エネルギー・環境問題総合教育用地理情報データWebシステムの構築と活用

 

プロジェクトの概要

 わが国におけるエネルギー・環境教育は,欧米諸国で実施されている多様な学校教育の実態と比較すれば,ようやく緒についた段階であり,教育現場の先生方をはじめ多くの関係者の地道な取り組みが求められている。

 特に,放射線教育については,わが国が原子爆弾による世界最初で唯一の被爆国であるにもかかわらず,欧米諸国に比べ著しくなされていないのが現状であり,科学的に正確な知識や情報の開示を国民的レベルに伝達する義務があるとの認識に基づき,新学習指導要領では,放射線及び原子力の利用とその安全性の問題について触れる事となっている。

 そこで,学校教育用としてエネルギー・環境問題を深く理解させるための情報提供を目的に,地理的情報の表示機能と統計処理,可視化機能が豊富なGIS(Geographic Information System:地理情報システム)を活用したWebシステムを構築し,「自然放射線の測定」を題材としたエネルギー・環境教育を実践し,全国規模で利用可能な,従来にない新しい教育手法と教育環境を教育現場に提供するものである。

 日常生活の中で,医療をはじめ食品など,暮らしの中で深いかかわりのあるところで放射線が利用されているが,現在多くの人たちが放射線に対して過剰に不安感(原子力アレルギー)を持っていることが,原子力や放射線の有用性の理解を妨げている。このような実情を踏まえ,自然放射線の測定を通じ放射線に関する正しい知識を習得すると同時に,放射線の人体への影響やエネルギー・環境についての理解を総合的に深化させることが可能となる教育システムの構築を目指し,以下のように目標を定める。

 インターネット上で効果的に活用できる放射線教育の学習手引きの雛型の提示,理科教育だけでなく,総合的な学習の時間などの他の教科への活用や実験教材,放射線に関するホームページなどの情報公開を行うと共に,インターネットを情報交流ツールとし活用して学校間や専門家との対話や,情報交換の連携を図る。

 全国規模(平成12年度は47校 各都道府県に1校を目標)で参加校に放射線測定記録シートを配布し,測定条件を統一した3ケースの自然放射線測定を実施して環境(地形,地質,建物など)との相関関係や放射線量のファクターとなる要因等を見つけ出し,放射線について科学的に正しく理解できることを確認する。

 本システムの有効活用を目的として,理科や総合的な学習の時間を前提とした今後の指導方法,効果的な展開方法について検討し,指導計画案を策定するとともに,実践結果をシステムへフィードバックし,学校現場の授業に対し効果的な利用が可能となるようシステムの機能強化を図ることとし,以下の項目について調査検討を行なった。

 

教育実践活動 

本プロジェクトの目的は,自然放射線の測定を通じ放射線についての正しい知識の習得,人体への影響,エネルギー・環境について総合的に理解できる情報の提供を目的とした新しい教育環境の構築にある。そこで,全国規模(平成12年度は,各都道府県1校とし47校を選定した。)で参加協力校を募り,自然放射線の測定を実践しその結果を収集して教育的効果の確認,GISによる各種分析,可視化の効果確認等より実用的なシステムとするための改善点などの基礎的データの収集を実施した。

 参加協力依頼校の選定については,自然放射線測定というテーマから放射線教育フォーラムに参加されている学校(主な教科は理科,科目は物理)でインターネットに接続している学校と,理科以外での活用の可能性を探るため,インターネットが利用可能(理科以外の教科担当者を含む)な学校より選抜した。

名古屋市立富田高等学校,三重県立飯野高等学校 ,滋賀県立水口高等学校 ,京都教育大学教育学部附属高等学校,大阪市立高等学校,神戸市立葺合高等学校,奈良県立高取高等学校,和歌山県立和歌山高等学校,私立鳥取女子高等学校,私立開星高等学校,岡山県立岡山芳泉高等学校,広島大学附属福山高等学校 ,山口県立岩国高等学校,徳島県立池田高等学校,香川県立丸亀高等学校,私立松山東雲中学校・高等学校 ,高知県立岡豊高等学校,福岡工業大学附属高等学校,佐賀県立有田工業高等学校,長崎県立諫早農業高等学校,私立熊本国府高等学校,大分県立日田林工高等学校,宮崎県立延岡商業高等学校,鹿児島県立鹿児島水産高等学校,私立沖縄女子短期大学附属高等学校

 測定と指導方法については,簡易放射線測定器「はかるくん」の使用の手引きに従って実施することとし,生徒のレポート感想等を提出して戴くとともに,指導計画案に反映するため実践後,事務局より実践状況,留意点,結果の取りまとめ等について追跡調査を実施することとした。

 現行の指導要領と自然放射線測定を通じた放射線,エネルギー環境教育関連との対応関係は,「総合理科」の「資源・エネルギーとその利用」の中で「放射能及び原子力の利用とその安全性の問題にも触れること」となっている。また,「理科TA」では,「太陽エネルギーと原子力」の中で,「原子力については,放射能及び原子力の利用とその安全性の問題にも簡単に触れること」としている。「物理TB」では,「電子と原子」の中に放射能の内容が位置付けられ「放射能および原子力の利用とその安全性の問題にも触れること」なっている。

 エネルギー・環境問題及び放射線について学習指導要領との対応関係を,高等学校学習指導要領(平成11年3月)により調査した。高等学校の学習指導要領については平成11年3月29日に全面的な改定が行なわれ,平成15年4月1日より年次進行により段階的に適用されることとなっている。

 新しい高等学校学習指導要領では,地理歴史,公民,理科など各教科・科目においてこれまで以上にエネルギー・環境に関する教育の充実が図られている。特に理科では,科学が直面している問題や科学と人間生活とのかかわりについて学び,科学的なものの見方や考え方を養う新たな科目として「理科基礎」が設けられ,また現行の「TAを付した科目」と「総合理科」の内容の一部を統合し,新たな科目として「理科総合A」及び「理科総合B」の計3科目が新設されている。また,現行の「TBを付した科目」,「Uを付した科目」のうち,より基本的な内容で構成し,観察,実験,探求活動などを行ない,基本的な概念や探求方法を学習する科目として「物理T」,「化学T」,「生物T」,「地学T」が設けられ,これらの科目の内容を基礎に,観察,実験や課題研究などを行ない,より発展的な概念や探求方法を学習する科目として「物理U」,「化学U」,「生物U」,「地学U」が設けられている。

 学習指導要領では理科の目標を「自然に対する関心や探求心を高め,観察,実験などを行ない,科学的に探求する能力と態度を育てるとともに自然の事物・現象についての理解を深め,科学的な自然観を育成する。」としており,学習指導要領解説では,「高等学校の理科の目標は,総合的な目標」として,高等学校の理科のねらいを要約している。

 また,「科学技術の進歩と人間生活」の中で「科学技術の成果と今後の課題について考察させ,科学技術と人間生活とのかかわりについて探求させる。」とし「生徒の興味・関心等に応じて,物質や資源の利用,エネルギーの変換や利用など科学技術に関する身近な課題を取り上げ,科学技術と人間生活とのかかわりなどを平易に扱うこと。」としており,学習指導要領解説では,「物質や資源の利用,エネルギーの変換や利用,あるいはそれら双方にかかわりのある身近な科学技術の課題例としては,次のようなものが考えられる。」とし「原子力発電の現状と放射性廃棄物の管理,天然の放射性物質と放射線の利用」などをあげている。

 

教育実践の成果

  i) グランド,ii) 1階の教室,iii) 屋上の3地点を簡易放射線測定器「はかるくん」を用いた測定した。各学校から提示された測定記録シートをもとにデータを吟味し,データベースに入力を行った。

全国規模での自然放射線測定は初めての試みであり,自然放射線量について3種類の統一条件の分析結果からは,次のような傾向が読み取れる。グランドと1階の教室を比較すると教室の方が高い値になっている。これはほとんどの校舎が鉄筋コンクリートにより作られているため建材からの放射線による影響と考えてよく,結果としてグランドなど屋外より高い値を示しているといえる。また,1階の教室と屋上との関係を見るとほぼ同等か,屋上が幾分低い傾向がみられる。これは,屋上が大地から離れているため,大地から来る放射線が減っていると考えてよく,一般的に地上や室内より低くなる傾向を捉えているといえる。良く知られている西高東低という地質など地域特性については地方別の表示で,一般的な傾向を見ることができるようであるが,統計処理を行なうにはサンプル数が不足しており統計値からは相関関係を確認できてはいない。測定値の分析からは,以下のような問題点が指摘できる。

 統一条件のデータ精度について各学校から寄せられた内容を検討すると,測定回数,データ数にバラツキがあることが分かった。今後は,測定回数等について一定量を定めデータの精度を確保する必要がある。また,今回の測定実践は,季節的に冬となってしまい,東北地方のグランドの測定値については,積雪等の測定条件を考慮する必要がある。

 当初,各県の傾向を県の形状に従って色分けして表示するという処理仕様を採用する予定であったが,今回の測定結果は「平均値」を表すものではないとの指摘を委員会から受け,第1回目の測定結果の表示では,参加校の測定値という意味合いを強く持たせるため,円形表示に自然放射線量の色分けを施した。今後は同一県内での測定値を増やし,精度を上げていく必要があり,そのためのデータ蓄積機能を強化しておく必要がある。また,各都道府県の平均値を求めGISによる可視化処理を行なうためには,今後相当数の測定結果が必要である。

 今回の統計分析結果はサンプル数がいささか少なく,統計処理的による数値的な判定はできない。地方別に可視化した結果からは,グランドにおいて一般的に言われている自然放射線量の西高東低的傾向の関係を捉えているようだ。しかしながら厳密な関係を捉えたものではない。

 グランドの測定値の地質等,地域特性を考慮するならば,露頭している地質と自然放射線量の関連を明かにしておく必要がある。統一条件の一つに,グランド中央を設定したが,学校のグランド中央での測定値がその土地の地質的自然条件を反映しているとは限らない。なぜならば,最近の学校のグランドはアンツーカーなどで舗装されたものも多く,人工的な自然環境となっている場合が多く見うけられるためである。

 今後は,地質調査図を活用し,同一県内での同様な地層,異なる地層との差異などをフィールドワークし,地質との関係を明かにして行くといった測定手法を取り入れていくことが必要である。

 今回の測定実践では,物理での授業活用という条件は特に設定せず,他の教科担当の教師による測定実践も実施し,本システムの活用の可能性を調査した。その結果,実際に物理の授業での活用を実践された協力校や,地学の授業での活用,課題学習,総合実習などでの活用が報告されており,今後の授業活用を期待するところである。

 授業以外での活用は,理科系のクラブ活動での活用が多く物理以外の指導担当教師による実践報告が寄せられており,簡単なプリントや,「はかるくん」のテキストなどによる事前指導,測定後のとりまとめが行なわれ,自然放射線の存在とその量的認識が生徒になされていることから,以下のような問題点が指摘できる。

 指導計画の例を物理を対象に公開して,授業への活用を支援しているが,自然放射線測定の実践を通じたエネルギー・環境問題という学習課題は,横断的・総合的な学習,生徒の興味・関心等に基づく学習として総合的な学習の時間に相応しいテーマである。しかしながら,総合的な学習を指導する教員の専門が理科であるとはかぎらず,むしろ専門外のテーマとなることが予想され,また,横断的・総合的との観点からは理科を専門とする指導教員にも専門外の教科,科目との関連性を求められることになる。

 高等学校における総合的な学習の時間は,卒業までに105ないし210単位時間を配当し3ないし6単位を付与することとなっており,こうしたゆとりある学習時間を有効に活用するためには,原子力を含め,資源,エネルギー,環境問題を総合的・体系的に捉えた教育カリキュラムの開発と公開が必要である。

 本システムでは,自然放射線の測定値の分析,統計,可視化処理にGISを採用しているが,現在のGISの処理形態はインターネットに直結したものではなく,測定結果をまとめてGISに蓄積し処理,その結果をWebに掲載するというオフ・ライン処理となっている。本システムにおけるGISの豊富な処理機能の活用と効果については,確認できており,教育の情報化,情報通信ネットワークの活用の観点からは,参加校から直接GISを操作できるリアルタイム処理への改善が求められる。

 本プロジェクトの公開,普及については,「将来の学校教育の情報化につながる芽を発掘,育成し,それらに必要なノウハウ,技術を確立することを目指したものであり,その成果(教育用ソフトウェア,カリキュラム,マニュアル,ガイドライン,各種報告書など)をホームページやその他の媒体を利用して広く教育界に公開し,教育関係者が自由に利用できる環境を提供します。」と企画の趣旨説明にあるように,教育実践活動の公開,普及方法については,Webを中心に行なう予定である。本サイトのURLhttp//hoshasen.jsf.or.jp等Webに関する情報公開は,(財)日本科学技術振興財団広報はもとより,本プロジェクトに委員として参加された先生方や,協働実践に参加ご協力戴いた全国の学校の先生方の人的ネットワークを活用し普及に努めるとともに,参加ご協力戴いた全国の学校の先生方や委員の先生方が参加されている東京都理化教育研究会,放射線教育フォーラム,物理教育学会,日本理化学協会の「理化全国大会2001」などの関連研究会での成果発表の機会を利用し,広く公開してゆく予定である。時期的,時間的な問題から物理など授業での実践結果の報告は少なかったが,クラブ活動,特別活動など様々な実践形態の報告が寄せられており,自然放射線の測定が生徒の興味,関心を喚起するテーマであることが確認できた。