Eスクエア(e2)・プロジェクト 成果発表会

インターネットを活用した特殊教育諸学校間の数学共同学習

− 聾学校,肢体不自由養護学校,病弱養護学校間交流 −

宮城県立ろう学校  数学  中村 好則
nakayosi@sn.myswan.ne.jp

キーワード: 特殊教育,聾学校,共同学習,メーリングリスト,ホームページ


1. はじめに

 聾学校の生徒は,聴覚に障害がありコミュニケーションに困難が伴う。そのため,数学の学習ではあまり複雑なコミュニケーションを伴わない知識伝達式の学習になりがちである。また,近年,聾学校の在籍生徒数は減少傾向にあり,固定化された少人数の学習集団となり,考え方の多様性が生まれにくく一元化しやすい傾向がある。このような学習では,どうしても学習内容や生徒の考え方に深まりがない。生徒同士あるいは生徒と教師の豊かなコミュニケーションと生徒の多様な考え方を引き出し自己評価できるように,生徒主体の学習活動を構成することが必要である(図1)。そこで,同じような問題を抱える肢体不自由養護学校と病弱養護学校とのインターネットを活用した数学共同学習を計画した。

2. 共同学習の目標

 メーリングリストによる意見交換とホームページによる意見発表を通して,(1)自分の考え(解法や解答)を表現し相手に伝えること(コミュニケーション支援),(2)自分の考え方を他の生徒の考え方と比較し評価できること(多様な考え方の促進,自己評価)が,今回の共同学習の目標である。

3. 共同学習の概要

 共同学習には,聾学校が4名,肢体不自由養護学校が3名,病弱養護学校が3名の計10名の生徒が参加した。各学校とも普段は3名から4名の小さな学習集団であるが,共同学習では10名の学習集団が構成された(図2)。実践は1999年7月から12月の6ヶ月間に行われた。各校とも普段の数学の授業を利用して1週間から2週間に1時間を共同学習の時間に当てられた(本校は計10時間)。しかし,数学の進度・習熟度や障害の種類・程度の違いがあるため,検討や入力の時間を別に確保するなどの配慮が行われた。
 メーリングリストは,生徒用と指導者用の2つが用意された。生徒用には各校の指導者も参加し,生徒の意見を促したり,生徒の解答に質問したり,コミュニケーションを促進するよう支援した。また,指導者用では,共通問題の選択や進度の調整,発問,評価などについて検討が行われた。ホームページには生徒の考えや意見を掲載し検討するときに利用した。
 共同学習は,次の3つのステップで進められた(図3)。ステップ1は,メーリングリストとホームページを通じて提示された共通問題を各自で検討し,その結果をメーリングリストで相手校に伝える段階である。共通問題は,多様な解法や解答が考えられ,習熟度に差があっても取り組めるような問題が指導者用メーリングリストで検討され選ばれた。ステップ2は,相手校からの解法や解答をもとに各校で検討し,その結果を相手校に伝え意見交換を行う段階である。ステップ3は,共通問題と似たような問題を作成し発表する段階である。作成された問題が,問題として成立するかどうかやどのように分類・整理できるかを各校で検討しメーリングリストで意見交換を行う。

4. 実践の様子

 ステップ1では,共通問題として「a+b=7となる数a,bを求めよ」が提示された。生徒10名から投稿された解答は,数a,bを(1)自然数(4名),(2)非負の整数(3名),(3)整数(3名)で考えた3種類に分類できた。例えば,(1)では「a=4,b=3とa=5,b=2とa=6,b=1です」,(2)では「答えは0+7=7,1+6=7,2+5=7,3+4=7,4+3=7,5+2=7,6+1=7など,いろいろあるはずです」,(3)では「解答は,a=6,b=1,a=5,b=2,a=4,b=3,a=3,b=4,a=2,b=5,a=1,b=6,a=0,b=7,a=−1,b=8,a=−2,b=9,・・・,以下限りなく続く」のような解答であった。(1)ではa,bを自然数とするとaとbを入れ替えたものが解答にはない。(2)ではaとbの値を答えていない。また,「いろいろあるはず」といっているが,a,bを非負の整数とするとa=7,b=0が足りないだけである。(3)ではaが負の場合について記述しているが,bが負になる場合については述べていない。このように,最初の解答はどれも数a,bをどのような数で考えているかが明確ではなく,解答の表現も十分なものではなかった。
 ステップ2では,(1)や(2)のような解答を考えた生徒の多くは,(3)の生徒の解答を見て負の整数でも成り立つことに気づき,答えを(3)のように考えた3名の生徒の解答が正しいのではないかという意見を出し,それにまとまりそうになった。しかし,指導者から「初めの解答は,aとbをどのような数で考えましたか」と質問が出され,もう一度検討が行われた。その結果,(1)は「aやbを自然数だけで考えれば,a=1,b=6とa=2,b=5とa=3,b=4を加えて6つが解です」と訂正された。同様に,他の解答についても検討が行われ,(2)は「aやbが負でない整数のとき,解はa=7,b=0を加えた8個です」,(3)は「a=7,b=0,a=8,b=−1,a=9,b=−2,・・・,とbが負の方向にも限りなく続き,解は無限にある」と改められた。また,本当に解はこれだけしか考えられないのかを検討する中で,「2.4+4.6=7でも成り立つのではないか」という意見が出された。これをもとにaとbを実数とすると解はどうなるかを考える契機となった。
 ステップ3では,(A)数値,(B)演算,(C)文字の数,(D)(A)から(C)の複数の条件を変えた4種類の問題が作られた。他の生徒と違った問題を作るよう考え,1人平均で7問が作られた。それらの問題について検討・分類した後,全員で解く問題をメーリングリストで「a+b×c=8となる数a,b,cを求めよ」と「a(b+c)=10となる数a,b,cを求めよ」の2問に決めた。

5. 実践の成果

 従来では,解法や解答について検討を行っても,生徒数が少なければあまり多くの意見が出されず,教師が一方的に説明を行う場合が多かった。しかし,今回は生徒10名や各校の指導者からいろいろな解法・解答や意見を得ることができ,多くの考え方に触れることができた(多様な考え方の促進)。また,メーリングリストでの意見や質問をもとに各学校ごとに検討を行い,その結果をもとにまたメーリングリスト上で意見交換が行われた。このような学習活動が繰り返されることで生徒同士あるいは生徒と教師のコミュニケーションが促進されたものと思われる(コミュニケーション支援)。また,互いの検討結果をメーリングリスト上で意見交換をすることで,自分の考え方が正しいことを確認したり修正したりすることができたものと思われる(自己評価)。このように生徒の多様な考えを引き出し,コミュニケーションを支援することで,生徒の主体的な学習活動を促すことができたものと思われる。
 メーリングリストを活用して行ったアンケート調査では,生徒から「他校の生徒とのやり取りはとても楽しかった。また来年もやりたい」「もっとメールをやり取りする時間がほしかった」や「チャットやテレビ会議による共同学習もやりたかった」などという意見もあり,興味・関心を持って取り組めたものと思われる。
 また,メーリングリストによる共同学習では,(1)各学校の授業時間,曜日や単位数が違っても,それを意識せずに実践が行うことができること,(2)リアルタイムの共同学習と違って,相手からの意見や質問に対してじっくりと考えて自分の意見を述べることができること,(3)文字によるコミュニケーションであるため,聴覚障害や言語に障害のある生徒もその障害をあまり意識せず意見交換が行えることがわかった。今回の共同学習でのメーリングリストへの投稿数は,生徒用が85通,指導者用が39通であった。
 ホームページについては,生徒からばらばらに投稿された解答や意見を整理・掲載したことで,お互いの考え方を比較しやすくしコミュニケーションを支援するのに有効であった。また,ホームページは,一般には公開せず参加校から閲覧できるイントラネット上に公開することで,生徒は比較的自由に意見を述べることができたものと思われる。

6. まとめと課題

 インターネットを活用した特殊教育諸学校間の数学共同学習では,メーリングリストでの意見交換によって,生徒同士のコミュニケーションが促進され,多様な考えを引き出し,自分の考えを他の生徒の考えと比較検討することで,主体的に学習が行われることが示唆された。しかし,メーリングリストの意見交換では,指導者が生徒の意見を促したり,考え方の観点を示したりするなどの支援が重要であることも分かった。今後は,さらに実践を重ねることと,メーリングリストでのコミュニケーションをさらに促進するために,どのように指導者が支援する必要があるか検討することが課題である。また,通常の学校も交えた共同学習や,チャットやテレビ会議システムを利用した共同学習,他の教科での共同学習などについても検討したい。