Eスクエア(e2)・プロジェクト 成果発表会

重複障害学級におけるインターネット利用の可能性

− 入力機器等のコンピュータ環境を通して −

富山県立高志養護学校 野尻智之
nojiri-tomoyuki@tym.ed.jp
http://www.tym.ed.jp/sc375/

キーワード 入力機器 教材作成 コンピュータ環境 重度重複障害


1. はじめに

 本校にもインターネットが導入され、その後校内LANやテレビ会議システムなどの整備が進み、インターネットを利用した交流活動などが行われるようになった。しかし、その対象となる生徒は障害の軽い生徒が中心であり、重度の生徒はほとんどインターネットを利用する機会がなかった。インターネットの利用を考えるとき情報検索の面や遠隔地との交流といったことが思い浮かぶが、インターネットの素材となる画像や映像を収集できるという面に着目したとき、重度重複障害を有する生徒にもインターネットが利用できるのではないかと考えた。
 重度重複障害を有する児童生徒は上肢や下肢の運動能力が低く、感覚器官にも障害のある場合が多い。しかしすべての感覚が閉ざされているわけではなく、視覚には問題がなかったり、音に敏感であったりと刺激を受容できる場合が多い。今回の対象生徒は視覚からの刺激に敏感であること、自分の顔や周りの人の顔を見ることが好きなことからデジタルカメラで顔写真を撮り、その画像をインターネットから取り込んだ素材とで加工し教材とすることにした。生徒は画像を見て楽しむだけでなく、加工した画像への変化も合わせて楽しむことができ、多くの反応を引き出すことができた。そこで、ただ見て楽しむだけではなく、積極的な働きかけによって楽しめるようコンピュータ環境を整えることにした。最近では障害者のための入力機器が販売されており、キーボードを使えない生徒でも簡単な操作で行えるようになってきている。本校でもそのようなスイッチを購入し、教材を利用できるようにした。何度も繰り返して映像とスイッチに触れることの関係を体験させた結果、不確実ながらスイッチを押そうと腕を動かす様子がみられるようになった。
 今回は対象生徒一人の結果であったが、それぞれの障害に合わせた入力機器を整えて教材を用意することで、重度重複障害を有する生徒であってもインターネットやコンピュータを利用できるようになり、それぞれの残存能力を伸ばしていくこともできるのではないかと考える。

2. 準備段階

 本生徒は環境の変化に敏感で、新しい環境では強い緊張が起こり長時間その場所にいるのは困難であった。コンピュータ室も同様であったので、コンピュータ室になれることから始めなければならなかった。徐々にコンピュータ室にいる時間を増やしながら緊張をほぐし、室内にいる時間を増やしていった。
 これと並行して進めたのが、入力機器の選定と環境設定であった。本生徒は上肢を随意的に動かすことが難しく、緊張によって動いたり反射で動くことがほとんどだったので、大きな動きの要らない軽いスイッチが必要であった。また、一つないしは二つぐらいのスイッチで動かすことのできる教材にする必要があった。スイッチについてはこころリソースブック(こころリソースブック編集会)を参考にしながら導入した。アップルディスアビリティーセンターでも実際に入力機器を体験させてもらった。
 教材についてはHTMLを利用し作ることにした。作成も容易でリンクを利用すれば画像の切り替えも簡単で生徒もその変化を楽しむことができた。JAVAスクリプトを利用し、アニメーションも組み込む予定であったが、生徒の体調不良のため進みが遅く、そこまでは行うことができなかった。

3. 実践経過

(1) デジタルカメラでの撮影

 デジタルカメラを使ってよく接する先生や生徒の写真を撮った。カメラで写真を撮るという行為とカメラの液晶画面から見える映像を楽しむことができた。

(2) インターネットでの素材集め

 インターネットの素材集を使って、デジタルカメラの画像を加工するための素材集めを行った。画像にはかわいらしいものも多く、生徒の興味・関心をひくものを見つけやすかった。

(3) 素材を使ったデジタルカメラの画像の加工

 デジタルカメラで撮った画像を見ながら、素材を張り付けたり修正したりして楽しんだ。画面の変化や動きを好むため、この作業はとても楽しんでいた。

(4) 作成した教材を利用する

 (3) で加工した画像を利用して教材を作成し利用した。教材は画面の切り替えで変化を出すだけの単純なものだったが、それだけに変化がはっきりと分かり、大変楽しむことができた。

(5) スイッチを操作する

 画面の変化とスイッチの関係を体験させ、上肢及び下肢に力を入れるよう取り組んだ。はじめは画面とスイッチの関係が理解できずなかなか力を入れることができなかったが、上肢や下肢を触わり力を入れるよう腕を刺激すると徐々に力を入れるようになり、自分でスイッチを押せるようになってきた。不確実ではあるが、コンピュータの前で教材を見ると力を入れるというようになってきた。


図1 マウスムーバ

図2 マウスムーバの操作

4. 今後の課題

 今回の取り組みで生徒の障害に合わせて入力機器を整え、インターネットで教材づくりをすることで、生徒の反応を引き出すだけでなく訓練的な内容を行うことができた。しかし、重度重複障害を有する生徒の障害は様々であり、すべての生徒に対応できる環境を整えるにはかなりの入力機器が必要になる。また、コンピュータ室だけでなく普通教室にもインターネットを引くなど校内LANの充実も必要になってくる。費用的な面だけでなく、生徒の実態把握、コンピュータ環境の在り方などさらに研究を深めていくことが必要である。

5. まとめ

 今回重度重複障害を有する生徒のインターネット活用に取り組んだのは、これまでの取り組みがほとんど障害の軽い生徒を対象としたものであり、重度の生徒にとってインターネットの利用がほとんど行われていないことがきっかけであった。インターネットが広まり利用の増えている中で、それを障害者が利用できないというのは利用しやすい環境が整っていないためである。これまで取り組まれなかったのはコンピュータが障害者に利用しにくいものだったからではなく、コンピュータと障害者のためのインターフェイスが充実していなかったためだと考えた。
 コンピュータと障害者のインターフェイスとなる入力機器はこれまでもいくつかあったが、使いにくかったりDOS用であったため設定が難しかったりとなかなか実用的とはいえなかった。しかしウインドウズが一般的になり、それに合わせた入力機器も充実してきた。今回利用したマウスムーバもその一つで接続すればすぐに利用できる。またいろいろな大きさのボタンをつなぐことができ、生徒に合わせて変えることができる。選択するだけであればボタン一つでも利用できる。今回も使用したのはボタン一つであり、操作が単純なため本生徒も利用することができた。
 もう一つ重要なことはインターネットの使用に主眼をおくのではなく、インターネットとコンピュータを「道具」として使い、上・下肢の動きを伸ばすことに主眼をおいた点である。これは今までもいわれてきたことであるが、コンピュータやインターネットを目的とするのではなく、手段として利用し問題を解決することが大切である。対象となった生徒にとってもインターネットを利用することが大切なのではなく、自分の残存能力を伸ばすことが大切である。そのための手段としてインターネットを利用できたことは有益であった。この取り組みから他の障害であっても入力機器などのコンピュータ環境を整えれば、有効利用できるという可能性がみえてきた。全ての生徒に有効とはいえないが、障害によっては大変有効に利用できる場合もあると思われる。本生徒の場合も当初の目的の上・下肢の能力の向上にとどまらず、インターネットを見ること自体も趣味としてできるようになるのではないかという可能性もみえてきていた。しかし残念なことにこの生徒は昨年暮れに急逝したため、これ以上の研究を行うことができなくなった。本生徒を対象とした研究はこの時点で終わることとなったが、この成果を基に今後多くの重度重複障害を有する生徒にとって有効なコンピュータ環境とインターネットの利用を考えていきたい。