4.評価



4.2 評価の総括

 以上の児童生徒と教師に対するアンケートの分析とシステムの稼働状況の解析,実践過程の記録と評価,平成15年1月25日に実施した実践校教師等による評価委員会におけるヒアリングをもとに,評価の総括を行い,成果と課題を明らかにする。


4.2.1 システムの評価

 ここでは,ソフトウェア,ハードウェアシステムについて,システム稼働状況の解析とアンケート分析などを中心に評価を行う。

<成果>

(1) 低コストオンラインデータベースシステム
 昨今のオープンソース化と,新たなスクリプト言語PHPの広がり,ハードウェアの低廉化が相まって,参加型オンラインデータベースは,劇的に低価格でHTML化作業なしにデータベースに投入し,画像も含めたマルチメディアデータベース化する機能を実現することが可能になった。オープンソースのウェブサーバソフトApache,データベースソフトMySQL,全文検索エンジンSufaryを使うことで,今回開発したスクリプト群は,LinuxやOpenBSD,MacOSXなどの幅広い基盤上で稼働させることができる。システム構築には若干のソフトウェア全般に対する理解が必要ではあるが,構築の費用と時間は劇的に低下する。今回構築したハードウェアは自作パソコン級の構成ながら,複数の学級が同時連続的に活用してもほとんどシステム資源を消費しなかった。学校や自治体単位での参加型オンラインデータベースシステムの構築も柔軟・迅速・安価に行うことが可能であることが明らかになった。
(2) 高負荷対応能力
 2002年9月から2003年1月までの期間中,実践校は,継続的にそれぞれの学習の中で子ども知恵図鑑を使った学習を展開した。情報登録件数は,岡本北小学校(370件),上通小学校(100件),桃山中学校(76件),樫邑小学校(16件)だった。特に,2003年1月からは,実践校だけで利用できる独自ジャンルの設定が出来るようにしたため,独自ジャンルでの書き込みが急増した。
書き込まれた情報は,独自ジャンル分以外は,一般にも公開し,一部は英語に翻訳して海外との情報共有も図った。画面読み出し数は,全期間を通じて16万7千で,日本以外に,アメリカ,イスラエル,ニュージーランドなどからも利用された。最も混雑したのは,岡本北小学校が独自ジャンルを使って6年生2学級で実践授業を行った1月17日で,画面読み出し数は7,348となった。20台余りのパソコンを一斉に使った実践授業による負荷は,5分間に最大308の画面読み出しを記録したが,システム側にはまったくストレスは発生しなかった。このように,低コストでありながら,高負荷に対応できる能力をもつオンラインデータベースシステムであることが明らかになった。
(3) HTML化作業不要のマルチメディア対応機能
 本システムは,児童生徒が活動を通して収集した情報や意見を,画像を含めたマルチメディアコンテンツとしてHTML化作業なしに登録することができる。このことにより,34%の児童生徒が実際に写真の貼り付け機能を利用し,通常のテキストベースの掲示板やデータベースに比べ,「活動の様子がわかりやすい」「お互いの顔が見える」などと情報のわかりやすさと相手意識の高まりにおいて効果を上げることができた。
 また,第3章の岡山県久世町立樫邑小学校の報告にあるように,写真の貼り付け機能をつけることにより,より伝わりやすい写真の撮り方・選び方について考える場が生まれ,写真情報に関する見方を高める効果もあった。

 従来,マルチメディア対応のウェブページを作成する際には,別途ホームページ作成ソフトを利用する必要があるなど,児童生徒にとって新たな知識・技能が必要な作業を伴うことが多かった。小学校では0〜8%の児童しかウェブページを作成したことがなく,中学校でも63%しか作成したことがない。それに対し,本システムを利用することで,上通小学校の児童は3年生であるにもかかわらず,97%もの児童がウェブページを作成している。このように,本システムはHTML化作業なしにウェブページを作成することができるシステムとしての価値をもつことも実証された。
(4) 柔軟に構造を設定できる拡張性
 本システムは,新ジャンルを設定するなど柔軟に構造を設定できる拡張性をもっている。この機能が,単に同一ジャンル内の情報量を増加させるだけでは不可能な,教育利用の用途拡大を可能としている。児童生徒は,活動のために新たにほしい新ジャンルを開設し,積極的に登録を行っている。新ジャンルへ登録した児童生徒の40%は「伝えたいことがある」ことを理由としてあげており,この拡張性が,児童生徒の既存のジャンルではうまく伝えられないことを,新たなジャンルでわかりやすく伝えたいという思いを実現することに貢献していることがわかる。アンケートでは「学校紹介図鑑を作りたい」「郷土を探る旅を図鑑に掲載したい」「返信可能な環境図鑑を使いたい」「学校での活動のまとめのコーナーを作りたい」「町の川にはどんな魚がいるかを掲載したい」など,授業での多彩な活用を想定させる回答が寄せられた。
(5) 閲覧・登録に特定のソフトウェアを必要としない非限定性
 本システムは,データベースのコンテンツを閲覧・登録するために特定のソフトウェアをインストールする必要がなく,ウェブブラウザさえあれば利用することができる。これは,ソフトウェアのインストールが予算面・保安面で制限されている学校でも利用することを可能にするとともに,家庭など学校外でも利用することを可能としている。57%の家庭でインターネット利用環境がある中で,21%と約1/3の家庭で本システムを用いた知恵図鑑を閲覧している。これにより,児童生徒の家庭での発展的な活動や,保護者がともに閲覧することで,学習活動に対する理解を深めることを可能としている。
(6) 検索機能
 本システムは,キーワードによる全文検索機能をもっている。児童生徒の30%が検索機能を利用しているが,樫邑小学校のように検索機能の便利さを指導したあと全員が検索機能を利用するようになった学校もあり,データベース活用上ジャンル別検索以外に有効利用可能な機能であることがわかった。「ほしい情報を簡単に見つけられる」と児童生徒から評価されている。
 また,ヒアリングでは,この検索機能により自分が書き込んだ情報だけを表示し,これまでの学習記録として見直す「電子ポートフォリオ」的な活用の仕方(4.2.2参照)や,より細かいジャンル分けをした上での一覧表示を行い,児童生徒の活用促進が可能なことがわかった。
(7) 柔軟な登録・削除機能
 本システムでは,通常の電子掲示板のように管理者でないと記事を削除できない,登録後の修正ができないということがなく,登録者があとから容易に削除したり,修正したりすることができるため気楽に登録可能であるととともに,活動の進行に応じて徐々に内容を書き進めることができるなどの評価が,第3章の樫邑小学校の評価やヒアリングで寄せられた。

<課題>

 今回の実践研究で,システム上特に問題点は指摘されなかったが,指導者である教師と児童生徒から改善要求として寄せられたのは以下の機能である。

(1) システム構築の容易化
 本システムは,極めて汎用性が高い構造であるが,一般の教員がゼロから構築するにはまだ遠く,さらに容易に学級単位,学校単位での利用が出来るような開発が課題である。
(2) ビデオクリップ貼り付け機能
 上通小学校,岡本北小学校,樫邑小学校の指導案の評価部分にあるように,教師からはビデオクリップ貼り付け機能に対する要望が多い。今後,この機能の付加についても検討する必要がある。
(3) 漢字や難しい言葉(英語を含む)を減らす工夫
 この要望は,上通小学校3年生の約80%の児童から寄せられており,未習漢字が多い小学校中学年以下に対して,メニューやコンテンツの表記の中の漢字や英語,難解熟語を減らす工夫が必要であることを示している。メニューについてはログイン時に学年に応じた漢字・用語の使用を行うように設定することもできるが,各学校が登録するコンテンツの表記について事前に指導を徹底することは難しい。現在,自動的にふりがなを振るソフトウェアもあるが,有料ソフトウェアであるためコストの押し上げにつながり,今後の対応策について検討することが必要である。
(4) 警告機能等の追加
 児童生徒から「必須項目を入力し忘れたときに警告を表示してほしい」,「ボタンをわかりやすくする」など様々な要望が寄せられている。また,教師からは,ヒアリングにおいて,「検索後,一覧表示されるのではなく,該当記事のスレッドも同時に表示されるようにしてほしい」「検索キーワードをハイライト表示してほしい」「写真削除時に確認画面を表示してほしい」などの要望も寄せられた。これらも可能な限り実現するようにすることが必要である。

4.2.2 データベースとしての評価


 ここでは,参加型オンラインデータベースを,包括的な情報蓄積と個人レベルの学習記録の蓄積という二つの側面から評価し,それに対応した二つの大きな成果を中心に述べる。


<成果>

(1) 動的データベースによる学習内容の深化
 完成したコンテンツを格納したデータベースは調べ学習には貴重であるが,そのコンテンツは妥当性が検証された静的な存在となる。図鑑ソフトや事典ソフトなど市販のコンテンツ付きデータベースがそれに当たる。このような静的なデータベースは,通常コンテンツを追加・拡充していくことはない。拡充しようとしても完成度を意識し,登録するのに躊躇することが多い。
 これに対して,参加型オンラインデータベースは,子どもらが自ら体験しながら得た知識,経験を気軽にデータベースに投入し,画像も含めたマルチメディアコンテンツとして,仲間で共有し互いの学びの素材とする「成果と素材の循環」を実現している。この循環の中で,コンテンツの量を拡充するとともに,仲間との共有(相互質問・意見交換を含む)の中での吟味を通して学習内容を非常に深化させ,コンテンツの質も大きく向上させることが,今回の実践研究で実証された。幅広い課題,関心について,多様な情報を一覧することができるという本システムの特長も,互いに刺激しあい質の向上を図ることに貢献している。
(2) 「電子ポートフォリオ」としての学習プロセスのデータベース活用
 既成のデータベースや従来の学習の結果得られた知識だけを共有することを目指したデータベースと異なり,参加型オンラインデータベースは,「データに至るプロセスのデータベース」「知識はどういう風に見つけるのかという作る過程を公開しているデータベース」である。(ヒアリングより)これは,従来の「調べて,考え,まとめる」学習に「情報発信」という過程を付加し,データベース化したものということもできる。第3章の岡本北小学校,樫邑小学校,桃山中学校の知恵図鑑活用のポイントにあるように,この学習プロセスを記録しデータベース化することができる機能を「電子ポートフォリオ」として活用し,単発的だった体験学習を継続的な学習に発展させ,自らの学習を振り返り,自ら意識を高めながらよりよいものへと高める効果や互いの気づきを引き出す効果,教師が形成的に生かすことができるという効果があることが実証された。
 また,振り返りの際に登録者名をキーワードに検索すると,簡単に個人のポートフォリオを抽出することができることもわかった。
 さらに,第3章の実践記録に見られるように,学習プロセスを重視した参加型オンラインデータベースは,既成のデータベースのように調査過程中心の活用だけでなく,導入,調査,討論・吟味,まとめ,情報発信のすべての過程で利用できるということが明らかになった。

<課題>

(1) 知識量の不足
 9月から1月までの実践期間で登録されたデータだけでは,まだ知識量(データ量)が十分であるとは言えず,ほしい情報が得られなかったという意見も見られる。今後,継続的に参加型オンラインデータベースを活用することによって,知識の分野と量を増やしていくことが期待される。
(2) 情報の見せ方と整理の仕方の検討
 教師へのヒアリングの中で,児童生徒が検索しようとするときのカテゴライズが,大人が考える知識のカテゴライズとは違うらしいということがわかってきた。児童生徒の興味・関心によるカテゴライズなど,どのようなカテゴライズが児童生徒の検索・登録に適しているのかを研究し,情報の見せ方と整理の仕方を検討する必要がある。
(3) 児童生徒・教師・保護者のやりとりの構築
 参加型オンラインデータベースの容易な登録方法と,プロセスのデータベース化の機能を利用して,児童生徒・教師・保護者のやりとりをこのシステム上で構築できる可能性があることが,教師のヒアリングで明らかになった。この可能性についても,実践研究する価値がある。
(4) 利用ノウハウの蓄積
 全文検索機能を持ち込むことで,多くの情報の中から,特定の話題の具体的な情報を引き出すことができるようにはなったが,多すぎる情報から適切なものを選ぶことは単なる検索だけでは実現できず,更なる利用のノウハウ蓄積が不可欠である。

4.2.3 交流のツールとしての評価

 参加型オンラインデータベースは,従来のデータベースのように登録・検索・閲覧するだけでなく,児童生徒アンケートで「子ども知恵図鑑」が役に立った理由として,24%が「新たな気づき」,17%が「情報交換」,13%が「国際交流」を挙げているように,学習プロセスを登録して共有すると同時に,それらに対する意見・感想を書き込んで意見交換する交流ツールとしての機能をもっている。


(1) 人とのつながりによる追求意欲の継続化
 参加型オンラインデータベースにおける,他校の児童生徒などとの意見交換によって,追求意欲が継続化されるという大きな効果があることがわかった。自分が発信した情報に対して返事が来ることを喜びとしている児童生徒が多い。対話する中で情報提供し合うため,自分の要求にあった内容を得ることができるとともに,「手紙の返信のような人の存在を感じさせる親しみ深いものであった」ことが,子ども知恵図鑑の情報を根拠に明確な意見を構築し,積極的に発言する児童の姿につながるなどの効果があった。樫邑小学校の実践記録にあるように,「自分たちの学習成果が,他の地域の児童の課題解決に役立ったり,自分たちの学習成果を,驚きをもって受け入れてもらったりすることで,その価値の高さを再認識することができ,学習意欲の促進に大いに役立」った場面が,各実践校の記録に数多く見られる。 また,「児童の発信したいという欲求を満たすため,次の活動へと発展しやすくなった」「世界の仲間が読んでくれるという期待感がより学習意欲を高めた」など,交流ツールとしての側面が,追求意欲の継続化に大きく貢献することがわかった。
(2) 交流による見方・考え方・感じ方の高まり
 第3章の桃山中学校の実践記録にあるように,「体験活動を記録として残し,自己なり他者からなり適切な評価がなされ」考えが深まる効果があることが明らかになった。活動自体が目的化してしまう傾向があった生徒に対し,彼らの報告に対する先輩の高校生からの指摘が的を射た鋭いものであったため,自分たちの活動をじっくり振り返り,体験だけでは得られない奥深い学びを経験することができたという。このような交流による見方・考え方・感じ方の高まりは,第3章の実践記録すべての中で見られる。 生徒自身「OGなど,いろんな人に自分たちの意見を見てもらえるので,いろいろな立場から批評してもらえるのがいい」と語っている。また,教師のヒアリングでは,「一人一人がもっている背景や生き方が異なるから見方や考え方が深まった」との意見も聞かれた。このような高まりは,通常のデータベースにはない教育的な効果である。 このように,児童生徒は,参加型オンラインデータベースにおける交流を通して,知を共有・創出しており,「ナレッジマネジメントの児童生徒版」を実現しているということができる。 このように完成品としてのデータベースがあることを目的とするのでなく,データベースを児童生徒が作ることが,教育的に価値が高い。参加型オンラインデータベースは,このような教育ツールとして高い価値をもっていることが実証された。

<課題>

(1) 調べ学習用のデータベースの再構築
 今後データの蓄積が進んだ場合,調べ学習を行う際には,交流の内容が大量の不要なデータに見えることも予想される。そこで,交流の内容を含めたテンポラリーデータベースと,交流の過程を経て最終的に得られた知識のみを格納したパーマネントデータベースに分けるなどの方策を検討する必要がある。

4.2.4 各実践校の活動テーマに即した評価

 参加型オンラインデータベース「子ども知恵図鑑」には,異なる地域に住む児童生徒が参加しているため,地域を核として様々なテーマで活動し,その活動の様子やそこで得られた知識,見方・考え方・感じ方を交流することにより,異質性と同質性を意識しながら学びを高めていくことができる。各校のテーマ毎にどのように高まったかの評価は下記の通りである。
岡本北小学校(6年)では,地域の川や,ゴミを調べる活動が,最終的には川を浄化したり,山林に放置された粗大ごみを行政の協力まで取り付けて回収したりする活動にまで高まった。
上通小学校(3年)では,地域のお年寄りに昔の遊びや暮らしの知恵を取材して子ども知恵図鑑に登録し,集めた知恵を活かして周りの人を喜ばせる活動を立案し,下級生の1年生に伝える実践の中から,「伝える」ことについての学びを深めた。
桃山中学校(全学年共通)では,総合的な学習の時間の環境系コースのひとつに「スローフード」を設定し,生徒らが日本の料理と世界の料理を,実際に調理する活動も含めて,比較した。ワールドスクールネットワークの参加団体であるアメリカ,イスラエル,沖縄など各地の学校との情報共有から,食の背後にある文化,歴史,気候などにも学びを広げた。
樫邑小学校(5,6年生複式)では,理科の活動として行ってきた稲の成育観察と,総合的な学習の時間を使った「米作り」を連携させ,地域のお年寄りの協力で実現した,千歯こきや足踏み脱穀機,一升びんを使った精米作業などの体験を子ども知恵図鑑に掲載し,埼玉県の子どもらからの反応によって地域の持つ米作りの価値を再認識し,学習の意欲をさらに高めた。
 このように,いずれの学校でも,参加型オンラインデータベースは大きな教育効果をもたらしている。



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