提言1

インターネットが急速に普及する中で,初等中等教育での先駆け的利用のプロジェクトとして,100校,新100校プロジェクトが遂行され,その後を受けてEスクエアプロジェクトが3年間に渡って行われた。まず,このプロジェクトの意義についてまとめてみたい。

Eスクウエアプロジェクトは,“教育の広場”,“教育の二乗(指数関数的広がり)”といった意味合いを持たせて,質の充実と量の拡大を願ったプロジェクトであった。社会の情報化に伴い,量の拡大は図られたことは間違いない。評価の対象は,質の充実であろう。その質を問うために,次のような論点を提言しておきたい。

 

1.インターネット・コンピューティングを利用した教育の本質

インターネット利用の教育それ自体が社会的かつ教育的な問題であることを認識することが必要である。そして,それを通して教師にとっても,児童・生徒にとっても,健全で,しかも教育的・研究的な反応をしなければならない。次に社会的,知的,情緒的な発達を促進するための技術的なもの(人工物)と自然なものとの調和のとれたシステムを探究しなければならない。教育においては,コンピュータ等情報技術それ自体を探究し人間社会を哲学することの重要性も,認識されるべきである。さらに,教授・学習活動における情報技術の利活用の形態を新しい視点で発見することが求められる。そのためには,“応答する教科書としてのコンピュータ(ソクラテス的相互作用と発見学習支援)”,“表現媒体としてのコンピュータ(状況的知識構成主義と創造)”,“計算視点(Computational View)からの協調的コミュニケーション・メディア”といった事柄が探求されなくてはならない。

 

2.情報教育との絡み

情報教育という概念において,いくつかの視点がある。一つ目は,教授手段としての情報技術・メディア。二つ目に,学習手段としてのもの(さらにこれは,教科の学習目標を達成するための利活用とより一般的な問題解決や自己表現・コミュニケーション・創造活動のための手段に分けることができる).三つ目に,情報技術そのものについての科学的な理解。そして四つ目として,情報化社会における社会的,経済的,倫理的認識・理解に関することである。このような視点を考慮して,コンピュータを道具として扱い,ネットワーク環境を前提とした教育・学習環境では,以下のような学習形態が学校の中で創造されなくてはならない。

1.社会的活動に参画するためのグループ活動と協調学習の新しいモデル

2.探究的実験学習の形態

3.洞察力を重視した問題の発見と,質問と教示による新しい学習のあり方

4.相互対話による知識の組織化および創造の方法

つまりインターネット利用の学習とは,学習者が教授者から知識を伝達されるような受身のプロセスではなく,学習者自身が問題を発見し,構成し,目的に応じて情報を活用するプロセスととらえる必要がある。

 

3.Eスクウエア・プロジェクトの概観と意義

次に,Eスクウエア・プロジェクトを簡単に概説しておく。3年間に渡って,主に次のような企画が遂行された。

(1)   学校企画:主に交流・協調学習的,教科学習的利用がなされた。インターネットの活用においては,自分の学校以外(近地,隔地,国外)とのコミュニケーション作り,地域との交流体験を通した調べ学習,情報の効率的な入手と発信に特色が見られた。また,運用体制において,学校内の委員会等を通して意思疎通を図り,テーマによっては教育委員会,教育センター,協力校,地域,PTA,企業,ボランティア等との緊密な連携が必要であると再認識された。

(2)   協働企画:環境教育実践企画(酸性雨/窒素酸化物の共同調査,全国発芽マップ実践,国際交流の継続的実践,同一河川流域内学校交流実践,家庭向け情報教育ハンドブック制作などが行われた。

(3)   先進企画:ここでは,インターネットの教育利用として,モバイル技術的な側面を「モバイル」,校内ネットワーク技術的な側面を「校内LAN」,特殊教育的な側面を「特殊教育」,有害情報技術的な側面を「教育用レイティングシステム」,子ども用ホームページの作成技術的な側面を「子ども用ホームページ作成」といったテーマで作業部会が構成され,様々な特色ある活動が遂行された。

さて,本プロジェクトの意義は,全体を通して極めて多くの人々(児童・生徒,教師,教育委員会,企業,地域社会など)が参画し,インターネット教育の実態を経験したことであろう。その経験と広がりは,今後の情報教育を発展させることに多いに役立つと期待される。できれば,全ての活動を蓄積・公開することで,知識・ノウハウの蓄積/共有/再利用へと発展させたい。巧くいかなかったプロジェクトも重要な事例となる。そして,日常的な営みの中で,改善的な教育実践へと結びつけるべきである。いずれにしても,何よりも評価すべきことは,このプロジェクトを通じて,多くの先生が“インターネット”という文明の利器と身近に接して,授業のあり方,指導法,評価のあり方を実体験されたことであろう。同時に,様々な問題点にも気づき,それら問題点を改善・克服すべき要件についても認識されたことではないであろうか。

 

4.総括的評価のポイント

(1)学校でのインターネットの技術的問題:いくつかの学校での授業を見学すると,インターネット利用の授業で,技術的トラブルが見受けられる。やはり,ムラ,ムダ,ムリの状況をどのように克服するかが,今後のポイントとなる。定常業務における人的問題,インフラの問題を挙げることができる。

(2)インターネット内でのLAN運用に関わる問題:メンテナンス(セキュリティの問題を含めて)体制をどのように整備していくかを検討しなくてはならない。インターネット接続に関する技術的問題や個々のパソコンでのトラブルへの対応が大きな問題となろう。また,運用経費や各種ソフトウェア購入費等を,学校の定常予算に組み込む必要があろう。

(3)新しい授業のあり方:インターネット利用の授業において,従来の座学的授業形態から,グループ学習や協調学習の特質を十分考慮した授業の形態が創造されなければならない。表面的には活発であっても,何を学習したかを生徒・児童が認識していなければ無益である。一人一人の児童・生徒に対して,きめ細かい達成目標が設定,確認する手立てが極めて重要な教授作業となる。この点から,今回のプロジェクトがどうであったかが評価されなくてはならない。

(4)教師の教授力・指導力:事前の資料の準備や授業のシナリオの組立が十分になされていなければならない。学習活動に参加していない生徒・児童や他人への単なる追従行動をしている生徒・児童をモニターし,しかるべき指導が求められる。何よりも重要なのは,教師の教授内容の深い理解である。

(5)児童・生徒の取り組みとリテラシーの問題:インターネット利用の授業は,学習内容の理解と共に,学習道具としての情報通信メディアを使いこなすというメディアリテラシーが必要となる。それを通じて,情報教育的な指導が可能となる。それへの対応がどのような形でなれされているかが,成果の鍵となる。

(6)地域社会との関係:地域社会への参加と,地域社会に存在する産業,文化,伝統,地理的特徴を反映した学校の存在が重要である。その際,学校側からの積極的な働きかけがポイントである。今回のプロジェクトでは,地域企画として,数多くのプロジェクトがあったことは評価できる。

(7)教科学習との関連:従来の教科学習との関連から,深まりのある学習が成立していたかが問われなければならない。インターネット利用の授業はややもすると,人目を引き,表層的かつ横広の(小手先の)活動に陥りやすい。中期的観点から,教科学習が目的とする基礎的学力や論理的思考力,そして知識が着実に形成されたかが問い直されなくてはならない。

(8)新しいカリキュラムの整備:インターネットの授業が,総合的な学習や奥深い探求的学習を実行するための手段であるならば,教科書の世界を踏まえて,その世界から一歩踏み出した学校での独自のカリキュラム作りが必要になる。それは,プロジェクトのための一過的なものではなく,1年間を見通したものでなくてはならない。

(9)新しい活きた教材の必要性:インターネットの授業では,新鮮な活きた情報がポイントである。それを教材として,現実の世界を分析し,歴史的視点を踏まえて,事柄の本質をどのように理解していくかがポイントとなる。

(10)評価のあり方:必要とされる知識・概念の理解,記憶にとどまらずに,知識の活用・応用,知識の生成過程(気づきも含めて)を評価しなければならない。そして論理的な思考力の育成にポイントを置くべきである。

(11)協調と基礎学力:国際交流や多くの人々との関わり合いの中で,創造的協調学習が重要である。単なる協調ではなく,協調することによって意味のある学習活動を見出すことが重要である。インターネット利用の授業は,時間のムラやロスが大きいと言われる。そこで,その学習プロセスの中で基礎学力をどのように保証するかが,問われる。インターネットによる学習が,ややもするとお遊び的学習に陥ることを防ぐために,この点は十分に気をつけなければならない。

最後に,インターネットを授業で利用する際に何が大切か,何故インターネットを授業で利用しなければならないのかを再度問うてみたい。学校の教育力の衰退が叫ばれて久しいが,それは学校に魅力が無いからであろう。かつて,教科書は知識の宝庫,学校は知恵の宝庫であった。同時に地域社会において,文明の中心であった。そして,競争や協働,恥,優越,自信,責任,秩序,規則・規律の遵守,こういった学校文化が存在していた。今や残念ながら,それらの存在は薄らいでしまったように思える。インターネット教育文化が,形を変えた新しい学校のあり方に,大きな意味を持つことは疑いのないことである。個性,多様化といった耳障りの良い教育観ではなく,学校は,徹底した学力を保証する場であると同時に,データ,情報,知識,知恵を根気強く掘り起こす場として,そして,社会的秩序の重要性を再認識させる実感を伴った道徳を学ぶ場としての再出発を図ってもらいたい。インターネットの授業が面白く愉快なものである必要は,必ずしもないのである。

 

5.提言

最後に,提言すべき項目を列挙して終わりにしたい。

(1)技術的提言:

 ・  運用管理体制の充実(ネットワーク設定,メンテナンス,セキュリティ等)

 ・  授業実践の蓄積と公開(,そして事例ベース推論システムへの発展)

 ・  一斉学習向けディジタル協調黒板システムと協調作業ツール

 ・  高品質,高レベル教育コンテンツ開発

 ・  教育用知識マネージメント

 ・  ブロードバンド・ネットワークへの対応

 ・  非同期協調型教材構成の原理と実践

(2)教育的提言:

 ・  科学・技術のための創造性開発プロジェクト

 ・  英語による討論能力形成プロジェクト

 ・  インターネット・プログラミングと応用ソフトウェア・コンテスト

 ・  WEB教材コンテスト

 ・  教室での学習活動におけるディジタル協調黒板活用プロジェクト

 ・  教科教育のためのインターネット徹底活用教員研修

(電気通信大学 岡本 敏雄)