3.2 全国協働企画(酸性雨・窒素酸化物調査プロジェクト)の教育的成果と課題

 

1.実践活動の目標と成果

 酸性雨・窒素酸化物調査プロジェクトは,100校プロジェクトの企画の1つとして,1995年8月にスタートした。Eスクエアプロジェクトの終了をむかえる,2002年3月までの6年7ヶ月にわたって,インターネットの教育利用についての実験的な試みを,環境教育の分野で行うことができた。

 酸性雨の調査という活動を,インターネットを利用することによって,グローバルな活動に広げていくことを目的にしながら,これからの学校教育の中で,インターネットの果たす役割を確かめることを目指したのである。具体的な研究目標を,次の5つの項目に分けて説明し,プロジェクトの目標と成果について述べたい。

(1) インターネットを利用した協働学習のプラットフォームの構築

 インターネットを利用するための環境が整うにつれ,学校で授業を行うために必要なコンテンツの開発が求められている。このプロジェクトは参加校の活動によって,より充実した素材と活動の場が構築されていくという,自己成長型のプラットフォームを構築することに成功した。

 参加校の数は,1995年にスタートした時の40校から,Eスクエアプロジェクトの最終年度である2001年度は116校へと増加,活動経験のある学校は150校に及んだ。校種も小学校から様々な課程の高等学校まで,大きな広がりを見せた。2001年度はニューヨークの学校の参加も得られ,国際的な広がりをもつまでになった。

 さらに学校の中での活動も,理科の授業・総合的な学習の授業・クラブ活動・ホームルーム活動など,様々なグループによって進められた。

 このプロジェクトは,上に示した様な多様な集団が,協働学習を通して,多様な活動を行うことを可能にする,プラットフォームを構築することに成功した。このプラットフォームを支えているのがインターネットである。この様なシステムは,これから本格的な実施が始まる,「総合的な学習」の場として大きな期待がよせられている。

(2) グローバルな環境学習を推進する為の手法の開発

 学校における環境教育は,「その成果を広く公開し,他校との交流を深めながら進める」という手法が有効とされながら,現実的には困難であった。学校の中での優れた実践活動が,学校の中から地域社会へ,そして世界へと広がりを見せることがなかった。環境教育の分野での,インターネットの利用は情報の発信・交流を一気に可能にしたといえるのである。

 このプロジェクトにおいては,グローバルな環境学習の仕組みを次のように組み立てている。

 

Step参加校全体に関わる,測定機材・測定方法の統一・データ送信の手順などを,活動する教師や生徒に理解してもらう。電子メール等が有効な手段となる。

Step雨の酸性度の測定。データの送信

Step観測データの閲覧(自分のデータが公開されていることを確認するだけでも教育的な効果が認められる)

酸性雨調査プロジェクトのホームページから得られる情報を使った,授業やクラブ活動等の教育活動の実施。

Stepチャットなどの利用による交流活動の推進。

 

インターネットの利用によって,可能になったこのような手法は,環境教育をグローバルなものに発展させる,画期的なものになった。

(3) 学校・大学・企業の連携による,インターネットを利用した教材開発と運営方法の開発

 これからの学校教育においては,教育活動を学校の中だけの閉鎖的な状況の中で行うだけではなく,大学の先生,企業の専門家・協力していただける保護者の方など,広く人材を求めて進めていくことが必要である。

 このプロジェクトは,Eスクエアプロジェクトの大きな枠組みの中で

1)  学校―――教師と生徒によるプロジェクトの推進

2)  大学―――専門家によるサポート

3)  企業―――プロジェクトの運営,教材開発,ホームページ管理など

の三者の協働的な活動を,効果的に設計し実施することが出来た。三者の協働的な作業を具体的な活動面にしぼって整理すると,次のようになる。

 

 学 校 

pHの測定」「導電率の測定」「データの送信」Webへの掲載」「授業への活用」

                            

「イオンクロマトグラフによる分析」「データの教材化」

「観測データについての評価」

             大 学            企 業

 

特にイオンクロマトグラフによる分析は,2001年度は16校の学校が雨水を採取,広島大学総合科学部で,溶けているイオンの種類と量を調べる事ができ,プロジェクトの内容を深めることが出来た。

プロジェクトをサポートする体制は,地理的な視点で見ると,日本全国にまたがる。空間的に離れていても,あたかも同じ場所にいる感覚で,作業を進めることが出来たのは,インターネットのおかげである。このプロジェクトにおいては,インターネットの利用環境の整備が計画的に進められるともに,推進するための経費についても,対応していただいたことが,プロジェクトの成功につながった。

(4) 継続的なデータの蓄積による,日本の酸性雨の実態調査

 「継続は力なり」という言葉がある。プロジェクト発足以来,参加校の努力によって蓄積されたデータは,2001年度にはかなりなものとなり,日本の酸性雨の様子を明らかに出来るようになった。生徒が測定していることによる,測定値の精度の問題を指摘する声は,プロジェクト発足当時からあったが,このプロジェクトの6年を越えるデータの蓄積によって,日本に降る雨の状況をかなり把握できたものと考えている。生徒の手よる観測データをもとに,日本の雨の解明が出来たことの意味は大きい。

 さらに生徒の手よる観測データの背景には,それぞれの学校で行われている教育活動や生徒の姿がある。このことが,このプロジェクトの成果を学校教育の中で活用していく上で,教育的な意味を持つようになると確信している。

 2001年度においては,プロジェクトの推進委員会を中心に,これまでの観測結果の評価を行い,それをもとに,書籍を発行することが出来た。「みんなでためす酸性雨調査大作戦―インターネットを使った環境実践読本」(合同出版)と題する書籍は,学校関係者だけでなく,広く一般の方々にもこのプロジェクトの成果を紹介することを目指したものである。

 今後このプロジェクトが継続されることによって,より多くのデータとより多くの教育実践が積み重ねられ,教育的な色彩を強く持ったデータベースが構築されていくものと信じている。

(5) 学校の教師・生徒のネットワーク活用に対する興味・関心の向上

 このプロジェクト発足当時の参加校の意識は,インターネットに対する興味関心から参加したという学校がかなりあった。Webを使ったデータの送信,Web上での観測データの閲覧,グラフなどに加工された観測データの閲覧,授業への利用,チャットなどによる学校間の交流など,インターネット技術の進歩にあわせて,このプロジェクトの内容も発展してきたといえる。このことが,先生や生徒のネットワーク利用についての関心を向上させるとともに,インターネットの教育利用についての理解を,行政担当者などに深めることにつながった。

 酸性雨調査という目的を持ちながら,新しい技術にふれる機会を,参加校に提供出来たことの意味は非常に大きかったということが出来る。

 今後このプロジェクトは,「環境教育の中にどのように定着させていくか」ということに軸足を置くことになるが,インターネットの新しい技術の教育利用についても,挑戦していくことが大切だと考えている。

 

.大規模な協働学習プロジェクトを成功させるための条件

 学校におけるインターネット利用環境の充実,「総合的な学習」の本格的な導入など,学校教育は大きく変わろうとしている。このような中で,このプロジェクトで実施した,インターネットを利用した協働学習の必要性は,今後大きくなっていくものと考えられる。

 しかし,広域的な活動を成功させるためには,現在の体制の中では困難をともなう事が多くある。このプロジェクトの実践を通して得られた,大規模な協働学習プロジェクトを,成功させるために必要な条件について述べることにしたい。

(1) 2つのネットワークの構築

     −インターネットの情報インフラの整備と,人と人の繋がりの強化−

 100校プロジェクトによってスタートした,日本の学校におけるインターネットの利用は,まずネットワークを利用できる環境を学校に作ることであった。多くの方々の努力によって整備が行われ,

現在では光ファイバーを使った環境が整備されるようになってきた。学校で利用できる端末も,充実してきた。コンピュータ同志を,高速回線で接続するネットワークづくりは,着実に進んでいる。

 それぞれのコンピュータの下には,教師や生徒がおり,その利用も多様化しながら進んでいる。しかし現段階では,個人のレベルでの利用に止まっていることが多い。本来コンピュータの利用は個人での利用がベースになっているということも関係している。

 しかし,「酸性雨調査プロジェクト」のような大規模プロジェクトにおいては,個人のレベルでの利用の段階に止まっていたのではうまくいかない。利用する先生や生徒が,電子メールやチャット,WEBでの情報発信,オフラインミーティングなどを通してつながりを深め,人と人とのネットワークをつくることが大切である。当プロジェクトにおいては,人と人とのネットワークの構築が,事務局を核にしてかなり出来たと考えているが,まだまだ不十分である。

 インフラの整備とともに,人と人とのネットワークの構築がすすみ,2つのネットワークの,調和のとれた充実を図っていくことが,一層大切になってくるであろう。

(2) 組織の壁を越えた,推進組織の構築

     −学校間の壁,行政の壁,国と国の壁を越える組織づくり−

 大規模プロジェクトにおいては,活動の範囲が,学校が所属する行政区域を出てしまったり,校種が違うために,学校が所属する研究組織の枠をはみ出してしまったりしてしまう。場合によっては,外国の学校が加わる場合もある。

 このような広域的な研究組織を,運営できる組織のあり方も,現状においては定まっていない。大規模プロジェクトの受け皿がないという状況が,生まれてしまう可能性すらある。環境教育をテーマにした大規模プロジェクトを,草の根的な運営から,レベルの高い最先端の技術を使ったプロジェクトにするための努力が,教育現場と行政機関の両者に求められている。

(3) 参加する学校の教育目標を包括できる,プロジェクトの理念の確立

  −参加する学校・グループの教育目標を,無条件に認めあうことができる運営体制−

 日本には,プロジェクトを運営する場合,目標や活動内容を明確にして,参加者が一致して対応するという風土がある。しかし個性を尊重し,自分の意見をはっきり述べ,自由な発想で活動することを,学校教育の基本的な精神の中に,取り入れようとしている現在においては,単線型の活動だけでは不十分である。インターネットを利用した協働学習型のプロジェクトには,単線型の活動を補う,効果的な手法を取り入れることが出来る。

 学校間による意識の違い,グループ間の活動目標の違い,教える先生の専門分野の違い,参加する生徒の置かれている状況の違いなどを,包括的に許容することによって,1つのプロジェクトの中に,多様な価値を見いだそうとするのである。プロジェクトの価値は参加校それぞれによって違っていていいし,参加者一人一人について違っていてもいいのである。

 そのためには,プロジェクトの共有部分を明確にしながら,その他の部分については,参加校の自由裁量としてまかせてしまうことになる。インターネットを利用した大規模プロジェクトは,このようなコンセプトで進める必要があろう。

 さらに学校の先生は,様々な仕事を持っていて,大変忙しい。そのような中で,長期的にプロジェクトに参加して,活動していただくためには,プロジェクトの推進方法に工夫が必要である。毎年変わる生徒,転勤で勤務校の変わる教師,学校という組織のなかでの,プロジェクトの受け止め方など推進を妨げる要素は多い。プロジェクトを推進するために必要なことは,参加校の負担(経済的なものを含めて)を出来るだけ小さくすることと,活動出来ない状況が続いても認めあうことである。

(4) 個々の観測データを登録することによって構築できる,データベースの運用に関する諸問題の解明

1) 観測データを登録するためのサーバの管理

事務局にとって,サーバの管理はきわめて重要な業務である。サーバの故障によるデ―タの破壊は,プロジェクトの停止を意味するからである。セキュリティーの面でも安心出来るサーバを運用すること,バックアップを定期的に取ることなど,事務局の負担を大きくすることばかりである。管理をどのような組織の誰が行うのか,検討するとともに,受け皿を作らなければならない。

2) 観測データの教材化 −使いやすい教材としての観測結果の提供―

観測し登録されたデータは,各参加校で自由に利用しても良いことになっているが,現実的には利用難しい。プロジェクトが始まってから7年の経験から言えることである。データをどのように見ればいいのか,どのように整理すればいいのか,といったことは専門家の指導を受けないと,学校現場の教師では対応することが難しい。

現在このプロジェクトでは,データを加工し,わかりやすいグラフにしたものを,ホームページ上に掲載している。

今後,学校の教師,大学の専門家,最先端のインターネット技術を持った技術者の間での,検討と協力体制のもとでの作業が必要である。

 

3.終わりに

 インターネットを使って,酸性雨の調査を全国の学校が協力しながら行うというプロジェクトを,6年以上に渡って続けることができたことに,心から感謝しています。インターネットの教育利用促進のために,「Eスクエアプロジェクト」を企画してくださった経済産業省,文部省の方々,企画をとりあげて,ずっと支援いてくださったIPAやCECの方々,具体的な支援をして戴いた広島大学や,三菱総合研究所の皆さん,というようにきりがありません。参加校の教師や生徒の皆さんも,新しい活動への挑戦に積極的に取り組んで下さいました。

 このプロジェクトの推進を通して得られたことは,人と人とのつながりを深め,互いに理解し合い協力していくことが,高度情報社会においても,重要なことだということでした。プロジェクトは,これからも継続していく予定です。ご協力いただいた方々に,厚くお礼申し上げるとともに,今後ともどうかよろしくお願いいたします。

(広島大学 長澤 武)