3.7 モバイル活用企画の教育的成果と課題

 

Eスクエアプロジェクトの中でのモバイル活用企画は以下の2件である。

 

1.「教育現場におけるモバイル(携帯端末)活用の実践研究

               -- 野外活動を中心とした情報収集」(平成11年度)

2.「モバイルGIS (地理情報システム) を用いたフィールドワーク(野外調査)ツールの開発」(平成12年度)

 

以下に,それぞれの成果と課題を述べ,最後にこの2件を踏まえた今後の方向性についてまとめる。

 

1. 「教育現場におけるモバイル(携帯端末)活用の実践研究

               -- 野外活動を中心とした情報収集」(平成11年度)

5校の実践校(中高)に各4台ずつのディジタルカメラ付き端末(通信速度は32kbpsまたは64kbps)を配置し,生徒が学校,野外,家庭等で学習に利用する過程における教育効果を調べることが,この企画の目的である。

生徒はグループ単位で野外で撮影した植物等の画像や説明文を端末からこの企画用に用意したサーバに蓄積し,その情報を5校で共有して,テーマに沿って情報を資料にまとめ,発表,評価した。ワークシートのダウンロード,先生からの指示伝達,位置/安全確認などにも利用された。他に修学旅行等の旅行先からの,楽しい報告が学校を経由して保護者に提供された。

この研究の成果は,「モバイル活用マニュアル」としてまとめられているが,当初の目的である教育における主要な効果は以下の通りである。

1) 面白い道具を自由に使うことによる生徒の主体性,学習意欲の喚起

2) 他校との音声,画像を用いた交流がLANの用意がなくても簡単にできること

また,端末台数不足が幸いしたのかも知れないが,この事例では,

3) グループ学習による情報の共有と蓄積

も効果の一つである。他に,

4) 視覚障害者にとって電話線やLANに接続する手間が省けて便利

   (実践校のうちの1)

5) コミュニケーションの質,量の向上,学校間交流

というメリットもあった。

一方,通信が場所によっては不安定であったことが問題であったと報告されている。PHSは電力が小さく,人口密集地域がサービスの主体であるので,やむを得ないことではあるが,電話回線や他の通信手段を簡単に選択できる機器の準備と利用方法の指導が必要である。

他に,機器の手配が遅れ,十分な利用時間が確保できなかったこと,機器台数が不足していたことが反省点であろう。

 

2.「モバイルGIS (地理情報システム) を用いたフィールドワーク(野外調査)ツールの開発」(平成12年度)

この企画では,より高度な野外調査を実施するだけでなく,機器の組み合わせの工夫とソフトウェア開発(修正)にまで踏み込んでいる。ただし,データは調査現場からPHS等で直接送るのではなく,

1) 移動端末(小型PCを用いたモバイルGIS)に調査範囲の地図データを入れて出かける,

2) 現場で調査した情報を移動端末に入力する,

3) 移動端末を持ち帰ってPC(GISノート)に転送する,

ことで処理することを基本としている。使用した端末自体には,通信機能を追加できたはずであるが,現場からデータを転送し,共有するためのシステムの準備,またその機能の活用までは検討時間が足りなかったものと思われる。

この研究の目的は開発であり,その成果は,第一に

1) 授業で活用できるプロトタイプを作りあげたこと,

である。また,

2) 従来の紙の地図を用いる野外調査と比較して授業準備,データ整理の手間と時間が大きく軽減できることを示したこと,

3) 環境教育,地理学習,総合的学習でとりあげることのできる一つの授業手法を示したこと,

も大きな成果である。

報告書に述べられた課題は,技術面では,

1) 明るい屋外において見やすいディスプレイを備えた安価な機器がないこと,

2) 操作性の問題,特に携帯端末の片手操作が難しいこと,ペン文字入力機能になれる必要があること,

3) 街中では建物の影になることが多く,せっかくのGPS機能がめったに使えないこと,

である。一方,授業面では

4) 生徒,教員とも,GIS機器を使う前に,従来型のフィールドワーク経験が必要

5) GIS自体への理解,コンピュータ操作やデータ管理のスキルが必要

6) フィールドワークを実施するための近隣との連絡調整が必要

などの課題が挙げられている。

以上の課題の中で,1), 2)は今後の技術開発で解消されていくと期待できる。3)は目印や他の位置情報を得る技術的方法を併用することで問題が軽減されるだろう。5)GIS自体への理解は,GISを利用する限り,さけて通れない道であろう。

 

3.今後の方向性

日本における携帯電話(PHS含む)の普及,機器の高機能化には目覚しい進歩がある。本報告書作成時(平成142)には,携帯電話等の出荷台数は頭打ちの傾向を示している。携帯電話等を製造する各社は,買替需要を狙って,機能を向上させてきた。例えば,従来からある電子メイル,Web利用機能の他に,カメラを内蔵して静止画,動画を送受信する,さらにプログラムをダウンロードして実行する機能までが盛り込まれてきた。また機器を販売する通信事業者は,動画像伝送のための通信速度の向上に力を入れ,通信料金や各種サービス収入の増加を狙っている。つまり,ひと昔前には,高価なノートPCや携帯端末でも十分な通信速度がないために実現が困難だったことが,今では携帯電話機でできてしまうと言える。

□新しい端末やシステムの開発も重要であるが,すでに市販されている携帯電話等をうまく組み合わせて教育に利用することも検討すべきであろう。主にお遊びや趣味のために搭載されてきた新機能ではあるが,使い方によっては,意外に教育に役立つ可能性がある。

□例えば,多人数の授業では,生徒の理解度を確認するための小テストを実施するさいに,選択肢を選ばせる程度であれば,LANとコンピュータがなくても,携帯電話のWebブラウザ機能を使って解答してもらえばよい。その場で正答率が出せ,採点もできる。また,携帯電話を電子メール受信端末として位置付ければ,教員からの短い一斉連絡も簡単である。

□もちろん,このためにはサーバ側システムの整備,携帯電話の持ち込み禁止の校則,勉強のために生徒に通信料金を負担させることの是非,持たない生徒への配慮など,解決すべき課題があるが,いくつかの大学では実験的に利用していると聞いている。本報告者の大学の所属学部でも学生の携帯電話所有率は98%を超えていて,大人数講義で実験するつもりである。

(南山大学 後藤 邦夫)