インターネットの教育利用のコンセプトとは

東京大学教育学研究科
市川 伸一

 新しい道具が教育の中にはいってきたときに,それがどのように使われるかは,どのような教育をしたいと考えているかという「教育のコンセプト」に依存する。コンピュータの場合もそれは同様である。多くの実践事例を見てみると,それぞれの教育者が何をめざしているのかという「教育観」や,学習とはどういうものと考えているのかという「学習観」が明らかになる。もちろん,こうしたコンセプトは何が正しいというものではない。100人の先生がいれば100通りの教育観や100通りの学習観が存在する。また,子どものほうも,それぞれの教育観や学習観をもっている。

 しかし,それだからこそ,他者の教育観や学習観を知って,自分のそれを見つめ直してみることは大きな意義がある。この事例集にもそうした意義があるものと私は理解している。つまり,個々の事例を,単に技術的な意味で参考にするだけでなく,その背後にあるコンセプトを理解して,自分なりに検討してみようということである。それは,新たな実践を生み出していくことにもつながっていくだろう。本書の各報告で,「インターネット利用の意図」を冒頭に書いていただいたのも,そのような趣旨からである。

 こうしたコンセプトは,道具の出現以前からあったものが,道具によって具現化されて,他の人にも伝わりやすくなるということがある。インターネットを例にとろう。「学習とは情報を収集し,自らの知識とすることだ」という学習観であれば,インターネットは膨大な情報にアクセスできる便利なデータベースとして扱われる。「学習とは,知識を自ら構造化することだ」という学習観であれば,得た情報を加工してホームページなどの制作物として発信しようという活動が組織される。「学習とは,コミュニケーションを通じて互いの考え方を知り,自分の考え方をつくっていくことだ」という学習観であれば,ホームページや電子メールにしても,双方的なコミュニケーションが起こるような工夫がなされる。

 言葉の上だけで,「私はコミュニケーションを重視した授業をしようとしている」と言われるだけよりも,その実践者の授業の中でインターネットがどのような使われ方をしているかを見せていただくほうが,コンセプトははるかによくわかる。そして,それに共感して自分もやってみようと思ったり,批判的に吟味して別の方向の実践をしてみようと思う人が現れて,教育全体が少しずつ動いていくのだろう。

 コンピュータがとりわけ興味深いのは,非常にフレクシブルな道具で,コンセプトしだいでいろいろな使い方ができる点である。ただ,その中でもインターネットを生かしたおもしろさは,やはりそれが「通信」の手段であるという点ではないかと思う。つまり,普段はなかなか直接会ってコミュニケーションできない人たちを結ぶというところである。人とのつながりを重視するという教育観,学習観に立った時,インターネットはとてつもない魅力をもった道具となる。

 私は別に広告をする立場ではないのだが,アメリカの ThinkQuest というホームページのコンテストは,そうした魅力あるコンセプトをもっている。中学生や高校生がチームをつくって,他の子どもたちにも使ってもらえそうな教材をホームページとして作成するのである。このチームは地理的にも,立場的にもできるだけ離れたものであることが奨励される。たとえば,アメリカの都心部に住む生徒と,アジアの過疎地域の小規模校の生徒とでチームを作れば申し分ない。そこには,教師やボランティアがコーチとなってつくことも認められている。

 ここにあるコンセプトは,立場が異なる者がいっしょに学びながら何かをつくりあげていくという協同学習のコンセプトである。また,作ったホームページは,どれだけアクセスされたかが評価の対象となる。これは,知的生産とは作った個人に閉ざされたものでなく,利用に供されて,さらに改善されていくものだというコンセプトの現れといえよう。それは,学びを個人的な知識・技能の獲得ではなく,社会的な広がりをもったものとしてとらえることにもつながり,子どもたちのやりがいを引き出しているように思われる。さまざまな作品にしろ,ホームページにしろ,作ったらそれきりで,社会の中で機能することが目指されていないことが学校では少なくない。「作ること自体に意義がある」のは,そのとおりである。しかし,作ったものが他者の役にも立つというとき,子どもたちの意気込みはがぜん違ってくるし,「他者から見てもわかりやすくするにはどうすればよいか」という工夫も湧いてくる。

 ここで,大切なことは,「こうしたコンテストにぜひ参加しよう」ということではなく(もちろん,参加していただくのは非常にけっこうなのだが),こうしたコンセプトは学校でもいろいろな形で生かせるのではないかということである。通常はなかなか直接会えない人たちとのコミュニケーションや協同制作というのはもっとあっていいはずだ。同じ地域にあってさえ中学生と高校生とはなかなか顔を会わせない。同じ学校でさえ,クラスや学年が違うと話す機会は少ないのである。また,作ったものを他者に利用可能なものにする場というのも,ありそうでなかなか学校では少ない。

 インターネットというと,「世界をまたにかけた」という派手なことを連想しやすいが,興味深い実践の教育的なコンセプトは意外と基本的なところにあるのだろう。要するに,「他者とのつながり/関わり/相互理解」ということであり,それを通じて学習者一人一人の内面的な充実をはかるということこそが,すべての学習の基本でもあり,インターネットの教育利用の原点でもあると思う。また,そうした着実な実践が増えつつあることが,本書からも読み取っていただけるのではないだろうか。

CEC HomePage インターネットを利用した授業実践事例集2 平成9年度