3.3 全国協働企画(全国発芽マップ)の教育的成果と課題

 

1.はじめに

 「全国発芽マップ」は,1995年の4月にスタートした企画である。当時,始まったばかりの「100校プロジェクト」の中の小さな試みとして宮崎大学教育学部附属小学校から,100校プロジェクト参加校に,声をかけたところから始められた(中山・奥村・根井,1999)

 当初の主なねらいは,インターネットを利用することによって,自然や人々から直接学ぶ学習を活性化させることであった。例えば,インターネットを利用する理科授業によって,観察・実験や教室内での議論をいっそう充実させたり,社会科で,図書館等の資料調査や現地に足を運んでの調査をいっそう活性化させたりという教育効果をねらった。そして,離れた地域の学校間での,植物の成長に関する情報交換によって,気候,風土の違いへの気づきを促し,共通の問題意識に基づく議論に発展させて,教科を越えた学校間協働学習を実現しようとした。

 そこで意図されたものは,「自然や人々から何かを学ぶ」ことによる教科学習と,そこから発展した総合的な内容での協働学習の場を作ることであった。2001年度の「全国発芽マップの集い」の講演者の大島純氏が「この『集い』では,『情報』という言葉が出ませんね」と指摘したように,「情報教育」について,ほとんど関心を持たないことも,この企画の特徴である。

 

2.教師用メーリングリストを中心とした活動

 1995年度から2000年度までの全国発芽マップは,CECの事務局によって提供された教師用メーリングリスト(以降,教師用MLと略記する)だけを頼りに実践を続けた。そして,学校間の情報交換は,この教師用MLと,各学校のWebサイトによって行われた。幹事校の宮崎大学附属小学校が「幹事」として行ったのは,教師用MLの司会,栽培する植物の種子の郵送,そしてMLへの参加者の登録・抹消の窓口業務だけであった。つまり,幹事校にとっては,非常に限られた予算と人的資源で運営できる企画であった。

 一年間の活動には,以下のような話題があり,それぞれの話題について教師用MLや各校のWebサイトで活発な情報交換が行われた。

(1) 種まき,(2)発芽,(3)月に一度の一斉採寸,(4)台風による被害,(5)開花,

(6)クッキーやケナフドリンク作り,(7)結実,(8)パルプ作り,(9)紙すき

(10) 葉書の出し合い

 一方,幹事校が予算も人的資源も持たない環境は,参加校に「ボランティア精神」とも呼べる自主的で積極的な参加を促すことになった。そして,一種の「全国発芽マップ文化」が醸成された。それは,たとえば2000年度の次の事例に認められる。

1) 宮脇公治先生(北海道勇払郡鵡川町立花岡小学校)

宮脇先生は,すべての参加校を日本地図で一覧できるクリッカブルマップを作った。これが引き金となり,各学校名の読み方を教師用ML上で教え合う活動が盛り上がった。さらに,地図上で参加校の「空白県」が明白になったことで,知人を誘って空白県を埋めるという活動に発展した。

2) 谷本泰正先生(岡山県立岡山芳泉高等学校)

谷本先生は,全国の開花情報を書き込める電子掲示板と,開花状況を一覧できる日本地図を作った。高校生が全国の小・中学生の活動に貢献するという意味でも意義があった。これは,地域別に開花時期を比較する活動につながり,同じ地域でも,花壇の場所等の条件で開花が違うのではないかという問題意識に発展した。

3) 中嶋弘行先生( 京都市立朱雀第二小学校)

中嶋先生は,ビデオカメラでケナフの発芽や開花を撮影し,時間を縮めて再生する動画を作成し,ネット上で公開した。これは,「芽はどのように出るのか」「花は何時頃に咲いて,いつしぼむのか」などの疑問に答える形で作成されたものであり,観察への意欲向上を促した。

 このような,参加教師の自発的な提案と試みが,参加各校の教師や児童・生徒の活動の場を広げていった。そして,各校には,「何でも提案ができ,いつでも主役になれる」という雰囲気を広げることができた。

 ここに見られた「全国発芽マップ文化」を,以下のように要約することができる(中山,2000)

(1)参加者のイニシアチブが大切にされる

(2)ボランティア的な行為が歓迎される

(3)各校が主役になれる

 そして,教師が「学びの専門家」として児童・生徒の活動をリードし,「知らないこと」や「知られていないこと」を,いっしょになって学びとっていくという「全国発芽マップの文化」がピークに達したのが,参加校数が200を越えた2001年度である。

 

.電子掲示板システムを導入した活動

 2001年度には,Eスクエアプロジェクトの予算で開発された全国発芽マップ専用の電子掲示板システムと,植物の成長記録システムが導入された。この電子掲示板には次のような特徴がある。

(1) 画像を貼り込むことができる。(1)

(2) テーマごとに掲示板を設定し,ID発行や,アクセス制限などの設定をできる。

(3) 個々の掲示板を運営する教師に,ID発行や掲示板の設定変更の権限を与えることができる。

(4) 書き込む人の特性を8種類の顔のアイコンで示すことができる。

 2001年度は,電子掲示板の機能を利用して,「スモールプロジェクト」と称する企画を募集した。これは,中心栽培植物のケナフ以外の植物栽培を中心とした活動や,一つの植物の栽培にこだわらない新しい発想の教育活動への可能性を開くための提案であった。

 これに応えて,「落花生プロジェクト」「綿マッププロジェクト」「BK(ブルーケナフ)情報部」「全国紙創り21」「ケナフクラフトバザール」「ケナフ料理・お菓子づくりマッププロジェクト」「21世紀農業のわっ!」の7つのスモールプロジェクトが立ち上がった。

 これらに,幹事校で設定した「ケナフから広がる夢・ぼくのたね・わたしの夢・」,「全国発芽マップなんでも掲示板」,そして掲示板システムの専門家による「システム何でも相談室」が加わり,10個の掲示板が運営された。

 これらの掲示板のいくつかを利用して,ベルギーの学校との交流が行われたことも,2001年度の活動として特筆できる。これは,清水市の「地球クラブ」の井柳強先生の長年にわたる尽力によって実現した。さらに,保護者ボランティアの「かれん」さん(ハンドルネーム)による翻訳も,両国からの掲示板への書き込みの継続に大きく貢献した。まさに全国発芽マップらしい,幅広い人たちが参加する自発的な活動であった。

 次に,図2に,2001年の5月から12月までの間の1,803件の書き込みの内訳を示す。図2によると「全国発芽マップなんでも掲示板」への書き込み件数が多い。特に,2000年度までに要望の強かった写真を用いた情報交換が活発だった。

全国発芽マップ何でも掲示板

 

綿のマッププロジェクト

 

落花生プロジェクト

 

BK(ブルーケナフ)情報部

 

21世紀農業のわっ!

 

システムなんでも相談室

 
 児童・生徒の書き込みを促すためにアクセス制限付きで設けられた「ケナフから広がる夢・ぼくのたね・わたしの夢・」の書き込みも多かった。ここでは,中心栽培植物のケナフを中心とした情報発信が活発だった。

0

 

100

 

200

 

300

 

400

 

500

 

2 電子掲示板への書き込み件数(5月〜12月)

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 スモールプロジェクトでは,「綿マップ」と「紙創り21」への書き込みが多かった。特に,「紙創り21」は,植物が枯れて,他のスモールプロジェクトが下火になり始めた頃から活性化した。さまざまな植物の繊維を用いた紙づくりを通して,多様なスモールプロジェクトを結びつける役割を果たした。

 次に,掲示板に書き込んだ人の特性を調べると,子どもの書き込みが男女ともに多いことが分かる(3)。書き込み総数の1,803件のうち,男女の子どもの書き込みの合計は798件にのぼる。教師用MLのみで活動した2000年度には,子どもが自分の言葉で活動の報告をすることは非常に困難であったので,この数字を見る限り,2001年度に導入された電子掲示板は,子どもの表現の促進に貢献することができたと言える。

 ただし,子ども主体の学校間協働学習の成立という観点では,必ずしも期待通りの成果が得られたとは言えない。例えば,掲示板での子どもどうしの「対話」は非常に少なく,子どもの書き込みに対する子どもの返信が連続する回数は,1回が42件,2回が7件,3回が1件,5回が1件に留まった。

 電子掲示板が,子どもからの自己表現の場になったことは確かだが,「協働学習」や「対話」の場になったかどうかについては疑問が残る。

4.全国発芽マップから得られたものと今後の課題

 全国発芽マップの実践から,次のような示唆が得られた。

(1) 植物の栽培を学習活動の中心においた学校間の情報交換の場をつくることで,自然や人々にかかわる学習活動を活性化させることができる。

(2) 参加形態や提案の自由度を残すことで,全国の教師からの提案による学習活動が生起し,有意義な教育実践を成立させることができる。

(3)  学校間の活動の方向性の決定については教師主導であっても,校内や学級内では児童・生徒の主体的な活動を充実させることができる。

このようにいくつかの成果を得ることができたが,次のような課題も残った。

(1) 熱心な教師のいる学校の活動が活性化する一方で,軽度の活動を中心に参加しようとする学校の活動との差が開いた。

(2) 電子掲示板と植物成長記録システムが整備されたため,ボランティア的な参加形態に制約が加えられた。

(3) スモールプロジェクトの発足に伴い,2000年度までは教師用MLで参加者全員に共有されていた文化に,分散化が起こった。

(4) 書き込みが,児童・生徒による学校間対話に発展するケースは少なく,学習の協働性が不十分なままに留まった。

 以上の点を踏まえて,全国発芽マップを,児童・生徒の実質的な協働学習の場に仕上げていくための手立てを,引き続き工夫していきたい。

(宮崎大学 中山 迅)