聾学校におけるインターネットで活用できる動的教材の開発と実践

高等部・専攻科 数学
宮城県立ろう学校 中村好則

キーワード:聾学校,高等部・専攻科,数学,動的教材,DynamicHTMLVBScript


はじめに
聾学校の生徒は聴覚に障害があり,日本語の習得の遅れや抽象的な概念の発達の遅れがある。そのため,教科指導には様々な配慮と工夫が必要である。近年,聾学校にもインターネットやコンピュータが整備され,それらを活用した指導の効果が期待されている。特に,コンピュータを活用した動的教材は,音声による情報の制約を視覚的に補償し,聴覚障害生徒の学習活動を支援することが可能である。また,動的教材をネットワーク上で活用すること(例えば,共同学習や家庭学習など)で,聴覚障害生徒のコミュニケーション活動を促進したり生徒主体の学習活動を構成したりすることができるものと思われる。しかし,現在市販されている動的教材は,通常の学校に在籍する生徒用に開発されたものが多く,特殊教育諸学校(特に,聾学校)の生徒を対象としたものは数が少ないのが現状である。また,動的教材はシミュレーションによる提示型やCAIなどの個別学習用のものが大半である。一斉指導やインターネットから共同学習や家庭学習などでも活用できる動的教材はあまりない。
一方,従来から聾学校ではコンピュータを発話指導や聴覚管理,自立活動などで活用し成果を得ている。しかし,教科指導上での生徒の困難性(教科学習に必要な概念や意味の理解など)を克服するためにコンピュータやインターネットを活用した実践は期待されているにもかかわらずあまり行われていない。視覚的に学習活動を支援し,聾学校の生徒がインターネット上で活用できる動的教材の開発と,それを有効に活用した指導実践の検討は,聾学校における重要な課題の1つである。また,このような教材は,聾学校の生徒だけでなく他の特殊教育諸学校や通常の学校に在籍する学習の遅れがちな生徒やコミュニケーションが不得手な生徒にも有効であり,すぐに活用できるものと思われる。そこで,本研究では,そのようなインターネット上で活用できる動的教材を開発し,その動的教材を活用した実践を通して,その効果と課題を考察する。

1. 動的教材を活用した指導
(1) @実践教科 
数学 A実践対象 高等部・専攻科生徒
(2) インターネットで活用できる動的教材の開発
 動的教材は,マルチメディア教材として,いろいろなものが市販されている。しかし,市販されているものは,視覚的な情報とともに,難しい文章表現や音声による説明が併用されるものが多く,聾学校の生徒がその効果を十分に得ることができない。そのため,動的教材の効果が期待されていながら活用されていないのが現状である。そこで,本研究での動的教材の開発では,聾学校の生徒でも十分に活用できるように文章による詳しい説明や音声による解説は避け,視覚的あるいは経験的に学習活動を支援するものを中心に考える。また,@CAI的な個別指導用ではなく一斉指導で使用できるもの,A家庭学習や共同学習でも活用できるようにインターネット上で利用できるもの,Bシミュレーションによる単なる提示型ではなく生徒が主体的に教材にかかわれるものの3つの視点で開発を行う。検討の結果,教材はHTMLBASICなどの経験があれば比較的簡単に作成できるDynamicHTMLVBScriptを使用し,動的教材をインタラクティブで動的なWebとして作成することとした。
(3) 利用場面
 動的教材の活用場面は,(1)一斉指導,(2)共同学習,(3)家庭学習の3つの場面を想定する(1)。一斉指導ではイントラネット上においた動的教材を生徒が教室やパソコン室から操作し視覚的にあるいは体験的に生徒の思考活動を支援する。共同学習ではインターネット上においた動的教材を活用しながら電子メールによる意見交換を通して共同で解法や解答を考える。また,家庭からもインターネットで動的教材を利用することができるようにすることで生徒の主体的な学習を支援する。
(4) 利用環境
 1) ハードウエア
    パーソナルコンピュータ  Windows機  7
      液晶プロジェクタ  Fujitsu PJ-X1500  1
    電子ボード  SONY SMART Board  1
 2) ソフトウエア
    Microsoft Internet Explorer 5.0
    Microsoft Outlook Express 5.0
    Sony SMART Note Book 2.11

2. 実践事例
(1)実践事例1(文章題の指導)・・・「一斉指導での活用」
1) 指導目標
   中学校(中学部)数学の文章題について復習し既習事項を確認する。
2) 指導計画(3時間)
   方程式(速度の問題) ・・・ 1時間(本時) <動的教材を使用>
   関数
(水槽の問題) ・・・ 1時間 <動的教材を使用>
   練習問題 ・・・ 1時間
3) 学習指導案
 

学習活動・内容

指導上の留意点

導入

5分

1) 「兄が家を出てから15分後に,弟が自転車で兄を追いかけた。兄の速さは毎分100mとし,弟の速さを毎分300mとすると,弟は何分後に兄に追いつくか」を提示する。 1) 中学部で学習した内容について復習をすることを告げ,提示されたような問題を覚えているかどうかを確認する。
展開

 
 
 
 
 
 
30
2) 各自で解法を考える。
 <予想される生徒の反応>
  @
1分毎の兄と弟の距離を考える。
  A方程式を利用し解法する。
    100(15+x)=300xx=7.5
  B図を書いて考える。
3) 考えた解法を発表する。
4) コンピュータを起動し,動的教材を見る
5) もう一度自分の解法について考え,修正が必要な場合は解答を修正し発表する。
2) 解法が分からない生徒は,問題場面を図に書いてみる。多くの生徒はAの解法を考えるのは難しいものと思われる。
3) 黒板に解答を記入し発表する。
4) 電子ボードを利用し全員で大きな画面で見る。その後,各自で操作してみる。
5) 黒板に書いた解法の修正個所は消さないで,別色のチョークで修正し説明する。
まとめ

 
15
6) 動的教材の問題の条件を変え,問題を解く。
 <変えられる条件>
  @弟の出発する時間
  A弟の速さ
  B兄の速さ
7) 分かったことをまとめ発表する。
6) 各自のコンピュータで操作しながら,自分で解いた問題はノートにまとめる。
7) 気づいたことをノートにまとめ発表する。
(2)実践事例2(確率の指導) ・・・「共同学習での活用」
1) 指導目標
   同様に確からしいことの意味と確率の定義を考え,相対度数から考えた確率と確率の定義の関係を理解する。
2) 指導計画(32時間)
   事象と確率 ・・・ 10時間 <動的教材を使用>
   確率の計算 ・・・ 10時間
   独立な試行と確率 ・・・ 8時間(7/8本時) <動的教材を使用>
   期待値 ・・・ 4時間 <動的教材を使用>
3) 学習指導案
 

学習活動・内容

指導上の留意点

導入

 
 
 
10
1) 「0から9までの数字が3つ並んでいるスロットマシンが2つある。どちらが当たりやすいか。(1)7が3つでると1等,72つでると2等,7が1つでると3等。(2)同じ数字が3つでると1等,2つでると2等」を提示する。
2) どちらが当たりやすいかを予想し,理由とともに述べる。
1) 電子ボードに動的教材を起動し課題を提示する。
2) <予想される生徒の反応>
  1. スロットマシン(1)が当たりやすい(3等まである)

  2. スロットマシン(2)が当たりやすい(7以外の数字でも当たる)

  3. どちらも同じ(なんとなく)
展開

 
 
 
40
3) 実際に,動的教材をもとに多数回の試行をしてみる。
4) 実験結果と自分の予想を比較する。
5) 自分の実験結果を電子メールで共同学習の相手校に送る。
6) 共同学習相手校の実験結果の電子メールを受信し,自分の結果と比較し検討する。
7) 検討結果を電子メールで送る。
3) 1人1台のパソコンを利用して行う。
4) 実験結果について,理由についても考える。
5) 電子メールは共同学習のメーリングリスト宛に送り全員で共有できるようにする。
6) 共同学習相手校には,本時までに実験し結果を電子メール送信するように事前に依頼する。
まとめ
10
8) それぞれにスロットマシンについて確率を計算し,実験結果と比較する。
8) 計算結果は,スロットマシン(1)0.271,スロットマシン(2)0.28となる。


3. 実践の様子と成果
(1)実践事例1(文章題の指導)・・・「視覚的な効果」


 文章題の指導では,情景図や線分図などの静的な教材を手立てに指導する場合が多かったが,このような静的な教材は変化する諸事象の関係を捉えることが難しい。しかし,動的な教材は,事象の変化に対応して,変化するものを視覚的に捉えることができ,問題場面や数学的な意味の理解を支援できるものと思われる。
実践事例1では「兄が家を出てから15分後に,弟が自転車で兄を追いかけた。兄の速さは毎分100mとし,弟の速さを毎分300mとすると,弟は何分後に兄に追いつくか」という問題について考えた。対象生徒(高等部2年生)は中学部で方程式による解法をすでに学んでいるが,図2のように1分毎の弟と兄の移動距離を考え,解答を「8分後に,弟は2400m,兄は2300mだから8分後に追いついた」とした。実際には8分後には弟は兄を追い越しているが,そのことに気づいていない。

しかし,問題の条件と同じように動く動的教材(3)を使うことで,8分後には弟はすでに兄を追い越していることや8分後より前に追いついていることに気づき,正しい解答を考え直す機会となった。また,この教材では弟の出発時間や弟や兄の移動する速度を変えることができるように作成されている。問題の条件を変えて問題を考えることで,問題の意味や構造の理解を促すことができたものと思われる。

(2)実践事例2(確率の指導)・・・「体験的な効果」
 確率の指導では,「N回の試行で事象Ar回起こったときの相対度数r/Nは,Nを増加するとある一定の値に近づく,その値を確率という」というように相対度数から考えた確率(経験的確率)を指導し,さらに確率について「同様に確からしいとき,P(A)=n(A)/n(S)(数学的確率)」と定義(ラプラスの定義)している。その意味を理解するためには,実際に問題の事象について多数回の試行を体験し経験的に理解することが重要である。しかし,聾学校では1クラスの在籍数が少なく多数回の試行が必要な実験や他の生徒の結果と比較するような授業を行うことが難しい。そこで,インターネット上においた動的教材を活用した共同学習を行うことで,共同で実験を行ったり実験結果を比較したりすることができる。
実践事例2では「0から9までの数字が3つ並んでいるスロットマシンが2つある。どちらが当たりやすいか。(1)7が3つでると1等,72つでると2等,7が1つでると3等。(2)同じ数字が3つでると1等,2つでると2等」という問題について考えた。初めにどちらがあたりやすいかを予想してから,この問題と同じように当たりが出る動的教材(4)を使って実際に実験を行った。その結果を「(1)100回やったら25回も当たりました。(2)(1)を上まわりし31回当たりました」というように電子メールでお互いに伝え合い意見交換を行った。他の生徒も(2)の方が(1)を上まわった。その後,試行の結果と計算結果((1)0.271(2)0.28)を比較し検討を行った。

 

 


4. まとめと課題
 実践事例1からは,一斉指導において動的教材の活用は問題の意味の理解を視覚的に支援することができることが示唆された(視覚的な効果)。実践事例2からは,動的教材を共同学習で使うことで実験を共同で行うことができ,その結果について合同で検討を行うことができた。その結果,生徒同士のコミュニケーションが促進され体験的な理解を促すことができた(体験的な効果)。また,このような視覚的あるいは体験的な効果は,生徒の学習意欲を高め,主体的学習を促すことができたものと思われる。
 動的教材は実践事例(1)(2)以外に,2次関数(平行移動,最大値と最小値,2次関数と方程式,2次関数の応用),個数の処理(自然数の列),微分積分(最大値・最小値の応用),平面幾何(軌跡)などを作成した。これらの教材を活用した指導においても,初めに問題について解答し,次に動的教材を用いてその解答を検討し意見交換を行うことで,視覚的にあるいは経験的に数学的な概念や意味の理解を支援できることが示唆された。
 今後は,さらに多くのインターネットで活用できる動的教材を開発し実践を継続することと,表現内容や使用環境が限られているDynamicHTMLVBScriptだけではなく,他の言語や方法なども活用し教材の開発を行うことが課題である。また,今回の実践研究では一斉指導や共同学習での実践を行ったが,インターネット上の動的教材を家庭学習で活用した実践については行っていないので実践し検討を行いたい。

 

 

 


ワンポイント・アドバイス
 今回開発した動的教材はパソコンにインストール必要がなく,インターネット環境とWWWブラウザ(Internet Explorer)があれば動作する。パソコンやソフトウエアが授業の中心になるのではなく,授業の中で使いたい場面で簡単に操作でき,考えるための道具として使用することが可能である。
参加・協力校
 宮城県立西多賀養護学校
参考・引用文献
 岡沢隆(1999)使いながら覚えるVBScriptプログラミング入門,エーアイ出版.
 岩波明日香,新井久美子,数井英一(2000)改訂新版DynamicHTML,技術評論者.
 米山文雄,中村好則,森本明(2000)数学の学習指導における動的教材の活用とその効果,全日本聾教育研究大会研究収録.