環境が生徒の心の癒しにつながっていることが報告されている。
モバイルという機械が暖かさを生徒にもたらしている一側面であろうか。
(1)時期の問題
今回のプロジェクトは学校に端末が行き渡り生徒の実際の利用開始時期が早いものとは言えなかった。多くの可能性を持つモバイル利用である。
生徒に十分な活用期間を保証することによって、大人からは見えない利用方法、教育の質的変化を期待することができる。
学年開始時期からの活用を期待したい。
(2)セキュリティ対策
今回のモバイルプロジェクトにおいては掲示板の活用によって情報共有する生徒たちの姿が見られた。
しかしながら生徒がアクセスしやすい環境を提供するとき、セキュリティの問題もクローズアップされる。
今回の設定はタグの禁止など一定の制約を設けたがこのような工夫がさらに継続されていくことが望まれる。
(3)地域・家庭との連携
調べ学習、さらにはレポートまとめ、海外・日本のキーパルとのコミュニケーションと家庭でのモバイル利用が今後も期待できる。
「何か分からないが、一生懸命パソコンをやっている」だけで家庭で評価されることは残念である。
家庭内でのコミュニケーション、すなわち生徒と家庭を結ぶ様な活用が期待できないであろうか。また地域に対しても貢献のできる、情報ボランティアにモバイルを活用する工夫が創造性豊かな生徒たちから出てくることを期待する。
(4)世界に誇る日本の技術
モバイルの言葉も定着し、生徒の利用も可能となりつつある。
しかし、考えてみるとPHS始めモバイル通信技術は日本の英知を集めたものである。この教育利用は日本独自のものであり、世界に対して提案できる、技術・内容である。
この特性を理解し、インターネットを介した交信だけでなく、端末間のパケット送受信によってより高い質の画像、音声のやりとりが可能となる。
このような視点から、インターネットに依存しない実験も取り組んで行きたい課題でもある。
(5)台数
今回のプロジェクトでは4台の端末が各校に割り当てられた。使用期間を割り振る、グループで活用するなどそれぞれの学校で工夫が見られた。
しかしながらモバイルの可能性が日本が特化できる通信技術であるとするならば、実際の授業で常にモバイル活用の授業が成立するだけの台数を確保したい。
40人学級として1クラス最低20台の環境を設定し、モデリングできるだけの「授業実践」の積み重ねを期待したい。
(6)企業との連携
今回、モバイル通信という新しい分野への挑戦であったため、ワーキンググループに企業SE(内田洋行)を配置した。このようなヘルプデスク的な役割をしてくれる技術者がいたことから、技術的な解決へも容易に取り組むことができた。
このような企業と学校現場との連携も今後継続して行くべきであろう。
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