8.課題




 今回の国際交流授業の研究は自動翻訳を利用することにより,言語の壁を低くし本来の交流の原点である異文化の理解,共同学習をスムーズに行えるシステムの開発を目指してきた。実際実施した先生方や子供達からは異文化に対する意識の向上やコミュニケーションの楽しさなどの声を聞くことができた。

 一方遅々として進まない交流にストレスを感じている先生や興味を失いかけた子供たちがいるのも事実である。また機器の準備や他の準備作業に追われ大変な思いをされている関係者の姿もあった。

 インターネットは遠距離間のリアルタイムなコミュニケーションを可能にし,掲示板やメールなどの非リアルタイムのコミュニケーションを便利なものにした。だが現実感の無さが掲示板の先に相手がいることを忘れさせ,返事に対する責任感を低下させる結果となることも多い。逆にリアルタイム性を求めるとコミュニケーションのキャッチボールは多くできるものの,通訳や時差などの負担が大きくなり,日常的に行うのは難しい。
 今回の国際交流では掲示板という非リアルタイムのコミュニケーションツールとして掲示板を提供したが,コミュニケーションに対する敷居を低くした反面,先ほど述べた返事に対する責任感が薄いためあまり書き込みが進まないことや,興味のない発言に対しては返信がこないなどの状況が見られた。また学校に国際交流掲示板を自由にいつでも書き込むことができるPCがないことも一つの問題である。総合的な学習の時間やPC教室を利用できる時間が限られておりタイムリーに書き込みを行うことができなかったという指摘もあった。普通教室にPCが1台整備されている琴田小学校においても全員が一度に利用することができず,閲覧だけになってしまったようである。
 今後リアルタイムと非リアルタイムのメリット,デメリットを考え,今後コミュニケーションを活発化させるためにも様々なコミュニケーションツールを提供する必要がある。コミュニケーションは継続できてこそ効果が高くなる。日常的な言葉のキャッチボールが,より深いコミュニケーションや親近感をわかせる効果がある。今回の交流はPCを媒体にしたコミュニケーションであるため,いつでも利用できるPC教室やオープンスペースの確保が必要であると考える。
 リアルタイムのコミュニケーションツールとしてNetmeetingを利用した。7章で述べたようにテレビ会議システムを学校で利用するには技術的な問題,運用的な問題がある。技術的な問題に関しては最近は,家庭でもテレビ電話ができるように様々な無料のアプリケーションが用意されており,家庭用のネットワーク機器やソフトウェアも充実してきた。これらのソフトウェアは家庭用を想定しているので単純なネットワークが前提である。学校においても高速なネットワークが入り,ホームページの閲覧だけではなくコミュニケーションとしての利用が想定されはじめてきた。しかし回線の高速化,PCの増加や校内LANの整備により学校の先生がサポートできる範囲を越え,セキュリティが高まることもあいまって家庭のようなテレビ電話などのコミュニケーションツールの利用が逆に困難になっている。
 有償で手に入る高価なソフトウェアやシステムを購入することも必要であるが,国際交流相手にも同様の負担を依頼することや,外国語版の有無という問題があるので実験的な交流以外は難しいと考える。
 7章で示したように一部のビデオ会議ソフトウェアでは通信設定や通信機器の選定により利用することが可能である。今後学校での機器購入やネットワーク設計においてはこのような配慮も必要と考える。

 さらに,人的問題点もある。残念ながら人材とノウハウは,国際交流を行わなければいつまでたっても進まない。ただし現在の状況において全てを学校側で負担させるのは無理がある。今回の交流においても担当された先生方は通常の授業にも増して大きな負担を感じていた。
 現在小学校や中学校ではALT(Assistant Language Teacher)の協力で語学学習を行っているところも多いが,このようなALTのスタッフの活用による(教育委員会などのサポートを含む)国際交流を検討すべきである。今回もALTとして動いている方が交流をサポートをしてくださったが,いざという時に頼れる存在として大変お世話になった。ALTの存在は言語面,文化面においても相手国とのコミュニケーションの円滑化するための大きな存在であることは確かである。
 一方このような人材がいない場合の方策としては,地域のボランティアの協力を募ることが考えられる。地域に住む外国人の方や外国語ができる方に依頼して協力してもらうことは地域に開かれた学校を目指す最近の流れにも沿い,有効な手段の一つである。ただしあくまでもボランティアであるために,時間の制約があり,いつでも依頼することができない不自由さもある。
 近隣の大学の学生に依頼することも一つの方法である。今回時津東小学校では近隣のシーボルト大学の学生に依頼し快く引き受けてもらった。実際に通訳を行った学生は卒業して先生になる人や通訳を目指している人であり,学生達にとっても貴重な経験になったようである。また,留学生にお願いするのも一つの方法である。
 ノウハウの不足に関しては,交流を経験したことのある人と知識の共有を図ることできることが望ましい。国際交流での問題点は相手がいる以上各校によって異なることが多い。また各国によってカリキュラムや授業の考え方,大きく言えば政治体制や価値観が異なる溝を埋める知識が必要になる。このような溝を埋める努力を交流している先生だけにおしつけるのは大変問題があることである。

 またグローバル化が叫ばれる中,事実上世界の共通語となっている英語を利用した交流の必要性を指摘されることも多い。文部科学省でもスーパーイングリッシュハイスクールの設置や小学校での英会話学習の推進など外国語教育の充実のための施策が出されている。特に小さい頃からの外国語の習得は成長してからよりはより速いとも言われている。
 韓国や中国では小学校時代から英語学習を行っており,今回交流を行った中学校の多くの生徒が英語を話し,日本の生徒が対応できない場面もあったという。

 自動翻訳は相手言語を気にすることなく,自らの言葉でコミュニケーションができる。今回の研究では,言語学習ではなく国際理解を主眼においた。したがって自分の考えや自国の文化をどのようにして伝えるのか?またどうやって相手の国の人々を理解し,親しさを感じることができるかということを目的に授業を行っていただいた。しかしその一方,国際交流の一つの側面である語学学習の観点から見ると,このことにより相手言語に対する学習意欲や興味がなくなるのではないかという指摘を受けることが多い。今回はその指摘を考え,相手言語を意識させる興味を持たせるために,3つの工夫をしている。
 1点目は逆翻訳の画面を設けていることである。相手言語に翻訳した言葉を改めて自国語に翻訳して表示する。うまく翻訳できなければ再度文章を書き直すという方法を行う。翻訳精度の問題もありうまく機能するばかりではないが,実は直訳ではうまく訳すことができないことが学習につながる可能性があるのである。
 相手の言語でコミュニケーションをとる際には相手言語で思考を組み立ててコミュニケーションをはかるが,そうでない場合はまず自国語で考え翻訳していく。それでもうまくいかない場合,例えば相手の国にない言葉があればより近いものに置き換えるか,説明を加えていく。残念ながら翻訳ソフトはそこまでの配慮はできない。そこで書き込む児童や生徒が,うまく訳すことができない言葉は相手国にないのか,翻訳辞書にないのかを考え,相手の国に通じるような説明や言い換えを行い再度文書を作成する。
 ビジネスでは障害になるこのようなコミュニケーションの障害が,学校の授業においては自国文化の再確認や相手国の理解の一つにもつながっていくことが想定される。
 2点目は掲示板に直接自国語だけではなく,相手国言語も記入できるようにしたところである。相手言語を少しでも理解している児童,生徒はこの機能を利用することにより翻訳に頼ることなく相手国とのコミュニケーションを図ることができる。
 3点目は相手国の言葉と自国語の言葉を比較して見ることができるということである。翻訳掲示板では自国語と相手国語を並べて見ることができるので,内容理解の手助けになるばかりか,生きた相手国言語を見ることができ言語の勉強になると考える。実際学校で外国語を教えている方が言語学習において,この比較して見ることができる部分を一番評価されていた。
 実際アンケートを見ても利用前に比べ利用後の方が児童・生徒の相手言語に対する興味が高まっていることを見ることができる。これは先生方が適時相手言語に対する学習を行ったこともあるが,掲示板を利用したことによって相手言語に対する興味や学習意欲が低下するのではないかという指摘は必ずしもあてはまらないと考える。
 しかし先生方の外国語能力の向上も重要である。またこの状況は実は日本だけではない。今回交流した韓国や中国においても英語ができる先生が少なく,実際韓国や中国への連絡はそれぞれの言葉を用いることになった。

 国際交流を行うためには先生方の意思疎通は必須である。それはどの先生方も痛感しており,そのため琴田小学校では自費で中国へ渡航し相手国の学校を訪問されていた。しかし費用面やスケジュール面で必ずしも渡航し会うことができるわけではない。その意味でも翻訳ソフトを利用してコミュニケーションを円滑化することは交流を進めるためには必要なことである。

 今回の交流においては,掲示板を利用した交流実験のために相手校にも時間をやりくりして実施してもらった。そのために日本側が思っているように時間を取ることができなかったり,授業のスピードをあわすことができないなどの問題点が生じた。担当の先生レベルでは交流内容に合意をもらっていたにも関わらず,実際詳細に話を詰めてみると,韓国と日本の中学生の学習スタイルや生活スタイルが異なっているため,当初考えていた交流を行えないという問題も実際に起きている。結果,先生方の中に,本当に相手国の先生は交流を望んでいるのだろうか?という疑念を生み出してしまった。
 他の交流も含め,学校間のマッチングは交流を進めていく上で大きな課題である。インターネット上には学校間のマッチングを行うサイトがいくつかあるが,その存在はあまり知られておらず,参加校が少ない問題がある。また国際的なことになればさらにその傾向は強くなる。またマッチングさせるための条件をより具体的に明示する必要がある。週何時間取り組むのか?どのような教科で,どのようなテーマなのか,何のツールを利用するかなどカテゴライズして示すことができれば先生方にとっても,条件のあった学校を探しやすいと考えられる。
 また国際交流協会や自治体の姉妹都市を利用することも一つである。姉妹都市関係を結んでいれば,自治体に窓口があるので依頼しやすい。

 国際交流を行うためにはある程度の費用がかかることは覚悟しなければならない。インターネットを利用することにより以前に比べコストが下がってはいるが,ボランティアを依頼するにしても,弁当代や交通費程度の費用はかかる上に,通信費の負担も必要である。また機械の設定やシステムの利用なども費用がかかる。しかし,残念ながらコストを学校側が負担できる体制ができていないのが現状であり,これはアンケートからも明らかである。限られた予算の中で活動することも重要であるが,学校で利用できる予算が限られて自由に活用できず新しい活動ができない状況も問題であると考える。

 最後に,日常生活においてもインターネットを利用したコミュニケーションは一昔前まででは考えられないほど一般化してきた。ブロードバンド技術の発達により今まで未来の機器と考えていたテレビ電話もPCを通じてだけではなく,外出先の携帯電話でまで利用できるようになってきた。この翻訳掲示板も「なんて便利なものができたのか!」と驚いている方が多かった。
 今回の国際交流の問題点は言語の壁を越えたからこそ出てきた問題であると考える。現時点では問題が残るとはいえ,致命的な問題を解決しこのような技術を活用し,より簡単にそしてより内容のある実りある授業が実現できることを期待する。



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