新しい風「インターネット」は学校を変える

1 プロローグ

 社会の情報化,国際化が急激に進展している。その中で学校教育の現場は,かなり取り残されている感じを受ける昨今である。

 学校教育を終え,社会に巣立って行く子供たちは,更に高度に進展した情報社会の中に生きて行くことになる。その社会は生涯学習を求める社会でもある。今,子供たちにとって,必要なものは自己教育力であり「生きる力」を身に付けることが大切である。

 このような時代にあって,社会の価値観も大きく変わろうとしている。また産業社会も再構築が進み,すでに個人生活にも変化の兆しが窺える。いずれにしろ将来の国際社会に対応でき,しっかりしたアイデンティティーを持ち,自ら新しい価値を創造できる人材の育成は,教育活動の大きな目標である。これを達成するために教育の情報化,国際化は避けて通ることのできない道である。

 これから我々が係わるであろう教育改革は,未来社会への展望を持ったものでなければならない。折しも,中央教育審議会答申にも教育の情報化は唱われている。この目標を達成するために,国によるプロジェクトや自治体による新しい試み,また学校独自の研究が様々なアプローチで,既に始まっている。

 今回の100校プロジェクトも代表的なものの一つである。このプロジェクトは教育改革を進める上で,大きな原動力となることは確かである。

 本校における教育の情報化,国際化もこのような社会の潮流とともにあって,ここ数年試行錯誤の繰り返しであったが,最近では確かな方向やコンセプトを見いだすことができるようになったと感じている。

 ここでは,100校プロジェクトがスタートする前夜から,最近の取り組みまでについて概要を紹介することにする。

2 インターネット導入前夜

 本県では,早くから教育の情報化について意識し,様々な取り組みがなされてきた。その試みの一つが,教育用パソコン通信「えひめ教育NET」の開発と運用である。

 「えひめ教育NET」は平成3年から愛媛県工業教育研究会によって運用が開始されたシステムである。特徴は,教育ソフトライブラリの構築,教育機関情報交換,地域社会交流,国際理解教育,在宅学習システム,教育相談など学校教育に関連する幅広い目的を持って運営されている。現在,会員数は1500名を越しているが,メンバーは教育関係者,生徒,地域社会(保護者を含む)の方々など,ほぼ同数で構成されている。

 「えひめ教育NET」の教育活用は,情報通信の仕組みや利用方法,情報モラル等を実際にカリキュラムに組み入れるなどして,生徒の情報リテラシー育成に生きた教材として機能している。今回の100校プロジェクト参加によるインターネットの教育利用は,この様な素地が大いに役立ったと思う。

 インターネット導入は,ともすれば社会から隔絶されがちな学校教育の現場に,大きな風穴を開ける効果をもたらすかも知れぬという期待感を持った。

 平成7年5月初旬にクライアント・サーバのインストール,ルーター,回線等の調整が済み,インターネットが稼働状態となり,初めて生徒たちがインターネットを体験した時,歓声があがったものである。

 パソコン通信という,どちらかといえばクローズドな世界から,鳥のように世界を自由に羽ばたくことのできるインターネットを体験できることは,最新の情報通信技術の威力をまざまざと見せつけられるものであったし,視野を世界に広げることができた。

 生徒たちは,最先端テクノロジーであるインターネットを自ら操作して,地球規模のコミュニケーションに成功した時,インターネットは人と人をつなぐ素晴らしいシステムであることを認識したと思う。

3 インターネット導入と研究組織

 本校では,教育の情報化を進めるために,10年程前から「CAI研究推進委員会」と呼ぶ組織が作られていた。(Computer Assisted Instruction の略)

 100校プロジェクト参加は,教育の情報化,国際化を更に促進するものであったので,これに対応できるよう校内組織を再編成し強化することにした。CAI研究推進委員会を「情報化推進委員会」と発展させ,下部組織に教育方法研究部会,教育事務処理研究部会,ネットワーク管理委員会の三つを設けた。「情報化推進委員会」はこの三つの組織を統括した組織で,大綱を話し合う場とした。具体的な個々の問題については,各部会や委員会が研究に取り組み,更に必要に応じて他の作業部会を設けることもできるようにした。これらの研究組織では,主に,導入すべき新しい教育内容や施設・設備関係,ネットワーク管理,現職教育,ネットワーク運用ガイドライン(情報モラル等含)作成等について研究を進めた。

4 施設・設備の充実,現職教育

 授業で活用するには,施設・設備を充実する必要がある。そこで校内 LANの構築と利用・管理等に関する具体的計画を立案した。LAN 構築は一学期中に設計を終え,7年9月に着工することができ,11月には物理的に約90台のパソコンと3台のサーバがLAN 接続された。これによって校内のどこからでもインターネットを利用できる体制が確立した。校内には二箇所(41台と21台)のLAN 教室と視聴覚教室(5台),図書室(1台),各職員室(各1〜2台),保健室,事務室,校長室等からインターネット及び校内LAN (NetWare) を利用することができる状況にある。この中で,視聴覚教室と図書室での利用を全面的に開放しているので,休憩時間や放課後には多くの生徒が競って利用している。(注:アカウント発行は生徒約300名・教師約100名)

 現職教育としては,年数回の校内研修会開催や外部研修参加によって実施している。更に,地域社会との交流として,市民参加の「新居浜インターネット研究会」の発足に参加し,活動を通して地域とともに歩む新しい教育活動も試みている。

5 インターネットの教育利用事例

(1) 教科指導

1)「課題研究」3年生3〜2単位:入学年度・科によって差がある。

 インターネット研究班を編成し,インターネットに関する基礎から応用までを一年間かけて研究する。評価は,日常の学習状況と学期毎に行われる「課題研究発表会:グループ研究であっても,パートを決め,生徒一人ひとりが自分のテーマについてプレゼンテーションを工夫して発表する。」を主に,自己評価,発表会参加生徒による相互評価を加味して行われる。

 更に,この発表会では,1・2年生も参加し,上級生の研究をつぶさに見学することができ,自分達の研究テーマ決定などに役立てることができる。

 「課題研究」においては,研究テーマが直接インターネットに関係しなくとも,他の課題研究班が情報収集やコミュニケーションツールとして広く利用している。

ホームページ開発(情報収集機能の付加:CGI ,Java等利用),海外 交流,環境問題研究(酸性雨測定・ゴミ問題等),情報通信技術に関する研究(データ圧縮技術・情報暗号化技術・移動体通信技術等), プレゼンテーションの研究,情報通信産業の研究,電子取引の研究,仮想現実の研究等。

2)「実習」2年生3単位・3年生5単位(電子機械科の例:他の科も学習している)

<2年生3時間>

 主にネットサーフィンの体験,情報モラルの体得(インターネットに触れ る前に行う方が効果的である。)
NASA,ホワイトハウス,首相官邸,オリンピック関係,電子デバイス メーカ,高校,専門学校,大学等のホームページ閲覧,情報モラル10箇条(内容割愛:インターネット上に関連情報がある)について学 習。

<3年生10時間>

 電子メール,ホームページ作成,LAN関係ハードウェア・ソフトウェアの学習,情報圧縮・情報暗号化技術の基礎学習。
電子メールの送受信体験,HTMLの理解とプログラミング,イメージ情 報の扱い方,LAN技術7階層の理解,圧縮技術(LHa・GIF・JPEG・ ZIP・MPEG 等),暗号化と復号化技術の実習。

3)「情報技術基礎」1年生2単位

<1年生4時間>

 インターネットの歴史や利用分野,ネットワーク社会の仕組み,技術的要素,情報モラルの理解,将来の展望等について座学と実習を組み合わせて学習する。
コンピュータ・ネットワークと分散処理,インターネットのサービス と将来,WWW と情報検索の実際,ネチケットなどを学習する。

(2) 特別活動

1)「ホームルーム活動」

 ホームルーム活動のテーマに必要と思われる情報の収集,ケースによっては情報発信等も行う。
いじめ問題,環境問題,交通マナー等で利用。

2)「部活動」

 主に放送部,化学部,無線部などが年間を通じ顕著な活動をしている。
ホームページを利用した地域研究,学校紹介,リクルート開発,酸性 雨計測プロジェクト参加,同窓会活動,地域交流学習,インターネット放送局の開設,地域の自然環境研究,発信方言の研究などを行って いる。

3)「クラブ活動」

 インターネットサーフィン,電子メール等による国際交流を行っている。

4)「生徒自由研究活動」

 生徒が自発的に行う研究活動の有力な情報収集・発信ツールとして利用。
舞台照明・音響研究,自動車研究,情報処理技術研究,マスコミ研 究など。

(3) 進路指導

 イントラネットとして,進路関係リンク集(就職・進学用)を校内2箇所の6台のクライアントから自由に常時利用できる。(オープンスペースとしている)

1)進学情報収集

進学対象学校のホームページ閲覧とメール等によるコミュニケーショ ン。

2)就職情報収集

求人表,企業ホームページ閲覧,企業とのコミュニケーションに利 用。

多くの企業には本校出身者も在職しており,貴重なアドバイスが得ら れる。

(4) 生徒指導

 いじめ問題,生活指導(ポケベル問題等),交通事故等に関する情報収集。

(5) 図書館教育(学習情報収集)

 生徒が学習に必要な情報を収集(調べ学習)するために利用している。

 学校図書館を情報センター・メディアセンターと位置づけ,新しい図書館教育(情報センター)のあり方を研究している。

 視聴覚教育では,従来の機能に加えて,インターネットやパソコン通信を,情報収集・教材作成等にとって,新しい力を持つものとして捉え,自由に活用できる体制を作っている。将来的には「情報基盤センター」の利用やハイパーリンクの機能を活用し,世界規模での教育ソフトライブラリやオンライン・スタディーの構築が可能にならないか研究している。

(6) 国際理解教育

 ホームページや電子メールを利用して,海外高校生との交流を行っている。

 特に,海外進出している日本企業の所在地のハイスクールやカレッジと交流する計画を進めている。生徒たちは海外のWeb 上でコミュニケーションを試みている。海外通販のカタログ収集やメール交換を行っている。

(7) 教師の研究活動

 教材や教育情報の収集,ホームページの開発,イントラネット開発(進路情報,図書館情報,行事関係,リポート授受,学習活動評価等),新しい視聴覚教育システムとし利用。また,インターネット・ブロードキャストの教育利用についても研究している。

(8) ホームページの開発

 これまでの2年間で様々なホームページを開発してきた。ホームページの開発は,生徒達にとって情報発信・収集という慣れない行動を,いともたやすくやってのける方法である。以下に開発のコンセプトや分野について概要を紹介する。
  1. スローガンは「生徒による生徒のためのホームページ」開設
  2. 学校のホームページ開設(学校紹介,地域紹介など)
  3. 生徒個人のホームページ開設(個人リクルート情報の収集等)
  4. 教師個人のホームページ開設(教育活動に関連するもの)
  5. 他校との交流学習によるホームページ開発(近隣校ホームページ共同作成 等)
  6. 愛媛県工業教育研究会ホームページ開設(主に教員の研究活動)
 この会は略称で「愛工研」と呼ばれている。愛工研のメンバーは,県下の高校で工業科が設置されている学校と教育センター,県教育委員会などで構成されている。この会では「工業教育の活性化」が一つの研究テーマであるが,これに関連するホームページの開発に取り組んでいる。コンテンツの概略は加盟学校の紹介や教育ソフトライブラリ,オンライン・スタディー,教育関係リンク集などを計画しいてる。

6 インターネット導入効果(光と影)

 新しい科学やテクノロジーが開発されると,何らかの社会問題を誘発するが,コンピュータリゼーションも同じカテゴリーと思われる。コンピュータ・ネットワークの普及した社会は脆弱な面を持つ。また,プライバシーの問題,有害情報の氾濫もある。これらの問題を解決するには,社会を構成する一人々が確固たる情報モラルを持たなくてはならない。情報モラルの育成は学校教育の大きな役割である。

 インターネットの教育利用は教師の役割の変化を促し,教育改革の始まりが近づいていることを感じさせる。生徒は視野を広げ,自らが学ぶ態度を身につけるチャンスが到来した。

 インターネットやパソコン通信は,人間同志のコミュニケーション・ツールとして存在するものである。ネットワークの向こう側とこちら側には,主体となる人間が存在し,ヒューマン・ネットワークを補完するものである。コミュニケーションの基本であり究極は,フェイス・ツー・フェイスであることを忘れてはならないと思っている。

 また,インターネットに流れる有害情報は,善悪無数の情報が氾濫する中の負の世界である。これに対して毅然とした選択能力や,ある種の免疫をも身につける必要があるだろう。更に,これからのテクノロジーの進歩によって,学校教育現場や家庭教育の場で,有害情報のブロックができるようになることを期待している。

7 今後の計画

 現在,校内でのインターネット利用は生徒,教職員とも日常化している。これからは国際共同イベントとして,高校生ロボットコンテストや環日本海酸性雨計測プロジェクト,教育ソフトライブラリ,オンライン・スタディーの開発など高度利用にチャレンジして行きたいと考えている。

 また,校内的に今後解決しなければならないものとして,現職教育の問題,マルチメディア化(ATM・光ケーブル化,100BASE等),イントラネットの開発,セキュリティの向上,情報公開への利用,パソコン通信「えひめ教育NET」との接続,回線速度の向上(できればマルチメディア化に対応したい),9年度以降の運営経費の問題などが山積している。地道にこれらを一つひとつクリアして行く計画である。

8 エピローグ

 インターネットの教育利用は緒についたばかりである。これから本格的な利用と評価が得られる時期である。

 社会がグローバリゼーションの波に洗礼されようとしている時,学校現場へのネットワーク・システムの導入は大変タイムリーなものであった。このプロジェクトは100校余りへの導入であったが,初等・中等教育の改革にとって,とてつもない大きな夢を投げかけたと思う。わが国には5万校に近い学校が存在するといわれるが,速やかにすべての学校現場や教育機関・施設に導入されることを期待する。ネットワークは利用者が多ければ多いほど多様性に富み,有用性が増すものである。

 また,教育機関へのネットワーク導入が増加し,更に,教育利用が高度化すると,現状のネットワーク管理体制(校内職員が担当)では限界があると考えられる。この問題の解決方法は,各教育機関にテクニカル・コーディネータかシステム・エンジニアを配置する,もしくは一定地域をサービスできる担当者を配置するなど対策が必要である。

 現在,インターネットが利用できる世界人口は,推定8000万人といわれる。世界中で,誰もが利用できるようにODAやNGOの対象として,力を注いで頂きたい。

(実践者 愛媛県立新居浜工業高等学校 宇佐美 東男)

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