共同利用企画「特殊教育」の実施


1 はじめに

 平成7年度より「100校プロジェクト」の本格的運用が始まり、児童生徒 が主体となった広域ネットワーク利用を目指し、国内外の学校との交流、学校 紹介といった情報発信、世界各地の情報資源の活用等が、対象となった各学校 で行われている。

 「100校プロジェクト」の対象となった8校の特殊教育諸学校においては、 盲学校2校と肢体不自由養護学校1校にアクセシビリティ機器が導入され、ま た、各対象校がホームページ(以下、Webサイトコンテンツ)を立ち上げた。 更に、電子メールやCU-SeeMe の利用、児童生徒の作品の公開、Webサイト コンテンツへのアクセス等、インターネットの利用実践が試行されている。

 インターネットをはじめとする広域ネットワークの利用は、特殊教育諸学校 に学ぶ心身に障害を持つ児童生徒にとって、自主的な活動や、自分の世界を広 げていく上で大きな教育的効果が期待されている。しかし、「100校プロジェ クト」をはじめとして、ここ1〜2年の特殊教育現場におけるインターネット の利用を通して、入出力のアクセシビリティ、個人情報の公開、学校内の体制、 教員の負荷等、検討すべき課題が次第に明確化してくる一方、利用の目的・教 育的効果も検討課題となっている。

 そこで、平成8年度のネットワーク利用企画「特殊教育」では、障害のある 児童生徒がインターネットを利用した、自発的な学習活動を体験するため、以 下の2企画を実施した。

(1)東京都立光明養護学校
企画名:特殊教育におけるインターネット活用に向けての指針
(2)福島県立盲学校
企画名:特殊教育関連ホームページの作成
 そして、上記2企画を中心として、また、他の特殊教育諸学校での活用実践 も含めて、インターネット利用におけるアクセシビリティ、教育利用について の効果・課題、ネットワーク利用の技術的課題について調査研究を行った。

2 特殊教育における広域ネットワークを活用した教育の意義

 「特殊教育」という用語は、諸外国で言うところの「スペシャル・エデュケー ション」の直訳であり、元来は一斉指導に向かない個別の対応を必要とする児 童生徒の「個に応じた教育的配慮」全般を指す言葉である。しかし、我が国で は一般的に、この用語は障害児に対する特殊教育諸学校(盲学校、聾学校、養 護学校)および一般小・中学校におかれている特殊学級(障害種別ごとに大き く7種の学級種別がある)における教育形態のことを指している。

 学校あるいは学級種別の異なることによる相互理解の不足は児童生徒間のみ に生まれているのではなく、教育関係者や社会一般の認識にも、障害児は学校 教育の対象ではない、あるいは専門教育機関でのみ行うものという誤解が生じ ている。しかし、実際は特殊教育は特殊な教育課程と教育方法による普通教育 の一環であり、障害児もその障害部位や発達に応じた特別な配慮点を除いては 一人の子どもとして同等の学ぶ意志と権利を有する存在である。したがって、 こうした障害児の教育に当たっては、学ぶ場の物理的な違いが、障害児の成長・ 発達にマイナスとならないよう、いわゆる健常児等とのふれあいの機会や交流 教育を取り入れるなどの深い配慮が必要である。

 インターネットを含む広域ネットワークの登場と急速な普及は、移動の不利 や交流範囲の限定と言った障害児が交流教育を進める上での課題とされていた 局面の一つの解決策として注目を集めた。実際のふれあいやスキンシップもむ ろん大切ではあるが、ネットワーク上のバーチャルな交流とはいえ広く世界規 模に交流相手を求められる点や、どうしても不便な場所に建設されるケースが 多い特殊教育諸学校の地域的な格差を埋めると言った物理的な場を広げる効果 が期待される。また、電話などのメディアのようにオンラインでリアルタイム に関わるばかりでなく、各自の都合のよい時間に情報を受信し、発信できると いう随時性は個々のペースでしか行動することが困難な障害児には最適なメディ アといえる。さらに、前記のアクセシビリティ機器を用いて時間をかけて発信 情報を作る必要のある障害児にはこの随時性は障害故の不利を結果的に埋めて くれるメディアとして大きな意味を持っている。

 また、文化的な観点からみれば、ネットワーク上に展開されている人間関係 は、人種や国境、性別や年齢、さらには障害の有無とは無関係な平等なフィー ルドであり、そこに積極的な関わりを持っていくことは、障害児の新たな社会 参加の一形態となるものと考えられる。従来、人にしてもらう経験の方がどう しても多くなりがちだった障害児にとって、ようやく能動的に世界に関わりを 持つことのできるメディアが身近なものとなったのである。  

3 利用企画の取り組み

3.1 東京都立光明養護学校

(1)利用企画名称

「特殊教育におけるインターネット活用に向けての指針」

(2)内容

 それぞれの障害に対応可能なWebサイトコンテンツへのアクシビリティを 実現するためにはWebサイトコンテンツのデザインをどうするかという観点 と、シリアルキーなど、パソコン本体への入力方法の検討といった二つのアプ ローチがある。前者については、テキストだけのページを作るなど主に視覚障 害児への対応を検討し、後者については、主に、シリアルキーとキーボードナ ビゲーションの組み合わせによる対応など肢体不自由児への対応を検討した。

 特殊教育において有効な利用方法や課題、あり方については、主に本利用企 画のためのメーリングリストの中で議論を続けた。平成9年2月はじめ時点で、 約90名の参加者を得ることができ、4カ月で800ほどの発言の中で、We bサイトコンテンツ上の肖像権の問題など、活発な議論が続けられている。

(3)対象

 特殊教育諸学校など

 利用企画のためのメーリングリストには、通常学級を担当する教員からの参 加も得られ、そこでの議論を元として、児童生徒の交流や相互理解につながっ た。

(4)活動場面

 児童生徒は、Webサイトコンテンツ上で作品を発表するだけでなく、イン ターネットを経由して参加可能なネットワーク(例:滋賀大学教育学部附属養 護学校のチャレンジキッズ)などでも、活発な交流を行った。障害児をとりま く周囲の状況の特殊性などを考えると、このような一定のセキュリティが確保 された場面での交流が重要になってくると思われる。この他、教員間の意見交 換や、地域の障害者施設などとの交流も行った。

(5)評価方法

 Webサイトコンテンツのあり方については、児童生徒自身が直接評価をし ながら、生徒たち自身の手でWebサイトコンテンツの改訂作業を進めている (光明養護学校)。教員・父母などの利用については、メーリングリスト上な どで意見交換を続けた。

(6)利用企画の実践経過

平成8年 9月利用企画のためのメーリングリストの立ち上げ
Webサイトコンテンツデザインの検討
10月個人情報の取り扱いについての検討
各地の接続状況の情報交換
11月インターネットを経由して参加可能なネット ワーク(滋賀大学教育学部附属養護学校のチャ レンジキッズ)上での交流開始
シリアルキー・インターフェイスの検討を開始
IntelliKeys・Ke;nxを石川県立七尾養護に貸 し出し、共同研究開始
自作教材ソフトFTPサーバの検討を開始
テレビ会議システムの利用の検討開始
12月生徒自身がWebサイトコンテンツの改訂作業を開始
個人情報の保護と情報発信の問題について検討
平成9年 1月知的障害児のインターネット利用について検討
2月利用企画のまとめ

3.2 福島県立盲学校

(1)利用企画名称

「特殊教育関連ホームページの作成」

(2)内容

 当初の内容は「特殊教育関連の学校が共同し、生徒の作品をWebサイトコン テンツに発表しコンクールを行う。また、特殊教育関連の情報やフリーソフト を収集し発信する。」という計画であった。しかし、平成8年11月に行われ た特殊教育関係の利用企画の調整と話し合いの結果、盲学校のアクセシビリティ を重視した内容へと変更した。内容は以下のとおりとした。

  1. 盲学校の生徒が利用しやすいWebサイトコンテンツの検討と作成を行う。
Lynxを用いて盲学校の生徒のインターネット利用を図る。

(3)対象

盲学校の生徒および視覚障害児

(4)活動場面

 授業や特別活動の中で、生徒が意欲的にWebサイトコンテンツにアクセスし、 自ら情報収集を行う。また、Lynxを自ら操作し利用する。

(5)評価方法

 生徒が積極的にインターネットを利用し自ら情報収集を行ったか。

(6)利用企画の実践経過

平成8年 9月盲学校の生徒が利用しやすいWebサイトコ ンテンツの検討
Lynxのインストール
10月盲学校の生徒が利用しやすいWebサイトコ ンテンツに関連する情報の収集
Lynxの操作方法を習得
11月Webサイトコンテンツの作成
Lynxを教師が操作し生徒にWebサイトコン テンツを閲覧させる。
12月Webサイトコンテンツを利用しての不具合 の調節
Lynxを生徒が操作してWebサイトコンテン ツを閲覧する。
平成9年 1月Webサイトコンテンツの生徒利用
Lynxを生徒が操作してWebサイトコンテン ツから情報収集を行う。
 2月利用企画のまとめ

4 各学校における実践から

4.1 肢体不自由養護学校における実践から

 利用企画推進校であり、100校プロジェクト参加校でもある、東京都立光 明養護学校では、運動機能に障害をもつ生徒の意欲を引き出し、自校のWeb サイトコンテンツの制作を生徒自身にも関わらせるなど、自ら情報発信をする ことによって社会と関わることを学ばせて成果を上げた。

 生徒がコンピュータを用いて制作した「迷路」などの絵や作品は、Webサ イトコンテンツで紹介されるや、全国の一般の方からの反響があり、生徒の意 欲をより高める結果となった。その後、学校間の交流やメーリングリストへの 参加など活動の範囲を広げていったが、いずれの場合も生徒の自主性を尊重し、 自己発信の意思と自己決定をもとに実践を進めていった。

 佐賀県立金立養護学校では、光明養護学校との交流に端を発し、佐賀県内の ネットワークや教育センター主催のインターネット接続を活用して、やはり肢 体に不自由を持つ児童生徒の指導実践を進めてきた。当初はパソコン通信をベー スに交流と情報発信を試みていたが、インターネットが利用できるようになり、 Webサイトコンテンツを立ち上げてより目に見える形での情報発信ができる ようになると、さらに児童生徒の意欲は高まってきた。

 平成8年度に「少年の主張・佐賀大会」が開催され、そこで優秀賞を取った 中学部の女子生徒は、自らの主張を自校のWebサイトコンテンツ上で発表し、 これも多くの温かい支援をいただいて感激していた。このように、児童生徒の 個人氏名や顔写真をWebサイトコンテンツ上に掲載することについては、引 き続き本企画全体のメーリングリスト上でも討論されている事柄であるが、自 ら明確な意志を持ち、保護者、校長以下確認手続きを行った上で掲載すること としている。

 両校とも、機器の操作のアクセシビリティについては、市販のアクセシビリ ティ機器を利用したり自作スイッチを試作するなどして、きめ細かく個々の児 童生徒の障害に対応している。

4.2 盲学校における実践から

 利用企画推進校であり、100校プロジェクト参加校でもある福島県立盲学 校では、視覚に障害をもつ児童生徒にとってアクセスしやすいWebサイトコ ンテンツのあり方を実践的に検討すると共に、テキストのみのページを作成す るなど工夫を行った。

 一方、全盲の児童生徒のインターネット利用に関しては、画面情報の把握を どうするかという課題が大きい。これまでのコンピュータ利用においては、画 面の文字情報を音声合成装置で読み上げるなどのシステムが普及していたが、 GUIであることが特徴であるWebサイトコンテンツではそのまま画面を読 み上げることは困難である。そこで、校内のサーバに、Lynx(テキストベース のWWWブラウザ)というシステムをおき、画面の音声情報化を可能にする試 行を行った。

 福島県立盲学校および東京都立八王子盲学校では、こうしたシステムを活用 して様々な指導実践を試みた。児童生徒は、このようなシステムの力を借りて 広く世界から情報を収集することができるようになり、社会に対する興味関心 や参加意欲が高まる効果を上げた。人間の情報収集の85%は視覚からといわ れているように、どうしても情報収集に困難を生じやすい視覚障害児のために は、広域ネットワークの利用は今後欠くべからざる教育課題であり、バリアフ リーのための大きなきっかけになると思われる。

 しかし、こうした研究はまだ緒についたばかりであり、多くの試行錯誤と技 術革新が必要である。

5 ネットワーク利用の技術的な課題

 障害児がインターネットをはじめとした広域ネットワークを利用するにあた り、検討すべき技術的な課題としては、次の3点が考えられる。

  1. 障害を補完し、機器の利用の負担を軽減するアクセシビリティ機器の開発と適応
  2. ネットワーク環境、あるいはサーバ等のメンテナンスのシステム化
  3. CU-SeeMe等のマルチメディア環境を押し進めたシステムの開発と応用
 アクセシビリティ機器の開発や児童生徒への適応について、各障害種別に応 じたアクセシビリティのあり方の概要を以下に述べる。

<視覚障害児に対するアクセシビリティ>

 視覚障害には、視力の低下、視野の狭窄などのために生じる「弱視」と、視 力を全く持たない「盲」という状態に分けられる。弱視の場合は、単に視力の レベルが低いと言うことだけではなく、見え方、視覚情報の伝わり方は千差万 別であり、大きなディスプレイに大きな文字ということだけですべて解決する と言うものではない。ケースによっては、かえって小さいディスプレイで視線 移動を少なくした方がよい場合や、色使いや文字フォントへの配慮が必要な場 合などが考えられる。

 視覚情報をもたない盲児の場合は、福島県立盲学校で実践研究を進めている Lynx Mail Gateway( Webサイトコンテンツ画面の情報をLynxシステムのあ るサーバに送って、メールの形式で返送してもらい、そのテキスト文書化した ものを合成音声化する)をはじめとした、視覚情報を音声情報に変えるシステ ムの研究が進んでいるが、GUIであることが大きな特徴として発展してきた Webサイトコンテンツ画面の読みとりについてはまだ課題も多い。今後、テ キストのみのページを付加することや、項立てにおいて、行頭に番号を振るな どの配慮によって、音声化した場合の理解のしやすさに配慮が欲しいものであ る。

<聴覚障害児に対するアクセシビリティ>

 聴覚に障害をもつ児童生徒がネットワークを利用する場合、聴覚的な情報の 受容ができないため、音声データの含まれたWebサイトコンテンツ画面等で は不便が生ずる。現時点では音声データは補足的な情報となっていることが多 く、大きな問題になってはいないが、マルチメディア環境の進展に従って、 「今こういう音声データが出ている」と言ったことを表示するような配慮が必 要になろう。これらはWebサイトコンテンツの作り方のガイドラインを検討 する機会があれば取り入れたい課題である。

 また、これはアクセシビリティの問題では必ずしもないが、聴覚障害児の場 合、往々にして発語や言語による思考が困難であるために日本語表現そのもの の習得が遅れがちであり、テキストによるメッセージ交換を通じた交流でも表 現が未熟であったり、相手に対して失礼な表現になってしまったりする場合も ある。そこで、総合的なコミュニケーション能力を伸ばす指導を心がける必要 があるが、ネット上のエチケット(ネチケット)も含めた指導を行うには、広 域ネットワークの利用は学習の場として最適なものの一つである。

<知的障害に対するアクセシビリティ>

 知的障害児は、その障害の状態や程度の幅も大きく、一概に必要なアクセシ ビリティを述べることは困難である。年少児、あるいは障害の比較的重い児童 生徒の場合は、機能的な補完と言うより、操作系列の単純化や理解しやすい配 慮の方が大切である。キーボードやマウスによる操作は児童生徒によっては適 切な操作が困難な場合もあり、手の操作と画面上の情報が一致することによる 理解のしやすさをねらって、透過型のタッチスクリーン等の導入が効果的と考 えられる。また、これも技術的課題と言うよりは画面の作り方の問題ではある が、画面情報を読みやすく、理解しやすくするよう、整理した表現にすること や、わかりやすい画面構成をはかる必要がある。特に、図と地の関係を十分に 配慮し、背景に目的図形や文字がとけ込まない配慮は重要である。脳に器質的 な障害をもつ障害児には、往々にして図と地の関係について認知が混乱するな どの症状があるが、これらの認知の未成熟や混乱は障害児ならずとも幼少児や 高齢者にもあり得ることである。障害児にとって使いやすいものは、すべての 人にとっても使いやすいものとなることを理解しておくことが大切である。

 一方、軽度の知的障害児にとっては、アクセシビリティの機器構成の工夫が 有効か、教育的効果によって習熟してしまうことが先行するか、十分に検討し た上で取り組みを考える必要がある。得手不得手はあるものの、多くは多少の 練習によって機器の操作を確実に習得することができるようになる。

<肢体不自由児に対するアクセシビリティ>

 肢体不自由児には、手、足と言った四肢に障害をもつ場合と、体幹すなわち 身体の保持が困難な場合とがある。さらに重度な肢体不自由児は、立位(立っ ていること)や座位(座った姿勢)をとることができず、身体を横にした状態 でパソコンを操作するケースも考えられる。このように、個々の肢体不自由の 状態に応じて、適切な入力デバイスを適用する必要があり、多くの研究と実践 が報告されている。

 マウスなどのポインティングデバイスによるオペレーションが一般的であり、 その扱い易さに特徴があるWWWブラウザなどには、肢体不自由児はかえって 困難が大きい。そこで、Windows95がもつシリアルキーやキーボードナビゲー ションの機能を利用してスイッチやセンサーでマウスオペレーションを代替え するような工夫や機器の開発が検討されている。

 また、肢体不自由児のアクセシビリティはスイッチ類等だけの問題ではなく、 体幹の支持の仕方や姿勢など、総合的な養護・訓練的な配慮のもとに計画して いく必要がある。

 さらに、最近の肢体不自由養護学校で多くを占めるようになってきた脳性ま ひ児等の中枢神経的な障害をもつ児童生徒の中には、知的障害を併せ持ついわ ゆる重複障害児も多い。こうした児童生徒には、入力操作等に関するアクセシ ビリティへの配慮とともに、知的発達の状態に応じた様々な配慮があわせて必 要となると考えられる。

<病弱児に対するアクセシビリティ>

 病気療養児のために必要な配慮として、たとえば「筋ジストロフィ症」のよ うに機能上の制限が出てくるようなケースでは、肢体不自由児に対するアクセ シビリティの工夫がそのまま応用できる。一方、ベッドサイドで教育を受けて いる児童生徒については、とりうる姿勢の中で操作ができるスイッチやセンサー 等を個別に検討していく必要がある。

 運動制限や随時治療が必要ではあるが、特に機能的な支障のない児童生徒は、 疲労や健康安全などに対する配慮を十分にすることが大切となろう。

 次に、各学校におけるネットワーク環境やサーバ等のメンテナンスについて は教員が行うのではなく、可能な限り専門機関や支援機関が定期的に行うこと で、各学校の担当教員の負担やストレスを軽減するシステムを作ることが必要 である。

 パソコン等の機器を用いた指導では、どうしても専門的知識や時間が必要に なりやすく、それらを学校内で管理するシステムをとっている場合は担当教員 の負担が大きくなりすぎる傾向にある。ましてや、インターネットサーバのメ ンテナンスやWebサイトコンテンツの更新、メールの管理など、ネットワー ク環境の整備は技術的、時間的な負担が大きい。

 さらに障害に応じたアクセシビリティなどに至っては、相当の知識と経験が 必要となり、とても教員個人の抱えきれる範囲ではない。

 このように自治体や国レベルでも情報教育担当教員の授業時間の軽減や専科 配置などの人材面での可能性を検討すると共に、福祉機関やリハビリテーショ ン機関とも連携を深め、適切な支援機関を緊急に設置する必要性をもっと認識 するべきである。

 マルチメディアシステムの開発と応用については、回線速度やパソコンの処 理速度の問題など、純粋に今後の技術の進歩を待つ部分も大きい。しかし、 CU-SeeMeなどの技術の進歩によって、必要に応じて顔を見ながらのコミュニケー ションができたり、在宅児や近隣に通級学級等が設置できない場合の対応など において、遠隔教育の一形態として活用の可能性は高い。技術の進歩は多様な 教育形態を生み、その選択肢の豊富さが個別に対応する必要のある障害児にとっ て、教育の可能性を広げることになるのである。

6 教育利用についての効果・課題

 インターネットを含む広域ネットワークの導入により、児童生徒にもっとも 変化があったことは、自ら社会に関わろうという意欲が引き出されたことであ る。どうしても受け身的な生き方になりがちな障害児に対して、自ら世界を広 げようとする気持ちを育てることにより、「生きる力」をのばしていくことに 成功している。広域ネットワークは、適切なアクセシビリティ機器の適用によ り、これまで周辺の狭い社会との交流にとどまっていた障害児に、新しい広域 な社会参加の機会を与える効果があった。そして、地域の格差を埋め、学校や 個々の障害児が外の世界に向かって自己発信をし、その過程で世界に向けて心 が開かれていくことによって、社会の構成メンバーとしての自分を自覚するこ とになり、外の世界をたえず意識することで、良い意味の緊張感を持って学校 生活を送ることができるようになった。このことは、これまでの特殊教育が積 み重ねてきた教育理念の根底を変えうるほどのインパクトのある成果である。

 障害児には、もちろん実体験の積み重ねや、直接的な人やものとの関わりは 重要である。しかし、そうした経験にとどまらず、障害の有無などを超えたバー チャルな関わりによってもたらされる「世界観」の形成は、障害児の社会生活 の質(QOL:Quality of Life)の向上に大きな意味を持っている。

 このように、広域ネットワークの利用は、単なる情報収集の技術習得や国際 理解のきっかけというレベルにとどまらず、障害児にとって、もっとも大切な 生きる勇気と社会生活に直結する学習機会として、ますます注目と期待を集め ていくことになると考えられる。

 一方、今後の課題としては、別項で述べた技術的課題のほかに主に次の4点 が上げられる。

  1. 教育課程上の課題
  2. 施設・設備的課題
  3. 教員の意識改革・研修等の課題
  4. 行政、学校体制の課題
 教育課程上の課題は、こうしたネットワークを利用した教育を、どの教科・ 領域に位置づけるかということである。特殊教育においては、教育課程編成の 特例事項により、異なる教科同士、あるいは教科と領域をあわせた、合科・統 合という指導形態をとることができる。さらに、指導方法として生活単元学習 のように、総合化・単元化した指導展開を柔軟に行うことができる。こうした 中にネットワークを活用した授業を効果的に取り入れることが可能であると思 われるが、従来から中心的に行われてきた「生活」「経験」主義的な教育課程 編成と、こうした新しい教育内容・方法を、どう組み合わせていくかが大きな 課題となる。社会の変化と多様化にあわせて、特殊教育における教育課程編成 も、大きな転機にさしかかっている。「新しい学力観」と言われる、教育の見 直しの観点は、特殊教育においても、21世紀を生きる障害児の幸福の追求を めざして、議論を尽くさねばならない課題である。

 次に、施設・設備的な課題では、特に回線の利用形態の充実が望まれる。ど うしても操作等に時間がかかったり、健康状態、身体状況等からネットワーク 利用時間が限定されることになりやすい障害児には、高速で、かつ安定して接 続できる回線環境が必要である。授業を始めようとしたら回線が混んでいてつ なぐことができないなどと言うことがないよう、事情が許せば専用線によって 常時回線接続ができることが望ましいが、その場合はサーバメンテナンス等で 担当教員に過大な負担がかからないような配慮が大切である。

また、技術的、費用的な基盤の充実に加えて、欠かすことができないのは、 人的な環境整備である。教員に対しての研修の実施や人材育成は当然のことで あるが、単に技術の習得だけではなく、社会学的に今後の教育をどう考えてい くかなど、広域にわたる見識とメディアリテラシーを持つ人材の確保と配置が 大切である。保守的な傾向の強い我が国の学校教育においては、こうした新し い教育内容・方法はなかなか受け入れられにくく、情報教育というたえず新し い概念が形成され、情報が流通しているような分野においては、よほどの知識 と、柔軟な姿勢を持つ人材の育成が最重要課題と言うことができる。それには、 従来の技能優先の研修カリキュラムではなく、大学教育、現職教育両面から、 教育関係者の意識改革をめざしたアプローチの研究に着手する必要があると考 えられる。

 最後に、行政や学校の体制の課題であるが、情報および、それによってもた らされる教育的意義についての認識の不足などにより、主体的な情報発信を極 端に制限しようとしたり、インターネット等の設置を忌避したりする傾向が一 部に見られるのはまことに残念なことである。

 インターネット等の広域ネットワークは、学校や障害児が社会と具体的な関 わりを持つための窓であり、その窓は基本的には両方向から素通しであるべき である。個人情報の管理や保護と言うことに対する配慮は当然なされなければ ならないが、インターネット等の広域ネットワークは、情報を双方向に受信、 発信すること、すなわち相互に情報を流通させることによって、その意義と価 値を維持しているものといえる。

7 特殊教育からの提言

 本研究では、特殊教育諸学校の事例に絞って考察してきたが、現実には小・ 中学校に設置されている特殊学級においても個々の障害に応じた指導が行われ ている。さらに、厳密には障害児と呼ぶことはできないものの、通常の学級に も軽度な障害を持つ児童生徒や様々な教育的な配慮を必要とする児童生徒が在 籍している。障害児に限らず、こうした子どもたちの個々の多様な教育ニーズ をとらえ、本研究で述べられている広域ネットワークの活用などに代表される、 新しい教育観による柔軟な教育サービスを提供していくことによってこそ、個 性を伸ばし、「生きる力」を持つ子どもの育成が具体化されるものと考えられ る。

 インターネットを含む広域ネットワークの利用においても、単なる情報技能 に終わることなく、文化の創造やネットワークコミュニティづくりに直接的に 関わっていくことで最終的に障害の改善・克服を目指しているといった、障害 児の取り組みを客観的に受け止め、その生き方を通じて、すべての子どもたち がより人間らしい生き方を学び取ってほしいと願うものである。

8 まとめ(今後の課題と展望)

 インターネットは、我が国では短期間のうちに爆発的な普及を遂げ、イント ラネットの導入により企業は急速な近代化が図られた。しかし、学校教育では、 その研究や実践も緒についたばかりである。旧来の教育方法や内容との整合や 教育課程編成の確立には、今少しの時間がかかるものと思われる。そうした中 で、100校プロジェクトという企画は、学校教育に、広域ネットワークとい うインフラを整備し、パイロット的な先行研究を促した点で高く評価できる。 この特殊教育にかかる本企画に賛同、協力いただいた各学校の実践は、それぞ れ貴重な資料として今後インターネットや広域ネットワークが導入され、利用 される各学校や自治体に、大きな示唆と同時に多大な勇気と展望を与えたもの と信ずる。

 インターネット等の特殊教育への導入が、関係者や多くの支援者の連携によ り迅速かつ積極的に進められ、その結果、多くの障害児の幸福な未来につながっ ていくことを期待する。

最後に、本研究の推進に多大な協力をいただいた、文部省、通産省、IPA、CECのみなさま、そしてなにより多くの子どもたちに深く感謝をして、まとめにかえる。

神奈川県立第二教育センター研修指導主事 田村 順一
国立特殊教育総合研究所特殊教育情報研究室長松本 廣
東京女子大学現代文化学部助教授 小田 浩一
東京都立光明養護学校教諭 伊藤 守
佐賀県立金立養護学校教諭 小野 龍智
福島県立盲学校教諭 渡辺 雅彦
東京都立八王子盲学校教諭 三崎 吉剛
兵庫県神戸市立青陽西養護学校教諭 大石 博司
福井大学教育学部附属養護学校教諭 水野 雅人