1.2次曲線を切断面に持つ立体図形の制作
--- コンピュータ上で3次元曲面をつくりだす ---

(高校 第3学年 数学)
東京都立田柄高等学校 坂本 正彦

2.課題の設定

 我々の住む空間に存在するさまざまな物体は3次元の立体であり,これらの物体の形状を分析する中で,我々は切断したり投影したりしてきた。その切断面に現れる図形や,投影された平面に現れた図形は様々な2次元の図形(曲線)である。その中で特別なものとして2次曲線がある。しかし,中学校から高等学校にかけて数学の学習の中で,様々な2次曲線が扱われているにもかかわらず,切断面に現れる2次曲線は,円錐曲線が紹介されるに過ぎない。しかも,そこで学習した図形(曲線)と切断面となる元の立体図形との関係や,投影図としての2次曲線と立体図形との関係について考える機会はほとんどない。そこで擬似的な3次元の立体図形をコンピュータ上に作り出し,2次曲線と立体図形の関係について考える授業を組織した。対象は数学Cまで学習した高等学校3年生で,2次曲線を切断面に持つような立体図形を,コンピュータに作って見るというのが課題である。

3.使用ソフトの概要

(1) TURBO pascal ver.5.5(Boland Japan)
 およそ10年前に発売された構造化言語であり,作業領域をメモリ上に取ることができるため,コンパイルに要する時間は非常に短く,古い機種であっても本稿で扱う程度のプログラムは瞬時に処理する。インタープリタではないため,処理速度も速い。
(2) Turtle Graphics ライブラリィ(自作)
 S.パハートのLOGOに従って,筆者が自作したライブラリィである。画面の中央にXY−座標系の原点を持ってきており,数学の授業で扱う座標系と同じにしてある。

4.授業の概要と経過

1)媒介変数表示で2次曲線のグラフをコンピュータ上に描く
2)同種の2次曲線を,位置を変えながら重ね描きし,立体図形を作る
3)自分の作品を発表し,他者の評価を仰ぐ
4)評価をもとに自分の作品を再構成する。

(1) 学習の手順

 まず媒介変数表示にて,コンピュータ上に2次曲線を描かせたところ,多くの生徒は楕円や放物線を描いた。
x = a ・ cos θ………(ア)
y = b ・ sin θ
既にコンピュータ上に表現する場合,媒介変数表示による方が,陰関数表示による通常標準形と呼ばれる表現形式よりも容易に表現できることを学習している( 1) )。
 次に,切断面がこのような楕円になっている立体図形(の見取り図)をコンピュータ上に作らせてみた( 2) )。この段階では,どうするのが良いかについては予め示唆することはせず,学習者の自由な活動に任せた。「どうしたらよいか解らない」という生徒もやや多く見受けられたが,教科書等に載っている3次元の見取り図を再現する生徒につられ,だんだん立体図形らしく見えるものも登場してきた。全体の作業の進行状況に配慮しながら幾つの作品を全体に紹介し,そのでき映えについて討論させた(3))。すると,2)のような「教科書に載っている見取り図は,これまで立体図形だと思いこんでいたから立体に見えたが,もっと曲線を描き加えた図と比べると,今度は全然立体的に見えない」というように,いろいろな意見が出てきた。
 またこの時点では,どのようにしたら立体に見えるのかというアイデアに気付かなかったためにできなかった者と,アイデアは持ちながら,それをどのようにしたら実際の図形に完成させられるかという方法がま
ずいためにできなかった者とがいたが,前者は,例示を見せられることで,自分の活動のヒントをつかむことができたようであり,後者は,作品を紹介した者のプログラミングの内容について質問し,いろいろやり取りをすることでだんだん形を作っていった。

(2) コンピュータ上に作図した立体図形の見取り図の例

 生徒の間で評価の高かった図形としては,例えば図1のように,楕円(ア)式において,短軸bは一定にしたまま長軸aの値をだんだん小さくして重ね描きし,楕円の中心が4次関数(イ)上を動くようにしてあるものである。洗濯機などの蛇腹のホースをイメージしたそうであるが,4次関数の定義域を変えたり,4次の係数を変化させることで,蛇腹とは全く違う見取り図になるという説明をしてくれた。
y = ax2(x-m)(x-n) ………(イ)
 また図2は,(ア)式に若干の変更を加え,(ウ)式によって作られた図形であり,楕円錐に類似しているが,もっと複雑な図形である。
x = a ・ cos θ ………(ウ)
y = b ・ sin θ + C
この生徒によれば,「立体図形というものは,ほんのちょっと構成が変わるだけで,全然違うものになってしまう。その種類は無限に存在することが解った。そう考えると,日常目にする工業製品は,極めて特殊なきれいな形をしている」そうである。

図1 曲がった蛇腹のホース

図2 変形漏斗

(3) 生徒のレポートから

1)受動(分析)的な幾何教育から能動(創造)的な幾何教育へ
 我々の住んでいる世界では,手にする図形は皆3次元の物体であり,我々が日常生活の中で2次元の図形をとらえる機会はあまりない。何かの理由で立体図形を分析する必要が起こった場合,例えば切断面や投影図を考える場合にようやく2次元の図形に出くわす。立体図形と切断面との関係は,これまではほとんどこの順で一方通行であり,丁度医師がCTスキャンによる断層写真から元の情態を想像するように,断面図から立体図を想像したり創造する機会はあまりなかったといって良い。生徒の感想の中にも「切断面が楕円である図形などというものは,これまで余り考えたこともなかった」と多数あったが,しかし学習環境が整うならば,かなり面白い課題だということもできる。生徒の感想は続けて次のようにいっている。「(前略)さて,頭の中で考えただけでもいろいろあることに気付く。例えば数学の授業で学習した円錐もそうであるし,また円柱だってそうだ。それ以外にもいろいろある。」
2)立体感覚を磨く
 これまでの図形教育で立体図形を作るといえば,せいぜい円から円柱や球といったいわば単純な図形から,やはり単純な立体図形を想像させたり作ったりする程度であった。コンピュータを活用することで,単純な図形を複雑に組み合わせたり,複雑な図形をいろいろに組み合わせて図形を構成することができる。そこには学習者の定めた目的に応じた創造的な試行錯誤が行われる。生徒たちは「実際にそれ(立体図形の俯瞰図)らしいものを作ろうとすると,断面図というものは,まさに断面でしかなく,なかなか立体に見えるようにするのは難しい。自分では良いのではないかと思っても,他人はそうは見てくれない。」という経験をし,ともかく他人に認められるような作品を作ることに熱中する。この中で,立体図形に見えるためには,それぞれの線をどの位置に,どういう間隔で描画したらよいかというバランスの重要性を学ぶ。
3)創造的経験が引き起こす日常生活の中での分析的態度
 自ら作ろうと努力した経験が,日常生活の中にある様々な図形に対しても,観客的態度から主客的態度への変容を引き起こす。試行錯誤した経験の末,何とか他人が認めてくれた作品を作ることができた生徒は,「この課題で,断面図というものは,まさに立体の断面なのだということが実感できた。これまで実際の立体を切断してみるなどということは,せいぜいスイカを切るときぐらいであり,それ以外には想像したこともなかったが,この学習を通して一見複雑に見える車などの『流線型』と呼ばれる形も,切断面を基に考えていくと,手がかりが得られるのではないかと思う」と述べるに至った。

5.まとめ

 この学習を通して,図形を把握する要素としての切断面が意識できるようになり,身の回りにある立体図形とその切断面について関心を持つようになった。数学の既有知識を,身の回りにある実世界の立体図形を分析する知識としてとらえられるように変容したといって良いだろう。この変容は何によりもたらされたのか。筆者は大きく学習環境の条件がそろったことと,学習内容の価値そのものにあると考えている。学習環境としては,1)主体的な活動場面が設定されていた,2)作品の評価が直ちに自分の作品作りに還元されたという点であり,学習内容の価値としては,1)図形の構成力の育成,2)抽象化された概念の現実化の2点にあると考えている。
 コンビュータは,自分の考えを入力すると,直ちに結果を出力してくれる。思考の結果を視覚的に表示してくれることは,自分の考えていることがどうであるかを把握しやすく,勘違いを起こしにくくしてくれる。係数を具体的な数値に置き換えて曲線群による図形の構成は,作品作りという面白さに手伝われ,学習者を課題に集中させ作業に熱中させた。また自分の作品を他者に提示させた結果,作品にある問題点が明らかとなりやすく,改善に取り組みやすかったことも挙げられよう。
 また,頭の中で理解してきた(平面)図形を基に,新たな(立体)図形を構成する経験は,基となる図形そのものに対する認識を深め,2次元の図形から3次元の図形を作り出すという作業は,空間に対する想像力を豊かにする。これにより,平面図形という数学的に創造された図形と,現実の世界にある立体図形との関連についての理解が深められた。
 このように,コンピュータを活用する中で想像上の概念を視覚的に把握できるという経験は,コンピュータの有効性を知ることにつながる。このことがコンピュータ活用の有効性に対する認識を形成する。しかし,コンピュータが至便であるが故に注意しなければならない点も強調したい。コンピュータは,プログラムに方程式を記述するだけで,いろいろなグラフを描画してくれる。既に理論的に理解している(理解したつもりになっている?)曲線についても,目の前に描画してくれ,様々な感動をもたらしてくれる。しかし,この簡便さに溺れてしまうと「青森=リンゴ」式の連合記憶の訓練となってしまい,本来目指しているはずの,図形を通した空間に対する概念形成,観念育成がおろそかになる危険性もはらんでいる。これらのことに注意した上でコンピュータの活用を図っていきたい。


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