1.概要と進行



1.1 概要

1.1.1 プロジェクトのねらい

 インターネットを使った学習では,ウェブを使って自分たちの学習成果を発表したり,グループウェアや電子掲示板で意見交換をしたり,あるいはポートフォリオとして学習経過を記録したりする手法が開発されている。
 本プロジェクトでは,ウェブ画面と連動したデータベースシステムを用いて,子どもらが体験学習の経過を他の仲間と共有しながら学びを深める「参加型オンラインデータベースシステム」を使った実践を行い,その有効性,可能性を検証しつつ,総合的な学習の時間などをより効果的に展開する方途を探った。


1.1.2 プロジェクトの枠組み

 ワールドスクールネットワークは,1994年以来,地球的な視野にたった環境教育プログラムを展開してきている民間団体である。毎年,国内40,海外20前後の小中高校,青少年団体などが,水,食べ物,ゴミなど生活に密着した課題を出発点に,互いの発見,疑問,意見を内外の仲間とインターネットを通じて交換し,学びを深めている。本プロジェクトではワールドスクールネットワークに参加する学校の中でも特に活発な取り組みが出来ている4校を舞台に,ワールドスクールネットワークの参加型オンラインデータベースシステム「子ども知恵図鑑」を用いてどのような教育的な効果が上がるかを,指導者と子どもらに対するアンケートなどをもとに評価分析し,参加型オンラインデータベースシステムの要件,効果的な利用方法について調査した。


1.1.3 システムの特徴

 通常の電子掲示板ソフトは,ひとつの課題について時系列を追って意見を交換することには優れているが,多様な課題についての重層的な視点を,過去の素材も活用しながら共有するには不向きである。ウェブは完成したコンテンツを表現するには優れているが,HTMLファイルをその都度作成し,送信する作業が負担となる。完成したコンテンツを格納したデータベースは調べ学習には貴重であるが,そのコンテンツは検証された静的な存在である。

 参加型オンラインデータベースでは,子どもらが自ら体験しながら得た知識,経験,成果を, HTML化作業なしにデータベースに投入し,画像も含めたマルチメディアコンテンツとして,仲間で共有し,互いの学びの素材とする,「成果と素材の循環」を動的に実現しているのが特徴である。

 過去にも類似のシステムが試みられたことはあるが,昨今のオープンソース化と,新たなスクリプト言語PHPの広がり,ハードウェアの低廉化が相まって,劇的に低価格でこの機能が実現できることが可能になった。オープンソースのウェブサーバソフトApache,データベースソフトMySQL,全文検索エンジンSufaryを使うことで,LinuxやOpenBSD,MacOSXなどの幅広い基盤上で稼働させることができる。システム構築には若干のソフトウエア全般に対する理解が必要ではあるが,構築の費用と時間は劇的に低下する。

 今回構築したハードウェアは自作パソコン級の構成ながら,複数の学級が同時連続的に活用してもほとんどシステム資源を消費しなかった。学校や自治体単位での参加型オンラインデータベースシステムの構築も柔軟迅速安価に行うことが可能であることが明らかになった。


1.1.4 実践授業の展開

 本プロジェクトでは,ワールドスクールネットワークが過去8年以上に渡って蓄積してきた「実体験をもとにしたIT技術の『ツール』としての活用」手法によって,実践授業を展開した。実践授業を行った学校は以下の4校である。

栃木県河内町・岡本北小学校(6年生,大西誠教諭)
新潟県中之島町・上通小学校(3年生,加藤敏浩教諭)
京都教育大学教育学部附属桃山中学校(全学年共通,廣川伸一教諭)
岡山県久世町・樫邑小学校(5,6年生複式,片山一生教諭)

 各実践校に共通するのは「地域」である。

 岡本北小学校では,地域の川やゴミを調べる活動が,最終的には,川を浄化したり,山林に放置された粗大ごみを行政の協力まで取り付けて回収したりする活動にまで高まった。

 上通小学校では,地域のお年寄りに昔の遊びや暮らしの知恵を取材して子ども知恵図鑑に登録し,集めた知恵を活かして周りの人を喜ばせる活動を立案し,下級生の1年生に伝える実践の中から,「伝える」ことについての学びを深めた。

 桃山中学校では,総合的な学習の時間の環境系コースのひとつに「スローフード」を設定し,生徒らが日本の料理と世界の料理を,実際に調理する活動も含めて,比較した。ワールドスクールネットワークの参加団体であるアメリカ,イスラエル,沖縄など各地の学校との情報共有から,食の背後にある文化,歴史,気候などにも学びを広げた。

 樫邑小学校では,理科の活動として行ってきた稲の成育観察と,総合的な学習の時間を使った「米作り」を連携させ,地域のお年寄りの協力で実現した,千歯こきや足踏み脱穀機,一升びんを使った精米作業などの体験を子ども知恵図鑑に掲載し,それに対する埼玉県の子どもらからの反応によって地域の持つ米作りの価値を再認識し,学習の意欲をさらに高めた。


1.1.5 利用の実績

 2002年9月から2003年1月までの期間中,実践校は,継続的にそれぞれの学習の中で子ども知恵図鑑を使った学習を展開した。情報登録件数は,岡本北小学校(370件),上通小学校(100件),桃山中学校(76件),樫邑小学校(16件)だった。特に,2003年1月からは,実践校だけで利用できる独自ジャンルの設定が出来るようにしたため,書き込みが急増した。
 書き込まれた情報は,独自ジャンル分以外は,一般にも公開し,一部は英語に翻訳して海外との情報共有も図った。画面読み出し数は,全期間を通じて16万7千で,日本以外に,アメリカ,イスラエル,ニュージーランドなどからも利用された。もっとも混雑したのは,岡本北小学校が独自ジャンルを使って6年生2学級で実践授業を行った1月17日で,画面読み出し数は7,348となった。20台余りのパソコンを一斉に使った実践授業による負荷は,5分間に最大308の画面読み出しを記録したが,システム側にはまったくストレスは発生しなかった。


1.1.6 アンケートと評価

 各実践校で,指導者と子どもに対するアンケートをそれぞれ2回ずつ行い,指導者4人,子ども100人余から回答を得た。
 第一次アンケートでは,指導者らからは
「システムの背景にいる人の存在が学びに役立った」
「人に分かりやすく伝えるという観点で,ものごとを見る目が育った」
など,他の仲間の存在によって学習効果が高まることが指摘された。
 同時に,多く集まった他からの情報を,どのように一覧性をもち,かつ流れが分かるように表示するかが重要になることも指摘された。
子どもらへのアンケートからは,「地域」「環境」「国際理解」に対する関心が高く,「たくさんの人と意見交流できた」
「自分たちでは気づかないことを教えてもらった」
など,情報共有の有効性を示す回答を得た。

 第二次アンケートは,独自ジャンルの設定,関連情報のスレッド表示など,機能を新しくした子ども知恵図鑑を使った後で行った。
「デジタルポートフォリオとして利用できる」
「児童,教師,保護者とのやりとりを構築できる」
「学習の記録が蓄積することで,後輩たちの導入時に利用出来る」
などの可能性を上げる指導者からの意見が相次いだ。
子どもらからは
「学校紹介図鑑を作りたい」
「郷土を探る旅を図鑑に掲載したい」
「返信可能な環境図鑑を使いたい」
「学校での活動のまとめのコーナーを作りたい」
「町の川にはどんな魚がいるかを掲載したい」
など,授業での多彩な活用を想定させる回答が続いた。

 実践校の指導者らを交えた討議では,参加型オンラインデータベースシステムには,以下のような長所があることが指摘された。
多くのコンテンツを写真付きで手軽に掲載・発信できる。
気軽に質問と回答をし,お礼をいうことができる。
単発的だった体験学習を,継続的な学びに発展させることができる。
学びの経過を記録していくことで,お互いの気づきを引き出すことができる。
幅広い課題,関心について,多様な情報を一覧することができる。


1.1.7 まとめ

 本プロジェクトを通じて,参加型オンラインデータベースシステムには,電子掲示板システムとも,完成されたデータベースとも,また単なるウェブサイトとも違った,活用方法があり,子どもたちが体験学習で得た貴重なコンテンツ群を,柔軟で動的,かつ簡易に扱うことを通じて,多様な学習への支援が構築できることが示された。
 特に,他の仲間の存在によって自らを相対的に捕らえ,当たり前と思っていることを客観的に観察し把握することが出来る点,また広い分野の多くの情報をもとに,さらに自らの学びを深めるという豊かな可能性を持っている点が大きな特徴である。

 数年前には本格的で高度なシステム構築が必要だったオンラインデータベースシステムが,今回開発したスクリプト群を用いて,極めて低いコストで導入・運用が出来る可能性を示したことも,成果のひとつである。

 半面,蓄積される知識の分野と量が拡大することで,情報の見せ方と整理の仕方が,大きな課題になることも明らかになった。

 全文検索機能を持ち込むことで,多くの情報の中から,特定の話題の具体的な情報を引き出すことができるようにはなったが,多すぎる情報から適切なものを選ぶことは単なる検索機能だけでは実現できず,更なる利用のノウハウ蓄積が不可欠である。

システム的には極めて汎用性が高い構造としたが,一般の教員がゼロから構築するにはまだ遠く,さらに容易に学級や学校単位での利用が出来るような,容易な導入を可能にする機能の開発も課題である。



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