コンピュータの教育利用の動向
−学習観とソフトウェアの変化をとらえる−

東京大学教育学研究科 市川伸一

1.一昔前のコンピュータ教育

 コンピュータは日進月歩で進歩している.数年たてば,パソコンは速さも記憶容量もソフトウェアも見違えるほどになる.それまではかなりの時間を要していたことが,より効率的にできるようになる.しかし,教育の中でのコンピュータ利用を見ていると,それは単にそれまでと同じことが効率的にできるようになったという変化ではないように思える.もっと使い方の質そのものが違ってきている.まず,一昔前には,コンピュータと教育というとどのようなことが話題にのぼったかを見てみよう.
 第一に,プログラミングや,アプリケーション・ソフトの使い方に習熟させようという「コンピュータ・リテラシー論」があった.コンピュータを使いこなすことは,現代人にとって文字の読み書きにも匹敵する基礎技能になる.だから,子どものうちからその使い方に慣れておかなくてはいけないという考え方である.タッチタイピングが必要だということで,「小学校からぜひ練習を」と主張する方もいた.
 第二に,「コンピュータはブラックボックスではいけない」ということで,情報科学や計算機科学の基礎からコンピュータの「原理」を教えようとする主張があった.もちろん,コンピュータの専門家でなくても,コンピュータの構造や理論的基礎を知っておくほうが,より適応力のあるユーザーになれるだろう.しかし,2進法,論理回路,機械語などから積み上げ式に教えようとするカリキュラムがアダとなって,かえって広まらなくなってしまった.
 第三には,「ドリル&プラクティス型」や「チュートリアル型」をその典型とするCAI(computer-assisted instruction)である.人工知能研究が盛んになった1970年代から1980年代にかけては,知識工学的な技法を使って,学習者の理解状態を診断しながら問題を出したり説明を与えたりする「知的CAI」も盛んに研究された.
 しかし皮肉なことに,いかにも教育的なこれらのコンピュータ教育が,教育の世界では主流とならなかった.近年の実践を見ていると,コンピュータの有効な使い方というのは,むしろ大人が使っているような自然な使い方を,子どもの学習にも導入するという方向になってきている.これには,次に述べるように,学習というものに対する考え方の変化が大きい.

2.学習観の変化とコンピュータ利用

 学習にはもちろん「将来への準備」という側面がある.しかし,子どもの将来にとって必要になりそうな知識・技能を教師が用意し,子どもたちはそれを受容していくという学習観が大きく変わろうとしている.自ら課題を設定して追究する問題解決力や,他者と考えを共有して高め合うことのできるコミュニケーション力を育てる教育がめざされるようになってきたのである.
 実は,これは大人なら仕事や生活の中で日常的に行っているようなことである.大人の社会でコンピュータは,資料を検索したり,考えを表現したり,他者と通信したりするときの道具として有効に使われている.学習のあり方が変化するにつれて,教育場面でのコンピュータの使い方も,まさにそのようなものになってきた.それは,本書の実践事例にもよく現れていると思う.
 こうした学習において,子どもたちは自ら追究している課題についての知識内容とともに,追究のしかたやコンピュータの利用のしかたも付随的に学んでいる.つまり,「コンピュータについて学ぶ」ということが奥に引っ込んでいるが,そのほうがかえってコンピュータの特徴や生かし方については学んでいるのである.情報教育とか,コンピュータ・リテラシー教育というのは,本来そのようなものであるべきだったのではないだろうか.

3.教育用ソフトウェアの変化

 学習観がこのように変化する中で,教育用ソフトウェアと呼ばれるものも確実に変化しつつある.問題解決的な学習を支援するためには,まず,ツール型のソフトが不可欠になる.ワープロや表計算ソフトは以前からあったが,最近はマルチメディアに対応して,画像編集ソフト,音楽支援ソフト,プレゼンテーション用ソフトなども増えてきた.また,幾何の作図ソフトのように教科に密着しているソフトもある.これらは,「教育用」ということで子ども向けに使いやすくしたものもあるが,大人用のソフトでもインターフェイスがよくなり,子どもでも使えるようになってきたのは望ましいことである.世の中全体に,「子どもでも使える大人用ソフト」をめざす傾向にあるように思う.
 一方では,いわゆる「デジタルコンテンツ」と呼ばれる資料的な性格をもったソフトが多くなってきている.代表的なのはCD−ROM版の事典や図鑑である.本として提供されるものと比べると一長一短があるが,置き場所をとらないこと,動画や音までも提示できること,キーワードによる検索ができることなどは,明らかな利点である.子ども向けのものとしては,操作性や説明の表現に工夫をこらしたものがしだいに出てくるようになった.また,CD−ROMとしてではなく,インターネットのWWWでも資料性の高いコンテンツが提供されるようになっている.今後は,我が国の学校でも利用されることが増えていくことが期待される.
 上記の2つのタイプのソフト,つまり,ツール型とコンテンツ型のソフトを大人の利用のしかたとも通ずる正統的なソフトとするなら,最近の教育の世界にはもう一つのタイプがあることも見逃せない.いわゆる「エデュテイメント・ソフト」である.つまり,遊び感覚で楽しみながら,知力を促す,あるいは,知識が身につくということをねらったソフトである.ゲーム性の強いものから,コンテンツ的な内容を含んだものまでバラエティは相当広いのであるが,従来のCAIに比べると明らかに「勉強」とか「訓練」ということをあまり表に出さず,とっつきやすくしている.
 教育用ソフトウェア・メーカーもエデュテイメント・ソフトにはかなり力を入れているように見受けられる.ただし,これがどのような評価を受けるかは,むしろ今後の実践研究をまたなくてはならないと思う.たとえば,ゲーム的なソフトの場合,実際にどのような知力が育つのかは実証を要する.コンテンツ的なソフトの場合,肝心の内容にどれだけ注意が向かっているかという問題や,他のメディア(本,ビデオなど)との効果の違いなどが重要なテーマになるだろう.

4.おわりに----本研究会の活動と今後の課題

 本研究会の活動もあっという間に3年が過ぎ,新年度からは4年目となる.新しいメンバーの方も増えて,毎回会議室にいっぱいの参加者が集まるようになった.授業計画の検討や,実施後の報告もますます充実している.ソフトウェア・メーカーからのデモンストレーションも多くやっていただけるようになり,メンバーにとっては,情報収集,意見交換の場として有意義なものになっていると思う.筆者自身も,教育用ソフトが個々の授業実践の中でどのように活かされているかを知り,大いに勉強させていただいている.
 これまでにも教育用ソフトを使った授業の事例集はこの会で2冊刊行しており,これが3冊目になる.実践事例を多くの学校で参考にしていただくということは,今後ももちろん続けていきたい.ただ,ぜひ研究会としては新しい方向も考える時期にさしかかっているようにも思う.それは,メーカーに対して積極的に意見や要望を出して,教育現場の要求に沿ったソフト作りを推進していくことである.これまでにも,既存の製品や試作品について意見を伝えることはあったが,これからは,より積極的に,どのような新しいソフトが望まれるかを伝えたり,ソフト開発の初期段階から参画するようなことも考えられるだろう.
 ともあれ,日々の実践の中で教育用ソフトを活かした授業づくりをしている先生方と,よりよいソフトづくりをめざしているメーカーとの架け橋としてこの研究会が機能することを,筆者としては強く願っている.また,最後になってしまったが,会議室の提供をはじめとして,この会の活動を常にバックアップしてくださっているCECには,心からお礼を申し上げたい.

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