1 プレゼンテーションを目的とした自由研究

(高校 第1学年 理科)
東京都立田柄高等学校 坂本正彦

2 課題の設定

 ビジュアルに力を入れたCD−ROMソフトも,随分と出回ってきた。学習用に開発されたものもあれば,教養的なものも沢山ある。本稿では啓蒙的な色彩の濃いもので,学習にも転用可能なCDを用いて,プレゼンテーションを目的とした学習を紹介する。
 高等学校において,特に理科の分野の学習では,既に評価の定まった科学的事実を知識として獲得することに重点が置かれる。僅かに行われる実験にしても,科学史上重要といわれている実験の追体験であり,その実験そのものを科学的事実として学習するという側面が強い。それ故,学習者はどうしても受動的な学習に留まりがちである。そこで科学学習の中に,少しでも能動性を盛り込めないかという観点から,テーマの設定=プレゼンテーション形式の学習を計画した。調べた内容の充実度ではなく,調べた事柄のまとめ方や提示の工夫に焦点を当て,解りやすいプレゼンテーションを目指すことを目的とした。
 実施に際しては,放課後1日1時間半の計6回,合計でおよそ9時間かけ,最後の日に発表会を行った。残念なことに物理をまだ学習していない生徒にしか声をかけられなかったために参加者も少なく,また2週間に及んだために,続けて参加した者はわずか5名となってしまった。今回は,半ば実験的な側面が強いので致し方ないと思えるが,正規の授業として考えるならば,動機づけや課題設定の面で考えなくてはならない点が少なくない。

3 使用ソフトの概要


図1 実験のメニュー
 理科の天才 ノーベルシュタイン研究所(NECインターチャネル株式会社)
 このCDタイトルは,中学・高等学校で学習する理科の分野から,1)軽航空機,2)エンジン,3)記憶媒体,4)電機・磁気,5)光,6)防疫学,7)ニュートン力学の7つの部門で構成されており,代表的な実験のシミュレーションを見ることができる(図 1)。


図2 熱気球の形状
 例えばメニューの一番上にある「軽飛行機」ではまず航空機の分類と,その中の軽航空機の位置づけが図示される。そして次の段階では,熱による浮力について解説があり,更に,熱による浮力を熱気球へ応用する場合,どのような形状が優れているのかについての質問画面が現れる(図2)。正解が選択されると,また次の段階に進むことができ,科学史上,実際に行われた実験のシミュレーションとそれらにまつわる解説がある。この後,気球の材料についての解説と質問と続く。このように,実際に熱気球の発明に関わった先達がぶつかった代表的な問題の幾つかを提示しながら,四者択一で解答していく。こうして,この「軽飛行機」のコーナーでは,1)モンゴルフィエ兄弟及びロジェとダルランドの飛行実験,2)シャルルの水素の発生実験,3)シャルルの水素気球の飛行実験,4)気嚢の形状の変化,5)ツェッペリンの開発した気嚢,の5つの実験が扱われている。

4.授業の概要と経過

(1) 学習の手順


図3 ツアーの手引き
生徒には以下のような課題を提示した。
「ノーベルシュタイン研究所」を利用した科学史学習のツアーガイドを作ろう
ツアーガイドにあたっては,旅行者即ち聞き手は解らないことがあれば何でも自由に質問して良いということを予め約束した。即ちツアーコンダクターとしては,旅行者が疑問を持ちそうなことに関しては,自分の言葉で説明できるように準備しなくてはならないということであり,そのために必要な事前学習を課したのである。
1) CDにあるすべての内容を実際に確認する。
2) 確認した内容をもとに,紹介したいテーマ「△△」を決める。
3) 何をどのように楽しんでもらうかを煮詰めながら,「△△の旅」の構成を考える。
4) CDの進め方と,解説の台本を作る。
5) 必要な補助資料を作成する。

図4 プレゼンテーション画面
尚,これらの作業の中で,実験のページと資料のページを併用したいという声があったので,ツアーガイドを行うときには,コンピュータを2台立ち上げて,一方で実験編を,他方で必要な資料編を利用するようにしても良いことにした(図 4)。また補助資料はツアーガイドの手引きとして別途作成し,プレゼンテーション時に配布した(図 3)。

(2) プレゼンテーション例1 --- ツアーガイド「DNAの乗り物」---

 A君は進化論をテーマに「DNAの乗り物」と題するツアーを考えた。ノーベルシュタイン研究所の遺伝・進化研究室では,
1) 「生物の主体性」進化論 (ラマルクの進化説)
2) 「ダーウィン」進化論 (自然淘汰説)
3) 「ネオ・ダーニアン」進化論 (ワイズマンのネオ・ダーウィニズム)
4) 遺伝子 (モーガンの突然変異についての研究)
5) 「ウィルス」進化説 (中原英臣の進化説)
の5つのテーマについて解説してある。A君はこの流れに従って,進化論の歴史に沿ってツアーガイドを行った。
 ノーベルシュタイン研究所では,一つのテーマごとに四者択一の問題がある。正解が選択されれば簡単な解説と共に次の話に移っていけるが,そうでない場合には,簡単なメッセージと共に,再度同じ問題を解かせる。但し全部の問いに正解しないと,その研究室の修了とは見なされない。また,画面の左上には説明文の載っている辞書へ移るボタンもある。しかし誤答に関しての解説は詳しくない。つまり,ノーベルシュタイン研究所を用いたプレゼンテーションにおいては,誤答が何故歴史的に選択されない方法であったのかを説明できるように調べることが一つの柱となる。A君はこの点について,自分の持っている書籍や,かつてテレビで放映していた番組などをもとに,詳しく説明してくれた。発表会終了後に書いてもらった他の生徒の感想の中にも,「手際はあまり良くなかったが質問にも良く答えていて,とても素晴らしい発表であったと思います。知識が豊富なだけに説明もよく解りました。」とあるように,筆者も,まだ授業では学習していないにも関わらず,A君は良くまとめたという気がしている。A君自身は,「発表の時は緊張した。最初は何を説明して良いか解らなかった。そのうちに段々慣れてきて,さっさと済まそうとしたが,先生の質問が何回も続いて,この発表に関する自分の知識をすべてつかった気がする。とにかく終わって良かった。」と述べていた。この発表では,発表者も聞き手もまだ未学習の内容であったために,筆者が積極的に質問したのである。

(3) プレゼンテーション例2 --- ツアーガイド「空を飛ぶ」---


図5 プレゼンテーションの様子
 Bさんは,軽航空機の歴史を取り上げ,「空を飛ぶ」をテーマにしたツアーを考えた。ノーベルシュタイン研究所の軽航空機の研究室では,科学の視点で気球や飛行船の力学を取り上げている。Bさんはそれを基にしながら,1)航空機,2)熱気球 3)水素気球,4)飛行船,と,航空機の発達史に沿った構成を考えた。航空機の歴史については,既にたくさんの本が出版されており,そこには当時の写真も幾つか掲載されている。そういった資料を併用することで,このCDから得られる興味はより膨らませることができる。
 飛行船は現在も宣伝用として我々の頭上を旋回するが,航空機としての飛行船は,1937年,ドイツのヒンデンブルク号が炎上してしまったことで終焉を迎えたといわれている。しかし科学技術の粋を集め,20世紀前半を湧かせた飛行船も,実は随分昔から人々の意識の中にあったことを,われわれは絵画の中に見いだすことができる。「空のユートピア,気球の夢(喜多尾道冬著,朝日新聞社刊,1996)」によれば,グァルティは1784年に「ヴェネツィアの空に浮かぶ気球」を描き,ゴヤは1813〜15年に「気球」を描いている。1815年といえば,ナポレオンがヨーロッパを席巻していた時代である。
 さてこの発表も,聞き手の興味をさそった発表であった。ある生徒は,「面白かった。いつ質問するかねらっていた。」と述べており,別の生徒は,「とても良い発表でした。ただもう少し細かいことも調べてあったら良かった。」と要望も出している。
 既に彼らは,このCDの中の指示に従ってすべての実験を行ってしまっており,軽航空機の項も一通り経験している。その彼らが興味を持って聞くことができたのは,発表者が述べたいことを絞り,CDを活用しながらそれらを補足する準備を行っていたからであるといえる。聞き手が興味を持つからこそ,更に突っ込んだ質問も生まれる。
 この発表後にBさんは,「難しかった。質問されてみて,知らないことがいっぱいあったことを知った。CDを使って発表するということは思っていたより難しく,今度機会があれば,もっときちんと調べようと思いました。」と述べている。このプレゼンテーションを企画した筆者としては,このような発表者と聞き手との相互作用が,お互いの表現能力を高めていくのではないかと考えている。

5.まとめ

 プレゼンテーションを行うということは,生徒たちに取っては初めての経験であったようだ。しかし初めて経験したにもかかわらず,既成のCD−ROMにある画像やシミュレーションのように動的で視覚的な表現が,使い方を工夫すると見ている者に対して説得力を持つことを理解していたように感じられる。発表者としての表現技術の未熟さや知識の浅さということはあるにせよ,発表者の準備さえきちんとできているならば,見ている者はある程度の充実感を持てるといえる。このことは,「ノーベルシュタイン研究所」のようなCDは,啓蒙的な科学学習としての一つの形態を与えると同時に,本稿で述べているようなプレゼンテーションのための題材として取り扱えるということを示唆している。これまで学校教育は,学問の系統性に重点を置いてきたが,このようなテクノロジーを活用することで,系統性ばかりに頼らずとも,啓蒙的な学習に視点を当てながら,授業を構成する可能性を持っているといえるのではないだろうか。
 先にも述べたように,プレゼンテーションを行わせる学習は,ある程度まとまった時間をかけなければ成立しない。それ故,学習者の興味・関心に対する配慮に注意し,プレゼンテイターのモチベーションを高めるための方策を検討しつつも,このような学習事例を沢山積み重ねていく必要性は高いと考える。このように,表現方法の一つとしてソフトウエア・テクノロジーを活用しながら,これまでの学習系統性から見れば飛躍のある構成であっても,授業者独自の主張を明快に打ち出した学習が可能になってくるといえよう。


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