『オンラインディベート』による学校間交流

高等学校・全般
東北学院中学高等学校 井口 巌・名越 幸生

インターネット利用の意図
 『オンラインディベート』(参考1)では,「インターネット“を利用する”」という視点に立ち,ネットワーク自体を道具として生徒に提供して,メールの送受信のみならず,メールの書き方,文章表現などに踏み込んで,インターネットにおけるコミュニケーションを自らの体験として学習してもらうことを目的とする。ディベートをインターネット上で行うことが,ネットワークコミュニケーションの質を向上させる機会となる。この体験は,生徒が他の場面でインターネットを利用する際に貢献すると考える。

1 オンラインディベート
(1) はじめに〜『オンラインディベート』の概略
 『オンラインディベート』とは,ディベートのすべてのコンテンツをネットワーク上で展開し,行うものである。ディベートは現在,学習指導要領への導入が検討されているが,今のところは各々の先生方の裁量で,既存のカリキュラムを指導する際に用いられている。ディベートを用いた実践が行なわれている教科は,国語・社会・英語を中心に,理科・道徳・ホームルームと,多岐に渡る。
 よって,『オンラインディベート』というフォーマットが一つ確立されていると,適切な論題設定と共同実践者の協力があれば,どの学校のどの教科からでも参加できる。それは,1クラスで行われる授業の枠内での実践から,複数の学校間での実践まで,目的に応じた実践計画の作成が可能である。
(2) 『オンラインディベート』の下地〜前年度『通信ディベート』実践から
1996年10月24・25日(木・金)に第22回全日本教育工学研究協議会全国大会が仙台市で開催された。この高等学校部会の公開授業として,インターネットの通信機能を活用して5つの学校がネットワークを通してディベート(参考2)を実施した。
 この時期までは,授業で学校外と通信を行うことは皆無に等しい状況であったが,100校プロジェクト参加校の東北学院高等学校・盛岡白百合学園高等学校を中心に,秋田和洋女子高等学校,西多賀養護学校高等部,仙台高等学校の参加があった。参加校は,男子校,女子校,共学,養護学校と様々で,特に西多賀養護学校高等部からは筋ジストロフィーという病いを持つ生徒達が参加した。更に,学校対抗のディベートにならないように,また生徒の学校環境や地域・生活環境の違いを考慮しつつ,大きく肯定派・否定派の2つに分け,参加者の多かった仙台高等学校と東北学院高等学校には各々に肯定派・否定派をおき,秋田和洋女子高等学校を肯定派と盛岡白百合学園高等学校・西多賀養護学校高等部を否定派に分けた。
 ディベートの前段階として,参加者が各学校においてアンケートを行い,アンケート結果や調査資料,新聞データベースの検索結果等を,メーリングリストを用いて交換した。実際のディベートは肯定側・否定側の代表が会場の仙台市科学館に集まり,口頭で行なわれた。それをTV 電話会議システムで各学校の生徒たちに中継し,それを見ながら逆に,肯定側・否定側に設けられたCU-SeeMeを用いて,各学校から会場のディベーターを支援する,という活動が行なわれた。
 『通信ディベート』の実践によって,学校の枠を超えた生徒同士が1つのテーマについてディベートを行う過程での分担等,自分の学校内だけでは知りえない意見交換が行われた。また,ハンディを持った生徒達とは,互いに集めた資料の交換やメール上での質疑など,メールを活用することにより,ハンディを意識しない会話が成立した。ただ,ディベートそのものが,カリキュラム上位置付けられていないため,国語の授業,選択授業,部活動,ホームルーム,有志の時間外活動と,ディベートの取り組み形式が異なっていた。また,各学校の授業時刻のずれがあり,通常の授業のなかで,チャット・CU-SeeMeなどのリアルタイムな活動を実施することができなかった。さらに,大会当日のチャットには,西多賀養護学校の参加が困難であった。しかし,時間の自由の利くメールは有効であった。
 これらのことから,ディベート全体をメール中心に展開することが,通常の学校の時間割構成の配慮のためにも,聾・盲・院内学級等色々な学校が参加するためにも,有効であろうと考えた。
(3) ねらい〜『オンラインディベート』の特徴
 『通信ディベート』の実践が生んだ良い部分を引き継ぎ,デメリットを一歩進めて作られた『オンラインディベート』には,以下の特徴があり,それはそのまま,この実践のねらいである。
@様々な生徒たちとの交流を促す。 現在の学校制度では,健常児はハンディを持った生徒と明確に分離され,ハンディを持った生徒は健常児と共同で活動する経験がほとんど無い。更には,対等な交流をする機会が少ないのが現状である。そこで,メール主体のディベートによって,ハンディを持った子ども達や,積極的な発言が苦手な子ども達でも,自分の意見を十分にまとめて発言することが可能になる。また,距離を隔てた人達を結んでのディベートも可能である。「心の教育」を進める意味でも,ネットワークを活用する実践が,互いに対等な交流を広げることに有効である。
A自らの発言に責任を持つ 発言がテキストとして残るので,発言者と発言との関係が明確な形として表われる。音声であれば,「言い放し」の言葉,相手を蔑視する言葉が聞き流される事もあるが,テキストでは相手に確実に届くため,コミュニケーションにおいて大きなデメリットが生じる場合もある。そこで,発言を発信する前に自らの発言を省み,推敲して,不適切な表現を自発的に用いないことを促す。
B相手の発言から,相手の発言の意図を深く読み取る
 ディベートでは,相手の主張を十分に汲み取って自説を展開し,“かみ合った”議論をしなければ勝つことが出来ない。そして勝つためには,相手の発言の意図を理解する作業が必要である。 相手の発言もテキストであるので,聞き漏らしもない。一人よがりの解釈ではなく,相手を考えた文章の読み取りを指導する。
2 指導計画
指導計画 ★全てインターネットの利用 留意点
(1) 共同実践者の連絡手段の確保
メーリングリストが望ましいが,同報メールでも可能である。
ディベートの運営側用と参加者連絡用が必要である。
・特に遠隔地を結んでのディベートを実施する際には,実施計画を作成にするにあたって多くの連絡・確認が必要となるので,十分に運用されるような配慮が必要である。
・自己紹介をさせるなどをして,メールの送受信の仕方について指導する
(2) 論題の確定
メーリングリストを用いて,取り上げたい論題を募集し,選択・決定する
・生徒たちの興味・関心・意欲を配慮し,できれば参加者の意向を尊重したいが,授業への導入のため,教員側で設定する場合もある。
・ディベートの成立のため,肯定側・否定側のどちらかが有利になるような論題は避ける。
(3) 参加者・対戦相手の確定
肯定側・否定側が同数になるように調整をして確定する。
確定後, 対戦相手を決定して参加者に伝える
・参加者を配慮して,偏りがなく,なおかつ作為的ならないように対戦相手を決定する。
(4) ディベートのフォーマットと日程の確定
ディベートのフォーマットを決め,要する日数を計算する 各学校の行事日程等とも照らし合わせて,日程を決定する
・各学校の生徒が,どのくらいパソコンを利用できるかによっても,必要な日数が異なる。
・生徒からも日程に関する要望が出る場合があ
るので,参加者連絡用のメーリングリストを用いて確認する。
(5) ディベートを行う * 詳細はコンピュータの利用場面にて
(6) ディベートの勝敗判定を行う
口頭のディベートと同じく,フローチャートを作成し,論理的な勝敗判定を行う。
観戦者の意見を参考にしても良い。
・良かった部分を取り上げて高く評価し,その部分をみて勝ちを決めるのが望ましい。
・負けたチームにも,至らなかった部分を分かりやすく示し,今後に生かしてもらうように促す。
・生徒は勝敗判定に対して真剣である。ディベートの内容を十分に把握し,生徒の努力が認められ,かつ判定に納得が行くよう,明確な勝敗提示が求められる。
(7) アフターディベートを行う
メーリングリストを用いて,ディベートを振り返り,勝敗のない部分での意見交換を行う。
実践の反省のために,参加者に対してアンケートを行う。
・ディベートが単なる勝ち負けで終わらないように,生徒へ働きかける。
・勝負のために言えなかった“本音”の部分を生徒から引き出し,より深く,論題について意見交換を進める。

3 利用場面
(1) 今年度のオンラインディベート実施要項

・第1回オンラインディベート 7月8日(火)〜7月17日(木)(詳細は図1)
 3校が参加。学校対抗の形を避け,なおかつ同じ学校の生徒同士が敵味方に分かれることがないように,3ラウンドを同時展開させ,3校の三角対戦とした。(図2)
 論題は「茶髪・ピアス・ルーズソックス等のファッションは,高校生らしい。是か非か?」
図1 図2

図1 第1回オンラインディベートフォーマット(引用3)

(2) 教員+技術者間オンラインディベート 11月11日(火)〜11月27日(木)

 生徒にオンラインディベートの楽しさやその“妙”を伝えるためには,先ずは教員と企画を支えて下さった技術者の方々を交えて実際にオンラインディベートを体験しようという目的で行なわれた。
 論題は『日本の学校教育に,飛び級制度・飛び選抜制度(例えば高二→大学)を導入すべし』であった。5校の教員7名と技術者が1名参加した。(詳細は省略)
(3) 第2回オンラインディベート 12月16日(月)〜2月5日(木)
・参加者・参加校
東北学院高校 4グループ
清泉女学院高校 8グループ
宮城県立泉高校 3グループ
福島盲学校 1グループ 図3
松山東雲高校 1グループ
個人参加 1名
計18チームが肯定側・否定側に分かれ, 9ラウンドを同時に展開させた。
・論題は,清泉女学院高校の家庭科の授業 で扱った『中絶』に関するものにした。
・日程を短くするために,肯定側・否定側 が同時に立論等の文章を世話役スタッフに提出してもらい,それを次の日に対戦 相手へ転送する形を試行した。(図3)
(4) 本実践のために付け加えられたインターネットの利用
@チャットの体験 チャットを用いた質疑応答を採用したため,チャットに慣れる機会を設けた。生徒たちは自由にチャットを楽しんでいたのと同時に,機会を重ねるにつれ,生徒のタイピングの速度も上達した。また,何度かチャットを体験した生徒には,ネットワークコミュニケーションに回を重ねる毎に慣れてくる様子が見られた。
AディベートのWWW 公開 ディベートのテキストをWWW に公開している。参加者に,同時展開されているほかのディベートの様子も参考にしてもらうことと,観戦者からディベートに対して幅広く意見を頂くことがねらいである。WWW 公開によって,幾つかの意見を頂いた上に,第2回のオンラインディベートでは新たな参加者が得られた。

4 実践を終えて
 第1回のオンラインディベート終了後のアフターディベートにて,生徒から感想をもらった。その幾つかを要約して箇条書きにする。(参考4)
・良かった点
 広域的な企画で,斬新だった。他校の生徒と交流が出来たことは良かった。
・困難を感じたこと
 チャットの際のキーボード操作が大変。スケジュールが慌ただしい。
 相手が見えないため,発言の意図が理解できずに,悔しさを感じた場面もあった。
・ディベート自体に関しての感想
 茶髪・ピアス等の身近な話題に対して,肩の力を抜きながらも真剣に取り組めた。
 ディベートは初体験だったが,おもしろかった。勝敗が決まるまで熱く行えた。
 自分の主義主張を確立したり,論題に関して他人の意見を聞けたことは良かった。
 筋道をたどり,自分の意見を良く説明し理解してもらうことの大切さを学んだ。
(テキストの発言は)便利でじっくり考えさせられた。
現在進行中の第2回のオンラインディベートには,福島盲学校の生徒が対等に参加している。メールを用いたテキストベースのディベートの特長が生かされている。また,参加者が拡大した9ラウンドの同時展開には,様々な対戦形態が見られ,交流の輪も広がる一方で,意思の疎通に時間がかかり,日程の遅れが生じた場面もあった。
ワンポイントアドバイス
 最も大切なのは,生徒と教員が「共にやってみよう!」と思うことである。生徒はインターネットを用いる場面で困難を感じ,ディベートをする場面では自分の考えを整理するのに苦労する。そこで教員が傍らに立つことで,生徒は解決の糸口を見出し新しい自分を確立させていく。その成長には目を見張るものがある。
 次回のオンラインディベートには,秋田和洋女子高校から参加希望がある。本報告をご覧の方で参加を希望される方は,学校,個人共に,ご連絡頂きたい。また,企画の更なる向上のため,ディベートに取り組んでいる方々からのお知恵を拝借したい。
 他校との交流ができるのと同時に,一つのテーマについて深く考える好機になる。生徒・教員・ネットワーク環境・企画…全てが成長するきっかけとして頂きたい。

参考・引用Web ページ

1.『オンラインディベート』 http://www.jhs.tohoku-gakuin.ac.jp/debate/ond/ond.html
2.『通信ディベート』報告 http://www.jhs.tohoku-gakuin.ac.jp/97_3_7/title.html
3.清泉女学院高校・新100校プロジェクト実践報告 http://izumi.seisenjsh.kamakura.kanagawa.jp/student/ClassRoom/OnlineDebate/OnD.html
4.東北・北海道地区活用研究会・発表要項 http://www.jhs.tohoku-gakuin.ac.jp/debate/ond/regime.html

CEC HomePage インターネットを利用した授業実践事例集2 平成9年度