3.6 特別支援教育企画成果と意義

 

1.時代背景とプロジェクトの意義

(1) 特殊教育から特別支援教育へ

視覚障害,聴覚障害,発達障害,運動障害,病弱など,障害や病気のある子どもたちの教育は,今,大きな転機に差しかかっている。これまで,障害児教育,特殊教育として,一般の教育とは別枠の,文字通り特殊な教育として位置づけられていた。しかし,近年の障害児・者をめぐる世界的なノーマライゼーション,インクルージョンの潮流を受けて,この教育は学校教育全体の中で,障害のあるなしにかかわらず特別な支援を必要とする子どもたちを対象とした,社会的自立と参加を目指した教育へと転換しつつある。

世界保健機関(WHO)が提案する障害に関する基本概念である国際生活機能分類(ICF

2001)では,障害を本人固有のものとしてのみ捉えるのではなく,環境や社会との相互作用の中で認識する必要があるとしている。たとえ固有の障害があっても,環境や支援機器の整備によって,障害の軽減・克服が可能になるのである。たとえば視覚に障害がある場合,教科書や印刷物をモニター画面上に拡大文字によって提示することで他の一般の子どもたちと共に学習に参加することができる。インターネットの利用においても,画面の読み上げ機能を付加することで,Webページの活用やメールによるコミュニケーションが可能となり,教育指導や学習支援,そして社会参加の促進という観点からは,一般の子どもたちの場合以上に大きな意義をもつことになる。

(2) 情報技術活用の重要性

21世紀の特殊教育の在り方について〜一人一人のニーズに応じた特別な支援の在り方について〜(最終報告)」(2001/1/15,文部科学省)では,「最新の情報技術(IT)を活用して障害のある児童生徒が障害に基づく種々の困難を改善・克服し,自立や社会参加を促すため一人一人の障害の状態等に応じた情報機器等の研究開発を行うとともに,情報技術を活用した指導方法や体制の在り方について検討を行うこと」と記述されている。

障害による活動の制約を軽減し,主体的な学習を実現する補助手段として,最新の情報技術を活用することにより,社会とのコミュニケーションを広げ,自立的な学習や社会参加を促すことが非常に重要になってきている。

このような時代にあって,Eスクエアプロジェクトにおける特殊教育・特別支援教育の取り組みは,まさに時宜を得た,重要な役割を担った活動であったといえよう。

 

2.各年度のプロジェクトについて

(1) 平成11年度

平成11年度は,「特殊教育支援機器の活用相談に関するネットワークを利用した実践研究」「障害児童・生徒向けメーラを利用した実践研究」である。

まず,前者では,100校プロジェクトをはじめとするこれまでの特殊教育における実践研究を通して,コンピュータやインターネットの活用が,障害のある子どもたちの主体的な学習活動や自立的な生活,社会参加の支援において欠かせない手段となっていることが報告されているものの,障害によってはコンピュータの操作や入出力の理解において困難な状況があり,支援機器の整備が課題であるとして,それを解決するための相談システムの立ち上げが行われた。

後者の「障害児童・生徒向けメーラを利用した実践研究」では,特に知的障害のある児童生徒にとって利用しやすいメーラソフトの開発を目指したものである。一般の情報機器と同様に,インターネットを活用したメールによるコミュニケーションは障害のある子どもたちにとっても大きな恩恵をもたらすものではあるが,通常のメーラでは使いにくい。そこで,ユニバーサル・デザインの理念をベースに,運動障害と中・軽度の知的障害のある児童生徒を対象にしたメーラである「キッズメール」を開発しその活用について検討した。コミュニケーションツールの重要性が再確認されると共に,多様な障害に対応するための仕様の柔軟性が課題であることが示された。

(2) 平成12年度

 前年度の成果を踏まえ,「特殊教育機器の活用相談に関するネットワークを利用した実践研究」として,相談システムが運用された。教育現場での機器の活用についての相談がインターネットを通して寄せられ,それに対して経験豊かな教員などによって構成される回答者チーム(支援スタッフ)がML上であらかじめ協議したうえで,相談者にメールで回答するというシステムである。また,子供たちの障害の実態は多様であり,利用者にとって一般に市販されている支援機器が当該児にとって有効であるとは限らない。そこで,相談センターに様々な障害に対応する複数の機器を用意しておき,ニーズに合わせてそれらを試用するために貸し出すことのできるセンターの設置が試みられた。利用者(相談者)は,最長1ヶ月の間,機器の貸し出しを受け,試用した後,必要に応じて機器を別途購入するのである。相談と共に無料で貸し出しを受けることができるというこの国内初の画期的なシステムは高く評価することができる。

(3) 平成13年度

 特殊教育諸学校や特殊学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする子どもたちと,その援助者である教員や保護者を対象にインターネットを利用して情報技術活用の支援を行う「特別支援教育ネットワーク・センターの実践研究」が実施された。このプロジェクトでは,特別支援教育における情報技術についての情報提供(ホームページ上でのリンク集,相談事例の提供)と,情報技術活用の支援(メールを利用した間接的支援,ハード・ソフトの貸出,訪問等による直接的支援)を行った。

 平成13年度中のメール等を利用した間接的支援(相談)は,100件を超え,また,ハード・ソフトの貸出も50余件に達している。アンケートによる利用者(相談者)からの評価は,概ね良好で,とりわけこのようなシステムの設置については,利用者全員がその意義を認めていた。

 

3.総括的評価と今後の課題

(1) 実践研究の成果

障害のある子どもや特別な教育的ニーズを持つ子どもへの教育である特別支援教育では,コンピュータなどの情報機器が,障害の補償や学習の支援に重要な役割を果たすことが指摘されている。本プロジェクトでは,インターネット上での電子メールを利用して情報機器の活用についての相談のシステムを構築しその効果を検証した。

相談者からのメール,アンケート結果当から次の点を成果としてあげることができる。

1)相談者の約8割が,情報機器の活用に関して有効なサポートを受けることができた。

2)支援機器の貸出,試用は,相談者の教育ニーズに応え,有効な支援機器の購入や次年度への予算措置につながった。

3)相談者の支援を通して,支援スタッフ間で情報技術の活用に関するニーズ,課題等の蓄積,情報交換を行うことができた。

4)特別支援教育における情報技術の活用には,本センターのような支援体制を備えた支援機関が必要であることが明らかになった。

(2) 今後の課題

1)「電子メール等を利用した間接的な支援」,すなわちメール相談では,相談の内容が具体的でなく,子どもの障害の状態や支援機器を利用する目的が不明確であり,対応が困難なケースもあった。

2)「ハード・ソフトの貸出」に関しては,子どもの活動場面や日常的な生活のなかで支援機器をどのように使用したら効果的であるかという,教育的な配慮が充分でなく,送付された支援機器が活用されていないのではないか,と思われるケースもあった。

3)「訪問等による直接的な支援」に関しては,費用と支援スタッフの時間的都合などのの関係で,対応したケースは少なかった。しかし,相談者に直接的に対応することは,子どもへの教育的かかわりと機器の使用方法との両面において,有効な支援のあり方であることが確認された。

4)インターネットを利用した情報技術活用センターでは,障害のある子どもの教育と,支援機器の機能や操作についての知識や技術の,両方に関して経験豊富な支援スタッフの確保が不可欠である。

5)試用提供する支援機器は,子どもたちの障害の状態や使用の目的に合わせて多種類準備する必要がある。豊富な機器を確保するにあたっては,さらに多くのメーカーやディーラーの理解と協力が求められる。

6)単独の支援センターでは,多様なニーズに対応する多種の支援機器を準備するには限界がある。そこで,支援センター間で連携することにより,支援機器に関する情報や支援機器を活用した指導例などの情報を共有し,教育的なかかわりを相互に学習し合うことも可能になる。その意味で,地域のセンターや広域のセンターの,階層的なネットワークの構築が必要である。

(明治学院大学 金子 健)