6. 自動翻訳によるコミュニケーションの実用性



6.3 逆翻訳を利用した翻訳正確度検証の有効性

6.3.1 逆翻訳に関する理論的な考察

 逆翻訳を利用した翻訳正確度検証をモデル化すると図6−2のようになる。言語Aと言語Bのふたつの言語があり,言語Aの文Aを言語Bに自動翻訳した結果が文Bであるとする。また,この文Bを言語Aに自動翻訳した結果を文A*とする。この文A*を元の文Aを比較し,内容的に違いがあれば,自動翻訳に何らかの問題があったはずである,と考える。逆翻訳を翻訳の正しさを確認するためのフィードバック情報として利用しようという発想である。そして,文Aと文A*に違いがあれば,文Aの表現を修正して同じ手続きを行い,文Aと文A*の内容がほぼ同じになるまで上記手続きを繰り返す。自動翻訳システムが完全ではないとしても,入力文を言い換えることで,その自動翻訳システムの持てる力を十分発揮させようという考え方である。


 この逆翻訳の利用は,本研究の以前にも自動翻訳の確認方法としてよく使われている手法である。しかし,この手法の有効性については,十分な考察と検証がされているわけではない。以下,まず理論的な考察を行う。
 本手法が有効になるのは,言語Bから言語Aへの翻訳の正確度RBAが高いことが前提となる。言語Bから言語Aへの翻訳が正確でなかったら,言語Aから言語Bへの翻訳が正しかったかどうかを示すフィードバック情報としては,機能しえない。かえって混乱を招くことになってしまう。文Bが正しく翻訳されたものであっても,文Aの再検討をしてしまいかねない。少なくとも,言語Bから言語Aへの翻訳の正確度RBAは,言語Aから言語Bへの翻訳の正確度RABよりは高くなくてはフィードバック情報としては機能しない。
 一般に,意味的に冗長性を持った情報量の多い言語から情報量の少ない言語へは正しく翻訳される確率が高い。逆に,情報量の少ない言語から情報量の多い言語への翻訳は,言葉を補わなければならないため,正しく翻訳される確率は低い。たとえば,日本語と英語で考えた場合,既知の言葉はあえて省略する日本語のほうが,英語よりも情報量が少ない。したがって,英語から日本語への翻訳にくらべて,日本語から英語への翻訳のほうが難しいと考えられる。
 一般に,言語Aから言語Bへの翻訳と言語Bから言語Aへの翻訳は,非対称である。ひとつの単語をとってみても,言語間で必ずしも1対1の対応をしているわけではない。たとえば,日本語の「交流」という言葉には,「人が交わる」という意味と「電気の交流」という意味のふたつの意味がある。しかし,英語の「電気の交流」を表すalternating currencyには,「人が交わる」という意味はない。「人の交流」という意味で使った「交流」が,「電気の交流」という意味に誤訳されたとしても,これを逆翻訳しても日本語では「交流」に戻るだけで,表面的には誤訳されたことがわからない。このように,たとえ逆翻訳の正確度(RBA)が高かったとしても,言語Aから言語Bへの誤訳が見つかるとは限らない。


6.3.2 逆翻訳の有効性


 前述のように文の持つ情報量という観点からみると,各言語の関係は以下のようになる。
    日本語 < 英語
    中国語 < 日本語
    韓国語 < 日本語
 したがって,逆翻訳の手法が効果的なのは,
    日本語から英語への翻訳
    韓国語から日本語への翻訳
    中国語から日本語への翻訳
 である。日本語からの翻訳を考えた場合には,中国語や韓国語への翻訳は,逆翻訳の手法は有効性が高いとは言えない。ただし,必ずしも正しいフィードバック情報ではないということを認識した上で,参考として使用するのは意味のあることである。



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