学校名:京都教育大学教育学部附属桃山中学校(京都府) 指導者:教諭 廣川 伸一 生 徒:中学1〜3年生 男子9名女子11名 計20名 |
(1)単元の位置づけ(6月〜12月 30時間扱い)
総合的な学習の時間・・・・・・30時間
(オリエンテーションと全校発表会を含む)
本校では総合的な学習の時間のうち,およそ3分の1を無学年選択制のMET(Momoyama Explorers' Time)という学習に充てている。METには環境,国際,福祉・健康をテーマとする14のコースがあり,本学習は,環境系「スローフードコース」でのものである。
(2)単元構成の意図
今の日本の子供たちは,毎日食卓に上る食物を見ても,自然と人間とのつながりを実感することはまずない。その原因の一つは,自分の手で農作物を育てたりする活動が家庭や地域から消えつつあることにある。もう一つは,加工食品の増大である。買ってきた惣菜がそのまま食卓に並ぶ家は珍しくないし,切り身の魚しか見たことのない子供も多い。つまり,生産と料理という「食」の重要な過程が多くの家庭から消えつつあることが主要な原因である。食料生産と調理が社会的分業システムの中に完全に組み込まれてしまい,「食」という生きることに関わる極めて根本的なことの仕組みが見えにくくなっているのが現在の日本社会である。本校の生徒たちも大半が都会に住んでおり,ふるさとの味よりファストフードやコンビニ弁当の方がなじみ深い子どもたちである。一方,おいしいものや料理には何となく関心を持っている生徒が多い。そんな子どもたちが「食」を通じて環境問題や国際問題を考えられる機会を提供しようと「スローフードコース」の学習を構想した。「スローフード」という比較的新しい概念をキーワードとしたのは,日頃食生活を見直すのに最適な切り口になり得ると考えたからである。ニッポン東京スローフード協会のウエッブページには,こう書かれている。
スローフードの「スロー」とは,だらだらと,やたら時間をかけて食べようということではなく,ふだん漠然と口に運んでいる食べ物を,ここいらで一度じっくり見つめ直してみてはどうか,という提案です。そしてそうすることで素材や料理について考えたり食事を共にする人との会話を楽める生活を大切にしましょう,という考えのうえに成り立っているのです。つまり,人間の生活の根っこの部分に関わる,いわば人生哲学なのです。
生徒たちが日頃よく口にしているファストフードと正反対のスローフードという概念を持ち込むことで,一見豊かなようで実は貧しい現代の日本の「食」の現状を見つめ直せるのではないだろうか。そこから発展させて,郷土食,異国の食文化,「食」と環境問題の関わり,現代社会の矛盾などを考えさせていきたい。
学習環境もしくは支援として準備したのは以下のものである。
1調理室と調理器具
2パソコンとインターネット
3WSNの子ども知恵図鑑
4ビデオカメラと編集機
5デジカメと録音機
6食関係の書籍と雑誌
このうち3は,自分たちの学習過程や成果を報告したり,他の地域や国の子どもたちと情報交換したり,共同学習を進めるための手段として,本学習の主要な学習環境となっている。
(3)知恵図鑑活用の意図
知恵図鑑は,まず学習の成果や過程を発表する場として活用したい。総合的な学習では,学習状況を把握し,適切な支援や評価を行っていくため,一人ひとりの学びの履歴を蓄積し,適切に活用していく必要がある。最近流行しているポートフォリオも,そのための一つの手段である。本校でも専用のノートを用いて,学習のまとめを毎時間記述するようにしているが,今回ノートの代わりに,知恵図鑑を利用することにした。生徒たちは毎回もしくは学習の節目に,活動内容や学習内容をパソコンで入力し,それを知恵図鑑にアップロードする。そうすれば,学習者が互いの書き込み内容を共有することが可能になり,学習の進捗状況を知り合うことができる。さらに,知恵図鑑の検索機能を使えば,自分の学習履歴を容易に参照できる。こうして自分の過去の活動や学習を振り返ることは,今後の学習計画を練ったり修正したりするのに役立つだろう。
もう一つの活用方法は,WSNの他団体の子どもたちとのコミュニケーションの手段としての利用である。
相手の地域の食文化について質問すること,共同学習を進めるための情報交換などに知恵図鑑を活用したい。異文化に触れることは,自文化を見直すきっかけになるであろうし,校外の人々と意見を交わすことは広い視野で物事を見ることに役立つであろう。
(4)コンピュータ環境
コンピュータ教室:42台
国際理解教室:7台
ノートパソコン:20台
OS:WindowsNT4.0 Windows98 Windows2000pro Vine Linux
通信環境:156Mbps AT専用線,校内LAN有
・スローフードについて追求していく中で,自分たちのライフスタイルを見直す。ファストフードやファストライフの何が問題なのか考え,体にも環境にも優しく,おいしい食事は何か自分たちの意見をまとめたり,具体的なメニューを提案したりする。
・ スローフードや食文化に関心をもち,意欲をもって課題を追究できたか。
・ グループで相談して,テーマや調査方法を決定し,創意工夫しながら課題を追究できたか。
・ 自分たちが発見したこと,気づいたことを知恵図鑑上に発信し,他団体の子どもたちとも交流しながら,学習を深められたか。
・ 活動内容や学習成果を他の生徒にわかりやすく伝えられたか。
時 | 生徒の活動と思考の流れ | 教 材 等 | 教師の支援 | |||||||||
1 | 3 |
スローフードってなんだろう? 漬け物のことかな ファストフードならなじみがあるぞ
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・学習プリント
・デジカメ ・ノート ・写真 ・液晶プロジェクタ
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・スローフードを特集したテレビ番組のVTRを利用 ・家族や親戚など身近な人から取材する場を設定 ・全員が発表できるよう時間を調整 ・知恵図鑑に登録された「スローフード」の例を紹介 |
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4 | 5 |
知恵図鑑への登録方法を学習する。 「ふるさと知恵食堂」に登録する。
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・パソコンに不慣れな1年生をサポート ・画像のデジタル化を支援 ・どんな人が見るのか,どうやって翻訳されるのか考える機会を設ける ・相互評価を受けての修正をする時間をとるようにする |
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6 | 7 |
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ワークシート 黒板
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・イメージしやすいよう課題の例を提示 ・出た提案を要約して板書する ・話し合いの司会進行をする ・学習が成立可能か検討する際の参考になるよう,準備できる学習環境を提示 ・WSNや知恵図鑑を使うことにより広がる可能性について説明 ・グループによる共同学習を基本とするが,グループ化を強制しない |
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8 | 19 |
グループごとの活動 (詳細はグループの活動紹介例を参照のこと) |
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20 | 21 |
コース内中間発表会 ここまでの活動内容と学習の成果を グループごとに発表 (前半:発表に向けた打ち合わせ 後半:発表会)
知恵図鑑に登録 |
ワークシート ノートパソコン 液晶プロジェクタ
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・パソコンを用意して知恵図鑑への過去の書き込み内容を見られるような環境を整える ・知恵図鑑の検索機能について再度説明 ・事前に各グループの状況を把握しておき,発表内容を補足したり,解説したりする |
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22 | 25 |
グループごとの活動 (詳細はグループの活動紹介例を参照のこと) |
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26 | 27 |
シンポジウム
webページ作成 手書きのレポート |
パソコン 液晶プロジェクタ
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・単なる発表会でなく,一つの大テーマに集約するよう,司会者やシンポジストとあらかじめ打ち合わせをしておく ・来年度もゼロからのスタートにならないよう,年度を越えた継承を大切にしたい。 |
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28 | 学習のふりかえり
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メンバー構成:2年生女子2名,3年生女子2名,3年生男子2名
学習テーマ:日本と外国のスローフードとファストフード
ゴール(めざすこと):スローフードとファストフード,日本の食と外国の食。双方のいいところを取り入れられる交流をする。
1) 自分たちが考えるスローフード,ファストフードについてブレーンストーミングする。
2) 中学生に身近なのはファストフードなので,ファストフード店に取材に行く。
・ 一駅離れた所にあるハンバーガー店とドーナツ店の人にインタビューする。
・ インタビューからわかったこと
- ハンバーガー店では調理してから10分ほどたった商品はすてる。
- ドーナツ店では形のいい物しか販売しない。
- ゴミの量は,ハンバーガー店で一日にポリ袋50ほど。ドーナツ店で4袋ほど。←ドーナツ店の方が少ないのは,飲み物を紙コップでなく,ガラスや陶器のカップで出すからだろう。
3) 自分たちでスローフードとファストフードを作ってみる。
- サンドウィッチ(スロー)とクレープ(ファスト)を調理。
- 意外なことにクレープの方が時間がかかった。←なぜだろう?"店頭で素早く調理されるもの"=ファストフードとは限らないのではないか。
- ファストフードとスローフードの境界はどこにあるのだろう。(気づきから課題へ発展)
4) 自分たちの疑問を知恵図鑑に投げかけてみよう!
5) もう一度調理実習。
- ほうれん草スープとミニピザ。(前回の反省を生かして,手間のかかるものとそうでないものを選択。ミニピザはぎょうざの皮を生地に使って調理の手間を省く工夫をする。)
- ほうれん草スープは中学生に人気がない。ミニピザは,手早く作れてあつあつが食べられるので人気が高い。→調理したてを食べられるのが,ファストフードの人気の秘密ではないか。
6) 調理実習の報告を知恵図鑑に登録。(時間がなく,簡単な報告に)
7) 自分たちの書き込みに対する反応が知恵図鑑に寄せられる。
- 東京の高校生より,2つのチェーン店のハンバーガーを比較した結果。(値段,提供されるまでの時間,材料,味覚)
- イスラエルのハンバーガーについて
- ハンバーガー1個17.90シェケル(約447.5円)
- ハンバーガーとフレンチフライ,コーラのセットメニューは31.90シェケル(約797.5円)
- 作り置きは基本的にしない。
- ユダヤ教の人はチーズバーガーを食べない。
- 6)の報告に対して本校の卒業生から「作って食べているだけで,いったい何がしたいのかわからない。」という指摘。
- 食べ物そのものをファーストかスローか分ける,というのは難しい。
- 食べ物によって違うのでなく,作った人,作られた地方,材料,食べられる場所などによって違う
- 普段わたしたちが家で食べているのは,スローフードでもないし,ファストフードでもない。
7) 知恵図鑑から得た情報,先輩からの指摘家族の助言などをもとにグループ討議。
・ 自分たちの活動の意味づけと問いなおし
- 自分たちがファストフード,スローフードと思いこんでいたものが必ずしもそうとは限らない。(仮説の間違いに気づく)
- 人によりファストフードの定義は様々。国によってもずいぶん違う。
- 同じ料理でも,どのように作られるかによって,スローフードにもなるし,ファストフードにもなる。→だれが,どのように作るかが重要なポイント。
・シンポジウムに向けての準備
8) シンポジウムで発表,討論
- これまでの活動,わかったこと,気づいたこと,自分たちが考えるスローフードの定義
- スローフードとファストフードの境界線はどこか?
9) 全校発表で,コースとしての学習成果を発表。
学習のしめくくりとして,コース内でシンポジウムを実施した。グループごとの発表だけでは,コースとしての学習成果がはっきりと残らない。一つのテーマに対して複数の視点から取り組んだ成果を確認するためには,話し合いによる意思確認が必要であるとの考えから,シンポジウムという形態を選んだ。
それぞれのグループの代表が,活動内容と学習成果を発表するとともに,グループとして達した,「スローフードとは?」という問いに対する答えを発表した。質疑応答の後,「スローフードとは」というテーマで意見を交わしたところ,次のような考えが出た。
- 伝統的な料理
- 貴重な材料
- ゆっくり・家庭で時間をかけて
- 地域と風土によって違うもの
- 手間がかかるもの
- 素材からつくる
それに対しファストフードとは
- ビジネスのようなもの
- 作ってもらって食べるだけ
- 速くて簡単で安い
- 世界中どこでも同じ
という意見が出された。
また,全ての食品をスローフードとファストフードのどちらかにあてはめようとすることが間違いで,もっと幅広く考える必要があること,スローフードなどの料理を知ることによって,食だけではなく,文化や環境などいろいろなことについて知り,考えることができることを確認できた。
●校内ネットワークの整備
知恵図鑑では,写真選びがとても大切である。写真はデジカメで撮影するが,撮影した画像ファイルをみんなで共有できるようにすれば,デジカメの台数が少なくても問題ない。本校では,画像ファイルを校内のファイルサーバ(NT4.0)の共有エリアに保存しているので,どの教室のどの端末からも画像ファイルを呼び出せる。3年前にネットワークを整備した際,各自のIDでNTサーバにログインすれば,ネットワーク上のファイルにもシームレスにアクセスできるよう設定した。このネットワーク環境が,生徒の活動を支えている。
● 活動の後すぐに知恵図鑑に登録
知恵図鑑をポートフォリオ的に使うには,記憶や感動が薄れないうちに登録する必要がある。実習などの活動に時間がかかり,登録するのが翌週に持ち越してしまうと,いい報告が書けないことが多かったように思う。知恵図鑑に登録する時間を計算にいれて計画を立て,その日のうちに活動のまとめをするようにしなければならない。
「スローフード」というなじみの薄いテーマであったにもかかわらず,スローフードの本質に迫ることができ,さらには自分たちの食生活を見直すことができたのは大きな成果と言えよう。それは,シンポジウムの時生徒から出された以下の意見からうかがい知ることができる。
「自分になじみのある土地の味も知ることがとても大切だと思いました。」
「今まで私たちは食べ物を作るのにかかる時間なので《スロー》や《ファースト》とわけていたと思います。これも確かに間違いではないと思うのですが,でも家で作ってもらった料理のようにわけにくいものなのもあるということや,作るのにかかった時間などではなく,作った人,食べられる場所によってもわけてもいいんじゃないかと思いました。」
「今の日本人の食卓には和洋折衷のおかずや,冷凍食品,加工食品などが混ざっている。スローフードとは,伝統的な料理,質のよい食材のことだと考えられるから,今の日本人の食卓にのぼるものはスローフードではない。けれど,ファーストフードでもない」
「スローフードは人の精神を守るために必要なものです。食べることは生きることの醍醐味だと私なんかは思います。」
「スローフードなどの料理を知ることによって,食だけではなく,文化や環境などいろいろなことについて知り,考えることができることがわかりました。」
このように考えが深まったのは,電子ポートフォリオとして「知恵図鑑」がうまく機能したためであろう。総合的な学習では体験活動が重視されるが,体験だけで終わってしまうケースも多い。いわゆる「活動あって学びなし」というケースである。体験活動を記録として残し,自己なり他者からなり適切な評価がなされれば,このようなことにはならない。そのためのツールとして「知恵図鑑」はたいへん有効であった。紙のポートフォリオとちがって,「知恵図鑑」に記録されたことは,大勢で共有することができる。それにより,体験活動の問いなおしや振り返り,意味づけを複数の視点から行うことが可能になる。例えば5.活動例紹介で報告した[くまさんチ→ム]は,積極的に活動するのだが,活動自体が目的化してしまう傾向があった。
そんな彼らの活動報告に対する先輩の高校生からの指摘は,的を射た鋭いものであった。これをきっかけに,自分たちの活動をじっくり振り返った彼らは,体験だけでは得られない奥深い学びを経験することができたのである。
違うグループの学習状況を互いに知ることができるのも「知恵図鑑」の利点である。グループごとあるいは個人ごとに課題をもって学習していく場合,同じ教室で学習していながら,互いに相手の学習の様子がよくわからないことがある。これを解決するため,中間発表会を開くこともあるが,どうしても回数が限定されてしまう。日常的に情報交換するのはなかなか難しい。ところが「知恵図鑑」に毎回毎回学習の経過を登録するようにすれば,互いの学習状況を容易に把握することができる。今回のように,一つのテーマに複数の角度からアプローチするような学習の場合,このような情報交換,意見交換はとても大きなポイントとなる。先ほども例として挙げた[くまさんチ→ム]は,別グループの生徒の書き込みがきっかけとなり,より深く掘り下げて課題に迫ることができるようになった。最終的にシンポジウムでコースとしての学習の成果を確認できたのも,このような学び合いがすでに成立していたからであるにちがいない。
課題としては,当初ねらいとして考えていた具体的な提案や提言にまで至らなかったことが挙げられる。スローフードの具体物である郷土料理や地場野菜などに関わる活動が展開されることを期待していたのだが,思い通りにはいかなかった。これは,「スローフード」という概念を捉えるのが難しく,「スローフードとは?」という問いを考えるのに終始してしまったからであろう。
しかし,「スローフードとは?」に関するコースとしてのまとめをシンポジウムの場で確認でき,知恵図鑑やウエブページに形として残すことができたので,今年度の成果の上に来年度の学習を構築していくことができるはずである。前年度の電子ポートフォリオ(知恵図鑑)を見直す活動から来年度の学習をスタートさせたいと考えている。