マリンワールド海の中道(以下、マリンワールド)では、2002年12月〜2003年1月にかけて、本プロジェクトの教育効果を検討するため、同水族館近隣にある小学校2校の協力を仰ぎ、水族館におけるPDAを使った見学活動と学校での事前・事後学習との連携を図った一連のプログラムを検討し、実践検証を行った。
これまでの博物館は、実物の資料を収集、展示することを活動の中心においてきた。しかし近年、実物を見るだけでは捕らえることのできない情報や現象を、より深く広く早く効率的に入手できる、WebやCD−ROM、PCのデータベースなどのIT環境を使い、展示や解説、教育活動に活用するようになってきた。今回開発したPDAを用いた情報提供もその一つの手法である。
これまでに、都内の水族館で大型液晶パネルを使った試験例があったが、汎用機器でないために膨大な開発費用が発生し、正式導入には至っていない。また市販のPDAを活用した例では、同じく都内にある自然史博物館で、展示資料の解説を目的に導入したが、ガイドフォン的な活用であるため、PDAの持つ機能を十分に活かしきれておらず、また情報教育という点では不十分な印象があった。
従って、これまでに、博物館の学術資料や展示の情報を、PDAを用いて学校の教材や授業として活用している例は殆どなかったと言える。
前述のような経緯を踏まえ、本プロジェクトでは、家族による来館者ではなく、特別活動の一環として学校が来館することを前提とし
- PDAの持つ双方向性の機能だけでなく、子どもたちが目的を持って、主体的に情報を入手、整理、加工、発信する力を養い、また水族館の生物の観察を通して、自然学習、環境学習としても活用できる内容であること。
- 水族館に来た時だけの一過性のイベントとしての学習で終わらせるのではなく、事前、事後学習を含めた10時間以上の授業としてプログラム化し、様々な授業の目的が達成できること。
を目的とした、学習プログラム及びシステムの開発を計画した。
プログラムを組み立てるにあたり、
- 館内の展示物を注意深く観察するきっかけを子どもたちに与える
- 子どもたちが主体的に情報を入手、整理、加工、発信する力を養うことができること
を考慮し、PDAを"新聞記者の手帳"に見立て学習活動を展開させることとした。その際には、
- 学校の授業として成立するか?
- PDAをどのように操作したら新聞制作へと結びつけることがきるか?
- アイディアとシステムとの整合性はとれるか?
- 館側から新聞の体裁としてのコンテンツが十分に用意できるか?などの課題が挙がった。
図6.2.3.1取材ポイント(パノラマ大水槽) |
図6.2.3.2 館から提供される資料例 |
新聞記者をモチーフにした本活動では、まず、取材ポイントとして、大水槽前(図6.2.3.1参照)とイルカプール前が決定された。そこで、これら取材ポイントに基づき、3つの取材テーマ(大水槽の秘密、大水槽の魚たち、イルカの体と泳ぎ)にそって、
- 写真
- 解説の原稿
といったコンテンツが用意された。その際には、コースごとに15種以上の写真及び同じく15種の文字解説を準備するのに加え、特に解説原稿は子どもたちがそのまま取材記事として活用できることを考慮して、文字数も100文字以内に統一した。
さらに、これら素材に加え、楽しみながら生物や施設を観察して取材できるように、クイズに答えて記事にするなどの仕掛けも用意することにした。
"新聞の取材"というアイディアに基づき、本システムでは、画面の中に表示される、新聞の仕上がりをイメージする10個の取材枠の中に、子どもたちが自由に取材原稿や写真を登録していく方法を選択した(図6.2.3.3参照)。これらの枠には、各自が自由に原稿を書き込めるだけでなく、館内の
無線LANを経由して、サーバーマシンにアクセスし、上記4)で記載した生物や施設に関する解説資料を、入手することができる。また、一旦書き込んだ原稿は、登録後も自由に書き改めることができる。
入力が終えると、一旦サーバー内に保存するが、学校はそれをデータとして持ち帰り、PCで編集して新聞に仕上げ、HP等で紹介することも可能である。
子どもたちが活動中にPDAを破損しないように、市販の100円ショップで手軽に入手できる商品を活用して以下の加工を施した。
- ファスナーつきのビニールソフトケースに入れ、液晶画面部分を切り抜いた。
- ネックストラップを取り付け、首から吊り下げることができるようにした。
- ボールペンの軸部分を取り除いてスタイラスペンケースとし、ビニールケースの中に入れ、同時に本体のずれを防止した。
- ナンバーラベルを取り付け、使用中の機器が他の機器と混同しないようにした。
上記以外にも、40台が一度に充電と管理保管できるように専用のターミナルを制作した。
授業は小学校5年生以上の学年を対象に、主に「総合的な学習の時間」の中で10時間以上の学習プログラムとして組み立てた。また、国語(作文)や社会(新聞の機能)、理科(生物)などの教科とも関連付けられることも想定した。授業の全体は、
- PDAの入力操作法の指導、
- 新聞制作の意義や目的を学ぶ導入授業、
- 新聞の機能や役割、新聞記者の仕事などを学ぶための出張講話、
- マリンワールドでの取材活動
- 教室での新聞編集作業で構成された(表6.2.3.1,表6.2.3.2参照)。
授業の実践校は、子どもたちの交通手段の至便性、学校の情報教育への理解度、指導教員の実績などから、近隣の以下の2校にお願いした。
- 福岡市立西戸崎小学校5年生(2組40人)
- 新宮町立新宮小学校6年生(5組122人)
ステップ | 内 容 | 時間 |
1 | 入力練習 | 1 |
2 | 新聞づくりの導入 | 1 |
3 | 新聞記者出張授業 | 1 |
4 | 来館PDA活用 | 5 |
5 | 編集作業 | 4 |
入力練習は、
- 子どもたちがPDAの画面に慣れる
- 画面上のソフトキーボードやスタイラスペンに慣れること
を目的として、システムが完成する前の2学期終了直前に実施された。また操作の指導には、福岡工業大学の西村靖司助教授や同研究室の学生の協力を得た。
ローマ字、かな、手書き検索、手書き、の4つの入力方法をそれぞれ体験し、子どもたちの一番やりやすい方法で、実際の水槽解説例文の原稿を使い入力に挑戦した。6年生の1クラスで入力方法を確認したところ、ひらがな:8人、ローマ字:4人、手書き検索:7人、手書き:12人
であった。手書きが比較的多かったのは、ソフトキーボードが小さく操作に不慣れな点もあったが、使用機器の手書き認識率が高く、子どもの手書き文字でも問題なく受けつけたこともその要因と考えられた。
また、入力指導後に行った調査では、10分間での文字入力数として、最高で270文字入力した児童がいるなど、短時間の指導でも、子どもたちの機器操作への理解は早い傾向が見られた。
本学習プログラムを前提とした最初の取り組みとして、新聞作りの目的意識と取材計画を持つための事前学習が行われた。
"学習のめあて"である「読む人がひきつけられる新聞を作ろう」では、子どもたちが
- どんな工夫をしたら読む人を引き付ける新聞ができるか
- 誰に見てもらいたいのか
- どんな取材をしたいか
等について意見発表を行い、同じ取材テーマのグループでの話し合いも実施した。また当館の学芸員から、水族館の特徴やどんな取材ができるか、等について出張講話が行われた。
本ステップでは、本物の新聞記者による出張授業として、現職の記者から
- 新聞の歴史
- 新聞社の数
- 新聞記者の人数
- 新聞社内の組織
- 新聞記者の心得
- 読みやすく判りやすい記事にするためのアドバイス等
の説明を受けた。子どもたちは、新聞記者との出会いが初めてとあって興味深く熱心に聞いていた。このように、新聞記者の仕事への理解を高めることで、新聞を作ることの目的意識をもたせるとともに、本活動に対する子どもたちのモチベーションを高めることができたと思われた。
取材当日、館内にあるレクチャーホールにおいて、子どもたち一人につき1台ずつPDAを渡し
- IDとパスワード
- PDAの番号を確認した上で、取材ポイントである大水槽の前に集合し、実際にLANに接続しての操作説明を行った。
前回までの学習は、PDAへの文字入力に限定されていたため、本システムの画面操作は、子どもたちにとって初体験であった。このため、最初の操作説明は、ある程度、全員が同じ操作ができ、全台が正常動作することを確認しながら以下の手順で実施した。
- 取材コースごとに得られるコンテンツの概略。
- LANへの接続とログインの方法。
- 新聞雛型画面の操作方法。
- 4つある取材方法の選択の仕方(自分で記事を書く、資料から選ぶ、写真を入れる、クイズに答える)。
- 記事の変更と書き直し方。
- 保存とログアウトの方法。
- 操作上の注意事項。
取材ポイントは、水量1400トンの魚類の大水槽と、イルカショープールの水中観察路の2箇所で、子どもたちはそれぞれに分かれて活動を行った。この際に、活動中に数台でシステムのエラーが発生し、若干の初期トラブルが出現したが、多くはリセットなどで復旧した。
わずか1時間の操作説明に対して、子どもたちは、階層構造になっている取材システムを理解し、すぐに取材活動を始めた。
当初はPDAの操作に夢中になり、水槽や生物展示をじっくり見ない傾向があったが、慣れることで次第に解消されてきた。取材活動は、午前に1時間半、昼休みを挟んで午後に1時間半をあてた。また昼休みはPDAの電池寿命に不安があったので充電時間にあてた。
ほとんどの生徒が、合計3時間の取材時間で、10個の取材枠を記事でほぼ埋めることができたが、当館のデータベースから提供される資料を中心に構成した子どもについては、できる限り自分の言葉で書き直す指導も行った。また、館内の職員に自分の取材テーマにそった質問をしながら、すべての取材枠を自分の言葉で記事にした子どもも見受けられたが、システム上の文字数制限(1枠で100文字)で苦労している場面もあった。
記事枠に入れる写真はLAN経由でPDA上に表示され選択することができるが、その他にも、持参したデジタルカメラも活用し、学校での編集でオリジナルの写真も取り込めることにした。
マリンワールドで作成した個々の取材データは、HTMLファイル形式でサーバーマシンに保存されており、各学校へはMOなどのメディアを介して手渡された。各学校ではこれらのデータを元に、パソコン教室でさっそく編集作業が始まった。
ここでは、導入授業での話し合いや記者の講話を思い出しながら、「読む人をひきつけられる新聞」にするにはどのような加工をしたらいいかを、個々に考え工夫を凝らしながら編集作業を進めた。
子どもたちの間で見られた工夫としては、
- 特に伝えたい部分の文字に色をつける
- 文字を拡大する
- デザインテンプレートからイラストなどを張り込む
- 写真レイアウトを見やすく変更するなどの"見栄え"に関するものから、「自分の気持ちを表す口調に書き改める」ものまで、様々であった。
編集作業での課題としては、館から提供したHTMLファイルのデータが、学校で使用する編集ソフトにより、新聞の枠が正常に表現できない場合があった。このため、西戸崎小学校では別途に新聞編集枠をつくって、その中にデータをカット&ペーストしていくことになった。しかし、この作業が逆に功を奏して、子どもたちのPC操作の能力向上だけでなく、同一の記事枠の中に写真と文字が混在させることができるようになったため、より見やすく判りやすい新聞制作が可能になった。
完成した新聞は発表会を実施して、生徒の間でお互いに評価を行い、友達のいい点を学ぶことができた。学校ではこれらの新聞を校内掲示や文集として配布するだけでなく、公民館での掲示やホームページでの公開も行い、子どもたちの活動を地域に発信していく活動へとつなげた。