6.総括



 本項では、本プロジェクトで実施した遠隔交流や遠隔授業の実証実験を概観し、その後、教育的視点と工学的視点それぞれから本プロジェクトを総括する。


6.1 実証実験の概観

 本プロジェクトでは、13拠点において延べ9回の遠隔交流の実践を行った。遠隔授業のメリットは、一般的に移動に伴う安全確保、費用、時間等に配慮する必要がない等があげられる。異校種学校間の直接交流はもちろん、同校種学校間の直接交流を実施する場合は更に遠隔授業がもたらすメリットが大きくなる。このような学校や地域を越えた交流により教室だけで得られない新しい考えや世界に触れる良い機会になり、教科の内容を深める授業や、交流の価値を高める実践が可能となる。
 本プロジェクトでは、教科(国語、理科、音楽、美術)、特別活動(クラブ活動)、総合的な学習の時間(国際交流)といった多様な教科の授業・交流を実施した。また、クラブ単位の少人数、1クラス単位の人数、また学年単位という大人数での交流というタイプの参加人数型形態があった。当然少人数での実施は、全員が発表や質問をし、直接参加することができた。大人数での実施や直接発表等に参加できなかった児童・生徒についても、交流後相手の発表等で新たに自分が吸収した内容を探っていく学習活動の広がりが見られた。このようにテレビ会議システムが教育現場において広範囲に利用できることが明らかになった。
 また、授業を実際に体験した児童・生徒からは、「このような授業をまたやりたい」という意見が多く聞かれた。相手校の細部の映像の感想も多くあり、「授業の内容が理解できた」ことや「自分の考えとは違う考えがわかってよかった」という意見も聞かれた。テレビ会議に対して興味だけで再度授業を希望しているのでなく、「学習者間の相互交流によって成立する」という授業の本質の上で、児童・生徒が自らの成長を実感したことがうかがえる。
 児童・生徒にとって高画質の映像のテレビ会議であることは、普段の授業以上に興味・関心がもて、また積極的に参加できる授業であることと言えよう。さらに自校の卒業生との会話、同じ中学校へ進学する児童同士の交流、同じ興味・関心を持つもの同士の交流は、新たな人間関係の形成にもつながったと言える。
 本システムを用いた場合、遠隔交流での授業計画の幅は大きく広がったと言える。なぜなら従来のテレビ会議システムより、映像の品質は格段に向上しており、動画もスムーズになったことで、より動きがあり、より鮮明に自校の雰囲気を伝えることが可能となったからである。また、音声のついても従来は遅延が大きく合唱はおろか、会話ですら違和感のあるものであったが、システムの向上により同時合唱も可能とした。
 このように、遠隔交流の授業であっても普段の授業により近い授業計画が可能になり、遠隔交流実践の少ない教員も、従来のテレビ会議で発生していた問題をある程度回避できるようになった。あわせて、相手校の教員や技術サポートの調整等を通じて、教員のコミュニケーション能力、コミュニティーの形成が可能であることを示すことができたことは大きな成果と言える。


6.2 教育的視点による総括

〜教室のグローバル化:「学力向上」のキーワード〜

6.2.1 学力論争の本質

 近年、盛んに議論されているいわゆる「学力低下」論争は、いわば学力を「知識を再生・応用する能力」と捉えるか、「知識を創り出す能力」と捉えるかの論争であるといえる。学力低下論者たちは、将来再生されるべき知識の量が減る「学習内容3割削減」に危惧を表明し、いわゆる「ゆとり教育」論者たちは、「考える力」や「表現する力」などの知識を創り出す過程を重視し、その能力を伸ばす機会を増やすためには、「学習内容3割削減」を不可避なものとしている。教育界ではこのような「知識重視vs.学びのプロセス重視」の論争は、近代教育が始まって以来、幾度となく繰り返されてきており、教育課程はこの両者の間で振り子のごとく揺れ動いてきたのが現状であろう。
 学力低下論者たちは、様々な自然科学や社会科学の文化的背景をもつコミュニティーを念頭におき、そのコミュニティーに参加する資格としての知識を要求する。特に、わが国のような民主主義国家においては、社会を維持し発展させるためには、それぞれの専門家集団のコミュニティーにおける、最先端とまでは言わないまでも、最低限の知識を共有し、コミュニティーに関われる能力を、個々人に担保しておくことは肝要ではある。しかし、このような知識は果たして社会全体の情報量が爆発的に増大し、またそのアクセス手段も多様化していく現在、どの程度固定的なものであろうか。
 そこで、「ゆとり教育」論者は、変化する社会や多様化する情報を処理する能力として、「学びのプロセス」を重視し、新たに遭遇した情報を獲得、検証、整理、再構成できる個人を育成することを主張する。勿論、学力低下論者の主張するように、新たな情報を処理していくためにも、「最低限の知識」が必要ではあるのだが。


6.2.2 学習における交流の意義

 このジレンマを解消していくためには、もう一度、学習の本質にたち還る必要がある。教師主導の教育であれ、学習者主体の教育であれ、また家庭教育であれ、その最大公約数的共通点は「交互作用」または「交流」にある。「教師と子ども」、「専門家と素人」、「異なる分野の専門家同士」、「親と子」、「偉大な本とその読者」、その対象は様々であるが、本質的にはすべての学習活動は「交流」を前提としている。
 学問的背景を強くもつ文化集団においては、その社会的責任を果たすためには他の集団と「交流」をもち、知識を普及させることが肝要であるし、また、集団内部においても「新しい知識」を創り出すために、学会活動などの「交流」による合意形成が必要でもある。また、いかに情報を処理する能力を有していたにせよ、獲得した知識が「孤立」したものであれば、活用できる機会や場も与えられることなく、無意味に消滅してしまうであろう。


6.2.3 教育のグローバル化

 情報通信(ICT)技術のめざましい発展のおかげで、社会のグローバル化が進んできた。学校も着実にグローバル化への道をたどっている。学校や教育のグローバル化といえば、国際社会に通用する人材を育てていこうという趣旨になることが多々あるが、それは、国境を越えたグローバル化に視点がおかれているからである。グローバル社会で生きていく子どもを育てるには、「交流」によって彼らが接する社会を、身近な同級生から、地域へと広げ、また、世代を越え、社会的立場を越え、さらには、国境を越えるところまで広げて、多様な経験をする中で、他を見る目・自分を表現する方法を学ばせていくことが重要である。最終的には地球全体にまで広げることを意識しつつも、まずは、もっと近いところからのグローバル化を考えるべきであろう。このような観点から、本プロジェクトを見直してみた。


6.2.4 教室のグローバル化

 子どもたちが、教室という限られた社会で身につける事柄は限られており、グローバル化した社会で生きていく力をそのような狭い社会のみで養うことはますます難しくなってくる。そこで、上で述べたように、教室外の社会と接触する機会を取り入れ、教室外の人々と「交流」していく中で自己を育てていくことが必要になってくる。他者との「交流」において衝突・共感・協調等の経験をすることによってアイデンティティを確立し、表現能力等コミュニケーション能力を習得し、高度な社会性を身につけていくのである。勿論、学校外でも場はあるが、なかまとともに学ぶ教室では、コミュニケーション能力を充分習得できていない子どもであっても、社会的成長を効率的に援助し合えるというメリットがある。「教室のグローバル化」つまり、「学びの空間としての教室の壁を取り払い、広げていくこと」によって社会的能力を育成していく必要がある。また、このようなコミュニケーションが成立すれば、社会性の習得だけでなく、教科内容自体を深めることにも有効であろう。


6.2.5 遠隔授業・遠隔交流と高品質映像伝送システム

 教室内にいながら教室外社会と接触する一つの手段としてICTを活用した高品質映像伝送システムがあり、これを利用しながら教育における「交流」活動を実践的に研究しているのが本プロジェクトである。
 遠隔授業・遠隔交流では、相手との距離感によって子どもの印象・態度が違うため、同じ空間・同じ時間を共有しているという臨場感・連帯感が重要なファクターとなってくる。高品質映像伝送システムでは、特に高品質な映像を用いていることによって離れた場所でも同じ空間を共有している雰囲気を作り出すことができる。ICT技術は空間とともに時間も超えさせてくれるものであり、手紙やビデオを郵送する代わりにメールやホームページによる交流をすればコミュニケーションにかかる時間を短くすることができ有効である。しかし、リアルタイムの直接コミュニケーションや共同作業の方が子どもたちの受ける印象が大きく、効果も大きいため、本プロジェクトのような高品質な映像伝送システムが期待されている。勿論、雰囲気だけでなく、交流や授業の内容自体が高品質性を要求する場合も考えられる。本プロジェクトの彫刻の授業(4.3 高大連携遠隔授業 II(美術))が典型例である。
 音声も重要であることは言うまでもない。本プロジェクトで利用しているシステムでは、映像だけでなく音声も高品質な伝送が可能であることで臨場感を高めている。しばしば行っている遠隔音楽交流は、音楽を媒介とすることで児童・生徒の感性に伝わる教育効果を実現しようとしている。
 また、遠隔交流を行うには、担当の先生方の十分な打ち合わせによって、お互いが、安心してコミュニケーションできる状況・雰囲気を用意することが重要である。高品質映像伝送システムはこのような打ち合わせの際にも利用でき、有効であると期待される。


6.3 工学的視点による総括

〜高品質映像伝送:「場の共有」のキーワード〜

6.3.1 高品質映像伝送システムの効果

 遠隔での交流や授業は、直接交流、対面授業に比べて学習者が受容する情報量が制限される面がある。それを可能な限り補償するための最も重要な要素が高品質な画像伝送と遅延時間の最小化である。今回主に利用したMPEG2方式は、画像の品質・動きのなめらかさはテレビとまったく同じであり殆ど問題が発生しなかったが、画像の圧縮・伸張に必要な時間が0.5秒程度あり、遅延時間という点ではやや不安が残るとも言える。ただ、この問題についてはネットワーク通信帯域が十分に(今回の5〜10倍程度)確保できれば、より遅延時間の小さい方式を利用できることは明白になっている。90%以上の家族にテレビやビデオ普及している現在、それ以上に問題となるのはTV会議システムを日常的に利用できるようになった時の画像品質である。学校で利用する動画像はテレビ品質と同程度を確保する必要がある。海外交流のように、従来不可能だったシステムを使い始めた場合、映像や音声がテレビ品質より悪くてもそのような点では、あまり問題は発生しないが、それが日常的になってくると、テレビより良いか悪いかが、教員や児童・生徒の評価基準になるだろう。また画像の品質は誰にでも評価でき、一度良い品質を経験すると悪い品質が気になり授業実施にも影響を及ぼすと考えられる。


6.3.2 教室環境・使用機材

 テレビ会議システムを活用した授業を実施する際に発生した問題は大きく分けて2点挙げられる。1点は映像に関する問題、もう1点は音声に関する問題である。
映像に関しては、相手の表情が暗くて見えなかったことが最大の問題である。音声に関しては、相手の声が聞こえなかったことや、まわり込みの問題である。
 本プロジェクトではこれらの問題に直面した際、その解消には高解像度のプロジェクター利用や音声ミキサー、備付スピーカー、指向性マイクの利用等、環境や機材の整備・工夫により対処がある程度可能であることが判明した。具体的には以下の通りである。


 いずれの調整についても授業実施時期及び時間、天候により教室内の照度が変化するため、逐次準備段階で調整が必要となる。また、相手校へ送信している自校の映像を児童・生徒に見えるように機材を設置する場合、自分達がどのように相手に見えているかが分かるというメリットと、自分達の画像が気になってしまい、相手への集中力が途切れてしまう、というデメリットがある。これは特に小学生に多く見受けられた。


 音声に関しては、環境や機材に起因することが他の要素に比べて極めて大きい。そのため音声面の調整時間が取れない、また最適機材が調達できない場合などは、音楽室など音響設備が予め整備されている教室で実施することが有効である。
 しかし、ビデオカメラやモニタ用テレビ等は、普段の生活で使用する機会も多く、パソコンよりも馴染みがある。多くの先生が操作を習熟しており、むしろパソコンのみの利用でないことで安心感を与えた。今後画像伝送用のパソコンが専用の装置となり、事前に設置・調整等が完了していれば、現場での利用には大きな障害はないであろう。


6.3.3 サポート体制

本システムを使用してテレビ会議を実施する場合、以下の作業が発生する。



 「1〜4」については、1人でも対応可能である。しかし「5」「6」については専門の知識が必要となり、一般の教員では対応しきれない部分がある。特に、トラブル発生時の迅速かつ的確な対応をすることは極めて難しいと考えられる。
 2地点での交流の場合、最小限のサポート体制は、実施教員各校1名、AV機器操作(「1〜4」)各校1名、システム操作(「5」「6」)1名の計5名となる。内、システム操作を行う1名は、1拠点から両校の遠隔操作を実施するため、ある程度の専門知識が必要となる。しかしながら、「隣接学校間交流」で実施したように、システム操作を交流校の2校でない遠隔地から監視することも可能であるため、必ずしも現場教員が対応する必要は無いとも言える。
 音楽交流や動きの多い交流に関しては、各校もう1名、音声調整・ビデオカメラの操作の担当がいるとそれらの動きを追うことができ、より円滑な交流ができることがあきらかとなった。


6.3.4 今後に向けて

本プロジェクトにおいて使用しているシステムは開発途上であることや、通信回線の状況によっては品質が下がるケースもあり、常に同じ効果が保証されるわけではない。安定したシステムの開発と高速回線の確保が望まれる。
交流授業については、

など、多様なレベルの「交流」活動が考えられ、また、それぞれのレベルの中でも意図によって様々な授業が考えられるので、有効な事例を集めるためには、今後も活動を継続していきたい。また、イベント的な使用だけでなく、もっと継続的な使用の効果も検証したい。そのためにも、システムの安定性と操作性の改善が必要である。
 このような「交流」の効果は、児童・生徒の個性によって異なってくることが考えられる。直接コミュニケーションが不得意な学習者がメールを使うと活動的・積極的になるような例もあるので、リアルタイムとそうでない場合とどちらがより効果的であるかということ等、これから研究の必要があると思われる。「交流」だけでなく、一般的な授業におけるICT技術の利用効果も学習者の個性や学習集団の特性によって異なってくることが考えられるので、これについても、今後の課題であろう。



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