電子メールによる人と人とのネットワーク


1 はじめに

 「インターネットとは人と人とを結ぶネットワークである」

 これが私の伝えたいことであり,ネットワークを学校教育に導入する場合に理解し,重視してもらいたいことである。本稿では100校プロジェクトで提供されたインターネット環境を使った実践から,環境の構築や授業以外での実践を,苦労した点なども交えお話ししたい。

 詳しくは後述するが本校のネットワーク環境について簡単に述べておく。

 100校プロジェクトで64kbpsのデジタル専用線の提供を受けている。クライアントはコンピュータラボをはじめとする校内の6カ所約50台。これらは終日開放しており,電子メールアカウントを持っている生徒(約130名)はいつでも利用可能である。

2 日本-ハワイ・キーパル・プロジェクト


 ハワイの高校の日本語クラスの生徒69名とのキーパル(電子メール・ペンパル)交流。日本側からは参加を呼びかけた7校68名の生徒が参加。それぞれの生徒が個人アカウントを持ち,一対一で行う。原則としてハワイの生徒は日本語(ローマ字)で,日本側の生徒は英語でメールを書く。実施期間。1995年12月〜1996年5月。
 英語のホームページを開設していると,海外の学校からの交流メールが舞い込んでくる。とくに海外の多くの国で新学期が始まる9月以降,10月から11月にかけてのメールが多い。

Mid Pacific InsttuteのMelvina Kurashigeさんからのメールもそのひとつだった。交流希望の内容の電子メールを日本の学校に手当たりしだいに出されたようである。その1・が1995年11月23日に私のもとに届いた(Melvinaさんは日本語の教師であり,日本語教育にネットワークを利用されるのに非常に熱心な方である)。サーバの状態も安定してきていたので,姉妹校との交流などで試験的に発行していた生徒のアカウント(電子メールアカウントは原則として個人に発行すべきだと考えている)を広げ,電子メールによる交流を行いたいと考えていたからである。

(2)問題点とその解決

 最初の問題は生徒数の多さだった。Melvinaさんのクラスの生徒数は69名だという。12月14日に本校で募集したものの,1・2年生の希望者は25名だった。私が日本側のコーディネータを引き受けるということでMelvinaさんに待ってもらい,aimitenoなどのメーリングリストで参加を呼びかけたのが12月20日。さっそく反響があり年内に熊本県立小川工業高校・茨城県立岩井高校・岡山県立岡山芳泉高校・富山県立富山西高校から,年明け早々には愛媛県立東雲高校・広島大学付属高校と全国から参加希望が寄せられた。電話やFAXで決めていたら何週間もかかっただろう。メーリングリストの威力をあらためて感じた。

 次に起こった問題は学校でのガイドラインを考える上で重要であろう。生徒の割り当ての都合上,最初のハワイからのメールはすべて私あてに送ってもらい,私から割り当て生徒に転送するという方法をとっていた。あるハワイの生徒から2のメールが届いていた。1はまともな内容であったが,もう1には日本語で卑語ととれる言葉が書かれていた。すぐにこのundesirable mailについてMelvinaさんにメールで連絡を入れたところ,次のような解答が返ってきた。

  1. 電子メールの使用について学区のAUP(Acceptable Use Policy)がある。
  2. 授業の最初でもこのような事についてはきちんと注意を与えている。
  3. コンピュータ室の使用規定によって該当生徒はこの行為について処罰される。
 該当生徒が友人とふざけて書いていた文章をあやまって送信してしまった。インターネットの世界では数秒でメールが届いてしまう。結局この生徒は2カ月のコンピュータ室使用禁止とアカウント剥奪,彼の友人も2カ月のコンピュータ室使用禁止ということになった。東金女子高校の高橋さんの「ネチケット・ガイドライン翻訳プロジェクト」に参加していた時期でもあり,考えさせられた問題であった。

(3)個人メールによる交流で考慮すべき点

 このプロジェクトを実施するにあたっていくつか配慮したことを記しておく。

 複数の参加校による個人アカウントによる交流なので,生徒間のペースを保つのがむずかしいことが予想された。ハワイ側は授業の一環であるため,メールを出すのは授業でコンピュータ室を予約した日(週1回)のみである。メールの内容についてもある程度テーマを決めた。これがペースを保つのには役だった。また日本側の参加校の行事日程(定期試験など)を担当者から知らせてもらい,ハワイ側の日程とつきあわせ調整した。これらの調整には担当者用のメーリングリストをつくり,使用した。

 日本側生徒に対しては電子メールによるニュースレターを私の方で発行し,連絡やスケジュールを調整するようにした。たとえば岩井高校の生徒さんからいただいた日本語のローマ字表記についての質問などについてニュースレターで統一をはかるようにした。

(4)反省点と今後の課題

 当初から予想していたが,地域的に異なる7校が参加したため,学校による行事日程の差はどうしても防げない。定期試験では10日前後生徒の参加が不可能になるが,この日程が学校によってかなり異なる。ハワイ側の日程とも突き合わせると,期間の半分以上は交流不可能であった。複数の学校が参加するプロジェクトでは考慮しておかなければならない点である。

 電子メールがうまく届かないという事故もかなりあった。個人メールなので,生徒が欠席していたのか,メールアドレスを間違えたのか,メールが遅延しているのか,メーラソフトの問題なのか,どれが原因なのかつきとめるのが難しい。電子メールのシステムが不安定な学校もあり,最後まで悩まされた。予想されるトラブルとその対処を各学校の担当者にあらかじめ理解してもらい,対処すべき問題である。

 ハワイ側が授業の一環で行った交流のため,回数的にも内容的にも自由なメールの交流とはいかなかった。ハワイ側の生徒間で関心の度合いが異なり,日本の生徒にとっては「当たり外れ」があった。メーリングリストを併用してみるのもひとつの解決法だろう。おれのメールはメーリングリストに投稿してもらうことにした。

 最大のキーはやはり人,コーディネータである。Melvinaさんや国内の担当者とのやりとりは200を超えた。4月以降は私自身の時間が十分とれなくなり,コーディネータとして十分サポートができなかったのは心残りである。  私自身は理科の教員であり,高校時代は英語が大の苦手であった。その片言英語の浅学非才をかえりみずコーディネータを引き受けたのだが,この程度のコーディネートは可能である。

 (キーパルの記録はhttp://www.takatori-hs.takatori.nara.jp/100PJT/95KEYPAL/keypal-index-j.htmlにある)

3 サマー・キーパル・プロジェクト


ハワイのESLクラスの生徒との電子メールによる交流。ハワイの7名と日本側の3校6名が参加。メーリングリストによる交流。1996年6月20日〜7月25日。
 前項のキーパルと同様ハワイのMid Pacific InstituteのMelvinaさんとの間で実施した。Melvinaさんが夏休みに担当しているESL(English as Second Language)クラスの生徒との電子メール交流である。日本側の参加校は熊本県立小川工業高校・茨城県立岩井高校・高取高校である。参加人数などを考慮してメーリングリストで交流することにした。使用言語は英語。メーリングリストは高取高校のサーバで立ち上げた(CMLを使用)。メーリングリストを体験してもらうことも狙いのひとつである。時期的には短かったが総メール数は80余りだった。

 1996年9月からもキーパルを予定していたのだが,私の都合で断念した。つまりコーディネートのための時間を割けなくなったのである。現在Melvinaさんは大阪市住吉高校との間ですばらしい交流を行っている。

4 trioメーリングリスト


大阪市立ろう学校専門科と本校ボランティア部生徒とのメーリングリスト。大阪市立ろう学校の多田幸浩教諭の呼びかけによる。目的のひとつはろう学校生徒の日本語能力の向上。メールサーバは高取高校で立ち上げている。1996年6月からのメール総数は140余り。

(1)メーリングリストのきっかけ

 1996年5月21日,和歌山大学附属中学で開催されたORIONSの100校プロジェクト研究会で,大阪市立ろう学校の発表があった。その席でメール交換の依頼を,ろう学校の多田幸浩教諭からいただいた。本校のボランティア部が講師の方を招いて手話の学習会を放課後開いていた時期だった。ボランティア部の顧問の真井克子教諭を通じてこの話を紹介してもらったところ,生徒も非常に乗り気になった。本校からの参加希望者12名とろう学校の参加者3名との間で,メーリングリスト「trio」を立ち上げた。6月5日のことである。

 多田教諭は生徒さんの国語力を高めたいという強い期待をこのメール交換に持っておられた。ろう学校での主要なコミュニケーションは手話である。手話では身振りや手振りで単語を表現する。たとえば「私の名前は○○です」を,

 (私)(名前)(○○)
というように表現する。つまり日本語の助詞に当たるものは手話にない。そのため生徒によっては,
 「私が名前に○○です。」
のような文章を書いてしまう。これでは就職の際に問題となる。といって国語の重要性を訴えても,生徒にとっては必要性を感じないから国語の勉強に身が入らない。しかし電子メールでの文・であれば,生徒も興味をもって文章を書くようになることが期待される。

 ただし間違った文章も訂正はしない。交流を続けていくなかで自分の文章の間違いに自ら気づいてくれるのではないか,という多田教諭の方針である。

(2)交流がはじまって

 ボランティア部の顧問である真井教諭にtrioの管理をお願いしている。

 メーリングリストの運用を始めて,2カ月間に100を越える電子メールが飛び交った。最初はメーリングリストにとまどっていた生徒だが,2〜3メールを出すと慣れてくる。ひととおり自己紹介が終わった段階で,ボランティア部の部長さんにお願いして,テーマを出してもらってメールを書いてもらっている。NHKの朝のニュース「おはよう近畿」でも取り上げていただいたこともあって,最初3人だったろう学校の参加者もしだいに増え,14名になった。お互いの学校を訪問しようという話もメーリングリストで持ち上がり,7月25日には本校のボランティア部の生徒がろう学校を訪問した。

 ろう学校には幼稚部から高等部・専攻科まで設置している場合が多い。異なる校種では生徒がつき合う機会がほとんどない。日本語能力に対して効果があるのかどうかは分からない。とはいえこのような交流によって学校に新しい風が吹き込み,双方の学校の活性化に役立つといえよう。

(3)今後の課題

 本校の参加者の多くが3年生であったことなどで,2学期に入ってからのメール数は落ち込んだ。最初は好奇心が優先するが,長期間にわたって交流するには,生徒それぞれに役割を与え,自分たちでメーリングリストを管理していくという意識を持たせるべきかもしれない。ここでもコーディネータの役割は大きい。

 年が明けて新しく奈良県立ろう学校の生徒さんにも参加してもらえた。先生の代理アップだが,輪が少し広がったのはうれしい。本来は同じ学校で学んでいければと考えているが,このようなメーリングリストによりお互いに離れた異種学校間で身近な交流できる点は大きい。少しずつこの輪を広げていきたいと考えている。

5 条件整備について

(1)校内LAN

 最初に書いたとおりインターネットは人と人とのネットワークである。インターネットを使っているというと情報(処理)教育と混同する人が多い。しかし私が生徒に伝えたいのは,むしろネットワークの人間臭い部分である。そのためにも生徒が自由に使える環境が不可欠である。

 本校のコンピュータラボには42台のMacintosh LCIIがあるが,Apple独自のLocalTalkという規格のLANが使用されている。もともとは室内だけのネットワークだけであったが,100校プロジェクトに先立つ1993年春に職員室・事務室・進路指導室に延長した。工事予算があるわけではないので線材(2万円)だけなんとか都合してもらい,あとは校舎設計図をにらみながら3日間天井裏をはいまわり,配管内にケーブルを通したものである。この時手伝ってもらったのが副担当の事務員,中西清貴さんである。彼の知識と技術がなければこのLANはありえなかったし,現在のように自由に校内のあちこちからインターネットを利用できる環境はありえなかった。

 Ethernetのような汎用のLAN規格であれば簡単にクライアントを増やせたのだが,残念ながら本校の「基幹」ネットはLocalTalkである。校内用のメールサーバをMacintoshで立ち上げ,校内でだけ電子メールが利用できる「イントラネット」にしていた事も一時あった。幸いゲートウエイソフト(Apple IP Gateway)により校内LANをIP接続することができた。これもソフトを購入する予算(3万円弱)がなかったので,業者の方から半年間立て替えていただいていた。最近図書館までEthernet(10Base-2)を仮設したのだが,これもケーブルを買っただけで(とりあえず5カ月間使えればいいので)廊下にビニルテープ止めである。クライアント50台といっても,このような手作りのLANにすぎない。

 ネットワークやこれに関わるソフトウエアについては,ネットワークニュースやメーリングリストでいろいろな方から親切に教えていただいた。WWWブラウザも電子メールのメーラなどのクライアント用のソフトも,フリーのオンラインソフトや教育機関無償制度を,ありがたく利用させていただいている。この場を借りて感謝したい。

(2)生徒の活用状況

 原則として授業で利用する場合あるいは何らかのプロジェクトに参加する場合に,生徒へのアカウントを発行している。現在アカウントを持っている生徒は約130名である。ネチケットについては最初に注意を与えるほか,適時同報メールで啓発することにしている。学校としてのガイドラインなりAUPなりをきちんと規定すべきなのだが,これはこれからの課題である。校内では経験をもった職員がまだ育っていないから,討議にもならないのである。

 コンピュータラボは終日開けており,情報活用の授業を受けている生徒やアカウントを持っている生徒には,空き時間自由に使ってもらっている。メーラはEudora-Jを使っており,電子メール用のフロッピーで管理している。コンピュータラボは校舎の最上階にあるので,急ぎのメールを出したい場合には進路指導室のクライアントを生徒が使うこともできる。

(3)インターネット・キオスク

 しかしながら130名といっても全生徒数の2割弱に過ぎない。そこで昨年秋から職員室前の廊下にクライアントを1台置いて,WWWを自由に使えるようにしている。名づけてインターネット・キオスクである。

 いろいろと観察しているのだが,コンピュータ操作のリテラシーは中学校ではまだ身についていないようで,敷居は高いようだ。どんなサイトがBookMarkに登録されるかと,関心を持って観察していたのだが,いまだにBookMarkに登録できることまで「発見」した生徒はほとんどいない。それでも雑誌に載っているURLを調べてきては,見たい一心でチャレンジしている。芸能人のページは大はやりである。不親切なようだが,手取り足取りは説明しないように心がけている。自分で目的を持ち解決する力がもっとも重要だと考えるからである。

6 おわりに

 最初の電子メールで大学生へのキャンパスアンケートを送った(しかも今はその大学で勉強している)生徒。米国の教師からスペイン語の添削をしてもらっている生徒。自国の友人と電子メールやインターネット電話で連絡を取り合いながら自分達のホームページをいつの間にか立ち上げてしまったタイからの留学生。電子メールを使った「人間臭い」例はまだまだたくさんあるのだが,なかなか活用事例としては発表しにくい。目立つものではないが本当は「あたりまえの環境」としてのインターネットのこんな使い方がもっとも大切なのだと考えている。このような実験的でわくわくする環境を与えてくださった100校プロジェクトに関わるサイバースペースのすべての方々に感謝申し上げたい。

奈良県立高取高等学校(http://www.takatori-hs.takatori.nara.jp/)
(奈良県立高取高等学校 杉崎忠久)

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