特殊教育

 

 100校プロジェクトをはじめとするこれまでの特殊教育における実践研究を通して,コンピュータやインターネットの活用が,障害がある子どもたちの主体的な学習活動や自立的な生活,あるいは社会参加を支援する欠かせない手段となっていることが報告されている。

 例えば,コンピュータに紐を結んだスイッチなどを接続する。子どもたちはその紐を引くことにより,画面の映像を動かしたり,音響や音声を出したり,絵カードや文字を選択したりすることが可能になる。このようにコンピュータは,障害がある子どもたちが意図的な行動を自分の力でできること,自らの意思を自分で表現することなどの楽しさを味わうことを可能にし,さらに子どもたちのこのような自発的な活動がまわりの人たちに受けいれられ互いに共感しあう関係に拡がり,子どもたちの新らしい意欲的な活動を引き出す教育機器として活用されている実践が報告されている。

 また,インターネットを活用した実践研究では,子どもたちが他の盲・ろう・養護学校や通常の学校の子どもたちと電子メールや写真などを交換したり,ホームページに公開した絵画や作文などに寄せられた一般の人からのメールに応えたり,校外学習や修学旅行の計画を立案するための情報を入手したりする活動を通して,子どもたちが自らを社会の人たちと関わりをもっている存在であると実感することができる教育メディアであることが報告されている。

 しかし,肢体に障害がある子どもたちは,一般に普及している「キーボード」や「マウス」などを操作してコンピュータやインターネットを利用することは困難である。視覚に障害がある子どもたちは,画面に表示されている文字や映像などの情報を活用したり,GUI(グラフィカルユーザーインターフェース)の操作環境を利用したりすることは困難である。また,聴覚に障害がある児童生徒は,音声や音響で提供される情報を活用することが困難である。このような困難を軽減し,障害のある子どもたちのコンピュータやインターネットの活用を可能にするためには「支援機器」(アクセシビリティ機器)の利用が必須である。障害がある子どもたちにとってコンピュータやインターネットは,障害の状態に適合した「支援機器」を使用することにより,障害によるコミュニケーションなどの活動の制約や社会参加などの制限を軽減する機能を発揮し,自立的な生活を支援する有力な手段と成り得るのである。

 最近では,多くの支援機器が市場に提供されたり,支援機器を紹介する情報が「こころWebインターネット http://www.jeida.or.jp/document/kokoroweb/」で提供されたりするようになった。また,学校現場や家庭などでも支援機器を使用して,コンピュータやインターネットを活用する子どもたちの事例が報告されるようになってきている。しかし,国立特殊教育総合研究所が平成11年度の実施した調査によると,支援機器を保有している肢体不自由養護学校の100%が支援機器の保有は不十分であると答えている。さらに,学校等で購入した支援機器の利用が子どもたちの要請に十分に対応している状態とは言いがたい。前述した「こころWeb」は機器の紹介は参考になるが,実際に試した結果とか,多様化した障害者に対する相談窓口的なものはない。ネットワークを使って組織的に集団で相談に対応することは今まで試みられていない。相談者は単に相談だけで問題解決できることもあるし,どうしても機器の使用が必要と認められるときは,購入しないで試用できるような機器があれば障害者にとって助かる。

 このような背景から,コンピュータやインターネットを活用した相談窓口を設けることにより,ネットワークを使って自由に相談できることを第一に考えた。また,試用機器の具体的な相談に対しては,試用可能な機器があればそれを購入前に使えるような仕組み作りも研究することとした。

 一般的に特殊教育諸学校での情報機器利用は,その教育課程上の理由や各自の卒業後の進路を考えると,次のような三系統に大別される。

 各教科の学習や「養護・訓練(自立活動)」の領域の指導において,それぞれの生徒に対する教育目標に応じた教材ソフトを使用し,その目的を達するようになっている学校も多くなっている。

 一方,「養護・訓練(自立活動)」の目標である,心身の調和的発達の基盤を培うためのパソコン利用も行われている。特に「環境の認知」「意思の伝達」(学習指導要領に基づく内容)を意図した授業の組み立ての中で,有効な利用方法を模索しながら実践的に活用がはかられている。重度の障害のある子どもたちの感覚・コミュニケーション機能の向上を意図した指導計画の中でも,ワンスイッチによる入力デバイスとの組み合わせによって,子どもたちの興味や関心をひくことも多く,有効な教材・教具としての働きをしている。

 特殊教育諸学校の卒業生は,進学・就職者の他に,各種障害福祉施設(身体障害者更生施設・同授産施設・療護施設など)に措置されたり,自宅で家族と共に生活をする者が少なくない。卒業後の生活の質を高めることを目的とし,簡単な操作で楽しめるコンピュータゲームを行う時間や,簡易意思伝達装置としてパソコンの使用方法を体験的に学んだりすることを目的とした授業も組まれている。

 これらを踏まえて,情報機器について「特殊教育用支援機器」と捉えることができるが,情報機器があるから利用するというのではなく,個々の児童生徒のニーズに合わせてパソコン等の情報機器を利用していく必要があるという基本的な姿勢を忘れてはいけない。もちろん,場合によっては紙とはさみの方が情報機器よりも有用である場合もあると言うことを忘れてはならない。また,運動・動作等の障害から学習が阻害されることがないように配慮する姿勢も,常に考えていく必要がある。身体的な障害のある生徒の場合,情報機器の利用によって飛躍的に学習活動が改善されることが多いのも事実である。

 またこのように,情報機器の利用が多くの教育的な成果を見いだしているものの,生徒の障害の重度・重複化から,通常のキーボードやマウスを使うことが困難な場合が多くなっており,運動・動作の障害や知的な障害によって,主体的に任意の位置に手指を持っていったり保持したりすることが困難な児童・生徒が大半になっている。したがって,それぞれの子どもの状況に応じた入力装置等を工夫する必要が出てくる。障害の程度にもよるが,それぞれの生徒によって個々の教育目標に応じて入力装置やソフトウェアを選択しなければならない。

 支援機器の接続やセットアップなどは専門的な知識を必要とするため,経験のある支援者のサポートが必要である。 

 そこで本研究では,障害がある子どもたちや子どもたちの援助者である教師や保護者などに対象に,上記の促進方策を実験的に情報通信ネットワークを活用した支援相談窓口を開設することにより,NPO,行政に対するモデルプランを提示すること,運営マニュアルの提示および利用者に対する情報提供と情報収集結果を提示することとした。

1)支援機器を使用したい子どもたちや教師,保護者など(相談者)は,インターネットを通じて障害の状態や利用したい支援機器などを記載し,支援機器利用の相談を申し込む。 

2)その相談に対して,支援機器の利用に経験や知識のある教師などの複数の支援スタッフがメーリングリストにより協議し,具体的な機器の紹介やその利用方法,利用の事例,地域リソース等の情報を相談者に提供する。 

3)相談者が支援機器のセットップや詳しい利用方法などの援助が必要なときには,支援協力者が相談者を訪問して支援する。

 

研究活動によって得られた相談内容(ニーズ)とその回答(ソリューション)をまとめることにより,支援機器活用の手引き(マニュアル)を作成する資料とする。 

 また,この研究はインターネットを利用して全国を対象の範囲とする「支援機器活用の相談サポートセンター」として実施するが,この研究活動を契機とし各地域において支援機器サポートセンター等の開設を支援する研究の呼び水としたい。将来的には,各地域に「支援機器活用相談サポートセンター」としての機能する組織が多数開設され,全国の各々ポートセンターが連携して支援機器活用に関するニーズに対応する形態も考えられる。各々のサポートセンターの連携とは,例えばあるサポートセンターが貸し出し可能な支援機器の情報をインターネットに公開し,支援機器の試用のニーズがある他のサポートセンターに貸し出すなど,それぞれのサポートセンターが有する支援機器を相互に利用し合うネットワークが考えられる。各地域のサポートセンターは,行政機関の運営やNPOによる運営,盲・聾・養護学校等の地域相談センター活動の一環としての運営などを考えることができる。

 支援機器活用相談センターは,「特殊教育ワーキンググループ委員」と「支援協力者」が相談スタッフとして対応する。

1)相談の受け入れ

2)支援機器利用相談の趣旨とその事業内容を記載したホームページを開設する。

3)相談者の在住する地域に距離的に近い相談スタッフが,その相談のケース担当者となり支援内容を整理する。

4)対応結果のフィードバックと継続支援

5)ケース担当者は,相談者の支援機器の試用状況を把握する。

 

 実際的場面での支援機器活用の一層の実質的な促進を図るためには,これらの要件が欠かせない。そのためには,教師や保護者などが支援者のこれらの実際的な情報や技術を習得する必要がある。それには,インターネットによる相談を補完する研修会(支援機器活用セミナー)などを実施する必要がある。

 なお,支援機器活用セミナーの会場には,インターネットを利用した支援機器活用相談に際して用意している支援機器を展示し,活用の実際的な機能や活用方法などの情報を提供する。 

「特殊教育における教育支援機器活用相談ネットワーク・センター」(以降,本センターと記す)は,特殊教育における教育支援機器利用のニーズに対応する活動を支援することを目的としている。

 そこで,障害がある子どもたちや子どもたちの援助者である教師や保護者などに対象に,上記の促進方策を実験的に実現する情報通信ネットワークを活用した支援機器利用の相談窓口(本センター)を開設し,支援機器利用のニーズに応える実際的な相談活動を実施する計画である。なお,本センターは,「Eスクエア・プロジェクト」における「特殊教育用支援機器の活用相談に関するネットワークを利用した実践研究」の一環として,開設,運営した。