総評−教育利用についての効果と課題


 共同利用企画の実施にあたっては、ネットワークの教育利用経験者が各企画の支援に当たった。それら支援者による各企画の効果・課題を纏める。(左記は文案)

(1)「酸性雨調査プロジェクト」

広島大学附属福山中・高等学校     長澤  武

 酸性雨調査プロジェクトは、平成9年3月において、準備期間を含めて2年 間の実践的な研究を終わることになる。初年度は40校の参加を得て進められ たプロジェクトは、広域ネットワークの教育利用の実験として、大きな成果を あげることが出来たプロジェクトであったと評価出来る。  評価できる面が大きかった反面、広域ネットワークの教育利用についての課 題も確認する事ができた。

(2)「特殊教育」

神奈川県立第二教育センター 研修指導主事 田村 順一

 心身に障害をもつ子どもたちに対する、インターネットをはじめとした広域 ネットワークを活用した指導のあり方について、東京都立光明養護学校におけ る「特殊教育におけるインターネット活用に向けての指針」、福島県立盲学校 における「特殊教育関連ホームページの作成」のふたつの利用企画を通して実 践研究を行った。

 障害児にとって、障害とその結果生じるコミュニケーションや移動上の困難 などの社会的不利を補う有用な手段として、コンピュータと広域ネットワーク の活用は大きな期待を集めている。しかし、運動機能や感覚機能に障害をもつ 場合、機器を操作するにあたって適切な入出力の手だて(アクセシビリティ) を講じる必要があり、マウス等のポインティングデバイスの代わりに個々に応 じたスイッチやセンサー等を接続したり、WWW画面を音声で読み上げる工夫 など、両校を含むいくつかの先進的な学校で様々な試みが行われている。

 こうした条件整備のもとに指導を進めた結果、子どもたち自ら自己発信を行 う意欲が高まり、積極的に自校ホームページなどで社会への関わりと交流を求 めた。他校や多くの方々の支援や反響を得ることができ、子どもたちの社会参 加意欲をさらに高めることに成功した。どうしても関わる社会の範囲が狭くな りがちな障害児にとって、インターネット等を介した交流は新しい社会参加形 態として、「積極的に社会に関わり、自らを表現していこうとする意欲と勇気 を与える」というこれまでにない大きな教育的成果をあげた。

 なお今後の課題としては、教育課程への位置づけの検討に加え、より個に応じたアクセシビリティ機器の開発と普及、通信費の減免も含む回線設備等インフラの整備が必要である。また指導できる人材の育成や様々な専門機関による支援体制の構築が急務といえる。

(3)「全国おたずねメール」

岐阜大学教育学部附属カリキュラム開発研究センター 村瀬康一郎

 この企画は,ネットワーク社会は人々が暮らしている現実社会の疑似世界で はなく,それ自体が別の意味で多くの人々が活動している現実社会であること を強く意識させ,学習に役立たせた企画である。すなわち,情報の受信・発信 がコンピュータやケーブルを介するにせよ,人と人とのつながりが基本にある ことを学習者に意識させ,これからの高度情報通信社会に生きる人間として持 つべき資質の育成に役立つ学習活動である。

 中教審の中間まとめにおいても,日本語による教育情報データベースの充実 の必要性が指摘されており,各方面でその努力が続けられているが,そのよう なページやデータベースにまとめられた静的な情報だけでなく,知らない人と の交流関係をとり結んで,その中でいかに自分の求める事柄についての情報を 相手に伝え,求める情報を活きたデータベースとしての人間から引き出せるか の能力育成が重要となる。一方的な情報受信・一方的な情報発信ではなく,必 要な情報を受信するために情報発信が求められることを,本企画により実践で きた。

 今後の課題としては,メールボランティアの数を増やすこと,ボランティア の得意分野の紹介を学習者が質問し易いものにする工夫など技術的な課題のほ か,ボランティアからの回答における教育的配慮をどのように確保するかとい うことが,まずあげられる。すなわち,報告にもある奈良県立高取高等学校の 生物の先生の(教師としての目から子供にどんなことを考えてほしいかを見通 した)回答や,学習者の疑問を自分の疑問として調べ歩きその過程を学習者と 共有してくれたボランティアのように,学習者の質問に「正答」である情報を 即答するのではなく,学習者の学習活動の状況に応じて(回り道になるかも知 れないが)「ヒント」や「道筋」の方を敢えて与える配慮ができるボランティ アであることが求められる。「ネット社会の『通りすがりの親切な大人』を演 じられる」ためには,“どんな質疑応答が学習者のためになるか”のある程度 の経験が必要であろう。今回の実践では,登録ボランティアの約半数が学習者 との質疑応答を経験しておらず,初めて質問を受け取った時からそのように振 る舞えるための一つの方法として「すぎさきせんせいのてがみ」ぺージのよう な学習者とボランティアで実際にやりとりされたメールを(当事者の了解のも と)多く公開していくことが考えられる。

(4)「海を越え、言葉と心のキャッチボール」、「Me and Media」、「アジア-日本高校生インターネット交流プロジェクト」

帝塚山学院泉ヶ丘中高等学校 辻 陽一

 国際関連3企画は、それぞれ、APEC諸国、アジア諸国、ヨーロッパ諸国と対 象国が異なっており、それぞれ特色ある活動を展開した。

 APEC4カ国を対象とした企画「海を越え、言葉と心のキャッチボール」では、 英語だけではなく日本語によるコミュニケーションを併用し、これが各国間の 子どもたちに与える影響を探るとともに、各種テレビ会議システムを利用して 遠隔地を結ぶ会議を実施して、システム間の相違とすみわけを調べた。また、 電子会議だけではなくフェイス・ツー・フェイスの会議を開催し、その違いや 効果、あるいは相乗効果の有無を研究した。

 企画「アジアー日本高校生インターネット交流プロジェクト」は、ネパール にインターネットを設置した教員が中心となって、先ず、ネパールとの電子メー ル交換からスタートし、ネパールの教員・生徒を日本に招待するフェイス・ツー・ フェイスの交流に発展、大阪から名古屋、北海道、東京、三重という各地の教 員グループが、順次受け入れる中で、日本国内の教員グループのヒューマンネッ トワークが築かれていった。ネパールで端を発したアジアへの関心が、やがて、 韓国やフィリピン、タイなど他のアジアの国々に向かうことになったが、生徒 の主体的な活動が特記される。

 企画「Me and Media」は、ヨーロッパ4カ国(スウェーデン、ドイツ、エス トニア、オランダ)と同志社国際中高等学校を結び、生徒を10のグループに わけ、メーリングリストで意見交換をしながら、マスメディアとプライベート メディアの違いを考えさせた。また、ビデオ交換しながら、意見交換をした。

 実質4ヶ月という短期間の活動のため、十分展開できなかった面もあったが、 全体としては、相当な成果をあげることができた。

 21世紀を数年後に控え、世界各国は、インターネット一色と呼べるほど国 を挙げてインターネット導入を進めている。教育分野でも「インターネットと 教育革命」という言葉が氾濫している。特にK-12教育で、インターネットや新 しい通信技術の導入の重要性が唱えられるようになってきている。

 交通手段の発達で、人の移動が急増し、国際化が進展したのであるが、情報通信の発達で、瞬時のうちに世界中とコミュニケーションが図れるようになった。国際関連3企画は、通信分野における技術革新をめぐる以上の動きを背景にして企画が立案され、実施されたわけである。

(5)「理科実験・観察教材データベース作成」

東京学芸大学 教育学部 数学・情報科学科 中村 直人

 最近では理科教育において実験・観察の重要性が指摘されている。とくに高 等学校の理科分野においては現行の新カリキュラムに課題研究が組み込まれ、 学校現場で独自の実験・観察を行うことが求められている。そこで本企画では、 理科の授業に活用できる実験・観察の実施例をデータベース化しネットワーク 上に公開することにより、理科実験を活性化することを目的とした。具体的に は理科実験・観察データベースのプロトタイプを作成し、その運用を行った。 また、その作業の中でデータベースのオンライン登録手法やキーワード検索に ついて技術的な検討も行った。

 客観的な成果としては、登録用フォーム、登録事例の目次などを含むデータ ベースHPのプロトタイプが作成され、約80件の事例が登録された。また作 成されたデータベースHPへのアクセス数は、平成8年11月から平成9年2 月までで1000件を越えるものであった。以下に、本企画で行われた特徴的 な事例からデータベースをインターネット上に公開する利点とその課題につい て述べておく。まず、実験を行った教師と検索をした教師との間で電子メール を用い意見交換が行われたことや大学の専門家から内容に関する助言が行われ たことが上げられる。さらに、この交流を通して3月には日食のデータを遠隔 の教師たちが共同で収集するという新たな教材研究・開発の形態が試みられた ことも興味深い。これらのことは教師の交流が広まり、教材研究が活性化され たと評価されるものである。

 つぎに、データベースを参照した大学生から追実験を行った報告があった。 このことから今後児童・生徒が本データベースにアクセスし課題研究のテーマ の参考に利用するという形態にも対応できる可能性を示した。しかしながら、 この学習形態の実現にはホームページの表現方法、検索方法、観察の地域性な どいくつかの問題があることも示された。

 明確となった課題としては、収集・登録方法について知的所有権、実験の正 しさ(科学的根拠、安全性など)の判断が必要となることから生じるデータベー ス管理の問題である。今回はとりあえず登録のガイドラインを作成するにとど まった。

 さらに検索に関わるキーワードやシソーラスについての問題も明らかになっ た。実験材料および機材、方法などのキーワード項目を決め登録を行ったが、 たとえばある目的の実験において薬品が異なる場合など、適切に検索されない ということが起こる。この解決には高度な技術が必要であり今回は対応できな いものであった。

(6)「一本の樹」

港区立神応小学校 苅宿 俊文

いま、問われているわたしたち

 学校教育に対しての社会の要望というのは、大きいものがある。また、学校 が社会に開かれた存在であるべきだということもよく耳にする言葉である。

 このような時流は、いろいろな場面で感じることができる。

 例えば、今回のインターネットを教育に活用していこうという試みについて も、さまざまな関心を集め、いろいろな意見が寄せられている。この流れの中 で、現場にいる私が強く感じることは「問われている」ということなのだ。

 つまり、「なぜ、インターネットなのか?」ということなのである。どんな 設備で、すごいコンピュータで、最先端の技術を結集してなどの科学技術礼賛 の言葉は、もうわかりました。それよりも大切なのは、インターネットという 道具ではなく、それによって、誰が何をしようとするのかなのではないでしょ うか?ということが問われているのである。

 私たちがこの当たり前の問いに答えていくのは、実践を通してだけではない だろうか?

答えとしての「一本の樹」

 今年度は、「一本の樹─SAKURA─プロジェクト」の活動をまさにすなかぶり で拝見しながら、なぜ、インターネットなのか?という問いに、この「一本の 樹」が応えていることを知った。それは、二つの点からいえる。

 その一つ目は、植物の定点観測という授業実践の中に、「関係性」というキー ワードを前面に押し出していったことである。現在、インターネットは、コミュ ニケーションの道具として、活用されているが、子どもたちがメールを交換す るだけでは、コミュニケートされてはいかないのである。その現実をよくとら え、「かかわり」という言葉で子どもたちにコミュニケーションにつながる関 係性を考えさせていこうとする「場」として、「一本の樹」の活動はとらえる ことができる。

 二つ目は、技術が新しい授業の視点を与えていくということである。「一本 の樹」では、それぞれの参加校が自分の観察する樹を決めて、定点観測してい る。その中のいくつかの学校は、ライブビデオで「一本の樹」を紹介している。 子どもたちがリアルタイムでいろいろな「一本の樹」を見ることができるという ことから、さまざまな授業の展開ができた。

 参加した先生方も、ライブビデオという技術によって、新しい授業をデザイ ンすることができた。

 これらの二つのことが「なぜ、インターネットなのか?」という問いへの教 育現場から生まれた答えなのである。

(7)「数学における多解問題」

東京学芸大学  松居 辰則

 数学教育におけるコンピュータ利用形態としては,
1)ドリル・演習型
2)シミュレーション型
が一般的であり,知識定着や問題解決を目的とする場合が多い.さらに,これ らの目的から一歩踏み込み,コンピュータによる操作・実験を通して数学にお ける定義や定理の内容を納得し,可能であれば定義・定理の必然性を体験する, いわゆる
3)問題発見型
という利用形態も考えられる.ここに,ネットワーク利用という概念を付加す ることにより,数学教育におけるコンピュータの利用形態には,
4)数学の教材データベース
5)協調作業による問題解決
6)協調作業による問題発見
7)フレキシブルな自主的学習(何時でも,誰でも,何処でも)
などが考えられる.

 さて,ネットワークの教育利用としては,英語・理科・社会を題材として多 くの実践例報告があり,電子メールや会議システムを用いた意見交換・教材デー タベース・遠隔地の同時情報の利用などが一般的である.そこで,今回の企画 ではあまり前例のない,数学を題材にとり,特に上記の5)6)7)に関する 可能性の検証を行った.具体的には,ホームページ上に公開された問題に対し てネットワーク上で解や解法に関する議論を行い,協調作業を多角的にモニタ するという方法をとった.問題としては,議論することによって有効性を得ら れるよう,年齢・学年の枠を超えた多解問題(約10題)を選定し実施した.

 準備・実施期間は極めて短く,本企画のすべてをホームページを利用して実 施することはできなかったが,参加者の意見から以下のような成果が得られた と考えられる.

a)オフラインであるが,様々な解や解法に関する議論が参加した学校間で行 われ,各問題とも完成度の高い複数の解が得られた.

b)自分達の学校で解決できなかった問題を他の学校が解決したなど,従来ま での教室内の授業では体験できない体験を通して協調学習の有効性を感じた.

c)解を導くまでの時間的制約がないので時間をかけて試行錯誤することがで き,その過程で問題とは直接関係のない法則などを発見することもあった.

d)多解問題への挑戦を通して,数学は解くことだけではなく,解く過程が重 要であること,また数学は論理的思考力の養成に重要であることなど,数学を 学習することの意味を体験的に納得した.

 上記のa)b)より5)に対する,c)より5)6)7)に対する有効性が 示唆されたものと考えられる.さらに,d)は本企画の期待以上の成果が得ら れたものと考えられる.しかしながら,上記の成果は必ずしもネットワーク利 用という概念とは分離して論じる必要があり,ネットワーク利用でなくても得 られる成果であるが,ネットワーク利用であればさらに効果が得られると考え られる.

 今回の企画を通して,数学教育におけるコンピュータの新たな利用形態とし て「協調学習・協調発見」の可能性が示唆されたが,やはり「フレキシブルな 自主学習」と「よい問題の作成」を実現することが「協調学習・協調発見」の 実現への必要条件である.今後のインフラの整備を期待しつつ,教師・生徒の コンピュータ利用を前提とした関係に関する研究,コンピュータ利用を前提と した教材研究なども急務であると考える.