3.12 今後の方向を示唆する先進技術活用企画についての課題 

 

1.先進性とは

教育の情報化で考えるべき先進性には大きく二つの方向がありえる。一つは,教育ニーズを考えて先進的技術を開発し,それを具現化することである。先進的技術の場合は,その完成度の問題やニーズとの整合性の問題から実用的なレベルになるには更なる研究開発や改善が必要となる場合が多いだろうが,とにかく,「こんなこともできるのか」と思わせるような,そして,新しい教育の姿を期待させるような新規性を見せる方向である。この方向には,先に技術を開発して,その教育への有効利用を思いついて組み込む場合も含めて考えることにする。先進的技術に重きがあるからである。この方向を技術先進性と呼ぶことにする。

 ところが,先進性にはもう一つの方向もありえる。それは,開発の方式における先進性である。近年は,企業側が製品開発する場合に,利用者である先生方や生徒たちに試用してもらい,その意見を仕上げや改良に反映するケースや,現場の先生方が要求を出し,それに応えて企業のシステムエンジニアが開発するというケースが増えてきている。これは結構なことである。しかし,開発コストが大きいことから,開発側と利用者側の交流が数回程度であったり,技術的な問題を理由に先生方の期待とは違ったソフトウェアに終わるケースも多々あったのではないだろうか。

だとすれば,最初から試用と改善を数回繰り返すことを前提にソフトウェアやコンテンツを開発すべきではないだろうか。最近は工学のあらゆる分野で利用者の意見を設計段階から聞くコンカレントエンジニアリングの必要性が認識されているが,教育利用の場合はさらに進んで,作成・評価・改善を,先生・生徒・開発者,そして理想的には教育学者や教育工学者からなる開発グループで繰り返す必要があるのではないだろうか。そのためには,開発サイクルの短縮,簡素化が不可欠になる。こうした形式で教育ソフトウェアを開発することを開発方式先進性と呼ぶことにする。

これら以外にも,教育の情報化を推進する形態に先進性を持つものがありえる。新しい協働の仕組みの提案や実践などである。しかし,いずれにしても,現場の先生方,生徒たち,情報技術者,研究者,教育学者,教育工学者などの参加と密な連携が前提になる。そして,その連携を通して,シナジー効果が高められることは,いずれの先進性にも共通している。

 

2.先進的実施例

 ここでは,この2年間に実施された企画のなかで特徴的な企画を例として取り上げる。

l     インターネット電子地図の教育利用に関する実践的研究

 電子地図を扱う教材もいくつかあり,ネット上で地図を共有し協働学習する研究もあるが,ビットマップなどで地図を表現している場合,何十もの学校から一斉にダウンロードや書き込みがあると,到底実用にならない速度になってしまう。一方,地図をベクター情報として提供すると,ネットワークに対する負荷も格段に軽くなるし,拡大・縮小・回転などの加工も高速に実現できる。その結果,複数の学校が地図を共有し,それぞれの学習内容を書き込んで,情報交換するなどの交流学習が可能になる。

本企画は,情報工学の研究者がシーズを提供して,多くの学校が参加するようになり,また,教育学の専門家の参加も得て,今後の展開が大いに期待される研究開発に発展してきている。

l     「ネット社会の歩き方:レッスンキット」

 インターネット接続の定額料金制の導入やその低価格化から,遅れていた我が国のネット接続数も急速に増加してきている。子供たちは家庭でコンピュータやネットワークを自由に使える状況になりつつある。こうした状況で,公教育は情報社会のモラルやマナー,そして,ネット犯罪に対する知識や防衛法を子供たちが習得する機会を与える責任がある。交通安全指導と同様に,ネット社会の交通安全指導が求められている。しかし,先生ごと,学校ごとに,情報化に対する知識やその姿勢には大きな隔たりがある。

この問題を解決するために,先進的な先生方が上記のテーマに関わる素材を用意し,教材会社がそれをアニメーション教材に仕立てて,授業を通して評価改良し,WWW教材として全国の子供たちや先生方に提供するというのが本企画である。「こうしちゃいけない,ああしちゃいけない」と言葉で教えるのではなくて,「こうしたらどうなるか」を見せて,みんなで議論し,各自が問題を回避する方法を習得できるように工夫されている。非常に実用性の高い成果が得られている。

l     特別教育支援ネットワーク・センターの実践研究

 世の中には,情報化によって身体的にハンディのある方々が一層弱者になるという誤解がある。これはむしろ逆で,情報化はハンディを埋める手段を提供できる可能性を持っている。米国における情報公開法では,単に情報を公開するのではなく「電子的に」公開することが明記されている。また,本を出版する時も出版後半年以内に電子媒体の発売あるいは何らかの提供をしないとその本は絶版にされる。その理由は,電子媒体で提供することにより,本を目で見ることができない人も音声合成のソフトを使ったり,点字を自動作成する機械を利用したりして読むことができるのに対し,本を印刷物として出版するだけでは,目の見える人だけしかアクセスできず,むしろ情報格差を拡大するからである。しかし,このハンディを埋める手段を提供するためには,技術の開発や使い勝手の改良,そして,社会的なシステムの構築が必要になる。

 本企画は,障害を持つ子供たちのIT機器の試用を支援するセンターを運用し,ネット相談,支援ハード・ソフトの貸出し,訪問支援を行っている。こうした社会システムが未熟な我が国において,これも立派な先進的企画と言えよう。活動を行う企業や団体を社会全体として応援することが大切である。

 これら以外にも優れた企画が多かったが,紙面の許す範囲で上記3件を典型例として紹介させていただいた。

 

3.先進企画の課題と解決策

 最初に述べた先進性の理想を目指すためには,現場の先生方,生徒たち,情報技術者,研究者,教育学者,教育工学者などの参加が重要である。しかし,多くの場合,これらの多様な人材を集めることは容易ではない。したがって,どこかを欠いたグループでの発進になる場合が多い。そこで,こうした場合に,これまでに培われてきたE−スクエアのコミュニティに相談して,ネット上からでも参加やアドバイスが得られる仕組みができあがることを期待する。

 次の問題は期間の問題である。先進企画では一年という期間はあまりに短い。一応のプロトタイプができた頃,あるいは,人間関係が構築できた頃に終わりになってしまう危険がある。中間審査をして予定より大幅に遅れている企画は途中で終了させるなどの厳しさは必要であるが,2〜3年計画で企画を進行させることができれば,より先進的な試みを行うことができよう。

 最後に,この2年間に実施された企画では,先生方あるいは研究者の側に優れたシーズがあって,それを具現化するケースが多かった。しかし,せっかくできた開発グループの活動の中から新しいニーズが生まれ,それに向けて連携をいっそう強化して,先進的研究が発展していくことを願っている。

 

4.皆で楽しもう

 ここ数年,いろいろな学校で情報教育の現場を見えていただく機会を得た。そして,結論として言えることは,子供たちがどれだけ無意識に情報活用しているかどうかは,その学校にどれだけキーパソーンの先生がいるかどうかによるということである。先生間,あるいは学校間の情報活用の格差が増幅されて子供たちに伝承しているといっても過言ではない。積極的な先生方は,自ら情報活用を実践し,自信をもって楽しそうに授業をしている。そして,優れた先生方は,情報活用がもたらす圧倒的な利点と,情報社会に生きるためのリテラシやモラルの必要性を同時に認識し,両面をうまく教育に取り込んでいるのに対して,否定的な先生方はリスクばかり協調して,それにどう対処するかではなくて,それを排除するための理論武装をしているように思える。

先進企画は実験の場である。また,多様な人材が子供たちの学びを介して出会う場である。良い先生と組めれば,開発物の評価現場に立ち会う子供たちはとても楽しそうで,生き生きとしている。否定的な先生は,「実験のために子供たちを巻き添えにしている」などと悪口を言うまえに,子供たちがどれだけ楽しそうに学んでいるかを見学すべきである。

楽しいと脳のシナプスの成長促進ホルモンがたくさん出て,学習はますます進む。集中度は上がり,疲れることもない。したがって,先進企画は,子供を一番にして,先生,技術者,研究者,教育学者など全員が楽しみ,学ぶ場なのである。それがまた子供たちに伝わって,「情報化って,お仕着せのソフトを使うんじゃなくて,自ら作るもんなんだ」との認識をもってもらえれば最高である。

(東京農工大学 中川 正樹)