酸性雨・窒素酸化物(NOx)調査プロジェクト
プロジェクトの概要
大学,学校現場,企業,CECが参加したプロジェクト方式で,酸性雨/窒素酸化物調査プロジェクトを実践し広げる仕組み作りを検討した。
地域でプロジェクトを推進できる中核的な推進委員を育成するため,幹事校及び推進委員と連携して,プロジェクトのあり方や意義を共有するとともに,今後のあるべき体制に関する検討を行った。
Webアプリケーションの開発は,本プロジェクトで過去に作成されたものを改良・機能追加することにより行う。これまで本プロジェクトは,30〜40校規模で展開されてきており,Webページ上からデータ登録を行い,データを蓄積する仕組みはできている。生データを蓄積し,授業での活用は教員の創意工夫に任せようと意図したものである。しかし,ネットワークの活用に時間をとられ,教員独自の手で生データを活用することは困難なのが実状である。従って,本年度はデータを授業時にも容易に活用できるよう,データの加工・表示機能を中心に新規開発を行う。また,本年度は参加校を広げることがテーマとなっているため,これまでのようにすべての参加校で観測機器を統一することは困難である。従って,Webページも,多様な参加形態に対応しうるよう,観測機器に応じて柔軟にデータ登録・表示を可能となるように既存登録システムの改良を行った。
企画の実施
本プロジェクトは大規模プロジェクトであり,参加校同士の交流に比べ,学校内での活動の比重が高い。交流へと発展していくことが望ましいが,とりあえずの活動は,参加校においてデータを測定し,それをWebへ登録するという活動をしっかり行うことである。従って,交流のためへの適した学校であるかどうかは募集基準とはせず,継続してデータ観測・登録を行えることを第一条件として募集を行うこととした。
参加校のプロジェクトへの参加形態は,地域の酸性雨の状況を自分達の手でしっかりと確認してそれを他地域のデータと比較したいという学校から,データの観測はそこそこにして蓄積されているデータを授業の中で利用していきたいという学校まで様々である。これまでは,多くのデータを集めてこそ,授業の中で本プロジェクトを有効活用していくことが可能であるという認識の下,測定のためのプラットフォームを統一し,すべての参加校に対して継続的なデータの蓄積を求めてきた。しかし,参加校を広げていくことを考えた場合,すべての学校にこれを求めることは困難である。そこで本年度は,酸性雨/NOxとも綿密に測定するグループ(第一次募集),酸性雨のpHのみを簡易的に観測するグループ(第二次募集)とに分けて募集を行うことにした。
第二次募集は,プロジェクトにはより気軽に取り組めるため,ネットワークの利用がそれほど活性化されていない学校においても可能であるようにしたつもりである。従って,これまでオンラインにより募集を行ったのとは違った層に呼びかける必要を感じた。また,本年度の課題である「広げる仕組み」ということを考えた際,地域ネットワークの活用がどの程度の効果を発揮するか,実験的な意味合いからも,地域の拠点となりうる人物に接触して階層的に募集をかけることを試みた。ただし,あまりにも急に膨れ上がった際には,本年度のプロジェクトでは,予算的にも体制的にも処理しきれないため,東京地区に限定して行うこととした。
その結果,第一次募集で継続参加も含めて68校,第二次募集で38校集まった。特に,第二次募集では,東京という同一地域内から約30校が集まり,地域ネットワーク活用が,参加校を増やすという面から見た場合,ある程度有効に機能することが確認できたと言える。
本プロジェクトでは開始以来,観測機器を参加校に向けて無償貸与している。こういった活動の黎明期にプロジェクトを活性化していくためには必要なことではあるが,今後,普及させていく際には,すべての学校に無償貸与することは不可能である。本プロジェクトのような活動もカリキュラムとして学校に根付かせ,学校内で予算化できるようにしていく必要がある。そのためにも教科書的なモデルを構築することが不可欠と考えている。従って,その元となるデータのいま少しの充実を考え,第一次参加校に向けては本年度も従来同様,機器の無償貸与を行っている。
既に述べたように,参加校を増やすということを考えた場合,地域ネットワークが有効に機能することが確認できた。しかし当然ながら,参加校をただ単に増やせばよいというものではなく,それをより意義深い活動に結び付けていく必要がある。従って,第一次募集の参加校が集まった段階で,本プロジェクトにおけるこれまでの取り組み状況,他ネットワークにおけるアクティビティを勘案の上,地域における拠点となって活動できると考えられる学校をサブ幹事校として選定し,担当教員に依頼した。
酸性雨のpH及び電気伝導度の測定値は,少しのことで大きく異なる可能性がある。決して測定の精度のみを追求しているプロジェクトではないが,標準化された方法により,より高精度の測定を目指すことは学習的にも意味のある活動である。従って,測定器具ごとの観測マニュアルを作成し配布した。作成したマニュアルは付録に示す。
参加校は,本年度,従来までの40〜50校から106校と,一気に倍増した。データ登録をする際には,学校名の選択とパスワードの入力という作業が必要となるが,参加校が多くなるに連れ,自分の学校名を探すのが大変になる。そこで,「地域
→ 都道府県名 → 学校名」と絞り込んでいけるようなインタフェースを用意した。ただ,階層的に何度も選択するよりも,一度に学校名だけ選択できたほうが楽であるという学校もあるだろう。従って,当該画面にて従来通り学校名だけを選択しても受け付けるようにしている。
プロジェクト当初は,本システムではデータを蓄積して提供するのみで,そのデータ活用は各参加校の自主性に任せるというスタンスをとっていた。しかし,データが蓄積されるに連れ,Web上でも簡単に測定データがビジュアライズされると,授業においても活用しやすいとの声が大きくなってきた。そこで,一昨年,測定データをもとにリアルタイムでグラフを作成するシステムをWeb上に構築した。
これまでに蓄積してきたデータから,比較的顕著な傾向があらわれる分析結果をWeb上から容易に確認できるようにしたものである。
これまで毎年実施してきたアンケートの結果を見ると,生徒は「積極的に参加した」「インターネット利用に対する関心が高まった」「環境問題に対する意識が高まった」という高い評価を得ている。酸性雨や大気の汚染を観測し,それをインターネットを利用して共同して学習を進めていくというこのプロジェクトは,生徒にとっては魅力的な存在となっているのは間違いないだろう。さらに教育的な効果を高める方策として今年度は,生徒同士の交流の深化と学習の深まりを目指して,「チャットによる交流」を実験的に実施した。 チャットのシステムは今では様々なホームページ上に設定されており,中にはアイドルやミュージシャンのホームページなどにあるチャットを毎日のように楽しんでいる生徒もいるような状況である。遠く離れた同じ興味関心を共有する人たちと文字によって交流するチャットのシステムは,生徒にとってはインターネット利用の楽しみの一つになっている。
プロジェクト事務局としての広報活動としては,三重県で行われた「環境学習フェア」への出展が最も大きな活動である。「環境学習フェア」毎年各県の持ちまわりで開催されている,環境教育に関する国内最大のイベントである。各県の教育委員会の環境教育担当者や環境教育の実践校の教員が集まり実践の交流を行っている。この場に酸性雨・窒素酸化物(NOx)調査プロジェクトの出展ブースをいただき,測定器具や活動を紹介したパネルを展示したり,ホームページを実際にコンピュータを操作しながらブラウズできるコーナーも設けた。数多くの環境教育関係者,特に教育委員会の関係者に広報することで,教育委員会の担当者が酸性雨・窒素酸化物(NOx)調査プロジェクトを認知していただければ,各県の学校から環境教育に関する問い合わせが教育委員会に行われたときに,何らかの形でご紹介いただけるのではないかと期待している。また環境教育を担当する先生方にプロジェクトを広報することで,直接的に参加校の増加につながるのではないかと考えた。各県にもどられてから,この展示を見られた先生方が酸性雨・窒素酸化物(NOx)調査プロジェクトを説明しやすいように,募集情報も含めて,プロジェクトの概要を示したパネルや印刷物を作成し,これを配布した。これはフェア後も適宜活用している。
本プロジェクトでは,これまで幹事校が運営及びその方針検討などをすべて担っていた。しかし,今後プロジェクトを広げ,深めていくためには通常の参加校としての立場からの意見も重要である。
観測データの分析
平成12年度から新たにスタートした本プロジェクトにおいて,全国の80を超える学校が酸性雨や窒素酸化物の調査を開始しているが,本報告はこの間に全国レベルで生徒たちが測定した結果を整理し,その成果を,生徒に還元することによって,この種の調査の意義を生徒が,そしてそれを指導している教師が理解し,取り組みを継続し,また広げて行く意欲を培うことを目的としている。
全国から選別された11校全体及び各校(地域)での一降水毎の平均pHと平均ECの頻度分布を見ると,全国的には降水の平均pHの頻度は4〜5が最も高く,次に5〜6,3〜4,6〜7の順となっている。このことは日本列島の降水が全体的に酸性であることを改めて示唆している。また,観測された最も低いpH値は神奈川県の光丘中学校のpH2(降水量2.5mm)で,逆に最も高いpH値は同じく光丘中学校のpH8.5(27mm)であった。
関東地域や瀬戸内海地域が比較的pH値が低い方に分布しており,東北地方や北海道地方は相対的にpH値は高い傾向が見られる。ただ,地域的な汚染源が少ないと思われる屋久島の宮浦中学校は,同じ屋久島の岳南中学と対照的にかなり低いpH値が観測されている。これは,宮浦中学の付近に特定の汚染源が位置している可能性がある。
一方,電気伝導度(EC)は,0〜200mS/cmの範囲にあり,最も頻度が高いのが20〜40mS/cmで次に0〜20,40〜60,60〜80mS/cmの順である。また,地域的にはECが比較的広く分散して分布しているところ(広島大附属福山中高校,新居浜工業高校,谷村工業高校)と,集中的に分布しているところ(登米中学校,発寒中学校)がある。汚染の激しい地域ほど分散的といえる。
一方,ECと降水量の関係は一般的に降水量の増大にともなってECが減少して行く傾向が見られる(特に,光丘中学校,登米中学校)。これは,大気中の一定量の汚染物質が降水によって,徐々に洗浄され,大気中から除去されて行くからである。しかし,新居浜工業高校や広島大附属福山中高校のように,100mmに近いかこれを超える降水でも200mS/cm近いECを示すことがたびたびある。雨雲自体がかなりの汚染物質を付着している可能性があり,比較的広域的に大気が汚染されていることが考えられる。
まず,酸性物質イオンとして硫酸イオン,硝酸イオン,塩化イオンの相対的比率から,硫酸イオンタイプ,硝酸イオンタイプ,塩化イオンタイプに分けられる。このうち,塩化イオンタイプはナトリウムイオン濃度が高い場合は,海塩の影響が考えられる。
硫酸イオンタイプとしては,仙台市の東北学院中学校,富山県大門高校,三重県四日市高校,広島大付属東雲中学校などである。硝酸イオンタイプは,前橋市立第四中学校,広島大付属福山中高校,新居浜工業高校などで,このタイプは硫酸イオンやアンモニウムイオン濃度も高い。大気汚染の進んでいる地域の特徴と言える。塩化イオンタイプとして,札幌市の発寒中学校,苫小牧東高校,高知清水高校,千木良小学校,長野工業高校,渋谷区立鉢山中学校などである。このうち,苫小牧東高校や高知清水高校の場合はナトリウム濃度も高いことから,この塩化イオンは海塩起源の可能性がある。また,千木良小学校はカリウムと塩化イオンの飛び抜けた高い比率はからKClの混入が考えられる。
学校の屋上とか,学校内の植物の多い所などの道路から一定の距離を置いた場所でのNO2濃度はその地域のバックグランド(定常値)を示していると言えよう。この濃度は,東京都,神奈川県の市街地,大阪市や泉佐野市,広島県の市街地域,三重県四日市市などの大都市や工業地域では,0.01〜0.04ppmを示し,慢性的窒素酸化物汚染が進行していることが窺える。これに対して,高知県清水市,神奈川県相模湖町,大分県大分市,長野県長野市,鹿児島県屋久町などは全体として窒素酸化物濃度は低く,汚染発生源の少なさを示し,大気が比較的清浄であることが窺える。
仙台市東北学院高校,神奈川県光丘中学校,大阪府長野高校,広島大附属福山中高校などでは雨天の日に測定している場合があるが,曇天日や晴天日などと比較するとやはりNO2濃度が低い傾向が見られる。これは,NO2が雨水に溶け,NO3イオンとなりやすいからと思われる。また,晴天日でも,日射が強い10月初旬の測定値において,NO2がO3などに変化し,NO2濃度が比較的低くなっていると思われる現象も見られる(富山県大門高校,愛知県岡崎市三河中学校,愛媛県新居浜工業高校など)。
おわりに
継続的に行われてきた本プロジェクトの意義を総括するとともに,本プロジェクトをより発展させるために,広げるための仕組みに関する検討を行い,一部実行した。なかでも観測データから読み取れる学術的な意味付けは多くの参加校から期待されており,本プロジェクトを広げていくための基盤となることを実感した。出版会社から教科書への掲載依頼があるなど,参加校は益々やる気になっており,本プロジェクトの活動結果としてのコンテンツ(データベース)は今後も充実してくるだろう。本年度の活動により,参加校間で本プロジェクトの目標・コンセプトがこれまで以上に明確に共有でき,今後の活動への土台は築けたと思う。来年度は,この土台の上で,また,本年度検討した広げる仕組みを遂行し,学校に根付いた活動としての本プロジェクトを確立していかねばならない。それによりプロジェクトの定常運用が可能になると思われる。
次に,「酸性雨/窒素酸化物(NOx)調査プロジェクト」での 実践マニュアルの目次を示す。
酸性雨/窒素酸化物(NOx)調査プロジェクト」実践マニュアル
1. はじめに
2. 幹事校のマニュアル
2.1 幹事校として活動するために
2.2 参加校の募集に関して
2.2.1 Webによる広報を利用して参加校を広げる
2.2.2 教育関係メーリングリストを活用して参加校を広げる
2.2.3 地域のネットワークの活用して参加校を広げる
2.2.4 他のメディア利用の検討
2.3 プロジェクトの運営方法
2.3.1 観測機器と測定方法
2.3.2 推進委員会の設置
2.3.3 体験参加校の募集
2.4 参加校のためのマニュアル整備
2.4.1 観測のためのマニュアル
2.4.2 WEBの利用マニュアル
2.5 参加校間の交流
2.6 データの分析及びその結果の提供
2.6.1 地域ごとの雨の特徴について
2.6.2 同一の雨雲から降る雨の変化について
2.6.3 専門家の分析の必要性
2.7 大規模プロジェクトの活性化方法
2.7.1 メーリングリストの活性化
2.7.2 オフラインの会議
2.7.3 事務局から参加校への電話連絡
2.7.4 チャットによる生徒の活動の活性化
2.7.5 プロジェクトの社会的な認知を目指す広報活動
2.8 大学及び企業との連携強化
3. 参加校のマニュアル
3.1 プロジェクトに参加するにあたって
3.1.1 環境の準備
3.1.2 インターネット利用環境
3.2 プロジェクトの活用方法
3.2.1 小学校における活用
3.2.2 中学校における活用
3.2.3 高等学校における活用
3.2.4 総合的な学習における活用
3.3 地域との連携方法
4. 観測データの分析
4.1 降水中の酸性度(pH)や電気伝導度(EC)の解析
4.1.1 一降水毎のpH及びECの頻度分布
4.1.2 降水量とpH及びEC
4.1.3 降水ステップとpH及びECの変化
4.1.4 平均EC(X)と平均pH(Y)の関係
4.1.5 pH値における季節変動や地域的差異
4.1.6 降水のイオン分析
4.2 窒素酸化物データ
4.2.1 測定点周辺の交通量との関係
4.2.2 地域周辺の人口密度,道路密度,工場数との関係
4.2.3 天候(雲量,風速など)との関係
5. 酸性雨・窒素酸化物(NOx)調査の未来
6. おわりに
酸性雨/窒素酸化物調査プロジェクト」観測データ収集・表示システム 操作マニュアル
1. 導入手順
1.1 観測データ収集/表示システムの構成
1.2 設定手順
2. 操作手順
2.1 データ閲覧
2.1.1 データ一覧
2.1.2 グラフ
2.2 データ管理編
2.2.1 参加校のデータ登録,変更,削除,パスワード変更
2.2.2 管理者のページ