みんなで作る!社会人講師実践映像データバンク@東京

                                                

 総合的な学習の時間導入を機に,社会人を授業に招く授業実践が増えている。学校に社会の風を取り込む効果的な取り組みであるが,その目的や形態は極めて多様であり,かつ指導者や講師の負担は大きい。

 本プロジェクトでは,可能な限り多様で先進的な社会人講師授業を企画・実践し,映像を中心に記録を行い,その成果をインターネット上のWEBサイトとして公開した。

体験しなくては実態が伝わりにくい実践事例をわかりやすく提示し,講師候補者と持っているテーマを紹介するデータバンクと言う一義的な目標に加えて,指導者・社会人講師・学習者を「知縁」で結ぶ「出会い系」のコミュニティを形成することが狙いである。

 

1.研究のねらい

社会人を招いた授業は,様々な立場や経験を持つ講師との出会いを通して,学習者が社会に触れることのできる貴重な機会である。教科の枠を超えた総合的なテーマに基づく学習や,興味・関心に基づく主体的な学習を理念とする総合的な学習の時間で,特に大きな有効性が期待できる。具体的には,国際理解・情報・環境・健康・福祉・地域・進路・人権・平和・文化など,授業のねらいに応じた社会人講師による授業を実施することが可能である。

一方,社会人講師授業の実践は,指導者および講師に多大な負担が伴う,不確実性の高い活動でもある。本研究開発では,多様な社会人講師授業の実践事例を,映像を中心としたデータバンクによって紹介し,総合的な学習の時間における社会人講師授業実践の支援と質の向上を図ることをねらいとしている。

東京は,先進的な実践事例を持つ指導者や社会人講師の人脈などの前提条件は恵まれた環境にありつつも,その規模の大きさからなかなか指導者・講師のコミュニティが成立しにくい。本研究はまず東京での授業実践を中心に活動し,その後インターネットによる情報公開を通じて,全国にコミュニティを拡大することをねらっている。

 

2.研究の目標と成果

社会人講師による授業実践を支援しつつ質を向上させるようために以下の4点を目標とし,次のような成果を得た。

(1)知縁ネットワークの形成

主に都内小・中・高校の現場教諭と教育に意のある社会人ボランティアで構成される研究会「とうきょうED」を立ち上げ,授業実践を通じてコミュニティを形成した。社会人講師授業の担当教諭を中心に校長・教頭等管理職の方々,研究会等の既存の教諭のネットワーク,社会人講師同士の紹介,既存の社会人講師派遣団体の協力を通じて50名程度をメンバーとすることができた。

(2)実践事例・事例研究の蓄積と紹介

WEB制作者・ライター等のコンテンツ制作者と協同して,授業実践を映像中心にわかりやすく紹介するコンテンツとして制作した。フォーマット化やマニュアル化を通じて,指導者や講師,支援者が主体となってコンテンツを制作できる体制を形成した。

(3)マニュアルやツールの整備

社会人講師授業の準備・実施・記録・公開を通じて,指導者や講師のなすべきことや留意点をマニュアル化し,また依頼状や礼状などの書式,コンテンツ化のためのツールなどを整備した。

(4)情報システムの構築

実践事例およびマニュアル等公開を通じて,知縁ネットワークを維持・発展させるため,PCサーバマシン2機を設置し,運用している。

 

3.授業実践と事例研究

 本プロジェクトではプロジェクト期間を通じ,以下のような研究授業の実践と先進的な授業実践の事例研究を行い,その成果を映像中心のコンテンツとして編集,プロジェクトWEBサイト(http://tokyo-ed.net/)に掲載した。

 

授業実践

(1)押し絵羽子板の世界       羽子板職人     墨田区立墨田中学校   地域学習,伝統文化

(2)ゲームクリエーターの仕事    プロデューサー   墨田区立墨田中学校   進路指導,メディア

(3)わたしは誰,あなたは誰?    イタリア人大学院生 墨田区立墨田中学校   国際・異文化理解

(4)呑川の働きと水質        国土交通省専門官  大田区立南蒲小学校   地域学習,環境教育

(5)仕事を観るメガネを手に入れよう 求人雑誌企画    墨田区立墨田中学校   仕事理解,職場体験

(6)仕事の面白さを探検してみよう  求人雑誌企画    あきる野市立増戸中学校 仕事理解,職場体験

(7)仕事への興味を持続しよう    求人雑誌企画    墨田区立本所中学校   仕事理解,職場体験

(8)私が会社を起こすまで      ベンチャー企業社長 墨田区立墨田中学校   進路指導,福祉教育

(9)クリエイターの仕事       プロデューサー   東京都立八丈高校    進路指導,メディア

(10)映画と人生           シナリオライター  東京都立八丈高校    進路指導,メディア

(11)クリエイターの仕事       プロデューサー   三原町立三原中学校   進路指導,メディア

(12)映画と人生           シナリオライター  三原町立三原中学校   進路指導,メディア

(13)働くことの意義と職場でのマナー 経営コンサルタント 大田区立大森第一中学校 進路指導,職場体験

(14)働くことの意義と職場でのマナー ベンチャー企業社長 調布市立第五中学校   進路指導,職場体験

 

事例研究

(1)墨田区立墨田中学「ふれあい学習」(社会人講師・地域学習・職場体験・問題解決学習)実践事例(5例)

(2)指導者による授業実践(社会人講師・起業シミュレーション学習)報告(5例)

(3)インターネットを利用した学習プロジェクト実践事例報告(3例)

経済産業省広報室「サマースクール」(経済・貿易・エネルギー学習)実践事例(3例)

(4)伊東市「きてきて先生」プロジェクト(社会人講師・体験学習)(10例)

 

4.具体的実践事例の紹介

 知縁ネットワークや実践事例の蓄積が有効に機能し,授業のねらいを達成できた具体的な事例として,あきる野市立増戸中学校における株式会社リクルートで就職情報誌企画に携わった,八田茂氏の社会人講師授業を取り上げる。

八田氏の授業「仕事の面白さを探検してみよう」は,中学2年生の職場体験学習の事前学習をねらいに,職業全般に対する豊かな経験と興味・関心に訴えかけるユニークな授業構成によって,社会人講師授業でなければ達成できない学習が成立した事例である。特に次の4点で,本研究開発ならではの有効性を持つ授業が実現したと考えている。

(1)他校での実践事例を体験することで,指導教諭が,既存の自校の職場体験学習の中に社会人講師授業を取り入れたこと。

(2)社会人講師が,指導教諭との綿密な事前準備を基に,授業実践の組み立てを実施校向けに再構成したこと。

(3)事前準備の成功によって,学習者にとって動機付けが明らかな,双方向性の高い授業実践が実現し,その後の職場体験学習につながる学習効果が上がったこと。

(4)本授業実践を実践事例として公開することで,さらに新たな実施校での新たな形態の授業実践が実現したこと。

 

5.インターネットと情報機器の活用

本研究開発では,映像中心の実践事例・事例研究のコンテンツをわかりやすく提示し,それをきっかけに指導者・社会人講師がコミュニティを形成できることを目標に,一般のPCおよびブラウザソフトで閲覧できるインターネット上のWEBサイトを構築し運用している。加えて社会人授業実践のノウハウや比較的容易に事例の記録や公開が行えるツールについても公開し,社会人講師授業実践全般の支援を可能にした。

具体的には,保守性を考慮して大手プロバイダのサーバファーム内に,LinuxおよびWindows2000OSとする2機のサーバマシンを設置,セキュリティに配慮しつつ複数の作業担当者が協同してコンテンツを更新できるような体制としている。このサーバマシンについては,引き続き実践事例や講師のデータバンクとして運営し,社会人講師授業の質を向上させるためのコミュニティの核として発展させる予定である。

 

6.得られた知見

指導者と講師がそれぞれに,授業という出会いに向けて準備し,実践し,記録をもとに議論する実践を通じて,主に次のような知見を得た。

(1)指導者の要件

指導者は,社会人講師と学習者の出会いのコーディネーターである。生徒理解と指導計画を基盤に,授業のねらいを明らかにして講師を選定する。講師をよく研究した上で適切な情報を与えるとともに,学習者に事前学習や事後学習を実施し,出会いを学習につなげることを実現する。

(2)講師の要件

社会人講師は,通常の授業でいえば教材の役割を果たす。自分の持っている知識やメッセージをそのまま提示するよりも,未知の学習者にまず自分を知ってもらうという姿勢が望ましい。そのために,自分の情報を指導者に発信したり,学習者の情報を得て授業の形態をアレンジしたりする努力が必要である。

(3)支援者・協力者の要件

指導者にとっても講師にとっても,限られた時間の中で効果的な出会いを実現するための負担は大きい。講師の選定やスケジュールの調整,授業実践の準備・実施・記録,授業後の学習者と講師のやり取りまで,PTAや地域の方や社会人ボランティアがそれぞれの立場で支援することが期待される。

(4)教育的観点からの評価

社会人講師と学習者の出会いの学習の効果は個性によって多様であり,定量的な評価はそぐわない。しかし授業実践の後に,たとえば講師への礼状や手紙という形で所感や発展的な質問を書かせることにより,学習者が講師との出会いによってどのような社会的文脈を獲得したかを評価することができる。

 

7.研究のまとめ

 (1)成果の位置づけ

 総合的な学習の時間の実施をきっかけに増加が見込まれる社会人講師授業の導入期に,次の3点のような成果を達成したことによって,質の高い授業実践を行うための基本的な枠組みを提示できたと考える。

(A)本質的に多様であり不確実性を伴う社会人講師授業について,授業実践と事例研究を通じて基本的な要件・実施体制・進め方などに対しての知見を得ることができた。

(B)出会いの授業を成功させる前提条件として,指導者と社会人講師および支援者の知縁ネットワークを形成することができた。

(C)情報システムの構築と運営によって,上記の知見を広く公開しかつネットワークを維持させる場を確保したことで,社会人講師授業をめぐるコミュニティ形成の方向性を示した。

 (2)留意点と課題

質の高い社会人講師授業が一般に普及するために,未だ負担が大きいと思われる留意点・課題の主なものは,次の3点である。今後の授業実践・コミュニティ運営を通じて効率化や改善に取り組んでいきたい。

(A)講師選定から授業実施,公開までの事務的な手続きと著作権処理

(B)授業実践記録の編集とコンテンツ制作に関わる負担

(C)授業実践実施後の指導者・講師双方のアフターフォロー

 (3)今後の予定

 WEBサイトを中心として,社会人講師授業実践の事例と講師紹介を充実させてゆくとともに,既存の社会人講師派遣団体や指導者の研究会等との連携をとり,社会人授業全般のポータルサイトとして育ててゆく。

 さらに本プロジェクトを通じて形成した知縁ネットワークを活用し,社会人を講師に招く体験学習や問題解決学習など,より多様な学習形態を支援する展開を予定している。