チャレンジキッズでの出会いと学び

特殊教育諸学校,特殊学級
チャレンジキッズ参加校
佐賀県立金立養護学校 小野龍智

インターネット利用の意図
 障害を持った児童生徒の社会参加を考えると,その障害ゆえに越えなければならないハードルがいくつかある。例えば,肢体不自由児の場合には物理的に移動が困難なため「友だちと会う」ということでさえ,難しい場面がある。インターネットを利用することで,隣の町に住んでいる人と話すよりも,ネットでつながっている人と話すことの方が,より簡便なものになるのである。
 しかしネット上でのコミュニケーションを考えると,まだ障害に対する社会の状況は厳しいものもあり,児童生徒のプライバシーにも十分な配慮が必要である。
 以上のことを考慮して,滋賀大学教育学部附属養護学校内にサーバを設置し,イントラネットを構築・利用してきた。この中で北は北海道から南は沖縄まで交流の実践を行い,あわせて日常の教育活動の中でも積極的に活用してきた。

1 「チャレンジキッズ」の概要
 インターネットは研究施設からだけでなく学校や家庭からも手軽にアクセスできるようになり,新しい通信手段として脚光をあび,そして社会現象となって久しい。
 滋賀大学教育学部附属養護学校では平成8年度から「FirstClass」サーバを構築し,県内・全国の障害児学校・学級を接続,障害がある子どものインターネット利用のあり方をさぐる実践研究を行なってきた。インターネットとイントラネット(組織内ネットワーク)を使い分け,子どもがより利用しやすい形のネットワークのあり方や,ネットワーク上での具体的な利用について探求したいと考えている。
 そこで,障害がある子ども達自身の手によるインターネット利用のあり方に重点を置いて取り組むことにした。「FirstClass」サーバを利用して他校との交流実践を行う中で,インターネットを単なる交流の道具に終わらせるのではなく,交流しながらその成果を日常の教育活動の中に反映し,子ども達が「生き生きと・自主的に・目的をもって」学ぶことができる取り組みになるよう研究を進めていくことにした。つまり,養護学校や小・中学校の障害児学級の子ども達が,自由にゆったりとした共通の話題で学びが可能な場として,「FirstClass」サーバ("ChallengedChildren"という言葉から「チャレンジキッズ」と命名された)である「チャレンジキッズ」を設置し,参加校の子ども達による学びが始まった。
 現在,参加28校がローカルなコミュニティとして「チャレンジキッズ」において交流を行っている。子ども達のネットワークリテラシの向上に従ってグローバルな「メディアキッズ」へ参加も可能となっていった。
 インターネットを使うものの部外者は参加できないイントラネットの形態をとるため,子ども達のプライバシーは十分守られている。「教室はまちがってもよいところ」として「チャレンジキッズ」参加校はひとつの教室を形成したのである。様々な障害種別の子ども達がお互いを身近に感じながら参加する「チャレンジキッズ」は参加している子ども達が自ら内容を決定していくことを大切にしている。
2 チャレンジプリント 七尾養護学校高等部・作業学習(印刷班)での実践

(1) ネットワークを使った共同作業

 養護学校では,将来,社会における働く生活に向けた学習の一環として,作業学習を行っている。チャレンジキッズでは,ネットワーク活用による新しい共同作業を展開している。それは「チャレンジキッズ」内に,子供達のネットワ−クコラボレ−ションの為の会議室「チャレンジプリント」を設置したことである。これは,高等部作業学習で印刷を行っている参加校が,自分の担当工程や各校作業学習の内容の紹介・情報交換等を行い,ネットワーク上での共同学習を行おうという目的で設置したものである。養護学校高等部印刷班などのチャレンジキッズに参加する他の養護学校の印刷班と連携した,作業学習における共同作業の新しい形態ということができる。
(2) 具体的な作業学習
@養護学校同士の連携
 まず,自己紹介,自分の担当工程や各校作業学習の内容の紹介・情報交換等を,チャレンジプリントに発信した。
 具体的には,七尾養護で手動印刷機を使って印刷する名刺や封筒の版下を,ネットワークを利用してメールの添付書類として依頼・発注する。滋賀大附養では,樹脂凸版の版下を作り,できあがった版下を七尾養護に郵送する。滋賀大附養の生徒が宛名を書いて,七尾養護あて投函するという内容である。図5に流れを示す。

図1 滋賀→七尾  図2 版下の樹脂凸版

図3,4 樹脂凸版と手動印刷機
・版下の作成(ワープロソフト使用)
手動印刷機の版下の発注(チャレンジキッズメール)〈七尾養護〉
・ネットワーク添付書類〈七尾養護〉→樹脂版下加工〈滋賀大附養〉
・仕上がった版下を七尾養護へ郵送〈滋賀大附養〉
・版下を使って印刷〈七尾養護〉
図5 作業分担の流れ
 鉛筆で書かれた郵便物を,生徒が開いて滋賀大附養の生徒の「できたので送りましたよ」というメールを読み,返事を出すという関係の中で,それぞれの作業班で「いい仕事をしたい」という自覚につながるようである。生徒がお互いに共通の土壌で役割を意識しながら,外に向けたコミュニケーションに発展してくれることを期待している。その時の生徒のやりとりを掲載した。
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 タイトル 2学期のお仕事 1997年 9月 8日 月曜日 11:09:16 AM
 差出人 石川七尾養 生徒2 あて先 チャレンジプリント

こんにちは。七尾養護学校印刷班の堀純子です。きょうは,2 がっきの印刷班のお仕事について書きます。まず,封筒作りです。抜田君は,ロール紙を切る仕事をします。
澤石君と私は,型にあわせて,中封筒と大封筒を切る仕事をします。
熊野さんと中谷君は,滋賀大附属のみなさんが作ってくださった樹脂とっぱんを使って印刷をします。きょうは,この仕事をしています。
あと,この前滋賀大附属のみなさんに送った
名刺の樹脂とっぱんが,できあがったら,名刺の印刷の仕事もします。

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 タイトル Re: 樹脂とっぱん注文します 1997年 9 月 9 日 火曜日2:23:28 PM
 差出人 うめもとゆいこ あて先 チャレンジプリント

今日は発送します。印刷班で作りました。 滋賀大学養護学校一同

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ACDラベル印刷
 三菱化学(株)のCDラベル印刷機を,メディアキッズ・チャレンジキッズでモニタさせていただき,印刷に関わる共同学習をすることができることになった。
 そのCDラベル印刷を七尾養護の高等部印刷班で担当することができた。早速,メディアキッズ×ピピンのラベルのシートの圧着の仕事を行った。以下,工程を図9に示す。

図6 キャディにあわせる 図7 CDラベル印刷機 図8特殊シートをはがす
1.マイクロドライ方式のプリンターで特殊フイルムを使用して1枚ずつ印刷する。
2.フイルムとCD−Rをずれないように丁寧に合わせて専用キャディに合わせる。
3.方向を間違えないようにキャディをCDラベル印刷機に入れる。
4.冷えてから,ゆっくりと丁寧に特殊シートをはがす。
図9 シート圧着の工程
 メディアキッズ×ピピンのCDは,35枚作成した。完成品を中身を焼いてもらうためメディアキッズ・コンソーシアム事務局に送った。納品伝票や郵送宛名書きなど,できる工程を生徒がすることができた。シートをはがすのに若干失敗はあったものの,大成功で,実に美しい,しかも,子供たちにも十分作業としてやっていけそうな操作である。
 このCDのデザインは,滋賀大附養で作った物である。それを添付書類として送ってもらい,七尾養護で印刷をすることができた。チャレンジキッズ参加校の共同事業として,養護学校の作業学習の新しい実践として共有財産化できる作業である。本校では,CD−Rプレスまでの設備や技術はできないのでラベルのみの印刷(イラストや写真を圧着する)になる。しかし,印刷という作業学習において,このように各学校でネットワークを活用することによって,また,それぞれの学校の設備や生徒の実態に応じて,役割を分担しながら共に作業ができている。今まで不可能であった新しい形の連携ができる。さらに生徒は,自分たちが関わった作業で,その製品が利用され,よろこばれるという実感を直接利用者から得ることができるのである。
 まだまだ始めたばかりではあるが,丁寧な製品作りや製品の受注・納品にいたるシステムなど,生徒が感じる「仕事」としての作業学習の学習要素に大きな手応えを感じている。
3 金立養護学校における在宅学習支援の可能性について
(1) 昨年度までの経過
 本校高等部の豆田くんは,高等部2 年生の5 月に病状の進行により気管切開を行い,病院での生活,また退院後は在宅での生活を余儀なくされている。以前より本児のような生徒がでてくる可能性が考えられたため,学校でもスイッチ入力で操作でき,コミュニケーションエイドとしても使用可能な機器をそろえる必要性を感じていた。
 そこで,平成8 年12月にマッキントッシュとその上で動作するキネックスという入力装置を購入し,冬休みの間,自宅で使用してもらうこととした。マックにはモデムも内蔵してあり,インターネットにも接続することができる。また佐賀県は,佐賀県教育センターに接続することでインターネットを使用することができるため,学校のIDでセンターに接続しホームページも見ることもできるようにした。
 その後本人がノート型のマックとキネックスを購入し,また佐賀県教育センターより本人のインターネットIDの発行を受け,現在まで使用している。
(2) 今年度の取り組みについて
図10 パソコンの操作環境

図11 スイッチ操作
 平成9 年2 月にノートパソコンを購入し,キネックスという代替入力装置(図10パソコンの写真下の白い箱)に親指で押せる小さいボタンスイッチ(図11)をつないで操作練習を行っていたが,3月中旬に肺炎のため短期入院となり練習が滞っていた。4 月に入り,自宅での学習が可能となり,今年度から週2回の家庭訪問の形で火曜日は主要5 教科,金曜日にコンピュータを使った コミュニケーションという内容で在宅学習を行うことになった。以下に今年度のコンピュータ利用の指導内容をあげる。
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(単元)文字を入力しよう
(教材名)SimpleText,キネックス
(指導計画)
・エディタの起動と終了
・キネックスのスキャンモードの操作
・編集(コピー,ペースト)
・ファイルの保存

(学習状況)
 コンピュータ操作に慣れるために,ワープロによる入力練習から始めた。画面にキーボードが表示され,その上をボタンが動き,必要な文字のところで押すといった入力方法のために時間がかかり,また,20分に1回の吸引が必要なため疲れやすく,あまり興味関心は示さなかった。
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(単元)ホームページをみよう
(教材名)Netscape Navigator
(指導計画)
・インターネットの接続方法
・プラウザについて
・学校のホームページ
・検索エンジン

(学習状況)
 雑誌等に掲載されているホームページを紹介してみたがあまり興味は示さなかった。検索エンジンを説明する際に例としてキーワードを「養護学校」で検索した時に,全国の同じ養護学校のホームページで生徒が紹介している作品や自己紹介には目を輝かせていた。
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(単元)電子メールを使おう
(教材名)Eudora-Pro,クラリスメール
(指導計画)
・メールの受信

(学習状況)
 複数の教師が訪問前にメールを送信しておき,本人に受信させてみた。はじめは楽しんでいた。しかし,訪問日以外に自分だけで受信したり,メールを送ってくれた人に返事を書くことは無かったので,火曜日の担当者と川柳を題材にメールのやり取りをしようと試みたが自分から送信することはやはりなかった。しかし,学校の同級生がワープロで打った文章を教師が代理で送信した時は今までになく嬉しそうだった。その時は自分から返事を書いて送ることが出来た。やはり教師より同年代の友達とのやり取りを望んでいることがはっきりと分かった。でもこのやり取りも教師を介してのやり取りのため長くは続かなかった。
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(単元)CD-ROMの利用
(教材名)雑誌付録のCD-ROM,PhotoDeluxe
(指導計画)
・ソフトのインストール
・作品の鑑賞

(学習状況)
 興味を示した内容は,絵やデザインの作品と毎回掲載されている小説だった。その小説には文字の他に挿し絵があり,絵の部分をクリックすると絵が動き出すものだった。作品を作ってみようかの問いかけでカレンダを作ってみた。出来上がった作品を見て嬉しそうだった。
(3) チャレンジキッズに参加して
 コンピュータを使ったコミュニケーションを主に学習を進めてきたが,本人から自発的な発信はあまり見られなかった。そこで,現在,本校が参加している「チャレンジキッズ」を一週間ほど自由につないで見せることにした。その後,10月3日に放送された「メディアと教育」でチャレンジキッズの内容が紹介されていたのでビデオを見せ,その上で滋賀大学附属養護学校が出版しているチャレンジキッズダイジェスト96を読ませた。本人もチャレンジキッズの内容が少し理解できたらしく,頻繁に自ら接続するようになった。母親の話ではうまく繋がらない時でも,2時間もいろいろと操作していたという話を聞いた。そんな時に一度チャレンジキッズに自己紹介をしてみようかとの問いかけに,彼は次の訪問の時に以下の文章を書いていた。
 「はじめまして,僕は佐賀県の金立養護学校の3年豆田昌寛といいます。18歳になります。在宅で,週2回訪問教育を受けています。金曜は,パソコンを習っています。今日は初めてメールを出しました。これからよろしくお願いします」
 その後,チャレンジキッズの良いところはすぐに返事が来るところで,本人も初めてのメールなのにこんなに返事が来たと嬉しそうだった。彼のこのような前向きな姿勢は,チャレンジキッズが養護学校や小・中学校の障害児学級の仲間が自由にのびのびと会話ができる世界と感じとった結果だと思う。彼の世界は確実に広がっている。昨年は載せることができなかった本校のひまわり文集にも次のような文章を書くことができた。
 「僕は,高校2年の5月から呼吸器を使っています。声を出すことができなくなりました。学校にも行けなくなりました。でも,校長先生や先生方のおかげで訪問教育を受けることができるようになりました。勉強の間に,学校のことや,友達のことを聞くと懐かしく思います。そして,金曜日には,深町先生から,パソコンを習っています。メールを見たり送れるようになりました。これからは,パソコンを通して友達をつくりたいと思います」
(4) 在宅での学習支援の可能性について
 本生徒は,重度の身体障害により在宅での学習を余儀なくされているケースである。本ケースでは外出することも難しい。しかしながら今までの学校生活を一緒に送ってきた友人も学校におり,話がしたいという欲求も持っている。
 病院を退院して自宅に戻ったときには,あまり自分がしたいということもなさそうな様子であり,最初マックを自宅に持ち込んだときにも,漠然と何かができると感じただけだったのではないかと想像している。しかしチャレンジキッズに参加するようになって,書き込みこそ少ないが,会議室をのぞいてみているようであり,そこでは今後学校にいる友人と会話を楽しむこともできよう。
 在宅での生活を余儀なくされている人々にとって,外の世界との接点を持ち維持することは難しいであろうということが想像される。しかしながらインターネットなどに代表される広域通信ネットワークを使うことにより,コミュニケーションの手段を確保することができる。ただ,インターネットでのコミュニケーションは電子メールが中心となるが,最初はやはりメールのやりとりをする相手を見つけることが難しい。できれば限られたメンバーによる会議室の中でやりとりを学習することが望まれる。これらのことを考えたときに,チャレンジキッズが持つ意義は大きい。ここでは安心して書き込むことができ,失敗してもおこられることはない。このようなクローズドの世界の中で,のびのびとやりとりをする経験は,その後のネット上でのつきあいにもよい影響を持つと考えられる。
 また学校からもインターネットを使うことができるため,在宅の生徒がインターネットを使える状況にあると,事前に学習内容を予告したり,打ち合わせにも使うことができる。チャレンジキッズの会議室についても,教師は学校にいながらフォローすることができる。これらの考えを進めていくと,本生徒は養護学校から在宅になった事例であるが,普通校でも場合によっては在宅での学習を支援する手段として十分考えられよう。
ワンポイント・アドバイス
 チャレンジキッズへの参加形態はサーバ接続とクライアント接続があり,サーバソフトには「FirstClass」を使用している。クライアントソフトはフリーであるためコストはかからない。3.5以降のバージョンでは,クラアント接続でも,ある程度サーバ接続に近いことができるようになってきつつある。
 また「FirstClass」は特定のポートを使用するため,このポートが使えることが前提となってくる。参加校の中で,実際にポートが閉じられたため使えなくなった学校もあった。
この原稿を書くにあたって,生徒の氏名,写真などについては,本人や保護者からの了解を得て掲載している。

※参加校一覧

北海道立中札内高等養護 富山県立高岡養護 富山大附属養護 石川県立医王養護
石川県立養護 石川県立七尾養護 石川県立平和町養護 東京都立光明養護
滋賀大附属養護 滋賀県立守山養護 大津市立仰木の里小 大津市立青山小
大津市立石山小 大津市立平野小 甲西町立三雲小 甲西町立三雲東小
甲西町立菩提寺北小 能登川町立能登川中 福井大附属養護 春江町立春江小
和歌山大附属養護 神戸大附属養護 徳島県立阿南養護 愛媛大附属養護
鳴門教大附属養護 山口大附属養護 佐賀県立金立養護 沖縄県立島尻養護

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