3.9 学習用電子商取引システムの教育的成果と意義 

 

1.はじめに

 近年,インターネットの普及により,各学校から容易にインターネットへ接続し,学校外サーバへアクセスしたり,他校との交流にインターネットを利用する環境が整備されつつある。

 一方,2002年度から全国的に導入される新しい学習指導要領では,完全学校週5日制の下で「生きる力」をはぐくむ新しい学校教育を目指しており,体験的・問題解決的な学習を重視するとともに,国際化や情報化に対応した教育の充実と職業観の育成を挙げている。そして,各学校とも,新しい学習指導要領に合致した教育のあり方について検討を開始し,インターネット環境を利用した電子商取引による交流活動にその活路を見出そうとする動きが顕在化している。「生きる力」とは,急速な社会の変化に対応し,かつ社会をよりよいものへと変革していける力,「精神面,生活面,経済面でも自立した」力のことである。しかしながら,今までの学校教育では,この経済面での自立を培うための教育が十分ではなく,学習教材として電子商取引を導入するケースが増えている。

 電子商取引システムとして,主に会社同士が取引を行う BtoB (Business to Business)システムと会社と消費者が取引(購買活動)を行なう BtoC (Business to Customer)システムがあるが,子供たちに「取引」をイメージさせるために,簡単なモデルである BtoCシステムを教育用に構築することが多い。また,電子商取引ツールを教材として使う方法として,サーバ側に商取引のモデルを構築しそのモデルに対してインタラクションを行うシミュレーションゲーム型と,あくまでのインタラクションの対象は人間であり,人間同士のコミュニケーションを主体として教育効果をあげようとする仮想コミュニケーション型がある。

 ここでは,BtoC型のシステムにおいて,シミュレーションゲーム型教材と仮想コミュニケーション型教材を比較検討し,特に後者の消費者間のコミュニケーションの多様さに注目し,その効果と課題について述べる。

 

2.学習用電子商取引システムの種類

 前章で述べたように,教育用電子商取引教材(システム)の構築方法として,大きく

           シミュレーションゲーム型

           仮想コミュニケーション型

に分類される。シミュレーションゲーム型は,コミュニケーションの端点がコンピュータサーバであることに特徴があり,故にネットワークを介した自習システムとして使われることが多い。仮想コミュニケーション型は,両端が商取引における生産者(もしくは販売者)と消費者という人間であり,システムを介在として両者がコミュニケーションするのが特徴である。

(1) シミュレーションゲーム型

 コンピュータサーバ側に商取引のモデルを構築し,それらとコミュニケーションをとりながら,ある一定の目的を達成するために商品売買活動を行うシステムである。ゲームとしては,SimCity が有名であり,都市作りや商品販売の売り上げ高や利益を競うものがある。

 サーバ側に,ある意味,仮想社会のモデルを構築し,一般社会通念に対して学べるシステムであるが,全ての場合を尽くしたモデルを構築することは困難であるため,社会のほんの一側面を構築しているに過ぎないが,ある程度システムの「癖」を見抜くと,ユーザ(生徒)はゲーム感覚でステージをクリアするかの如く,課題を解決していくので,導入はしやすく,生徒が商取引の一側面を自習するためには,最適なシステムである。

 一方,教師側にとっても,そのシステムが教えようとする社会モデルのみを理解し教えれば,生徒は簡単に理解し使い出すので,便利な導入ツールである。

 システムの多様性を演出するために,例えば,株の売買シミュレーションシステムにおいて,その時点での本当の株価を入力し,そのリアリティを増そうという工夫もなされるが,基本的には,システムと人間が対峙し利用するものである。もちろん,システムの善し悪しは,サーバに構築されたモデルの多様さであるが,そのユーザインタフェース等システムの使い勝手も重要な要素である。

(2) 仮想コミュニケーション型

 両端が人間であり,その両端のユーザが間に構築された仮想コミュニケーション社会で相互にインタラクションを取るシステムである。ここでは,商取引を行うシステムについて論じているので,この両端は販売者と購入者ということになる。システム的には,商品販売や取引決済の仕組みを提供するに過ぎず,取引の場を提供しているだけであるが,両端が人間であるため,そのバリエーションは無限にあり得,そこで学ぶものは大きい。

 また,両端の人間も多様であり,小学校中学年から大学生,専門学校生等考えられ,商取引に参加しているどの年齢層をインタラクションの対象とするかを考えるだけでも結構な選択肢がある。

 教師側は,起こり得るすべての場合をあらかじめ生徒に教えることは不可能であるため,システムが引き起こす全ての教育的効果の説明を行うことはできないが,代わりに,自らが教えたいと思っている場面を想定してシステムを「利用」することはできる。商品の売り上げを目標に設定することもできるし,商品企画における生徒同士の協力関係を目標に設定することもできる。あとは,生徒が調査・工夫をしながらその目標達成を見守るだけである。生徒にとっては,目標達成のための選択肢の幅が大きく,自ら考え,相談,協力,決定する能力を発揮する絶好の機会となる。

 但し,なんでも(目標設定が)できるということは何もできないと等しくなり,その目標設定のプロセスが非常に重要となる。このようなシステムを使うためには,参加者(教師,生徒,支援企業,セントラルオフィス)の意識あわせが重要であり,システムを導入する前に十分議論を深めなければならない。そのため,

           授業カリキュラムの作成

           指導者マニュアルの整備

           支援企業への説明

等,授業の進め方についての指針となる資料(教材)の整備が重要であり,これが整備されていないと,システムは単なる決済システムとなってしまい,導入の効果は半減する。

 また,本タイプのシステムは両端のユーザの多様性が命であり,その参加者の数が多く,文化的・言語的にもグローバルな参加者を募る必要がある。幸いにして,各国で以下で述べるVC(Virtual Company), VE(Virtual Enterprise) の取り組みが進み,相互に交流を深める素地はできている。

 

3.VC(Virtual Company)

 他校と取引を行う仮想企業(VC: Virtual Company)経営プログラムは,上記のニーズに応え得る仮想コミュニケーション型教育プログラムの一つとして,大変有効なものである。参加する生徒が,担当教師や実存の企業である支援企業の支援のもと,販売する商品を決め,広報ツールを作成し,企業運営を行いながら,世界的な規模のネットワークに参加し,商取引をシミュレーションするこのプログラムは,1)企業理解,2)ITスキル,3)職業意識,4)自主性・積極性の発達,5)グループ作業能力,6)異文化理解の分野で能力の向上において成果を期待できる。

 本年度は,昨年度課題として残されたシステム機能の充実に取り組み,電子商取引システムをより利用しやすいものへと改善するとともに,ネットワークへの参加校を全国レベルに拡大し,高学年の生徒が作成した仮想の商取引ページを利用して,小学生・中学生段階の生徒が,オンライン取引を通じてインターネットの可能性・危険性やビジネス・経済について学習する機会を与えるものである。

 また,仮想企業経営やITをツールとした共同学習を実現し,自ら学び行動する力を養う教育システムであり,社会人(支援企業)が学校教育に携わることにより,生徒達が地域にある資源に気付くとともに,地域社会での役割と責任を認識する機会を作るものである。

 以下にVCの特徴と教育にもたらす効果についてまとめる。

(1) 地域性

 VCプログラムでは,地域の企業の支援を得て,仮想企業が販売する商品の企画を練る。生徒は,企業組織,福利厚生,社員教育,給与評価,企業理念など支援企業と議論をしながら,販売する商品を決定し,その商品の特徴を分析し,販売方法の検討をする中で,地域資源を相互に認識する。支援企業は,地域における自らの役割・責任を再認識し,生徒(仮想会社の社員)は,地域資源や地元産業の理解を深め,職業観を育成していく。

(2) 会社設立における役割分担

 支援企業からの教えを元に,生徒は仮想企業を設立する。商品開発や企業運営に関わるビジネス知識を学び,会社組織を決め,社長,経理,広報,営業等役割分担を行なう。ここで決めた役割における各自の情報力収集や情報分析作業を通じて自ら考え物事を進めていける業務遂行能力及びグループでの作業能力の向上が期待できる。

 また,設立した仮想会社について,企業理念,販売商品,販売戦略等,教師,他の生徒,支援企業等への発表を行うことによって,プレゼンテーション能力の向上を図ることもできる。

(3) ワールドワイドなコミュニケーション

 VCプログラムは,世界規模のネットワーク(本部:ドイツ,エッセン)に参加する海外の約4,000のメンバーが相互に取引する場をインターネット上に提供している。即ち,インターネットを介した商取引活動を通じて海外の学校と交流でき,国際ビジネスの手順の理解と交渉力について,実践・学習することができる。

(4) 広範な世代のコミュニケーション

 VCプログラムは,下に述べるバンキングシステムを介して小学校中学年から大学,専門学校生まで広範な世代の間で商取引を行うことができる。販売商品の決定や設立する仮想会社のレベルは,各学校のレベルに応じて自由に決められるが,簡単に使える電子商取引共通基盤があるため,レベルの異なる仮想会社同士でも容易に取引ができるからである。

(5) 教師の学習

 VCプログラム導入によって最も影響することは,教える側教師も学ばなければならないということである。教師にとって商取引はなじみが無いことに加え,上でも述べたが,仮想コミュニケーション型のVCプログラムではそのモデルが大きすぎ,あらかじめそのバリエーションについて生徒に教えることができないため,地域の支援企業から学び,創意工夫をこらす生徒の活動から学び,他校の教師・生徒の反応から学ばなければならない。

 

4.バンキングシステム

 VCプログラム自身は,インターネットを介した取引が必須でもなく,例えば,FAXや電話を通じた広報,受発注,納品,入金を仮想的に行うことは可能であるが,会社や社員の取引口座を管理するオンラインバンキングシステムを開発することによって,即時決済が可能となりその活動を促進することができる。決して,VCプログラムの全機能モデルを実装しないことが肝要である。

 一方,WEB技術の普及によって,会社案内や商品紹介ページを簡単に製作することができ,会社の広報,企画活動を支援することができるようになってきたが,それらのページがデータベースやバンキングシステムと連動することによって,企業データベースや商品データベース等電子商取引の基盤を構築することができる。

 

5.評価

 シミュレーションゲーム型システムは,サーバを相手に自習が可能なシステムであったが,仮想コミュニケーション型システムは,より多くの参加者の存在がその交流機会を増やし,システムやプログラム(カリキュラム)の価値を高める。全世界 4,000メンバーが参加するVCプログラムは価値があり,国内で約80社,1,500人の大きな動きになったことは評価に値する。

 また,実在する地域企業から支援を受け,会社設立,運営,商品企画,販売について説明を受けたり議論を行なったりしながらVCプログラムに参加し,最終的に地域企業に対して成果をフィードバックするといった,プログラムの開始から終了まで学外地域との連携協力を得て行うカリキュラムは他に例を見ない。生徒達の創意工夫を引き出しながら本プログラムを遂行すれば,その教育的効果には計り知れない可能性が秘められている。

 

6.課題

(1) カリキュラム開発・授業計画案作り

 支援企業,設立する仮想会社,開発する商品,対象とする顧客等バラエティがありすぎるプログラムであり,教師としても目標設定の難しいものである。全国的に使える,標準ではあるが各地域の特性を生かしアレンジのできるカリキュラムの作成が望まれる。

(2) ホームページ作成指導

 ホームページ作成ツールの普及によって簡単に会社や商品の紹介ページを作成することができるようになったが,一般的,ビジネス的な表現について言及しているものは稀である。内容,表現方法についての指導マニュアルやサンプルホームページの充実が望まれる。

 また,支援企業や教師との議論に基づき作成されたホームページを再度支援企業等に発表し,意見を受ける等手順の改善も必要である。

(3) 商品市場の確立

 参加者数が増え,企業数,販売商品数の種類や数が増えるにつれて,その場は単なる交流の場ではなく,仮想とはいえ,れっきとした商品市場と成り得る。企業,商品を分類し,各分野における業界標準を確立し秩序のある基盤を形成することによって,よりリアルな環境に成長すると共に,教育的効果も拡大する。

(4) 指導法について

 教師にとって未体験の分野であり,あらゆる場面を想定した指導方法を確立することは不可能である。徐々に他校の取り組みを公開し,経験を共有することにより各教師の創意工夫を引き出すようなシステムを提供する必要がある。

()京都高度技術研究所 星野 寛)