酸性雨・窒素酸化物調査プロジェクト

 

 酸性雨調査プロジェクトは,1995年8月,100校プロジェクトの全国の学校に呼びかけてスタートした先進的な,インターネットを使った共同学習の実践である。事務局は広島大学附属福山中・高等学校が担当し,広島大学総合科学部の中根周歩教授を中心とした指導体制のもとに活動を継続している。1997年度には新100校プロジェクトの重点企画となり,1998年3月には3年間の活動の総括として「酸性雨調査プロジェクト実施報告書」を作成した。1998年7月には「新酸性雨調査プロジェクト」として参加校の再募集を行い,測定器具の再配布も行って,プロジェクトは再スタートを切った。

 1999年6月には,新酸性雨調査プロジェクト参加校へのアンケート結果をもとに,Eスクエア・プロジェクトの協働企画として,「酸性雨/窒素酸化物(NOX)調査プロジェクト」の中で活動を展開することになった。

 1995年度のプロジェクト開始当時は,参加校もインターネットの教育利用実践としての意識が強かったが,現在では環境教育を実践する場としての高い評価を受けるようになってきた。参加校による授業実践の報告も,年を重ねる毎に優れたものになるとともに,参加校以外の学校や教育機関からの注目を集めている。さらに,新学習指導要領における総合的な学習の先進的な実践事例としても,期待されるところが大きい。

 このような状況の中で,酸性雨の測定に窒素酸化物の測定を加えることによって,酸性雨をより多面的に捉えるとともに,環境教育の実践の場としての性格を強く持たせることを目指した。

 窒素酸化物の測定は,実施期間の問題もあり,各参加校において場所と期間,測定回数を限定して行うことにした。測定のための機材は,市販されている簡単なものを用いることで,小学校から高等学校までの各校種で実施出来るようにした。本年度は窒素酸化物については,初年度であり,今後の実施方法を検討する上での,資料の収集も合わせて行うことをめざした。観測結果はホームページに掲載し,授業の教材としての機能を持たせた。酸性雨の測定結果との連携は難しいが,大気汚染を総合的に考察する,環境教育プログラムとなるように考え,プロジェクトを実施した。

 

酸性雨調査の目的

観測の継続と,酸性雨に関するデータの蓄積

蓄積されたデータを使った授業や教育活動の実践例の蓄積

酸性雨の測定を基にした,学校間の交流

観測方法や観測機材の統一

データの処理方法(データの送信・表示)の検討

ホームページの作成

調査活動を盛り込んだ授業や教育活動の実践例の蓄積

利用しやすいホームページの作成

総合的な,環境教育の実践に利用できるプロジェクトとしての内容の検討

プロジェクトの運営体制の開発

 

参加校募集時の条件

 生徒が主体的に参加出来る教育活動の中で,プロジェクトを推進することが出来ること。

1999年9月6日付けで,メールをEスクエア・プロジェクト関係のメーリングリストに送付するとともに,理科教育関係のメーリングリストにも送付した。

 

酸性雨調査マニュアル

 わが国の,北は北海道,南は九州までの全域をほぼ網羅する各地域の学校で,生徒が大気汚染の一つの指標として酸性雨の調査を自ら行うことによって,その学習意欲を高め,身近な環境問題としての酸性雨の実態を地域的,かつ広域的(全国的)に把握し,その発生メカニズムへの理解を深める。

最も近くの気象観測所などから,降雨(雪)量,降雨(雪)日の日平均の気温,風向,風力のデータを収集しましょう。(インターネットでアメダスのデータを公開しているところもあるので,探してみてください。)

レインゴーランドは,屋上などの頭上に障害物のない場所に,台を置いて固定します。(コンクリートの壁のそばなどに設置すると,跳ね返りの水で雨のpHが変わることがあります。)

レインゴーランドにたまる”ほこり”の影響で雨のpHの値が変わることがありますから,雨が降らない時でも,1週間に1度は蒸留水などでレインゴーランドを洗浄してください。

雨水のpHや導電率の値,及び降雨時の気象データは,そのつどインターネットで送信してください。

 測定ポイントは,幹線道路のそば,通行量の少ない道路,公園の中,住宅地,学校内,川土手,ビルの谷間,その他学校のまわりの状況に合わせて,いろいろな条件の場所を選ぶ。

・交通量の多い道路

・交通量の少ない道路

・学校内の植物の多い所

・教室や職員室の中

 

15分後,カプセルの中の調査液の色と,大気汚染調査キットの比色表の色と比べて,濃度を調べる。ホームページhttp://pine.fukuyama.hiroshima-u.ac.jp/の測定データの所から,事務局のデータベースに登録する。

窒素酸化物濃度測定用試薬2種類および比色表のキット(以下NOx調査キットという)。

NOx濃度測定にはさまざまな方法があるが,小学生,中学生,高校生が自分で測定を行うには,測定の簡便さ・容易さ,薬品の安全性が必要である。試薬を各学校で調合する方式では,準備作業が煩雑になるのと薬品濃度の均一性が保証されない可能性もあるので,Eスクエア・プロジェクト協働企画参加校には,事務局よりあらかじめ調整した試薬を容器に小分けしてキットにし,必要数量分を配布する。

今回の実験に使用する試薬は,化学反応で生じた物質の色を6段階の比色表と比較し,数値化することで測定を行うものである。

  NOx調査キットでは,大気中のNOxを吸収するトリエタノールアミンとNOxと反応して赤色を呈するザルツマン試薬液を用いる。

 トリエタノールアミンを含むろ紙を約1日間測定地点の大気にさらした後,試験管にザルツマン試薬を加えて,変色の度合いを比色表により数値化し,これを測定値とする。

なお,測定方法の説明は,プロジェクト事務局のホームページで閲覧できるようにするほか,配布する調査試薬にも添付する。

NOx調査キットは,環境学習のための科学教材として開発されたもので,適量のトリエタノールアミンを試験管にセットし,ザルツマン試薬,比色表をそろえたものである。比較的操作が容易であり,安全性についても配慮されている。

 インターネットを利用しての情報交換や測定データの入力,閲覧ができる環境を整備することが必要である。当プロジェクト事務局のサーバには,すでに酸性雨のプロジェクトのWebページ(http://pine.fukuyama.hiroshima-u.ac.jp/)が存在しているため,これを「酸性雨/窒素酸化物(NOx)調査」Webページとして統合する。NOx調査支援のために次の2つの機能を加えたページを作る。

(1) NOx情報や調査キットの使用法を解説する調査支援ホームページ

NOxに関する予備的な知識を提供し,試薬による測定方法を周知するための情報提供ページである。また,NOxに関する情報を得る方法として発展的に関連ホームページへのリンク集,掲示板システムなどを用意する。

(2) 測定データの集積,閲覧・利用を可能にするための調査支援ホームページ

インターネットを介して,観測期間中,全国の参加校が測定したデータを報告・集積するホームページである。同時に各校における測定地点の紹介,すべての測定データを公開するページでもある。自校・他校を問わず過去の測定データは,学習のために取り込むこと(ダウンロード)ができるようにする。このデータのダウンロードは実験参加校以外でも利用できるようにした。ただし,その測定データを使用する場合は,学校の授業や自由研究など学習に使う場合のみ許可される。

 

 こうした配慮が,地域学習と関連付けながら,同時に全国的な状況を知ることで環境問題への認識を深め,Eスクエア・プロジェクト協働企画への参加意識の向上や情報活用能力を育てることにもつながると考えた。

 参加校募集の結果,9月16日の段階で15校が新たに参加,酸性雨調査プロジェクトからの,継続参加を加えて,40校の参加によってプロジェクトをスタートした。

 

参加校

北海道歌志内市立歌志内中学校,宮城県登米町立登米中学校,仙台市東北学院高等学校,秋田県仙北郡六郷町立六郷中学校,秋田市立中道小学校,

福島県いわき市立磐崎中学校,茨城県笠間市立笠間中学校,前橋市立第四中学校,埼玉県大宮市立大成中学校,神奈川県大和市立光丘中学校,

山梨県立谷村工業高等学校,石川県立小松工業高等学校,金沢大学教育学部附属中学校,長野県北安曇郡美麻村立美麻中学校,

岡山大学教育学部附属中学校,広島大学附属福山中・高等学校,広島大学附属東雲中学校,香川県土庄町立土庄中学校,香川県坂出市立白峰中学校,

愛媛県立新居浜工業高等学校,松山市立松山南中学校,松山市松山東雲中・高等学校,熊本市熊本国府高等学校,大分県日田林工高等学校,

宮崎大学教育学部附属小学校,札幌市立発寒中学校,茨城県つくば市立並木小学校,東京都品川区立日野中学校,横浜雙葉学園中学校,

神奈川県相模湖町立千木良小学校,横浜市立本町小学校,富山県立大門高等学校,愛知産業大学三河中学校,福井市明倫中学校,

大阪教育大学附属平野中学校,大阪府立長野高等学校,大阪府豊中市立庄内西小学校,山口県秋穂町立秋穂中学校,鹿児島県上屋久町立宮浦中学校,

鹿児島県屋久町立岳南中学校,

 

参加校は,広島大学附属福山中・高等学校に設置された,「酸性雨/窒素酸化物調査」のプロジェクト専用サーバーにアクセスし,プロジェクトを実施するための,データの入力・閲覧・参加校の間の交流などを行うことにした。

小学校においては各学校の指導者,中学校,高校においては,指導者または生徒が行うので,中高生に利用しやすいヒューマンインタフェースにした。

 

参加各校の周辺環境や測定地点を明らかにする項目(最初に登録)

 他校のデータを利用・参照する際には,測定校の環境や測定地の情報が得られると,より深い学習が進められることから,各学校の環境や測定地点情報を事務局に郵便またはメーリングリストで寄せてもらい,ページに掲載することとした。データの形式,文字数は自由とし,測定地の写真(紙焼写真またはデジタルデータ)なども掲載可能である。これはメーリングリストで提出を呼びかける。

 

参加各校で継続的に収集した測定データ(逐次に登録)

測定回

試験管をセットした日

当日の気象情報(天気,気温,湿度,風)

測定数値(1校当たり,1回当たり10測定地点)

寄せられたデータは,その都度自動的にサーバに蓄積される。

ダウンロードしたデータの比較対照ができるように,参加校の環境(自然環境・社会環境)は,参加校が提供するものとする。このため,自校のホームページを持つ学校にはリンクをはる。また,測定地点の紹介は,できるだけ詳細に記述するよう求める。 自校,あるいは閲覧したい学校を容易に選べるように,日本全国図上に学校の所在地を明らかにする。地理的分布表示はクリッカブルマップ(地図上の学校のある位置をクリックすると,その学校のデータ閲覧画面に進むようにする)を使うことも考えられるが,日本地図の大きさに比べて参加校が多く,狭い地域にいくつかの学校が集中しているためクリッカブルマップを使うと見にくくなってしまう。このため,地図上には数字で位置を指示し,数字と学校の名前をリストで別に表示する。

 協働企画の準備中は,上記仕様での運用を考えていたが,実際に参加各校が活動を始めた直後に次のような問題点が明らかになり,ホームページの仕様を見直し,直ちに測定データ登録・管理の機能を強化した。

参加校の環境データの掲載や測定地点の登録作業は,当初1回限りのことなので事務局がデータを入力すると決めていた。各学校でNOx調査計画がまとまる時期に差があり,登録予定日までに決定するとは限らない。事務局でなく参加校で登録できるようにした。

 

参加校における実践状況

 酸性雨調査プロジェクトは,スタートして5年が経過した。「継続は力なり」合言葉のようにしてプロジェクトを推進してきたが,着実に学校教育の中に浸透してきた感がある。参加校における実践も,インターネットを実験的に利用してみようの段階から,選択理科の授業・総合的な学習の授業・環境学習等,授業の中での利用が増えたことも,定着へ一歩も二歩も進んだ事を裏付けている。

 今回のプロジェクトにおいては,酸性雨調査に加えて,窒素酸化物の調査を,期間と場所を限定して行ったが,環境問題を取り扱う授業において,利用できる教材が増えたことも,プロジェクトに取り組む意欲を強くすることになった。学習指導要領の改訂により,「総合的な学習」の時間が小学校から高等学校まで実施されるが,このプロジェクトの内容は重要な実践例として,参考にされ実施されていくものと考えられる。

 環境問題は,これからの社会にとってきわめて重要な課題であること,年齢にこだわらず取り組めること,他校の実践と比較する事で学習効果が増すこと等,共同学習のテーマとして最も適したものの1つである。今回のプロジェクトの内容である酸性雨と窒素酸化物の調査は,環境問題の議論の中でよく知られていること,作業量が多くない事など,取り組みやすい内容であると言える。さらに学習内容を,学校や活動場面によって自由に設定できることも特色であり,参加校からの報告において,多様な実践ができたことを見ることができる。

  酸性雨調査プロジェクト発足時から,指摘されていたことであるが,学校という組織は,何年にもまたがる長期的なプロジェクトには,対応しにくい組織である。教職員の移動や対象となる生徒の変化,クラブ活動における年度毎の変動などが理由である。そのために,データの収集が継続的にできないことになる。また学校の事情で,プロジェクトに参加しても,活動できないこともある。プロジェクトの立案にあたっては,このような実情を十分考慮しておく必要がある。