数学科におけるインターネットの活用
--- MATH-CUT STUDIUMの取り組みを通して ---

中学校第1・2・3学年・数学
岡山大学教育学部附属中学校 川上 公一・大月一泰・平野 圭一

インターネット利用の意図
 本校は,1995年「100校プロジェクト」実践校に指定され,インターネットの利用が可能となったのを機会に,数学教育の中に取り入れていくための実験を1995年9月に開始し,1995年10月よりマスカットスタジアム(MATH-CUTSTUDIUM)というホームページを作成して,数学科においてインターネットの活用について研究してきた。ここでは,「挑戦状のページ」および「数学科の先生方へ」の2つの内容を中心に発信し,情報の交流を行っている。
 活動の過程において全国の中学校の教師や生徒,数学・数学教育の研究者等との交流が活発に行なわれるようになった。インターラクティブ=双方向性ということの重要性が徐々に明らかになってきたのである。全国あるいは世界中の中学生たちと共通の問題を協力して解きあったり,自分の考えを論理的に表現したりすることが可能となったのである。

1 はじめに
(1) 数学教育観の変化
 学生・生徒の「理数離れ」が言われて久しい。IEA の調査によれば,わが国の生徒は数学はできるが,好きではなく,役に立つとも思っていない傾向にあるという結果が出て,マスコミでも様々に取りざたされた。
 このような社会的な課題に対応するためには,数学を積極的に活用していこうとする態度を育てるとともに,関心・意欲の伸長をめざすことが重要になってくる。ともすれば数学の学習では日常事象から遊離し,計算の技能や知識の理解が中心となる指導になってしまうが,身近な事象の中に数学が生きて働く場面を設定し,その中にある性質を数学的に考察していくことや,自分の考えを論理的に表現することが大切であると考える。
(2) インターネットのひろがり
 インターネットは,世界中のコンピュータと瞬時に結びつくことができるネットワークである。いろいろな人が成果を共有し,あるいは発信していくというのがこれからの情報教育の一つの大きな柱になっていくであろう。将来的にはコンピュータを通して情報受信型の学習から情報共有型,情報発信型の学習に変えていくことが可能であると考える。
 本校は,1995年「100校プロジェクト」実践校に指定され,インターネットの利用が可能となったのを機会に,数学教育の中に取り入れていくための実験を1995年9月に開始し,1995年10月よりマスカットスタジアム(MATH-CUTSTUDIUM)というホームページを作成して,数学科においてインターネットの活用について研究してきた。
 ここでは,「挑戦状のページ」および「数学科の先生方へ」の2つの内容を中心に発信し,情報の交流を行っている。(図1)
 活動の過程において全国の中学校の教師や生徒,数学・数学教育の研究者等との交流が活発に行なわれるようになった。インターラクティブ=双方向性ということの重要性が徐々に明らかになってきたのである。全国あるいは世界中の中学生たちと共通の問題を協力して解きあったり,自分の考えを論理的に表現したりすることが可能となったのである。
2 研究のねらい
図1 マスカットスタジアム
本研究のねらいは以下のものである。

本校生徒に対して
○ さまざまな人々と問題を出しあったり,協力して問題解決に当たることを通して数学への興味・関心を高めたり多様な見方や考え方のよさを感じたりできるようにする。
○ 自分の考えを数学という表現手段を用いて他者に明確に論理的に伝えることができるようにする。


数学教育に対して
○ インターネットの特性を生かしてさまざまなレベルでの交流を通して授業実践の共有化ができるようにする。
○ 研究者・授業実践者・学生などをまきこむことにより,数学教育のネットワーク化を図るようにする。

3 マスカット−スタジアムの内容
(1) 挑戦状のページ
 数学に対する興味・関心や意欲を高めたり,それを評価したりすることの必要性が求められている今日,教師が生徒に学習内容をさし示し,生徒はそれを受け取るだけというような知識伝達型の授業からの脱皮が求められている。挑戦状のページではWWW上に,2ヶ月に一度程度問題を出題するとともに,本校の生徒たちにも自由な課題として提示する。生徒に出題する問題は,自主レポートとして提出させるのが原則である。問題の作成にあたっては,多様な見方や考え方ができること,発達段階に応じて解決することができること,様々な人々の助言により発展的に問題を変容させていけることを前提とし,「おもしろそうだな」「やってみよう」という意欲のわくような内容であることを大切にしている。また,第3学年の「選択数学」の時間でも,問題を作成したり,解いたりすることを行っている。1995年11月に第1問を発信して以来1998年1月現在第12問を発信中である。
 例えば,第8問(図2)は,本校の同窓生の38歳の会社員から寄せられた問題である。これを「挑戦状のページ」に掲載するとともに,「選択数学」の時間に希望者に取り組ませた。時間をかけて粘り強く取り組むことにより図3のような解答を得ることができた。また,岐阜県の中学生も取り組み,解答を電子メールで送ってくれた。このような形で交流が可能になるとともに,交流の輪の広がりを感じるようになった。
図2 挑戦状のページ第8問
図3 挑戦状のページ第8問解答
 生徒たちが興味を持って解決した課題は,さらに多くの人々によって同様に解決される。第1回の課題に対し,同じ中学生からの解答,情報工学を専攻する大学院生,Mathematicaを使って調べつくしをしていった解答など多様であり,生徒は,自分たちの考え方と比較し,さらに発展させることができた。
(2) 教育実践の公開
 数学教育の改善にあたっては,教師それぞれが持っているアイディアを交換したり,共同で研究したりすることが必要である。このような教材開発や指導法の研究をインターネット上で展開できるようになれば,時間を有効に活用しながら,密度の濃いコミュニケーションが可能になる。すなわち,インターネットの最大の利点である「インターラクティブ=双方向性」を積極的に活用することにより,互いの実践を比較したり,批判したりすることも即時的に可能となるのである。1998年1月の現在,27例の授業情報を発信しいる。
4 数学教育のネットワーク化
(1) NEKOPAPAKIDS
 1997年4月から,[NEKOPAPAKIDS]というメーリングリストが開設されている。これは全国の中学校から参加し,選択数学の時間を中心に,WWW上で互いに問題を発信し合い,解答を募集するものである。1997年8月には,選択数学にとらわれることなく,夏休み特集として,より広い層を対象に「NEKOPAPAKIDS夏休みの課題」を互いに発信した。本校では問題をプリントアウトして3学年すべての夏休みの自主レポートとした。同じ問題を全国の中学生が取り組んでいると感じられ,しかもじっくりと考えることができるので,数学的な考え方のよさを感得したレポートを作る生徒も多くみられた。
 1年生では,第1学期の終わりに正の数・負の数のまとめと,電卓の利用の習熟をめざして,夏休みの課題のなかから図4の「小町算」の授業を行った。この課題に対して,図5のような解答をいくつも発信することができた。

図4 NEKOPAPAKIDS夏休みの課題

図5 生徒が作成した解答例

図6折り鶴のページ(両校)
(2) 授業の交流 おりづるプロジェクト
 本校の3年生は修学旅行で九州に行く。このとき阿蘇に宿泊するが,修学旅行の調査を行なっているうちに熊本県阿蘇郡長陽中学校との交流が始まった。情報の交換を進める過程で,授業での交流も行なわれるようになった。数学科ではおりづるの性質を作図ツールで考察し,正方形以外のおりがみでもつるが折れることを調べてみようという授業を行った。長陽中では2年生の図形の単元で,本校では3年生の選択数学の時間で,協同して追究活動を行った。教師と生徒が共通の課題を持ち,課題の解決の過程や成果を通して学校間の交流を目指すものである。教師は,折り鶴という課題をそれぞれのねらいで授業実践を行い,図6のようにWWW上で実践を公開した。生徒は課題を通して考えたことや感想等作成した折り鶴と一緒に交換する。このような具体物をともなう交流によってインターネットのバーチャルな部分を補うことができた。
(3) グラフを歩く
 グラフ電卓では,実現象を様々なセンサーで測定しデータをとりこみ,それを数学的に分析していく活動が可能である。例えば,二次関数の授業において,ボールを床に落とし,それのはねかえる様子を距離センサーで感知し,それを電卓でグラフ化することができる。
 この電卓の開発者であるオハイオ大学のバートウェイツ博士から電子メールを受け取り,次のような授業を行なった。この授業を行うことをメーリングリストで紹介したところ石川県の大学の先生から「こんなのはできるかな?」という挑戦状が寄せられた。


図7 MATH-WALKING
@ インターネットでアメリカからみんなにメールが着いたよ。
 あいさつ代わりの宿題だって・・。グループごとにグラフを決めて歩いてみます。
A 自分でグラフをつくってもいいんだね。きまったところから黒板にかいていこう。
B 作戦会議だ。できたところから歩いていこう。いよいよ,MATH-WALKINGの開始です。
C みんなすごい。歩けたじゃないか。(図7)
D 実は,もう一つメールが来ているんだ。こっちは金沢の大学のS先生から。Mr.SのS型に歩けるかどうかって言うことだよね。どうだろう。
 …センサーは2つのものを同時にわからないから無理だ。
 …時間は後戻りしないよ。
E ここのところが関数のとっても大切な考えで,ONE AND ONLYONEって言うんだ。

 この例のように,教室内で行なわれてきた学習活動が,教室の壁をこえ,数学者・数学教育研究者・学生・他の専門分野の方・一般の方などを巻き込む形での活動も可能になってきたのである。

5 まとめ
 このようなプロジェクトをネットワーク上で行なうことにより,多様な学習の展開が可能となり従来の学校・学級の枠を超えた新たな学習活動の展開が可能になった。実践を積み重ねていく間に様々なネットワークが構成されるようになってきたのである。これらのネットワークは教師が関わっているのであるが,それを通して得られた様々な情報は,授業を通して生徒に還元されていく。生徒からも,自信が持てるような自主レポートやアイデアができたときには,「インターネットで発信して・・。」と言うような声が聞かれるようにまでになった。
 ネットワークは,最初から存在するのではなく,さまざまな取り組みを続けていく中で少しずつ構築されていくものである。インターネットの価値は,さまざまな人がインターラクティブにコミュニケーションできることである。そこで重要なことは,コミュニケーションの対象はコンピュータではなく,それを通してコンピュータの向こうにいる人間であるということである。このことを生徒たちも感じることができるようになってきた。数学教育においても,授業実践や教材開発等の情報を発信し,様々な立場の人と意見を交換し,研究・実践のための共同体を,ネットワーク上で構築するといった環境の整備・充実が現実に可能になりつつある。また,数学の学習においても,インターネットは,教室の中での知識・理解や技能偏重の数学から生徒の興味・関心を生かし,より創造的な数学へと変化させる可能性を持っていることを示すことができた。
ワンポイント・アドバイス
 選択授業としての数学が,各校でも実施されています。これらの生徒の主体的な取り組みの中にインターネットでの情報収集や情報発信などを取り込むことによって,教室の枠を越えた数学学習が可能になります。そのような学習をめざしているメーリングリストに[NEKOPAPAKIDS]があります。
 http://www2.gol.com/users/nekopapa/sugaku/JH/
 また、数学教育全般に関するメーリングリストとし[mathedu]があります。
 http://www.cer.yamanashi.ac.jp/narita/edudir
 これらを積極的に活用していくことにより数学の授業ネットワークを構築していくことが可能です。

利用したURLなど

・MATH-CUT STUDIUM http://150.46.175.4/kyouka/math/math.html
STUDIUMは,studyとstadiumからの造語である。

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