共同利用企画「理科実験・観察教材データベース作成」の実施


1 計画立案

(a) ねらい

 理科教育において,実験・観察はきわめて重要である。同じ題材を扱った実 験・観察でも,生徒の発達段階やそれぞれの学校の状況に応じて,工夫した実 験を行わなければならない。教師個人が蓄積した,貴重な多くの実践例を広く 公開し,交流する場を日常的に確保することはこれまでのネットワーク無しの 環境では困難であった。

 本企画は,実験・観察の実施例等について集積し,データベース化すること で,それらの交流を図り,授業において,安全で効果的な実験・観察を実施す るために活用し,理科に対する生徒の興味・関心を育てることをめざすもので ある。

 インターネットの双方向性を生かして,実験・観察を行った上で生じた疑問 や感想をフィードバックすることで,内容を改良することができることができ る。また,生徒からのフィードバックを求めれば,内容の改善ばかりでなく, 生徒自身の表現力向上の効果も期待できる。将来的には,理科室などから生徒 が直接利用できる環境にも対応できるものをめざしたい。このような状態にな れば,生徒自らが課題を設定した学習を助け,さらに生徒の情報活用能力の育 成にも役立つものと期待できる。

(b) 内容

 すでに,各地のWWWサーバに理科実験の実施例がいくつか掲載されている。 また,それらの所在を示すハイパーリンクもいくらかはある。しかし,理科の 授業等で実験を行う際に参考資料として利用するにはまだ便利な形になってい るとは言えない。本企画では,参加者が新たに作成した生徒実験用教材や,既 存の実施例等を活用するための,データベース化を進めたい。

 実験・観察の実施例の収集を行いながら,それらのデータベース化のための 整理方法についての検討を並行して行う。対象となる学校種別,分野,実験・ 観察の難易等どのように整理すれば良いかを具体的に検討したい。

 収集した実施例は,WWWを通じて公開する。この場合,双方向性を生かして, 単に実験方法のみを記述しておくのではなく,それぞれの実施例をダウンロー ドして実験を行った上での感想や疑問点,あるいは発展的な実験を利用者に付 け加えてもらえるような形にしたい。

2 実施

(1) 概要

 企画支援者である東京学芸大学教育学部数学・情報科学科中村直人先生,東 京学芸大学教育学部化学科長谷川正先生を含む「研究グループ」を編成し,基 本方針を立案した上で企画の具体化を行った。

 理科実験・観察教材データベース作成企画の趣旨を説明したホームページを 作成した上で,複数のメーリングリストを通しての依頼や個人的な依頼などに より,参加者を募った。また,本企画を進めるためのメーリングリストを情報 基盤センターのサーバに開設し,データベース作成の方針などについての議論 をしながら,データの収集や作成を行った。

 本企画のホームページのURLは http://www.hosen-hs.okayama.okayama.jp/rika/である。

(2)実際の日程

 1996年9月 企画の実施のための事務局との打ち合わせを開始した。また, Webを利用したデータ収集の方法に習熟することと,参加者募集に関する事前 調査を兼ねて「ひがんばなの開花と分布状況の調査」を行った。

 10月 研究グループ打ち合わせ会議
 以降この会議で設定した全体スケジュールによって企画を進めた。

 11月 企画参加者の募集開始
 理科実験・観察教材データベースのホームページ運用開始
 本企画のためのメーリングリストの運用開始

 12〜2月 ホームページを運用しながら,理科実験・観察教材の収集,デー タベースとしての運営方針などについてメーリングリスト等を活用しながら検 討を行った。

(3)活動報告

・ホームページの作成と運用

 10月はじめにプロトタイプを作成し,データの登録などが可能な状態を作っ た。研究グループでの打ち合わせを受け,11月初めの運用開始に向け完成度を 高めた。

 実験・観察教材データベースのホームページの他,小学校,中学校,高等学 校物理,高等学校化学,高等学校生物,高等学校地学の各区分毎に一覧と登録 のページを作成した。なお,検索のページについては,仕様を決定し,CGI プログラム作成を依頼したが,2月末現在の段階では未完成である。

・本企画のためのメーリングリストで行った,おもな議論

 本企画のメーリングリストで取り上げられた内容のいくつかを示す。それぞ れの議論の結果が反映されたページのURLを示す。
・登録ページの様式,検索キーの決定
http://www.hosen-hs.okayama.okayama.jp/rika/内の各ジャンルごと の登 録ページ
・登録の方法やリンクの設定についての議論および,他の人が作ったペー ジを登録するときの手順についての議論
http://www.hosen-hs.okayama.okayama.jp/rika/howto.html
・データベースの管理期間の表示について
http://www.hosen-hs.okayama.okayama.jp/rika/
・検索ページの作成について
検索ページは,「登録のページ」のキーワードおよびフリーワード検索を 合わせた形にすることとした。2月末現在では作成作業は完了していない。

(4)理科実験・観察教材データベースへのアクセス状況

 11月の運用開始以来の月別アクセス状況を表4.1.1に示す。このデータは, httpdが生成したアクセスログに基づいて作成したものである。2月まで若干の 増減はあるものの徐々に増加の傾向にある。
表4.1. 1 月別アクセス状況
11月12月1月 2月
ホームページ 256 297 333 478
小学校一覧 44 94 83 122
中学校一覧 56 35 48 70
高等学校 物理一覧 56 35 47 61
高等学校 化学一覧 54 56 115 78
高等学校 生物一覧 - 15 27 42
高等学校 地学一覧 - 30 38 38

(5)参加者および参加校

 18名の参加者があった。本企画では,理科実験・観察教材を収集するという 点から,必ずしも学校などが組織として参加しなくても実施に差し支えがない ため,理科担当者が個人の立場で参加しているものも含まれている。

3 教育利用についての効果,課題

(1)効果

(a) 実験事例を公開するためのガイドラインの作成

 データベースに登録する実験事例を公開するためのガイドラインについて, 岡山で編成したサブグループで検討を行い,それに基づいて実験事例をいくつ か公開した。このガイドラインについては,まだまだ試案の域を出ないものと 考えられるが以下にその内容を記す。

 実験観察の実施例をWeb上に公開するとき,その内容の独自性が問題となる。 他の人が著作権を持つものを,そのままWeb上に公開することは当然不適当で ある。一方,授業の展開や,指導方法については授業者による独自の工夫がな されていても,実験そのものについては,授業者が独自に考案したものである ことは少ない。

 これらのことから,「実験自体の独自性」あるいは「新規性」を求めた場合 には,いかに優れた実践であってもWeb上に公開することはできなくなってし まう。基本的な内容を指導しようとして古典的な実験を行う場合がこれにあた る。たとえば,「酸と塩基の中和滴定」を扱うような実験事例である。

 実験観察教材データベースを有効に活用する上では,実験や観察の内容はも ちろんであるが,それをどう指導に生かすかの視点が重要である。すなわち, 同じような実験や観察であっても,展開の仕方によっていろいろな場面で種々 の活用が考えられるのである。この部分を共有することが一つのポイントとな るという立場でいくつかの実験事例を作成し公開を行った。

 実験事例をWeb上に公開するために設定した規準を次に示す。

  1. 実験操作などについて,他の人の著作などのコピーではないこと。ただし, 「中和滴定の操作」など,誰が記述しても同じような表現となるものを扱うと きには,「書物などを丸写しせず,自分の言葉で書いたものが既存のものと結 果的に一致しても許容される」と考える。
  2. 実験を用いた授業などにおいて,発問の仕方,授業の展開などに工夫がな され,その部分が公開内容のポイントとなっていれば,古典的な実験であって も公開の価値があるものと考える。
  3. 「新しい実験のアイディア」,「新しい材料」などについて他の人の著作 物などからヒントを得て,その実験を含む授業を行う事例についてはその出典 を明らかにする。著作物として保護されるのは「表現」そのものであって,ア イディアは含まれないことから,上記1および2の条件を満たすような内容で あれば公開してもよいものと考える。
  4. 今回は,実験操作のみのものは作成しない。実験操作と,それを利用して 授業でどのような展開をするかが記載されたものを作成する。
この規準に基づいて作成,公開した実施例は下記のURLに一覧がある。

http://www.hosen-hs.okayama.okayama.jp/rika/digest.html

(b) 実験の実施上の疑問についての問い合わせに活用できる。

 Web上に公開されている実験の場合,電子メールなどネットワークを利用し た問い合わせが容易に行える利点がある。

 電子メールによるやり取りの利点としては相手と自分の,都合のよい時間が 一致していなくても問題が無い点にある。一方,文字のみのやり取りとなるこ と,一言一言に対する応答を即時に行えないことから,実験に関する細かな部 分の問い合わせには電話の方が適切な場合もあった。電子メールによるやり取 りと,電話や郵便など,旧来の通信手段によるものの併用が望ましい。

(c) 校種を超えた他校の教員等と,ネットワーク上で公開する実験についての議論を行うことができる。

 これまで,教材に関する議論は同じ校種の教員間で行うことがほとんどであっ たが,ネットワークを活用してこのような交流をさらに拡大することができれ ば,教材内容や指導法の向上に大きく寄与するものと考えられる。

(d) ネットワークの双方向性を活用した実験・観察

例 ポテトチップをもって高い山に行こう
http://www.hosen-hs.okayama.okayama.jp/chem/enjoyexp/chips/index.html
 当初,高校生を対象に,修学旅行などで高地へ行く場合にボイルの法則を体感させることを意図し,観察結果の写真などを求める構想で作成した。そのページでの追加データ募集の呼び掛けに応じて,東北大学大学院生のM氏から富士山に旅行したときの写真の提供を受けることができた。「提案型」の「学校外でできる実験・観察」で成功した例として取り上げることができる。
例 ひがんばな情報プロジェクト
http://www.hosen-hs.okayama.okayama.jp/~yasumasa/higan.html
 1996年9月に実施したこのプロジェクトでは,複数のメーリングリスト やパソコン通信を利用して参加者を募った上で,各地のヒガンバナの開花や分 布の状況を調査した。ネットワークを利用することで,植物の分布などに関す る情報を多くの人から得ることができた。

(2)課題

(a) 分野別の管理者を置かないと,データの分類,検索キーの設定について十分なことができにくい

 実験・観察教材を実際に活用する立場にならないと,どのような場面,単元 で価値があるかの判断ができない。校種,科目別にデータベース管理を行う担 当者あるいは担当グループをおいてデータの分類,検索キーの設定などを行う ことが望まれる。

(b) 管理系のMLとは別に利用系のMLを構築する必要がある

 今回の企画ではメーリングリストは,データベース作成に積極的に関わる意 志のある方に限って参加する形をとった。実験や観察に関する疑問点などを解 決するための情報交換手段としてはメーリングリストはかなり有効であり, 「データベース利用」のためのメーリングリストを「データベース管理の打ち 合わせ用」に使うものとは別に用意して運用した方が効果的であると考えられ る。

(c) 実験・観察教材の登録内容の充実

 現在までのところでは,分野によって登録数に大きなばらつきがある。検索 機能を充実させた上で,すでに公開されている実施例の収集や,当データベー スのために新たな実施例公開等を行い,登録数を増やすことが望まれる。その 一方で,登録数が増加していくとき一つ一つの実験・観察事例の質についての 検討が必要になってくるであろう。

(d) 検索キーなどの検討

現在,検索キーの多くを学習指導要領によっている。これは,どの単元の指導 に利用するかという立場からは便利である。しかし,これのみでは学習指導要 領の改訂があった場合には利用しにくくなる。したがって,理科の各分野に応 じてより普遍的な検索キーを検討する必要がある。

4 ネットワーク利用の技術的な課題

(1)利用状況の把握

 現在の方式では,データベース本体へのアクセスについてはアクセスログか ら把握することが可能であるが,登録されている外部の実施例がどのように利 用されているかを知る方法がない。このため,データベースの利用度に関する 評価が行いにくい。

(2)リンク先の状態の定期的な把握

 データベースからリンクしている実施例のページはそれぞれのページの作成 者が管理している。このため,各実施例がいつまで存在しているか,登録時と 異なる内容になっていないか等の点については定期的に把握する必要がある。

(3)ネットワークの伝送能力

 実験事例などをWebを用いて公開した場合,文字だけの情報に比べて,図や 写真等を用いることで,多くの情報を伝えることができる。しかし,現状では 詳細な写真等が掲載されていると表示が完了するまでの転送時間が長くなって しまう。教材をネットワークを通じて共有することを実現するためには,高々 50分程度に限られた授業での直接の利用を考えると,より高速に伝送できるよ うな状態になることが望まれる。

(4)Webページ作成に要する手間

 独自の実験・観察を行う場合,授業プリントを作成していることが多い。し かし,ワードプロセッサなどで授業プリントを作っていても,表現能力の違い などが大きく現状ではそのままWebを用いて公開することが困難である。

岡山県立岡山芳泉高等学校 教諭 谷本泰正