コンピュータネットワークを用いた学校外の人的資源との交流が

生徒にもたらすものは何か


選択授業(情報基礎)
本実践のねらい

 中学校における選択授業で、インターネットの電子メールやホームページを利用した,学校外の人的資源との交流をデザインした。そして,その交流が,生徒の社会的な能力の発達や知識構造の変容にどのような効果を及ぼすか検討した。

 事前事後の質問紙による調査を比較したところ,社会的な能力においては,「自己表現」能力の伸張が認められた。一方,知識構造においては,「命題」的な知識の増加が見られたが,直接体験に伴って習得される「イメージ」や「エピソード」的な知識に変化は認められなかった。現時点でのコンピュータネットワークの利用は,生徒の学習への動機を大いに高める可能性があるものの,「知識」習得に必要な「直接経験」の代用とはなり得ないことが示された。


1 本実践における環境

(1) 周囲の環境

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figure 1. 福生第三中学校遠景
 東京都福生(ふっさ)市は,都西部の住宅地域であり,住民の多くは都心へ通勤・通学している。市の東部(面積にして約1/3の地域には,アメリカ空軍の横田基地が存在し,市内には軍関係の宿舎も点在する。

 福生市を流れる多摩川沿いの大部分が,本実践を行った福生第三中学校の学区に属し,その中には都営熊川団地及び住宅公団福生団地の2つの団地を含んでいる。

 当校は,普通学級12,生徒数421(男223,女198),教職員数23(男14,女9)で構成されている。

(2) コンピュータネットワーク環境

 コンピュータ教室には生徒用のNEC製PC9801FXが20台配置されている。教師用は同じくNEC製PC9801FAであり,双方のOSはMS-DOS3.3Dである。コンピュータ教室は,指導者が在室する,または許可する場合を除き施錠がされており,生徒が自由に活動することはできない。インストールされているアプリケーションは,ジャストシステム製の「一太郎Ver4.3」(以下,「一太郎」),鈴木教育ソフト製の「ハイパーキューブVer2.0」(以下,「ハイパーキューブ」)などである。生徒は自分自身のホームページを作成する上で,「一太郎」で文章を編集し,「ハイパーキューブ」でホームページに挿入する画像を作成した。

 インターネットへは,指導者が所有するノート型コンピュータ(NEC製PC9821Nd。以下,ノートPC)を持ち込み,通常の公衆電話回線を通じて,プロバイダーと呼ばれるインターネット接続業者を経由して接続した。

 指導者と生徒との情報の受け渡しは,以下の2通りの方法を適宜用いた。

  1. 印刷物(画像ファイルなど)
  2. フロッピーディスク(文章はテキスト形式で保存したもの)
Computer Room Network Structure
figure 2. コンピュータ教室
figure 3. ネットワーク模式図

2 指導計画と学習内容

(1) 第I期−ボランティアとの交流によるネットワーク・オリエンテーション

 本実践は,週に1時限(水曜日第5時限)設けられた第3学年選択授業の中の1講座(選択授業「コンピュータ」)として行われた。前述のように,生徒用のコンピュータが20台のため,20名を募集したところ,すべて男子生徒が応募し,活動を始めた。なお,活期間は1年間である。他の学校行事・学年行事の関係で選択授業が行われない週もあっが,放課後に振り替えて活動する場合もあった。

 第I期(1学期)では,コンピュータネットワーク(インターネット)に慣れるために,いろいろな企業のホームページを見学したり,学校外のネットワーク・ボランティア(一般の方,大学関係者,大学院生,大学生など)との電子メールの送受信を行った。

(2) 第II期−個別課題解決学習ならびにバーチャル・クラスルームへの参加

 第II期(2学期及び3学期)は,生徒それぞれが個別の課題解決学習に取り組んだ。

 「自然環境」「社会福祉」「国際理解」から任意に1つのテーマを選び,インターネットも情報収集の1つの手段として用いることとした。なお,このテーマ選定に関しては,「教育工学関連学協会連合情報教育プロジェクト委員会ワーキンググループ」により提起された情報教育に関わる特別リポート「小・中・高一貫情報教育に関する学習指導要領への提案」(1996)に準拠した。

 また,個別の課題解決学習と並列に,クラス全体としてAT&TJensが主催する「バーチャル・クラスルーム・オン・ザ・ネット・プログラム(以下,バーチャル・クラスルーム)」に参加し,アメリカとスウェーデンの中学校と共同研究を行った。このプログラムでは,相互の国歌(National Anthem)の紹介がなされ,国際的な賛歌(International Anthem)を共同作成するというプロジェクトが進行した。使用言語は英語であり,アメリカ及びスウェーデンから寄せられる意見は,コンピュータの翻訳ソフトを用いて生徒に伝えられた。日本の生徒からの意見表明は,可能な限り自ら英訳して伝えられた。

3 実践の成果

(1) 第I期

 生徒のコンピュータに対する基本技能(狭義のコンピュータ・リテラシー)は様々なレベルであったが,日本語入力の技能は「電子メールを発信する」という目的があったため,回を重ねるごとに特別な指導を必要とすることなく上達していった。実践中には,リテラシーの高い生徒が指導する側にまわり,他の生徒の入力を手助けする場面も見られた。

 ボランティアとの交流からは,インターネットを利用する上での注意事項や第I 期から取り組む個別課題解決学習へのアドバイスを得た。この交流により,生徒はコンピュータネットワーク上でコミュニケーションを行う上でのスキルを習得し,第II期における異文化交流や,個別課題解決学習を進める上での専門家との交流に役立てていった。

table 1. 生徒の質問とボランティアの回答の例
生徒の質問の電子メール
初めまして,**先生。僕の名前は****です。僕は福生3中の三年生で す。
先生に少し質問があります。まず,電子メールを使う上で,注意しなければいけないことはなんですか?(後略)
ボランティアの回答の電子メール
>初めまして,**先生。僕の名前は****です。
 はじめまして。**です。よろしく!
>電子メールを使う上で,注意しなければいけないことはなんですか?
 一番大切なのは相手のことをいつも考えないといけないことでしょうか。普通の会話では,いつも相手が見えています。だから,今,自分がしゃべ ったことを相手がどう受け取ったかは,相手の様子から知ることができます。でも,電子メールでは相手が見えませんから,相手が不快になること や,いやな話題を書いてもそれがわかりません。また,軽い気持ちで書いたことが相手を傷つけてしまうこともありますし,それがきっかけで言い 争いになってしまうこともあります。ですから,相手のことを考えながら書く,ということはとても大切なことだと思います。このことは普通のメ ール(紙に書いた手紙)と一緒ではないでしょうか?

(2) 第II期

 個別の課題解決学習は,情報の収集をインターネットだけに頼らず,図書・雑誌・新聞など様々なメディアを用いて進められた。インターネットの利用は,滋賀県大津市平野小学校の「全国おたずねメール」やNTTの「こねっとチューター」への質問という形で行われた。その成果は,生徒それぞれが作成するホームページ上にまとめていった。

 生徒が公開したホームページは原則として毎授業時に更新されたが,暫定的に公開されたホームページには学校外からの電子メールが寄せられ,それは生徒の新たな学習への原動力となった。

 バーチャル・クラスルームにおいては,共同作業に先立ち自己紹介が相互に行われたが,その内容は自己に関わることだけでなく,共同作業内容の提案も含む積極的なものとなった。

 共同作業の話し合いにおいても,ただ情報を受けるばかりでなく,盛んに情報を発信する取り組みが見られた。例えば,国際的な賛歌(International Anthem)の作成という提案がスウェーデンの生徒からなされたとき,本校の生徒はお互いの国歌(National Anthem)の紹介をすることの提案をし,引き続き「君が代」に関する生徒それぞれの意見表明が行われた。交流当初は,相互に一方的な自己紹介が行われてきたが,それからの意見交流はインタラクティブに行われ,コンピュータネットワーク上に共同作業をするためのコミュニティ(話し合いの場)が作られていった。

table 2. ホームページを見た方からの電子メールの例
1回目
どうも初めまして。
 福生市の中学でホームページがあるとは知りませんでした。私も現在福生に住んでおりまして,ホームページで福生市の地域情報や八高線,横田 基地などの情報を載せています。ぜひご覧ください。それでは。
2回目
>**さん,おはようございます。
 おはようございます。僕も朝見ました。
>生徒は「横田基地の騒音問題について」ということで,webを公開し ています。
 そうですか。騒音問題ですか。これはなかなか難しい問題ですね。
 僕は今年の夏休みに福生市郷土資料室に学芸員の実習に行きまして,その際に横田基地に関する資料を探したのですが,あまり良い物がないんで すよね。
 中央図書館では福生市に関する新聞記事を全て保存しているので,そのなかに使えるものがあるかもしれませんね。高校入試もあって大変でしょ うが,**君にはがんばっていただきたいと思います。

table 3. National Anthemに関する紹介の例
Introduce about "Kimigayo"
Hello, all the people to participate from Tokyo !
We hope that you reconsider it about Japan by introducing our national anthem and traditional instruments to you. We hope that you introduce your national anthem and traditional instruments to us.
At first, we state our opinion to you about "Kimigayo" which it issaid that it is Japanese national anthem.

from ** **
When it is a Japanese national anthem formally, "Kimigayo" is n't always decided by Japanese law.

from ** **
"Kimi" is the Emperor's thing.
The Emperor is the symbol of the unification of the Japanese country.
"Kimigayo" is the song when it is the man of power that the Emperor was absolute.
It is the second world war time to be the man of power that the Emperor was absolute.
Because we have a feeling of the apology for the war, there is a person who has a feeling that it is critical toward "Kimigayo" in us, too.

4 交流が生徒にもたらしたもの

(1) 「自己表現」能力の伸張

 交流の前後,第3学年の生徒全員を対象として社会的な能力の変化を測定した。なお,検証に用いたのは,「情報活用能力自己診断システム」(図書文化社)より抽出した,社会性に関わる16の質問項目である。

 自己評価による回答を比較した結果,「コンピュータ」を選択した群において,次にあげる「自己表現」能力の伸張が認められた。

  1. 自分の考えを,相手や内容に応じてじょうずに伝えられますか。
  2. 話し合いのときは,自分から積極的に発言しますか。
  3. 自分の意見を持つようにしていますか。
  4. 話し方を自分なりに工夫していますか。
  5. 考えていることを文章や絵にするのが得意ですか。
  6. 人の前で気楽に発表できますか。

(2) 知識構造の変容

 交流の前後,「コンピュータ」を選択した生徒を対象として,個別課題解決学習で任意に定めたテーマに対して,連想する語を比較した。なお,検証に用いたのは,「イメージマップテスト(以下,IMT)」である。これは,あるテーマを巡って,学習者が直接的ないし間接的経験,疑問,願望,感情,知識などを関連づけることによって,学習者の思考の一部を視覚化するものであり,様式は,二重(もしくは三重)の同心円の中心に,ある事柄・概念を表す「刺激語」を配置し,この「刺激語」から連想した事柄や言葉を同心円の円周上に記入するという自由連想形式を取る。

 IMTの検証の結果,「命題」的な連想語(一般的な定義,常識にあてはまるようなもの)の増加が見られたが,「イメージ」(形容詞など)や「エピソード」的な連想語(個人の経験に基づくもののうち,命題に含まれないもの)は変化が見られなかった。このことは,現時点でのコンピュータネットワークの利用が,「知識」習得に必要な「直接経験」の代用とはならないことを示している。

5 評価とまとめ

 学校外の人的資源と交流していく教育実践が,学校と社会との連続性を高め,社会の変化に対応し,「生きる力」を兼ね備えた人間の育成に寄与する可能性は高いと思われる。本実践のような形態をとることにより,旧型のハードウェアやOSを用いてもなおネットワークを通したコミュニケーションが実現できる。しかし,生徒一人ひとりの学校外部の人的資源との「出会い」をコーディネートするのは,学校現場の教員にとってそう容易なことではない。

 本実践においては,ボランティアで学校外の教育力を求めたが,ボランティアへ応募する動機の中に,「ボランティアに興味はあったが,時間と場所の制約があり,今までは実現困難だった」というものがあった。コンピュータネットワークを用いることにより,新たな学校内と学校外との人的連携が可能となる。今回のボランティアは商用パソコン通信(Nifty-serve)の掲示板や各種メーリングリストを通じて募集したため,ボランティアの居住地は全国各地に散らばった。しかし,コンピュータネットワークを活用することは,遠距離間の通信だけでなく,今まで学校教育に関わりたくとも物理的,時間的に関わることができなかった地域の人々を学校教育に巻き込むための1つの手段となる。

 中央教育審議会第一次答申(1996)において,地域の教育力の学校教育への導入が提起された。学校としては,単に学校外に教育力を求めるだけでなく,学習の場を提供する姿勢,共に学ぶ姿勢を失ってはならず,学校の従来持つ教育力と,学校外の教育力との融合を計りながら,教育を進めていくことができるようなカリキュラムの編成,開発が必要であろう。

(実践者 東京都福生市立福生第三中学校 荒木貴之)


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