3.10 地域(社会人参加)企画の教育的成果と課題

 

かつて100校プロジェクトが始まった時期には,このプロジェクトの対象校に選ばれた学校は,全国から選ばれたモデル校としてインターネットの教育へ効果や有効な利活用の方法を確かめることが主目的であり,学校と地域との関わりは主題の一部ではなかった。プロジェクトに対する地域ネットワークからの支援として,学校をインターネットへの接続し,日常的にインターネットが利用できるようにするネットワークシステム運用の支援はあったが,学校教育や学校と地域コミュニティとの関係に具体的に深入りするような支援は考えられていなかった。しかし,まもなく,個々の学校の中には,それぞれの判断で,学校内のネットワークの拡張工事への地域からの支援や学校の情報システムを使っての地域の人々への啓蒙活動の試みの例が見られるようになった。

かつて「学校が地域を支え,地域が学校を支える」時代があったが,わが国の社会の急激な変貌,経済成長,都会集中化への人の流れ現象,核家族化の進行等の変化は,人々の気持の中での地域にある学校との協力関係の意識を薄め,学校も地域に対して閉じたシステムとして運営される状況に変わってしまった。本来,児童生徒の心身の成長には,学校,家庭,地域社会を行き来しながら生活しており,「生きる力」は,学校における組織的・計画的な学習と家庭・地域社会の中での色々な交流体験,社会体験,自然体験等からの学習の相互作用を通じて養われるものである。このような状況のもとで,1987年,臨時教育審議会第三次答申は,「開かれた学校」を提言し,1996年,中央教育審議会第一次答申は,これからの学校の在りかたとして,「家庭や地域社会との連携の強化」を提言した。1998年,中央教育中央教育審議会第三次答申では,今後の地方教育行政の在りかたとして,「開かれた学校」の内容を「地域コミュニティ形成」との関係からとらえた具体的な指摘を行った。

インターネットはいまや社会における重要なコミュニケーション手段である。100校プロジェクトが始まったころ,わが国のインターネットの普及が始まった。現在,ほぼすべての学校がインターネットに接続し,世帯へのインターネット普及率が四割近くなっている。このコミュニケーション手段を「開かれた学校と地域の関係」を再生させ,地域の教育力の強化に役立たせることが可能であるだろうか。また,それを有効にするにはどうすればよいかが当面する課題である。

Eスクエアプロジェクトでは「地域学習企画」という活動ジャンルを計画し,これに対応する活動企画を募集した。この企画では,学校がそれぞれの地域に関連した教育活動を情報通信システムを利用して実践できるかを明らかにすることを目的とした。ここで地域に関連した教育活動を選んだのは,上述の状況を背景にした課題の意識から生まれたものである。この節では,特に社会人参加の地域企画の活動に注目して,その成果と課題の総括を行う。

まず,Eスクエアプロジェクトの地域学習それぞれ企画中の活動をこの視点から観察する。地域企画だけでなく,Eスクエアプロジェクトの他の企画(学校企画や協働企画)の中の個々の活動を見ても,地域学習や地域との関わりを重視した実践が増えている。学校同士が協働活動する場合でも,学校が単独で活動する場合でも,大学の研究者や企業の技術者,地方公共団体(特に教育委員会等)や地域の専門家(職人さん等)の協力を得て,情報システム技術を利用したり,ソフトウェアや情報コンテンツを作成したり,地域の歴史や現在,人と営みを知る「地域と触れ合う」学習を活発に行っている例は枚挙にいとまがない。これらは,それぞれの報告に記述されている。

さて,地域企画については,地域との連繋はどうであろうか。まず,3年間(平成1113年度)継続した「酸性雨,窒素酸化物調査プロジェクト」及び「全国発芽マップ企画」では,全国に分布する多数の学校の協働して,それぞれの地域環境汚染状況や植物生育の気候・地理条件等を各学校で調査・観察したデータを全体で交流・共有・参照して学習活動であることから,そらぞれの地域の自然環境と自然との関わり合いを理解するとともに,全国的な視野で個々の地域を理解する学習効果をもつ。このような協働学習,環境や自然の観察学習は,目的,手段,技法や手法までの多くに知識と技術の準備や予備知識を必要とするとこらから,専門の研究者の指導と助言を必要とする。このような学校外の協力と多数の学校間の協働活動が3年間を通じて維持され,実践成果をあげ得たことは特筆に値する。今後もこのような規模,あるいは更に大きな規模の学校間,地域間で協働する異種テーマの学習活動の必要性が考えられることから,この実践の報告は,成果のみならず,個々の失敗等の反省や教訓を含めて,全国各地,各学校から常に参照される必要がある。単にEスクェアプロジェクトの成果報告会での報告や報告集で終わらせることなく,広く共有できる内容と方法で再構成された報告があってよいと思われる。2年間継続(平成1112年度)の学校間協働プロジェクトである「同一河川流域学校交流実践企画」の活動は,地域学習の観点から見ても興味深い実践である。酸性雨や発芽マップの活動と同様に学校間協働活動であるが,協働する学校同士が同一河川流域にある関係という点での地域的繋がりの上で共通性が大きく,また連繋度や親近感も強い。上,中,下流域の自然や環境,地域の営みと河川との関わり違い等,その特徴や相互の関連等を調査するには,学校相互間の関係や連繋のとり方,地域からの情報収集,これらの調査研究を進める上での企業の支援等が不可欠である。地域や社会への関わりを興味深く学習できる点で優れた実践に成り得るが,その実践活動の深みや広がりこそがこの研究の価値を支配する。平成11年度の吉野川及び平成12年度の旭川に関するそれぞれの実践報告から多くの興味深い知見を見ることはできるが,更に深い点検と評価は,もっと多くの河川についての同様な実践活動の報告との比較から得られるであろうし,その意味で,この二回の実践報告は,今後の同種の実践を行うがすべての学校に情報として共有され,参照される必要がある。なお,今回の活動の中では教師の指導の役割への依存度の大きさに比べ,地域コミュニティとの直接の触れ合いの機会や活動の記述が見られないのは何故か,学校から地域コミュニティへの働きかけから引き出される交流活動の意義の大きさを考えると,そこまで踏み込み欲しかったが,これはむしろ今後の課題であろう。

「インターネット電子地図」,「定点観測システムの地域展開とコミュニティの形成」,「みんなで作る!社会人講師実践映像データバンク@東京」,「ア・ラ・カルト方式による学社協働「こめのくに」」,「柏ってこんなところだよ」,「バーチャルモールを活用した地域連繋共同学習システム」,「地域利用学習サイトの研究開発と共同利用の実証実験」,「地図利用地域学習サイトの研究開発と共同利用の実験実証」の活動は,企業の支援のもと,研究者や技術者がネットワークを利用することができる地域学習教材コンテンツとその利用システムを開発し,それを利用する学校の学習実践を計画したものである。地域についての教材として優れた内容を有し,それをネットワークを介して効率よく参照できるシステムの構築が目標であるが,現時点では,それらを利用する学習活動に実践例が充分蓄積されていない状態であるため,実践結果による評価は今後の課題である。特に多くの学校での参照の実績の評価が望まれる。これまで示された報告からは,教材利用の目的,内容の範囲,内容のもつ新規性と教育的効果の大きさが期待される。また,レベルの高さや質についても期待が大きい。このような地域学習教材は大いに必要であり,その意味では,上記の活動は非常に有用であり,今後も同種の開発支援は必要である。一方,報告では,このような教材を参照する学校側の情報システム環境については,全体的には説明が不足しているが,ある地域では同時に多くの学校での参照が可能な利用環境を有しているであろうが,しばらく間,そうでない地域もあるであろう。この可能性と教材開発のターゲット地域との間の整合性については検討を要する。有用なオンライン教材が多くの学校で,多くにコンピュータから参照できるためのネットワーク利用環境としては,サーバサイトへの学校からのアクセス回線の容量や学校内ネットワーク(校内LAN)の整備状況が問題になる。

現在進行中の学校インターネットプロジェクトでは,上記のアクセス回線については,現在進行中の計画の学校インターネットプロジェクトによって大幅な強化整備が進められており,更に,e-Japan戦略の重点計画においても回線のブローバンド化は目標になっている。一方,校内LANの整備については,ある程度予算化が進んでいるが,当面国全体の学校を覆うほどにはなっていない。自治体における校内LAN整備の予算計画は,目下の自治体財政の状況では,整備のための年次計画を域内の全学校に対して終了させるには長い年数が必要になるため,地域によってはボランティア活動によるネットデイ活動が実施されている。

ネットデイ活動とはボランティアによる学校の校内LAN構築やインターネットとの接続作業をいう。Eスクエアプロジェクトの前身である新100校プロジェクトの地域展開企画の中では,数校を対象としてこの種の活動を行っている。域内の学校の教員,生徒児童の保護者,地域に在住する社会人,学生,等の人々が学校の校内LANの敷設工事やできあがったLANのインターネットへの接続等を自発的に行う活動がいくつかの地域で行われており,その地域の数もやや増加している。上述の「柏ってこんなところだよ」の活動が行われる柏市では,既に約20校の小中学校の校内ネットワークがこのネットデイ活動によって整備されている。ネットデイ活動による校内LANの構築では,工事に参加するボランテイアは手弁当で参加するので,LANのケーブル敷設工事にかかる費用は材料費のみであるため,専門業者に発注する場合に必要な予算より大幅に少ない。ネットデイ活動のもう一つの効果は,多くの地域の人々が,地域にある学校のネットワーク利用環境の整備のために共同して作業し,汗を流すことから,互いに学校教育への気持ちが通い合い,その学校の教育,児童生徒たちの成長への関心が自然に芽生えることである。ボランティア活動であることから,労力に限界があること,工事等技術面で専門家に劣る場合もありうる等の課題があるが,経験と努力によって解決している場合も多い。

「国際交流の活動」は内容としては3年間(平成1113年度)継続した活動になっているが,前2年間は先進的情報技術応用企画に分類されていた。「協働学習モデルの構築」は平成13年度に登場した活動であるが,いずれの活動も研究者,技術者,国際交流専門家の支援が前提となる活動である。対象学校がある地域にあれば,その地域内の活動の性格ももつが,一般的には,どの地域の対しても汎用性のある活動になり得る。

以上で述べたのは地域企画として取り組まれた活動を主な対象としたが,地域企画以外に分類されている活動についても,学校と地域,社会人参加や支援と関係ある活動と見なせるものには言及した。全般的にみると,地域学習の教材,地域学習における学校間の協働活動,企業や専門家(社会人)の支援と協力による活動の[面では,顕著な特徴をもつ活動として成果をあげていると認められる。一方,地域内で学校,家庭,地域コミュニティの連繋の関わる具体的な実践の例は未だ少ない。情報ネットワークをコミュニケーション手段としたこの連繋を進める活動の展開は依然として重要な課題である。この課題へのアプローチには,学校のネットワーク利用環境の更に一段の整備,地域住民のネットワーク利用の進展が必要であると考えられる。教育の情報化

と地域に情報化の進展の合わせて,地域コミュ二ティへの学校の開放化,学校と地域の共生の実現はむしろこれから追求すべき大きな課題である。

(麗澤大学 林 英輔)