学校を超えたネットワークコミュニケーションの試み
─オンラインディベート─

高等学校第2学年・家庭科
清泉女学院中学高等学校 上野 顕子

インターネット利用の意図
 これまで,「家庭経営」や「保育」領域などで,将来の生き方に関わるいくつかのテーマ(女が得か男が得か,夫婦別姓,人工妊娠中絶,共働き夫婦に子どもができた場合,妻の仕事継続について等)でディベートの授業を展開してきた。しかし,清泉は私立の女子校であることから,多様な意見を見いだしにくい時もある。また,男子の意見や自分たちと異なる環境にいる人達の考えに対して興味が高い。実際,ディベートをやっていると家族の問題は必ず女性,男性の両方に関わってくることに気付き,「男子の意見も聞いてみたい」という声があがる。そこで,同じテーマでディベートを行った他の学校の生徒と授業の様子を記録したテープやプリントを交換するということを試みた。この方法でも,考え方の多様性に気付くことはできたが,教師が媒体となる間接的な交流なので互いの存在に対するリアリティに欠けるという問題があった。そこで,これを何とか生徒同士が直接意見を交換することができるようにしたいと考えた。
 これらの授業実践から生まれたニーズを基にインターネットを利用したコミュニケーション,オンラインディベート(以下オンDと略す)を計画した。

1 人間の生き方と性
(1) ねらい
 将来に通じる選択を行う青年期において,多様な意見に気付き,自分の生き方や性をめぐる自己の考えを深めることは重要な課題である。その課題を達成させる一つの有効な教育手段としてインターネットを利用し,異なる環境や地域に位置する学校と意見交換をすることをねらいとした。
(2) 指導目標
・青年期は自分自身を知り,これからの人生を設計する準備段階として大切な時期であることから,自分の意見を持ち,選択して生きていくことの重要性を理解させる。
・性や命をめぐる現代の問題に気付かせる。
・グループで活動することにより,それぞれが持つ知識,意見,そして収集した情報をまとめる能力を養わせる。
・異なる地域の学校や異性の生徒の持つ多様な考え方の存在を知らせる。
(3) 事前準備
 他校への呼びかけは,「100校」のメーリングリストを使った。最初はなかなか反応がなかったのだが,「新100校」が開始するに際して東北学院中学高等学校からの応答があった。しかし,一挙に授業を通しての交流というのは実現困難であった。なぜなら学校によるカリキュラムの違い,担当者の専門教科の違い,時間割や学校行事などの違いとともに,コンピュータをめぐる環境の違いも障害になったのである。頻繁なメールのやりとりと,東北学院の担当者が上京したのを機に会っての話し合いで,とにかくやってみようということでプロジェクトが開始された。
 東北学院は,東北地区のインターネットの教育利用の協議会を中心に,インターネットを使って何校かで実際にディベートを実施した実績を持っていたので,仙台地区の高校に呼びかけたところ,宮城県立泉高校が加わった。その後,さらに輪は広がり,福島盲学校,松山東雲高校,Webを見たことにより興味を持った個人参加の高校生も加わった。
 また本校は神奈川県のインターネットの教育利用協議会(KICE)を通して支援と参加校の募集を行ったところ,WIDE プロジェクトに関わっている慶應藤沢の大学院生の全面的な支援をえることができた。
2 指導計画(活動の流れ)
活動計画 活動内容
5月 交流の開始 「倫理」の授業で行った「青年文化」についての生徒のアンケートやディスカッションを東北学院でも実施してみる。アンケート結果やディスカッションの結果をメールで送り,それを東北学院の高校2年生のホームルームで扱い,その結果を送ってもらって比較する。
6月 IRC (インターネットリレーチャット)を使ったチャットによる交流 生徒たちに「インターネットを通じて仙台の男子校と交流してみよう」と呼びかける。月曜日と木曜日の放課後,4時から5時までを定例のチャットの時間とする。CU-SeeMeによる画像転送も試みる。
7月 倫理の論題による第1回オンD(参加校:東北学院高校,宮城県立泉高校,清泉女学院高校) チャットによる交流が定着した頃オンDをすることを生徒に提起する。論題は「茶髪,ピアス,ルーズソックス等のファッションは高校生らしい文化である」である。有志の生徒が行う。
9月 教員・技術者のオンD 生徒にオンDの楽しさやその”妙”を伝えるたに,教師もオンDを体験する。論題は,「日本の教育に,飛び級制度・飛び級選抜制度(例えば高2→大学)を導入すべし」である。
10月
30日
福島盲学校参加に当たっての会議 CEC ,福島盲学校,東北学院により,第2回オンDに盲学校の生徒が参加するにあたり考慮すべき点について話し合う。
12月

2月
家庭科の論題による第2回オンD(参加校:東北学院高校,宮城県立泉高校,福島盲学校,松山東雲高校,高校生同盟,清泉女学院高校) 論題は,以下の利用場面に示すとおり。同論題による教室ディベート後,オンDを行う。全4クラスの生徒が関わる。
※オンDの企画概要はhttp://www.jhs.tohoku-gakuin.ac.jp/debate/ond/ond.htmlを参照

3 利用場面(第2 回オンD,家庭科における取り組み)

 次のような論題設定のもと,インターネットを利用したオンDを行う。
 A子は「妊娠3カ月に入っていますね。」医者からそう告げられたとき目の前が真っ暗になった。自分に限って妊娠しないだろうと高をくくっていたのが失敗だった。
 A子は就職がすでに決まっている大学4年生,彼は大学院2年生,そのまま博士課程に進む予定である。つきあい始めてから1年になる。
 A子は妊娠の事実を真っ先に彼に伝えた。その時の気持ちは正直言って産もうとも,おろそうとも決めかねる,白紙の状態だった。ずるいようだが,彼の反応を見て考えようと思っていた。ところが彼は,「ええっ!・・・・・・でも,安易に産むわけにはいかないじゃないか・・・・・・これからのことを考えるとおろしたほうが・・・・・・」といった。彼の気持ちも分かる・・・・・・。しかし・・・・・・どうしよう・・・・・・。
 彼を説得して産もうか・・・・・・それぞれの将来の夢を考えれば,今は子どもを産まないほうがよいのだろうか・・・・・・A子の気持ちは次第と支離滅裂に・・・・・・。

論題:この状況でA子は A(肯定側)産むほうがよい B(否定側)産まないほうがよい

活動内容 留意点
・教室ディベート,オンD開始に当
たり,グループごとに作戦を練る。
それぞれのグループ(7,8人)に別れ,いろいろな視点(倫理面,経済面,精神面,この女性の将来,相手の男性の将来,子どもの将来,子どもの命について等)からA,B両方の立場を考えさせる。A,Bを比べて,一方よりもよいと思われる点はどんなことか気付かせる。
・同論題で教室ディベートを行う。
・オンDを行うための準備をする。
オンDを行うグループとは別のグループに担当させる。
1.参加する生徒のグループ,担当教員,支援者,判定者それぞれがメールアカウントを持つ。

2.担当教員,支援者,判定者のメーリングリストにより企画や技術上の問題を話し合う。
生徒のアカウントは以下の例のように設定する
例)
 umu-b@ 〜 ,umanai-b@ 〜
 立場 クラス 立場 クラス
3.運用に関しての質問を受け付ける メーリングリストを用意する。 例)ond-c@ 〜
4.肯定側,否定側それぞれにメーリングリストを設け,学校を超えてそれぞれの立場で情報交換や作戦をたてる場を与える。

5.ディベートの立論や質問などは東北学院の担当者がプールし,対戦相手に同時に送る。また,それを随時ホームページに公開することとする(図1参照)

・対戦相手の決定
 4クラスの肯定,否定グループが8つのラウンドに振り分けられた。

例)
 肯定側 ond-koutei@ 〜
 否定側 ond-hitei@ 〜
対戦相手の組み合わせ
A-ROUND 清泉B 組肯定 - 東北学院否定
B-ROUND 東北学院肯定 - 泉高校否定
C-ROUND 泉高校肯定 - 清泉N 組否定
D-ROUND 清泉N 組肯定 - 松山東雲高校否定
E-ROUND 高校生同盟肯定- 清泉J 組否定
F-ROUND 清泉J 組肯定 - 東北学院否定
G-ROUND 福島盲学校肯定- 清泉P 組否定
H-ROUND 清泉P 組肯定 - 福島盲学校否定
I-ROUND 東北学院肯定 - 清泉B 組否定
・オンDの開始
 立論を送る(図2)。
 公開質問を送る。
 回答を送る。
おもに放課後の時間を用い,グループで協力,分担させる。
35文字×60行または句読点も含め1700文字以内
1 質問は100文字以内,質問は全部で5つまで。
1 回答は150文字以内。
・授業でオンDの様子を確かめる。
 IRC によるリアルタイム討論(図3)
 反駁作成(現在進行中)
この時点までの流れをプリントにし,クラスでオンDの流れや他の学校の意見を分かち合う。
チャットによる質疑応答。
否定側反対尋問10分。肯定側反対尋問10分。
35文字×30行または句読点も含め850文字以内


図1 オンDの流れ

図2 IRCでチャットをする生徒たち1

図3 IRCでチャットをする 生徒たち2

4 実戦を終えて
 各グループ7,8人という規模であったため,うまく分担・協力ができているところ,できていないところがあったが,全体的には,生徒たちは熱心に取り組んでいた。新しいことを試みることの興味とテーマへの関心,他の学校と交流することの楽しみが,生徒たちの参加を促したのだろう。オンDに実際には参加していなかった生徒たちからも,普段の授業と違って新鮮な取り組みだったという声が聞かれた。現在まだ進行中であるため,最終的な評価はできないが,この段階で集まった生徒の感想をもって,中間的な評価としたい。


(1) 教室ディベートと比べてオンDの良い点
 「プリントではなく直接相手の意見を読めて生で会話しているような感覚を味わえた。」
 「時間が限られないのでグループ内できちんとまとめられた。」
 「文章なので,形として残る。相手の意見を見ながらじっくりと考えられる。」
 「いつも会っている人達とではなく,別の学校の人達と意見交換ができる。」
 「相手をよく知らない分,かなり正直に意見が言える。」
 「文字にすることで自分たちの意見を再確認できるし,相手の主張を聞き逃すことがない。」
 「同時進行で何ラウンドも行われるので他のラウンドを参考にできる。」


(2) 教室ディベート違って問題となる点
 「生の声を聞かない分,討論独特の熱気が伝わってこない。」
 「お互いの意見を見るまでに時間がかかるので,つい何を考えていたのか忘れてしまう。」
 「文面だけで相手の意見を見るので微妙な雰囲気が伝わりにくい。」
 「考えたことをその場ですぐにいえない。」
 「相手を納得させるだけの文章力が必要となる。また読みとる力も必要。」
 「チャットの場合,文字入力速さが必要。」


(3) 他の学校の人や男子の意見を聞けたことに関して
 「同じ問題でも性別や教育環境の違いによって,異なる意見が出るのでおもしろい。」
 「価値観の異なった人とやることによりより深く問題を見つめられる。」
 「男子の意見も聞けて問題を双方の視点で考えられた。男子独特の意見もあるなと思った。」
 「他の学校から違う意見が出たり,似たような意見が出たりしたことがおもしろい。」
 「(普段は)清泉という狭い範囲でしか話せなかったことが,(オンDによって)ネットを通じて他の人と話せてよかった。」
ワンポイントアドバイス
 1つは,オンDに費やす日にちについて。第1回オンDは,夏休み前に2週間ほどで終わらせ,生徒たちにとってはかなりきつい日程だった。第2回オンDは,冬休み前に始まり,冬休みを挟んで再開し,2カ月ほどかけて行っている。余裕がある日程ではあるが,生徒たちにとっては,反応が遅く,じらされている感を持ったようだ。
 長期の休みを挟まず,1カ月ほどの期間をかけるのが理想といえる。
 2つ目は,各校におけるオンDの扱い方の違いについて。今回は,すべての学校の担当者が異なる教科を担当し,オンDの扱いも,授業,部活,放課後の個人参加とバラエティーに富んでいた。同じ教科の授業と授業の結びつきができると,論題に対する考えも互い学校で深まり,より教育効果が高いと思われる。
 3つ目は,方法としてのディベートについて。ディベートの技術の追求に走ると相手をやりこめることばかりが先決となってくる。家庭科の授業では,あくまで自分の考えを深めること,考え方の多様性に対する認識ができることを目的とした。

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