国際交流支援システムの開発及び実証実験

 

 世界的にインターネットの教育利用が進む中,日本語だけで生活できる環境は豊かな文化を形成する上で大きなメリットがあったものの,国際社会,国際的な情報化を迎えた今,英語による日常的な異文化交流が必要とされている。

 日本のインターネットの教育利用は1994年の100校プロジェクトによってその口火を切った。コンピュータ教育開発センター(CEC)主催のインターネット活用事例発表会も全国で展開された。その中で注目されたのは「生徒の瞳の輝き」だった。「生徒が実に意欲的になる」「生徒に光を当てるのがインターネットだ」「学習者主体の授業がシステムによって実現される」などの声が多く出され,インターネットの可能性が徐々にではあるが全国に広がっていった。その活動はトップダウンでもなく,「現場の学習」支援としての原則を堅持し,今日に至っている。現在では,ミレニアムプロジェクトという国家的な施策のキーワードにまで「インターネットの教育利用」がうたわれている。

 インターネットを用いた異文化交流を行う場合,電子メールや掲示板の利用,ホームページの共同製作,Cu-SeeMeによる映像や音声を用いたリアルタイム通信他,さまざまな形態が考えられる。100校プロジェクト等においてもいくつかの企画が実践されてきたが,これらの企画は,英語が堪能な教師の熱心なサポートによって成り立っていたものである。黎明期にはこのような活動が必要ではあるものの,4万校が接続されようとしている今,教師の負担を軽減し,生徒をサポートするシステムが必要とされている。

 国際交流を授業等で展開することを考えた場合,相手校が見つかった後は,自己紹介や自国文化紹介等の電子メールによる交流から始まるのが一般的である。しかしその第一歩として「英語による電子メールを作成」することは依然として高い障壁となっており,国際交流に踏み切れない学校が多いのも実情である。この障壁を低くし,児童・生徒による国際交流が促進されることが重要である。

 障壁を低くするための手段として,翻訳エンジンを利用することが考えられる。しかし,現状の翻訳エンジンの性能では,任意の日本語文章を正しく意味の通じる英文に翻訳することは困難である。また,生徒が各々異なる文章を作成することを考えると,翻訳の誤りを教師が逐一指摘・修正することは現実的でなく,授業において利用することは難しい。

 現状としては,学校において利用可能な支援システムは見当たらず,早急な整備が期待されている。

 本件では,国際交流における第一歩である自己紹介・自国文化紹介等の英文作成に対する障壁を低くして,英語教育の誘い水として役立ち,かつ異文化交流への取り組みを支援するシステムの実現を目標とする。

 国際交流実施に対する障壁としては,児童・生徒の英語力,児童・生徒の文章力,それをサポートする教員の英語力や負荷が挙げられる。システムは学校教育の場で利用されるものであり,児童・生徒にとっての障壁を低くするだけでなく,教員にとっての障壁も低くし,結果として活発な国際交流が実施されることを目指している。

 授業での利用を考えた場合,任意の日本語文章に対して,意味が通じない可能性のある精度の低い英文を提示するよりも,記述したいイメージに対して文法的な正しさは保証された候補例文が提示されるほうが望ましい。

 そこで本プロジェクトでは,表現したいキーワードを入力することにより,それに対応すると考えられる候補例文が提示されるシステムを開発した。これにより文法的な正しさは保証され,生徒は自信を持ってシステムを利用できるとともに,文法の正否を気にする必要のない教師側の負担も軽減される。

 また,英文メールを作成する際,英語が得意な人やネイティブの人が利用した表現を控えておいてそれを利用するということがある。本システムでは,このような「英借文」をシステム的に行えるようにし,国際交流によく利用される文章を例文として登録しておく。電子メールで利用する文章は簡単明瞭であることを考えると,いくつかの例文の組み合わせおよび単語の差し替えで,かなりの範囲をカバーできると考えられる。

 これらの機能は,授業という限られた時間内で利用することを前提に,例文および画像の検索・編集から相手へ送信するまでの一通りの動作は,すべてWebブラウザで利用可能とした。各種データはWebサーバ上で一元管理する。例文や交流文書の事例などをWebサーバで一括管理することにより,インターネットに接続された他校と連携することも可能であるし,例文に対する日本語を整備しておくことにより,海外交流校における日本語学習者を支援することも可能である。

 以上のように,従来の英語学習ソフト・翻訳ソフト等の枠組みを超え,国際交流への適用を可能にする新しい形態のシステムを開発した。

 本プロジェクトでは以下の機能開発を行った。当初,海外の日本語学習者用の機能をどこまで実現するかは確定していなかったが,中間報告会で「海外の日本語学習者の利用にも力を入れてはどうか」という旨のコメントを頂いた。このコメントを受け,英語版のページを用意し,英語をキーワードに日本文を検索し,日本語文章の作成を支援する機能の開発も行うこととした。

 

例文検索・提示機能

 データベースに格納されたメール例文を,単純なキーワード,利用場面,感情等の検索キーを指定することにより検索を行う。

 検索された複数の例文の中から,必要な英文を容易な操作でメール記述用のウィンドウへ反映可能とし,当該ウィンドウでの編集機能を実現する。

Webブラウザをフロントエンドとし,例文検索・提示機能同様,容易さを重視したインタフェースとする。

 検索された複数の例文の中から,必要な日本文を容易な操作でメール記述用のウィンドウへ反映可能とし,当該ウィンドウでの編集機能を実現する。

 検索・作成された英文に加えて,画像データを合わせてWeb画面上からそのままメールとして送信可能とするインタフェースを提供する。

また,送信した文章はWebサーバへ蓄積する。送受信したメールを参照して自己の進捗確認や交流履歴の確認が効率的に実現できるよう,体系的に蓄積する。

 言語という限られたメディアでメール送受信による国際交流を行いその結果を参照するのみでなく,画像と音声により国際交流の様子が参照できる機能を提供する。

小学校,中学校,高等学校を通して汎用的なシステムであることを実証するために,実証実験参加校は学校種別が偏らないように留意した。

本実証実験では実際に国際交流授業を実施するため,国際交流に興味や実績のある学校および教員に参加いただくよう留意した。そのため,主に国際交流に関する研究会や発表会等で本システムや本実証実験の趣旨について説明し,実証実験参加校および協力教員を募集した。

教員にシステムを提示するとともにシステムを利用した国際交流授業の指導案を提示し,それぞれの学校の特性に応じて適切な授業を実施した。授業を実施した教員に対しては,実証校の報告として実施内容や実際に授業を実施した所感,システムを利用したことにより発生した児童・生徒の変化,システムに対する所感について調査を行った。

 

開発システムの機能及び利用方法

例文の検索に当たっては,所定のカテゴリの中から平易な例文のみを検索する初級編と,適当なキーワードを入力してやや高レベルの例文までを検索する中級編を提供する。検索された例文をメール送信画面に簡単な操作で貼り付け,必要に応じて単語を差し替えたり文章を追加したりしてメールを作成し,送信することができる。画像を添付してメールを送信することも可能である。

パスワード変更,利用者の登録,登録情報変更などの操作を行う。ただし,利用者の登録や登録情報変更は,内容によっては許可されたユーザしか利用できない。

 英文メール作成による国際交流支援システムということもあり,英語教員の利用が最も多かった。教員以外の利用でも,留学カウンセルや教育クラブなど,英語や教育に関連する人の利用が見られる。

 本システムが学習を支援することにより,生徒は1時間の授業の中で確実に「作品」すなわち英文電子メールを作成することができ,さらにそれを海外の生徒と交換することができる。これにより,生徒に達成感や喜びが生まれ,学習に対する意欲を向上させることが可能になる。

 本システムの特徴として例文検索だけに目が行きがちであるが,本システムは電子メールアドレスを持っていない学校でも利用が可能である。Webメール的な機能を併せ持っているため,インターネットに接続するだけでメールの受発信や送受信メールの参照ができる。

 本開発システムは,実証実験以降,以下のURLで継続的に公開しており,実際に学校の授業でも使われている。本開発システムを利用するには,ユーザアカウントの登録が必要であるが,当該ページでは,そのための申請方法を示している。今後最低1年間は,当該手続きに従って申請してもらうことで,教育関係者には無償でアカウント発行・提供していく予定である。

 また,マニュアル等の参照なしでも本開発システムは活用できるものだが,これからの利用者にシステムの活用方法を示すためにも,指導案等とともに,ホームページ上から提供している。これらの情報は,当然ながら,利用申請(アカウント登録)なしで参照することができる。

 本プロジェクトのコンセプトである「現場支援」「授業支援」の考えを堅持し,さらに現場に耳を傾け,本システムを利用しながら改善を加えて行くべきであろう。

 本プロジェクトにおいては,アンケートや実証校からの報告で多くの意見や感想,提案が寄せられた。今後もこれらの意見を収集し,システム改善に役立てていくためには,教育現場である学校や教員のネットワークを構築し,本システムの利用と意見交換を行う必要がある。高校では実証実験校のネットワークがすでにできあがっているところもあるが,さらに小中学校や,海外で日本語を指導している学校との連携を深めていくことが重要である。