3.4 同一河川プロジェクトの教育的成果と課題

 

1.プロジェクトの目的

 同一河川流域内学校交流プロジェクト(以下,同一河川プロジェクト)は,子どもたちによるインターネット上の共同学習である。ひとつの川の流域にある学校間で交流学習を計画・実施・評価した。このプロジェクトの目的は多岐に渡るが,次のようなものが主たるターゲットであった。

(1) 交流学習のコンテンツとしての河川の可能性の検討

 遠隔−共同学習,すなわちインターネットを用いた交流学習では,普段は顔をあわせない子どもたちが意見や情報を交換する。だから,そのやりとりの中身,すなわち,コンテンツにはずいぶんと工夫が必要である。既にこうした学習を成立させるためには,子どもたちの学ぶ内容が,学校や地域をまたいだ共通項とそれぞれの独自性を有しているべきだという提案がなされている。

 「河川」は,そうした2面性を持つ好素材であると思われた。本プロジェクトでは,河川が子どもたちに共通項と独自性を提供してくれることを再確認しようとしたのである。

(2) ビギナー校の交流学習への参加可能性や参加形態の再確認

 現在,学校によって,情報機器環境の整備状況が異なるし,教師たちの情報教育実施の経験にも差がある。インターネット利用に温度差がある学校間でも,インターネットによる遠交流学習は可能なのか。可能な場合に,インターネット利用に長けた学校とそれへの挑戦を始めたばかりのビギナー校では,交流学習への参加形態にどのような違いが生じるのか,またそれはどの程度まで容認すべきものなのかを確認することも,本プロジェクトの重要な課題のひとつであった。

(3) 交流学習の充実に向けたWebツールの開発

 本プロジェクトでは,ソフトウェアに関しても,交流を支える仕組みを開発することを試みた。これまでにも,様々な交流学習サイトが開発され,運用されてきた。それらの資産を生かしながら,本プロジェクトでは,ビギナー校の児童・生徒でも活用できる操作性,また日常的で継続的な交流を子どもが記録し振り返ることができる構成,教師自身による管理体制などを意識して,Webツールを開発した。交流学習の量的・質的充実を図るためのWebツールのデザインを吟味することも本プロジェクトのねらいのひとつであった。

 

2.プロジェクトの枠組みと実践

(1) 2年間の実施体制

 同一河川プロジェクトは,平成11年度,吉野川流域(徳島県及び高知県)の3校による遠隔−共同学習としてスタートした。そして,翌12年度,舞台を旭川(岡山県)に移して,前年度の実践的知見の発展を目指した。

 1年度目は,3つの学校の共同研究というスタイルで,そして,2年度目は,6つの学校の子どもたちが作品の共同制作プロジェクトに従事するという様式で,河川を舞台とする交流学習が企画・運営された。それぞれの事例の特徴は以下のとおりである。

(2) 吉野川の実践事例

 これは,高知・徳島県を流れる吉野川流域に位置する3つの小学校(上流:高知県大豊町立豊永小学校,中流:徳島県三加茂町立三庄小学校,下流:徳島県吉野町立柿原小学校)が吉野川の自然・歴史や地域の特産物などに関する情報・意見交換を繰り広げる交流学習プロジェクトであった。プロジェクト開始前には,まったく会ったこともなかった3校の子どもが,数カ月に渡ってインターネット等による交流活動に従事した。

 子どもたちは,吉野川に関して多様な視点を設けて調査研究活動を繰り広げ,その成果を上・中・下流で比較した。自然の様子(魚,植物,石など),歴史(遊び,治水,水運など),地域の特産物(郷土料理など)などが,子どもたちの追究対象であった。彼らは,テレビ会議システムを用いたり,郵便や宅配便を使ったりして,自分たちが調べたこを知らせあい,集めたものを送りあった。

 その背後では,教師たちがメーリングリストを最大限に活用して,子どもたちの学習の実態を伝達しあい,それぞれが別個に策定していた学習計画のすり合わせに懸命になっていた。

 後述するように,この学習によって,わずか4ヶ月の期間であっても,子どもたちが,郷土意識,他校の児童への思いやりなどを高めるという効果を確認することできた。

(3) 旭川の実践事例

 このプロジェクトには,岡山県旭川流域の6校(上流:湯原町立湯原小学校と美甘村立美甘小学校,中流:久米南町立誕生寺小学校及び神目小学校,下流:岡山市立平福小学校及び精輝小学校)が参加した。参加学校数が6校と倍増したため,例えば教師たちの情報教育実践経験の多寡,学校の情報機器環境の整備状況の差などが,交流学習運営の大きな障害として立ちふさがることになった。ある学校は5年以上も情報教育のカリキュラム開発を継続しており,子どもたちの情報活用能力が高い。しかし,別の学校はやっとコンピュータが学校に設置され,インターネット接続が可能になったばかりであった。この状態では,全員が同じ活動には従事できないと,プロジェクトのメンバーは頭をかかえた。

 そこで,情報教育実践ビギナー校でも交流学習に参加できるように,2年度目は,初年度の共同研究型から,共同制作型へと,交流学習のタイプをシフトさせることにした。地域の特色を描いたデジタルマップ作成を学習のゴールに設定した結果,交流学習参加形態の多様化が実現した。6校の子どもたちは,まず,インターネット上で地域情報を交換する。しかし,そうした共同研究を,彼らは,次第にデジタルマップの作成へと収斂させ,それをインターネット上で公開するという活動へと発展させる。

 その過程で,子どもたちは,公開する地図のデザイン,作業工程,アピールの対象や方法などに関する議論をオンライン上で展開する。情報教育実践経験の豊かな学校の子どもが,プロデューサー役を引き受け,他校の子どもたちの活動をリードするというプロジェクト方式がこのタイプの交流学習には必然となった。ビギナー校の子どもはできる範囲内で作業分担を引き受ける,という仕組みを採用したのである。活動の質の違いが参加意欲の低下をもたらすのではないかとの懸念もあったが,結果的には,どの班に所属した子どもも,真摯な姿勢で自分の役割を果たした。彼らは,どのグループの活動が欠けても,地図の完成には至らないことを分かっていたからである。

 加えて,ビギナー校の子どもたちの交流学習参加にまつわるストレスを低減するための術として,ハード面,ソフト面のサポートは重要であった。例えば,旭川を舞台とする交流学習では,交流学習開始時期が2学期にずれ込んだため,既に計画されていたカリキュラムに追加する形で交流学習を始めた学校もあった。そうした学校では,教師も子どもも交流学習の遂行に余分なエネルギーを費やすことを余儀なくされた。それでも実りある交流学習が実現したのは,参加した学年の普通教室にコンピュータを設置することができたからである。そうした環境が,遠く離れた学習仲間との日常的なコミュニケーションを可能にしてくれた。

 また,このプロジェクトでは,子ども向けに,Webツール「あさひばりばりネット」を開発した。各校のインフラ等が異なっていても利用できる汎用ツールの学校への提供を目指してのことである。このツールを用いることで,子どもたちは,情報の収集・処理加工・発信を一元的に展開できた。また,彼らは,自分たちの力量と必要に応じて,データベース・掲示板・グループメール・チャットなどの多様なソフトウェアを使い分けできた。

 

3.プロジェクトの成果

(1) 「河川」を舞台とする交流学習の教育的価値

 予想どおり,河川は,交流学習の舞台や題材として,たいへん適切なものであった。吉野川の実践事例でも,旭川の実践事例でも,学校は川の近くにあり,その流れを子どもたちは目にすることができる。同一河川プロジェクトに参加した学校の子どもたちにとって,川は,極めて接しやすく,また親しみのもてる存在であった。だから,それを題材とする交流では,調査研究活動等を具体的に,しかも継続的に展開できた。

 同時に,川の風景や川と人との関係性は,上中下流で微妙に,時には大きく異なるので,比較をすれば,その多様性に驚かされる。それが,子どもたちの追究意欲をかきたてるとともに,彼らに,川をめぐる諸事象をトータルに把握させ,「知のネットワーク」を形成させることとなった。

 また,川の研究は,自然科学,社会科学,人文科学といった多様なアプローチが採用可能であるから,交流学習において,子どもたちの多様な興味・関心が生かされるというよさも確認できた。実際,両実践とも,子どもたちは,実に様々な対象を選択し,学習課題を設定していた。それは同時に,異なる学校の子どもたちの間でも,同じ興味・関心が生ずることを意味している。だから,川へのアプローチの多様性は,オンライン上でのバーチャルコミュニティの成立と発展を助長した。

 さらに,川は,人との多様な関わりを子どもに促すのにも好適な素材であった。現在,川環境の改善を願って,人々が様々なアクションを繰り広げている。旭川の実践事例は,それをモデルにして,インターネット上でのデジタルマップ作りを子どもたちが推進していった。また,その過程で彼らは,学校間の交流に加えて,地域の専門家との交流や河川行政関係者とのコラボレーションも,オンライン・オフラインで試みた。人々の願いが集まる舞台であり,活動が他者のものと共鳴しやすいという点からも,川は,交流学習の題材にふさわしいと言える。

(2) ビギナー校の参加可能性を高める方策の同定

 本プロジェクトでは,当該年度になってようやくインターネットへの接続が可能になった学校も交流学習に加わってもらっている。こうした学校では,情報機器環境が整備されても,教師には情報教育のカリキュラムを計画・実施した経験が乏しいし,子どもの情報活用能力も十分に育っているとは言えない。

 だから,1年度目の吉野川の実践事例では,3つの学校のカリキュラムに食い違いがみられるという問題が生じたが,ひとつの学校の意向を他校に強引に押しつけることは避けた。参加校は,その学校なりのスタイルで活動を繰り広げればいいという姿勢を堅持し,例えば学級の一部の子どもだけが交流学習に参加している状態も容認した。それゆえ,どの学校も途中で交流学習から脱落しなかったし,参加校の教師も子どもも「またやってみたい」という気持ちになれたようである。学校の多様性を交流学習プロジェクトにおいて反映させることの重要性を再確認できた。

 また,2年度目の旭川の実践事例では,前述したように,ビギナー校が交流学習に参加しやすいようにと,交流形態に共同制作型のプロジェクト学習を採用した。それによって,例えばビギナー校の子どもたちは,旭川デジタルマップづくりの4班中,コンテンツ班だけに所属し,情報カードの提供役に専従した。彼らが登録した情報カードは,他校のプロデュース班・デザイン班・アピール班の子どもたちの手によって,デジタルマップに含まれる情報の一部となった。ビギナー校の子どもたちのデジタルマップづくりへの貢献は決して小さくない。ビギナー校の参加可能性は,プロジェクトにおける役割分担と,それらへの所属の選択制によって,大きく高まったのである。

(3) 交流学習の充実に資する情報機器環境・Webツール

 参加校の増加は,交流回数の増加を伴う。なにより,相手が増えると,相手に応じて交流の内容やスタイルを変えることが,教師にも子どもにも強く要請される。それは,ビギナー校の教師や児童・生徒には,たいへんな負担になるであろう。

 そうしたストレスを低減するための術のひとつとして,本プロジェクトの2年度目に試みたハード面,ソフト面の改善は,重要であった。旭川の実践事例において,ある学校では,年度当初のカリキュラムには,旭川を舞台とする交流学習は予定されていなかった。だから,学校で定められたカリキュラムと並行して,本プロジェクトの活動を繰り広げることになった。それでもその学校の子どもたちが交流学習に参加し,一定の役割を果たせたのは,その学級の教室にコンピュータを設置することができたからである。そうした環境が,交流に向けた子どもたちの意欲を喚起したし,また日常的継続的なコミュニケーションを可能にしてくれた。

 プロジェクトのメンバーのアイデアと事務局の作業により提供された,Webツール「あさひばりばりネット」は,教師にも子どもにも大変好評であった。これを利用することによってビギナー校の子どもたちにも交流学習への参加可能性が高まったのは,ねらいどおりであった。

 また,6校の子どもたちの情報活用能力の向上にも,このツールが役立った。子どもたちは,Webでの情報活用,特に情報カードの登録(データベースの作成)と電子掲示板への投稿に慣れたと言える。わずか2カ月強で情報カードの登録は,400件を越えた。電子掲示板への投稿は,プロデュース班の子どもを中心に,284件に登った。その内容についても,当初は自己紹介や一方的な情報発信ばかりであったが,投稿数が増えるに従って,旭川デジタルマップの作成目的の確認,デザインコンセプトのすり合わせ,アピールや評価の方法に関する意見交換へと移行している。つまり,Web上で子どもたちは相互作用し,プロジェクト全体として,情報やアイデアの積み重ねが実現していた。

 さらに,今回の交流学習では,情報カードの登録や電子掲示板への投稿に際して,IDやパスワードの入力を求めたり,ファイルの容量に制限をかけたりしていた。そのため,子どもたちは,ネットワークの仕組みやそこでの情報活用のマナーも学ぶことができた。

 

4.今後の課題

 1年度目の交流学習プロジェクトを終えた時点で,交流の継続や規模の拡大,インターネット利用のさらなる充実という課題が残った。それを受けて2年度目は,吉野川の実践に従事した教師をアドバイザーに加える,参加校数を倍増する,そしてインターネットの利用可能性を高めるWebツールを開発・提供するという側面から,交流学習の改善を実現させた。

 しかしそれでもなお,残念ながら,ビギナー校の子どもたちの郷土理解や郷土への愛着を十分には育てられなかった。実施期間の短さと参加校数の拡大という制約の中で,また,ビギナー校も参加しやすいという条件の下で,それらをどう実現するか,そのためにWebツールのどこを改善するかなどが,今後の課題として残った。

(大阪市立大学 木原 俊行)