共同利用企画「酸性雨調査プロジェクト」の実施

Home page: http://www.cec.or.jp/es/kyouiku/100/project/prjlist/joint/acid/index.html

1 プロジェクトの概要

 昨年度(平成7年度),「酸性雨調査プロジェクト」がスタートした。この 「酸性雨調査プロジェクト」は幾つかの特筆すべきユニークな視点を持ってい る。まず、小,中学や高校の生徒が北は北海道,南は沖縄と全国で一体となっ て環境問題としての酸性雨調査に,環境学習の一環として乗り出したことであ る。しかも調査方法,調査器具はもちろん,調査手法も統一し,調査精度も専 門家にけっして遜色ないものである。さらにインターネットのホームページを 開設して,酸性雨の統一的データーベースを作成して公開し,注目を集めるに 至った。(図1)
SanSeiU Home Page
図1 酸性雨調査プロジェクトホームページ(英語版)

(1) プロジェクトのねらい

 酸性雨や酸性霧が直接的に、または間接的にじわじわと自然環境をむしばみ、 それがやがては顕著な危害となって現れている。ドイツの「黒い森」は、大気 汚染、酸性雨による森林被害の例としては余りにも有名である。わが国におい ても、関東地方や関西、瀬戸内地方に数多く点在する「鎮守の森」のスギの衰 退、群馬県の赤城山のシラカバ林や神奈川県丹沢の大山のモミ林、ブナ林、奥 日光のシラビソ林の立枯れなどが報告されている。

 中国地方にまん延する松枯れも、「松食い虫」による被害と言うよりも、実 は大気汚染やそれが雨、霧や露にとけた「酸性雨・霧・露」や大気汚染そのも のの影響の方が大きいことが指摘されている。日本でもこのまま大気汚染が進 めば、ヨーロッパのような事態に陥ることに疑いの余地はあるまい。ヨーロッ パなどの例を見ても表面化した時は既に手遅れで、常日頃より大気汚染、酸性 雨の実態を把握して注意を喚起し、対策を構じて行く必要があろう。

 大気汚染の原因であり、かつ温暖化の元凶である化石燃料に依存した現代社 会のエネルギー政策の転換、経済優先から環境を基本にすえた社会システムや 生活スタイル、価値観への抜本的改革を行うべき時期に来ているとも言える。

 以上のように「酸性雨」問題の学術的、社会的重大さは明らかであるが、今 回の、「酸性雨調査」プロジェクトは、単に従来の酸性雨の調査に留まらず、 面的な広がり、時間的継続性、インターネットという地球環境時代にふさわし いネットワークシステムを取り込んだ点が極めて先進的である。グローバルな 視点を持って環境教育を進める必要のある今、環境教育の場に情報ネットワー クを導入することはきわめて意義深いものと考えられる。環境教育と情報ネッ トワークをつなぐ、先導的な企画としたいと考え,本研究がスタートした。

(2) 前年度のプロジェクトの概要の課題

 酸性雨調査プロジェクトでは,酸性雨の調査方法を統一すること、それぞれ の学校で観測したデータを参加校が共有すること、この2つが基本的なコンセ プトである。このコンセプトは情報ネットワークの利用によって始めて可能に なった。

 測定とデータの登録は次のような方法で行われている。

  1.  レインゴーランドにより,降り始めの雨を降雨1mmごとにカップ1か らカップ7まで自動的に採取する。降雨開始から8mm以降の雨はすべてカッ プ8にたまり,降雨が40mmを越えると,カップ8もあふれる。おおまかに はカップ8は降雨8mm以降の雨の平均に近いものと考えられる。
  2.  降雨後できるだけはやく,採取した雨をpH計で測定する。(図2)
  3.  カップ1からカップ8までの雨をすべて混ぜ合わせてpHを測定し,1 回の降雨の平均値とする。
  4.  測定結果を、感想などのコメントを交えて酸性雨調査ホームページに登 録する。
PH  meter Doudenritsu meter
図2 観測機器(レインゴーランドとpH計・導電率計)
 平成7年度の測定結果について酸性雨研究の専門家である広島大学総合科学 部 中根周歩教授より次のようなコメントをいただいた。

 平成7年10月から調査を開始して、現在(平成8年2月)までにホームページにデータを登録しているのは40校のうち約半数の20数校であるが、残り10数校もデータ登録は出 来ていないが実際に測定を実施しているものと思われる。それでも、現在登録 されているだけでも北は北海道から南は沖縄まで、ほぼ日本列島全体にデータ が蓄積されつつある。

 しかし、測定の足並みが揃い始めたのが今年(平成8年)に入ってからであるから、集約されたデータについて論評する段階には無いと思われる。ただ、限られたデータか ら敢えて論評するならば、沖縄、北海道地域は比較的雨水または雪の酸性度は さほど高くはない。北海道の2地点(旭川凌雲高校と歌志内中学校)は距離的 に近いので、両者に差異があるとすればローカルな大気汚染が影響していよう。

 これに対して、瀬戸内海沿岸部での酸性度は比較的強い傾向が見られる。ま た、東海地方の清水市でかなり強い酸性雨が観測されている。これは瀬戸内地 方と同様に、ローカルな大気汚染が周辺の山々で拡散するのが妨げられている 可能性がある。日本海沿岸部の石川県で、冬期にpH4.0といった強い酸性雨 が観測されているが、大陸からの影響について、今後注目する必要があろう。

 一方、初期降雨が必ずしもpHが低いわけではない。それは、初期降雨が大 気中の汚染物質を大量に吸着する際、酸性物質と共に大量のアルカリ性物質 (例えば、コンクリートやアンモニア性風塵)も吸着するからで、雨水が清浄 であるということではない。実際に電気伝導度を併せて測定するば明きらかで、 間違いなく初期降雨は高い伝導度を示す。

 酸性雨というよりも、pH7に近いアルカリ性物質を多く含んだ降水が時々、 幾つかの地点で観測されているが、この様な降水をサンプルとして化学分析す る必要もあろう。多分に、石灰やアンモニア性物質の風塵の汚染の影響と思わ れる。また、太平洋上で形成された雨雲(例えば、熱帯低気圧)などの場合は、 形成時において大気汚染物質の吸着が少なく、観測地点近辺での海水成分の混 入などで中性またはアルカリ性の降水となることは良く知られたことである。

 以上、今後データの蓄積を待って、降水量と酸性度、同一雨雲による降水中 の酸性度の地理的推移、雨雲の形成地域と雨水の酸性度、またローカルな汚染 と広域的汚染の状況把握など、気象データ、天気図などと照合させながら解析 することが求められよう。

広島大学総合科学部  中根 周歩

 上にも述べられているように酸性雨や大気汚染の現象をより詳しく解明する ためには,pHのみ測定するのではなく電気伝導度(導電率)の測定が必要で ある。また,pHを下げるあるいは場合によっては上げる原因となっている汚 染物質がどのような物質であるのかは,イオンクロマトグラフィーによる分析 をおこなうことによって明らかになる。データの科学的価値を上げるための次 年度への課題として,この2点を考えた。

2 平成8年度酸性雨調査プロジェクトの実施

 平成7年度のプロジェクトの実施結果からみて、この企画を学校で行う時の 活動分野は,正課の授業や課題学習をはじめクラブや特別活動としての参加な ど多様であり、それぞれ異なった成果をあげている。平成8年度もこのスタイ ルを継承し,プロジェクトへの参加については各参加校が自由な形でおこなえ るように考えた。

 具体的には,広島大学総合科学部中根周歩教授の指導のもとに、平成8年度 のプロジェクトの基本構想を次のように決定した。

(a)酸性雨の観測・データの収集

 配布したレインゴーランドで雨を採取。pHメーターでpHの測定を行う。 平成8年度は希望する学校には、導電率計を配布し、電気伝導度の測定もあわ せて行うことを計画した。

(b)データの送信

 酸性雨プロジェクトのホームページにデータの入力を行い、基盤センターの サーバーにデータの蓄積をおこなう。この作業は昨年度から継続して行われて おり、これまでの経験から安定した状態で実行出来ると考えた。

(c)データの利用

 送られたデータは表形式のデータとして、公開されており誰でも見ることが 出来るし、ダウンロードすることが出来る。(参加校以外は許可が必要)デー タの利用によって、各学校の酸性雨に関する研究活動をすすめることが出来る。 その内容や方法について、事務局はいっさい関与しない。

(d)参加校の研究集会及び研究集録の発行

 各学校の活動の状況は、ホームページのインフォメーションの欄にも掲載す ることが可能であるが、平成9年3月までの適当な時期に、研究集会を行って、 参加校が研究発表を行う機会をつくりたい。あわせて研究集録をつくり、この プロジェクトの今後の発展につなぎたいと考えた。

(e)雨水の分析について

 このプロジェクト発足時に、広島大学総合科学部において、イオンクロマト グラフによる雨水の分析を計画したが、平成7年度は実行するまでに至らなかっ た。希望する学校を調査し、分析のための環境がととのえば、時期を限定して 実行することを計画した。

(1) 参加校の追加と辞退

 メーリングリストやパソコン通信を利用して,今年度の参加校を募集した。 その結果,平成7年度から継続しての参加校は,1校の辞退があったため39校 となった。また,平成8年度から,新規参加校として5校が参加した。新規参 加校5校には,レインゴーランドとpH計を,また導電率計は配布を希望した 9校に配布した。

(2) 化学分析のための試料の採取

 このプロジェクト発足時に、広島大学総合科学部において、イオンクロマト グラフによる雨水の分析を計画したが、平成7年度は実行するまでに至らなかっ た。希望する学校を調査し、時期を9月と10月の2ヶ月間に限定して実行す ることにした。

 雨水採取期間に採取した雨水は、ポリ容器にいれ冷凍庫で保存、ある程度量 がまとまった段階で、クール宅急便で事務局に送る。1回の採取量は100m l以上とし,採取上の注意として,雨水を集める容器、保存用の容器はあらか じめ蒸留水などであらっておいた。

 試料は6校より計40サンプルを送っていただき,本校の32サンプルとあ わせて広島大学総合科学部の中根研究室で分析をしていただいた。分析は平成 9年2月に終了し,酸性雨調査プロジェクトホームページで公開している。

(3) 英語版のホームページの作成

 広島大学附属福山中・高等学校のホームページには英語版があり,その中の <PROJECT "Acid Rain" >より,酸性雨調査プロジェクトホームページへ リンクを張っている。このリンクをたどられた米国のハイスクールの先生より メールを頂き,ぜひ酸性雨調査プロジェクトホームページにも英語版を作って 欲しいとの要望であった。

 英語版ができれば世界へと酸性雨をキーワードにした交流が広がるものと考 えた。当校の生徒が英訳のボランティアを引き受けてくれ,平成9年2月に英 語版ホームページを公開する運びとなった。(図1)

(4) 観測結果

 酸性雨調査プロジェクトのホームページに登録することとした。

(5) 生徒による酸性雨のデータを利用した研究の成果

 酸性雨調査プロジェクトに参加している生徒が,このプロジェクトをきっか けとして研究を行った成果をWWWなどで発表している。これらには,酸性雨 調査プロジェクトホームページのインフォメーションコーナーからリンクを張っ ている。

 静岡県清水国際高等学校では,観測をおこなっている科学部の生徒により 「富士の白雪は橙色」と題して,清水に降る雨の酸性度を調べた科学研究を冊 子として作成し,またホームページでレポートを公開している (http://www.skg.shimizu.shizuoka.jp/acid10.html)

 広島大学附属福山中学校では生徒たちが,酸性雨調査プロジェクトの活動の 様子と,課題研究としておこなった空気の汚れや酸性雨の影響に関する実験に ついてまとめ,「STOP THE 酸性雨」という題で,ホームページに公 開している。 (http://www.hiroshima-u.ac.jp/Organization/fukuyama/globe/ecoclub/タイトル.html)

3 酸性雨調査プロジェクトの教育的効果と課題

 2年間の酸性雨調査プロジェクトの実施を通して、インターネットを利用し た共同学習について、次のような教育効果を見いだすことが出来た。

(1)校種や地域を越えた共同学習

 学校の校種だけでなく、学校の中における様々な集団、あるいは個人を包括 した多様なグループによる共同学習が可能になった。酸性雨の観測という学校 教育のあらゆる段階で扱うことが可能なテーマ設定により,普段ではできない 小学校から高等学校までという年齢層の幅や,北は北海道から南は沖縄までと いう地域を越えた共同学習を展開することができた。参加のしかたも科学部や コンピュータ部などのクラブ活動として参加したり,授業の中で位置づけがな されているケースなど、共同学習の基盤となるグループの多様性はきわめて大 きい。

 このような学習は、ネットワークの利用なくしては決して実現しなかったも のである。こうした中で,インターネットという開かれたシステムの中におい ては、今までにない自由な雰囲気の中での教育活動がおこなわれた。観測デー タと共に送られてくる生徒のコメントやメッセージを見ても,学習が開放的な 雰囲気のもとにすすめられ、子供たちにとって楽しいものになると考えられる。

(2)目標設定の自由度の高さ

 プロジェクト参加校として、必要な作業を実行しておれば、そのほかのこと は参加校の自由裁量で参加目的を自由に設定することが可能になる。純粋に環 境学習のプログラムとして参加するにしても,観測の過程を重視するのか,観 測結果から考察することを目的とするのか,また,参加校との交流に期待して 参加するのか,ネットワークの利用のしかたに重点を置くのかなどきわめて柔 軟に考えることができ,これまでの枠を越えた取り組みが可能となる。

 逆に,純粋に環境学習を目的とした場合,これまでのホームページの設計な どは,学習を進めていくのに適したシステムとは言えない面もあった。酸性雨 に関する科学的な解説やデータの分析結果など,酸性雨の状況を容易に把握す ることができるようにして欲しいという意見もいただいた。

4 酸性雨調査プロジェクトの今後の課題

 現在の地球環境は、局所的な対処療法では回復が困難な状況に向かいつつあ り、全地球的な取り組みが必要とされている。インターネットを利用すること で,世界のいろいろな人々と交流をおこない,環境に対する人間の責任と役割 を理解し、環境保全に積極的に参加する態度及び環境問題解決のための能力を 持った生徒を育成することが急務であり,学校教育への期待は大きい。

 これまでの酸性雨の観測を通して,生徒は自然をより科学的に捕らえる能力 を身につけることができたと考えている。データを入力した後,自分のデータ がちゃんとサーバに載っているか確認するのを楽しみにしている生徒も多い。 毎日の観測は決して楽におこえるものではない。生徒は,これらの活動におい ても,観測そのものよりもインターネットへの興味関心の方が高かったように 思う。インターネットを利用してデータを報告すること自体が,観測を継続す る励みになっていたと考えられる。また,データが手元に残るだけであれば, 生徒の意欲も失われがちであろうが,自分たちと同じような思いで観測をして いる多くの仲間が,これだけたくさんいる。そして,たくさんの仲間が環境に ついて考えている。そんな思いが,生徒たちの観測を支えていたと感じている。

 当校では活動の成果をまとめ,こどもエコクラブの活動コンテストに応募し たが,このコンテストへの応募については,強制したものではなく,生徒から の提案でおこなった。応募することを生徒たちが決めたあとも,調査やデータ のまとめなど,教員主導ではなく,生徒の主体的な活動としておこなうことが できた。この活動のように,生徒の環境問題に対する学習意欲の高まりは,こ れまで当校で実践してきた課題学習のなかでも特筆すべきことであり,酸性雨 調査プロジェクトが生徒に強い意欲を育んだ結果であると感じている。

 しかし学校によっては,観測の継続が困難になり始めているところもあるよ うだ。初年度担当していた生徒が卒業したり,指導されていた先生が転任され たという例もあると聞いている。ネットワーク環境を利用して,生徒により強 い意欲を育むためには,例えばCU-SeeMeなどを利用して参加校同士のネットワー ク上での発表会や討論会を実施したり,できればオフラインでミィーティング を開くなどの交流が望ましいのかもしれない。あるいは,事務局より研究の課 題を提示したりすることも有効かもしれない。

 また,参加校が必らず観測しなければならない期間を設定するなどの方法を 採れば,学術的にも過去に例のない有意義な測定結果が得られるかもしれない。

 ホームページ上で掲示板などを利用した生徒間の交流の場を作ることも必要 な時期に来ているのかもしれない。

 英語版のホームページはまだ完成に至ってはいないが,世界を相手にした交 流の機会を与えてくれるものと思う。

 酸性雨調査プロジェクトは,インターネットの教育利用の試みとして画期的 なプロジェクトであると自負しているが,環境教育の面でも世界に通用する取 り組みであると考えている。今後のさらなる発展を期待したい。

 最後に,このプロジェクトを支えて下さった,広島大学・コンピューター教 育開発センター・情報処理振興事業協会・三菱総合研究所・情報基盤センター・ 参加校の皆様に感謝の意を表して,本文を閉じる。

広島大学附属福山中・高等学校 文部教官・教諭  平賀 博之