「キッズメール」の特長を以下に記す。
提示された質問に対して,シンボル(絵と文)を選択するだけでメールの文章が自動的に作成できる。
メール送信先のアドレスを入力することなく,顔と名前の一覧から選択して送信できる。
メール送信元である自分のメールアドレス,パスワード等を入力することなく,顔と名前の一覧から選択してメールを利用できる。
メールの送信では,送信元と送信先の顔と名前を表示し,アニメーション提示する。
メールの受信一覧では,登録されている相手からのメールには顔と名前を表示する。
質問文,回答選択肢,作成したメール文章等を音声合成で出力できる。
キーボード・ナビゲーション機能をサポートしているので,マウスの操作が困難な子どもは,1〜2つ外部入力スイッチを利用して操作できる。
ビデオカメラ,カラーイメージスキャナから,子どもの身近な事物(絵,写真等)を取り込み,利用できる。
9月14日と10月22日の委員会で,誰にどのような方法で評価して頂くかを検討し,準備期間を経て,実際には11月中旬から,教育現場での評価を開始したが,計画の始動時期が遅かったため,実質的に,約一ヶ月間の評価期間しか取れなかった。短い評価期間では,校内で円滑に評価システムを運用し,じっくり腰を据えて評価していただくためにも問題が多く,今後,同様のプロジェクトを推進していく場合,プロジェクトの立ち上げ時期をもっと早い時期に設定する必要があるという,大きな課題を残した。
また,苅宿委員の関係で,大学生から,「児童生徒の遠隔コミュニケーションを支援するためのメール・ボランティアをしたい」との申し出があった。そこで,評価プロジェクトに参加した児童生徒用のためのメーリングリストを運用することにより,より緊密で楽しいコミュニケーションの効果が期待されたが,事務局で用意したアカウントによるメールの送受信が一部出来ないなどの技術的な問題から,実施できなかった。
評価の先生には特殊教育のメーリングリスト(ML)に参加してもらい,評価に関する意見交換,技術的な質問等,活発な意見交換が行われた。(2月28日現在:192件)
しかし,ごく短期間の準備期間・評価期間にも関わらず,全国各地の障害児学校のご協力により,盲学校での事例を含めて約20ケースについて評価して頂くことができた。
児童生徒の障害の程度についても,知的障害が中軽度で,肢体不自由についても,重度・中度・軽度,それぞれについて評価を得ることが出来た。
以下,各試用事例について,児童生徒の障害の程度・入力方法・試用形態・評価担当者の所感の順で,要点のみ列記し,最後に典型的な一事例について,少し詳しく報告する。なお,評価方法については,評価シート(図4.16)を参照のこと。
○肢体不自由〔中度〕〔脳性麻痺〕知的障害〔中度〕・マウス・休み時間
試作品ということであるが,指導者が質問等を追加していくことで十分使用出来るソフトである。生徒に合わせたねらいを設定しやすく,実用的である。画像の選択で文書が表示,保存,印刷できるので,メール以外の使い方も考えられる。
○知的障害〔中度〕・マウス,クラブ活動・休み時間
知的障害の生徒に使用させる場合,画面が楽しく,操作に意欲を持ちやすいように思うが,個々人にあった質問の準備が大変である。給食や勉強ではかなり具体的なことを書きたがる場面があった。
○肢体不自由〔重度〕〔脳性麻痺〕〔病弱〕知的障害〔中度〕・マウス,養護・訓練
画像が明るく好印象がもて,音声での確認ができるのがよい。
○知的障害〔中度〕マウス,放課後(自宅にて)
全体的に見てとても良くできていると思います。親が文章を増やせば,それだけメールの内容が充実すると思いました。
○キーボード入力等の細かな運動はむずかしい・知的障害〔中度〕マウス,放課後・寄宿舎での余暇活動
「寄宿舎生の母親とのメールコミュニケーション」という環境で使用させていただいた。母親からの返事を楽しみにしながら,家に帰ってからの話題もはずんでいるという母親の感想をいただいた。
○肢体不自由〔重度〕〔脳性麻痺〕知的障害〔軽度〕操作スイッチ1点(ボタンマウス),養護・訓練
教員の準備は大変だが,その過程でねらいが整理されていいかもしれないと思います。ソフトの骨格自体は実用的でとてもすばらしいと思います。
○肢体不自由(軽度) 左手 脳性麻痺 知的障害〔中度〕マウス,生活単元学習
知的障害児が使用できるソフトはまだ少なく,メーラだけでなく多くのソフトができるといいと思う。その意味で,こうした取り組みは,現場と開発者をつなぐ大切な場であり,ありがたいことと思っている。
○肢体不自由(中度) 脳性麻痺・両手内尖・左足内はん 知的障害(中度)ひらがな50音はほぼ理解しているようであるが,書き取りは筋緊張のためほぼ読めない。また,言語障害のため発音は「アー」程度 キーボード(tab
, enter ),国語
児童生徒が使う上ではたいへん操作しやすく,また理解しやすいソフトと思う。しかし,準備をする教師にとってははじめから個別に作成するのにはたいへんである。
○肢体不自由(重度) 進行性筋ジストロフィ 知的障害(中度) マウス,養護・訓練 放課後
本校のような障害を持った児童生徒で,メールに興味を持った生徒が,初めて使うソフトとしてはよくできていると思う。また,メールを経験させたいと思っている先生が,少しの努力で生徒に使わせることができるのですばらしい。でも,たくさんの児童生徒や多くの先生が日常的に使うには,まだ改良の余地があると思う。
○肢体不自由〔重度〕〔ダウン症:環軸椎脱臼による四肢体幹機能障害,自力による座位保持は不可能〕 知的障害〔中度:3歳児程度〕〔気管狭窄に伴い気管カニューレを装着しており,発声できない〕 マウス,養護・訓練
本ソフトの開発目的や用途から考えれば,このプロトタイプはかなり良い出来上がりだと思います。子どもの写真や絵をキャプチャーする機能や質問文章や作成文章をカスタマイズできる点もたいへん有効な機能だと思います。
○肢体不自由〔中度〕〔脳性麻痺〕 知的障害〔中度〕 マウス及び2点スイッチ,養護・訓練
設定されたテーマの枠の中での文章作成に,子どもは違和感や不満を感じないかと心配したが簡単にできあがっていく文章をとても喜んでいた。文章指導をしている学級担任も,テーマの設定が自分ではなかなか難かしいところなので,テーマを選択できるようにして内容を誘導していくようなこのシステムは,子どもにとってとてもいい経験だと感じると話していた。・・・保護者に協力依頼をしたところ,そのような目的なら是非にとの快諾を得た。肢体不自由により自力での移動に制限がある場合,卒業後のコミュニケーションをどのように確保するかは,非常に大きな課題である。子どものためにパソコンを買おうと考えている保護者も多くなっており,メールを使ったコミュニケーションの可能性に期待があるように感じた。
○知的障害,マウス クラブ活動,養護・訓練,休み時間,放課後
文字が画面の大半をしめ,別に絵が端にあるので,絵と文章を結びつけて理解することは困難。
○ 知的障害〔軽度〕,マウス及びキーボード,情報の授業
(以下,生徒自身の感想をいくつか紹介する)
[良かった声]
声にあわせてやるのが面白かった。
手紙の内容をコンピュータが考えてくれるので良かった。
好きなタレントや,歌手が表示されれば良かったです。
文字を一つ一つ打たなくていい部分が良かった。
メールははじめてやって楽しかったです。もう一度やってみたいです。
手紙を書いて送る作業が楽しかった。
メールは楽しいものだとわかったので,就職したらパソコン買って,いろいろな先生や友達とメールがやりたいです。
名前が声に出るところが楽しかった。質問形式だった事も楽しかった。今度,メー ルが送られてくればいいなと思います。
初めてメールをやって楽しかったです。今度メール交換をしたいです。
相手に手紙が送れて楽しかったです。相手からメールが来たら,それを見て返事を書いて送ったりしてみたいです。
[改善の声]
選択肢がもう少しあると良かったです。
コンピュータの反応が遅かった。
名前の読み方が違っていたので直して欲しい。
質問形式だから非常に文を作りやすいが,自分で文を考えて打ち込むことが出来ないので,その部分を何とかして欲しい。
絵も自分で書きたかった。
○指でのキーボード入力等の細かな運動はむずかしい。知的障害〔中・軽度〕・視覚障害 弱視 画面の拡大や音声サポートが必要 マウス及びキーボード,授業
一応アシスト付きですが,全盲の重複障害の生徒が,メールの作成,送受信出来ることを確認できました。
◎対象生徒 肢体不自由養護学校高等部1年生男子 評価期間:1999.12.3〜2000.1.26
{動作不自由}
歩行可能。上肢に麻痺を原因とする運動障害がみられる。パソコンの入力の際に腕の可動域や拘縮が操作の障害になることはない。
{コミュニケーション}
発達遅滞がみられるが,発語可能であり,ことばの概念もある。文字は理解できていない。通常,口頭で単語ひとつあるいは2語文にして表現する。(例「せんせい どこ?」このときのどこは英語でいうところのwhere以外にhow(どうしている?)what(何をしている?)など広義に疑問詞として使っている。)日常,本児が使用している語彙数は固有名詞を別にして数十語程度。人の名前は○○せんせいや○○ちゃんといった呼称で理解している。
{パソコンとの関わり}
今年度,評価者担当のパソコンを使う授業が週に2コマ(1単位は40分)ある。授業では主に低年齢児用の教育ソフトを使って学習している。
{キッズメールの試用環境}
被験者のコンピュータ使用環境
マウスによるGUI入力。クリックボタンの左右の操作弁別が不明確であるため,左クリックのみが入力されるようにマウスに改造を施している。(図4.15参照)
インタ-ネットへの接続はモデム速度28800bpsによるプロバイダへのダイアルアップ。
モニタ17インチ
使用した時間
情報教育の授業(週2時間程度)
お昼休みの時間(昼食の前後)
学習内容等
メッセージの発信を主な学習内容としておこなった。
送信相手の設定は両親,学校職員,学校の友人など10人程度。
送信先のメーラはキッズメールではない一般のメールソフト。
送信メッセージの内容は 選択肢として給食の内容,学校であったこと(ボールあそび,パソコン,読書,訓練),友だちや先生のこと。
時間 (1回当たり20分)
回数 (10回)
{児童・生徒の使用(操作)の様子,反応等)
最初は日常使っている教育ソフトのひとつぐらいに感じていたようであるが,回数を重ねるうちに相手があって手紙を送っているという意識がでてきたようである。特に作業完了した後のメッセージ送信時にコンピュータの画面に現れる,自分の顔から送信相手に手紙が移動するアニメーションは興味深く映ったようであり,相手の名前を何度も声に出して確認していた。以前は知識としてなかったことばであるが,「メール」ということばが口頭でもでてくるようになり,「メール」(をやる)と言って自発的にキッズメールを入れているコンピュータのあるところ(電話回線の関係で職員室に設置)にいこうとする意志表示もでてきた。少しずつではあるが,遠隔コミュニケーションを楽しもうという意識が育っている。家庭からも本児がメールにとりくむということに大きな期待があり,本児から家庭に送られてくるメールの受信を楽しみにしていた。また友人や先生からはメールを受信した翌日に学校で本児に直接「メール送ってくれてありがとう」等のことばでのフィードバックが期待できた。
試用期間を通して職員が支援せずに本児の力だけで可能になった操作を,次に挙げる。
(1)送信者を選ぶ。本児だけを設定しているので選択肢の数は1。
(2)送信相手を選ぶ。選択肢の数は10,内訳は両親2,学校職員6,学校の友人2。いずれもカラーの顔写真。ただし同一画面に現れる選択肢の数は8。
(3)題を選ぶ。選択肢の数は6。写真およびイラスト画。
(4)文章の作成。それぞれの文における選択肢の数は2〜5。写真およびイラスト画。
また試用期間を通して本児の力では難しいと判断し,職員が代行した操作を,次に挙げる。
(1)本ソフトの直接の機能ではないが,ppp接続方式によるインターネット回線への接続。
(2)文章完成後,文章を音声化して読む,読まないの○と×の提示よる選択。本児の場合は音声として出力することを嫌がっていたが,本児だけで操作した場合,前後の流れで○を選んでしまう誤操作がみられた。
この項目以外の(1)文章の確認(○と×の選択),(2)送信の確認(○と×の選択)については理解の程度は定かではないが,ほとんどの場合,本意の○を選ぶことができていた。
図4.15 改造マウスを使った操作風景
{考察}
本児と彼をとりまく先生,友人とこれまでリアルタイムな具体的な目の前の視覚や口頭を介したリアルタイムな音声に対する聴覚といった動的な意思伝達しか存在しなかったが,キッズメールにより絵・文字といった静的な意思伝達が加わった。これにより先生や友人の本児に対する見方に変化がみられ,理解がよりいっそう深まった。このメールのやりとりをきっかけに本児のコミュニケーション環境(関わる人,関わる内容,本児に対する観点などが含まれる)によりいっそうの拡がりがでてきたといえよう。
キッズメールを実用性のあるものにするためには,使用する生徒に日常関わる人や場面の画像情報をふんだんにいれる必要がある。一例として,本児の場合,その日の給食のメニューの食材をイラスト画として学校の廊下の掲示板に日替わりで掲示しているのを毎日興味をもって見ていて,指さしをして職員に口頭で確認していた。こうした日常の習慣を応用してメールの文章設定にもこのイラスト画像を取り入れたところ,本児のメッセージ作成の発想に効果があった。こうしたことから,指導に関わる職員がメールに対して長期的にカスタマイズしていくことが大切と考えられる。児童・生徒の生活の流れや内容,対人関係を理解していてそのことを表現させるような画像の採用,文章設定がこのメールソフトを活かしていく大切な要素となろう。
また,このメーラでも重要な特徴であるピクチャー・コミュニケーションをきちんと成立させるためには,指導者側で文章を設定する際に,こころリソースブック出版の「コミュニケーションの小さなヒント(中邑賢龍 他 著)」に出てくる構造化という概念をきちんとおさえておく必要がある。しかし私が現状で使っている遅いCPU,遅いモデム(28.8)という環境では構造化のことよりも送信に時間のかからない単純な文章にして軽い画像添付,あるいはサイズの軽い画像を使うという意識の方が大切なのかなと思っている。
上記事例の中で紹介したように,おおむね好意的な評価が得られたわけであるが,ここでは出された要望をもう少し詳しく検討し,以下のような機能別に整理してみた。
a.(アンドゥ機能の充実)
最初のうちは,マウス操作に誤操作があり,選択肢を間違えてしまうことがあったが徐々に画面を確かめながら落ち着いて入力できるようになってきた。途中で,やり直そうとするとき,操作を戻せないので苦労した。
途中でエスケープするためのアイコンを全画面に設けて欲しい。
b.(介助者への配慮)
c.(入力方法の多様化)
あらかじめ,テーマが設定されるのは,わかりやすいができれば,返事等によって手入力(大型キーボード等)できるようにしてほしい。教師が準備した選択肢と手入力への切り替えが容易にできるようになれば,より自由度の高いコミュニケーションに発展できると思う。
子どもが自分で考えた文章を自由に書けるようにして欲しい。その際に,ソフトウェアキーボードが表示されひらがなやカタカナが入力できるとよい。
できあがった文書を最終的に編集できるようなエディターモードを設定して欲しい。
d.(画面の分かりやすさ)
e.(音声出力の明瞭さ・スピード・リピート機能)
音声の聞き取りは難しいところがあった。
絵や音声で分かりやすいようであった。ただ,音声のフィードバックが遅く,画面との対応が理解しにくかったり,反応を待てない面があった。
手紙をかく画面では,音声の再生がワンテンポ遅れるせいもあり,主にシンボルで選択しているようだった。
f.(入力装置)
g.(設定の容易さ)
h.(データの共有財産化)
i.(メール・データの互換性)
j.(指導者のキーボードを使った文字入力の支援機能)
k.(画像とテキストの適切な配置)
l.(音声及び動画の送信)
文字の学習に至っていない子どもには,音による情報が重要です。キッズメールは文章を読み上げてくれるので大変助かります。しかし,欲を言いますと,WAVファイルも送ることができるといいのですが。機械の声より本人の声の方が子どもたちは相手をイメージしやすいからです。また,メールの送受信という概念を教えるには,前段階としまして,本人の声でのやりとりをするという経験を十分に積ませる必要があります。そのためには,WAVファイルを写真のように手紙の中に貼り付け,必要に応じて聞くことができるとよいと思います。
本人の声を直接取り込んだり,ビデオメールが使えると使いやすい。
m.返信機能
n.(送信メールの一時保存)
●評価者
日付:
所属:
氏名:
E-mail:
●評価項目
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児童・生徒 A |
児童・生徒 B |
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障 害 の 状 態
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・肢体不自由〔重度・中度・軽度〕 〔脳性麻痺、進行性筋ジストロフィ、その他( )〕 ・知的障害〔重度・中度・軽度〕 ・その他 〔視覚障害、聴覚障害、病弱、その他( )〕 |
・肢体不自由〔重度・中度・軽度〕 〔脳性麻痺、進行性筋ジストロフィ、その他( )〕 ・知的障害〔重度・中度・軽度〕 ・その他 〔視覚障害、聴覚障害、病弱、その他( )〕 |
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入 力 機 器
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・キーボード ・マウス ・操作スイッチ(1点、2点、3点) ・タッチパネル ・その他( ) |
・キーボード ・マウス ・操作スイッチ(1点、2点、3点) ・タッチパネル ・その他( ) |
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使 用 形 態
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・クラブ活動 ・養護 ・訓練 ・休み時間 ・放課後 |
・クラブ活動 ・養護 ・訓練 ・休み時間 ・放課後 |
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使 用 内 容
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・あいさつ ・文化祭 ・修学旅行 ・年賀状 その他( ) |
・あいさつ ・文化祭 ・修学旅行 ・年賀状 その他( ) |
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使 用 時 間
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・期間 ( 月 日〜 月 日) ・時間 (1回 時間(平均)) ・回数 ( 回) |
・期間 ( 月 日〜 月 日) ・時間 (1回 時間(平均)) ・回数 ( 回) |
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使 用 結 果
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・児童・生徒の使用(操作)の様子、反応等 具体的に記入してください。 | ・児童・生徒の使用(操作)の様子、反応等 具体的に記入してください。 | ||
改 良 点
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・メーラの改良、追加機能等の要望事項 (具体的に記入してください。) | ・メーラの改良、追加機能等の要望事項 (具体的に記入してください。) | ||
所 感
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図4.16 評価シート