実際に合うことでメールの限界を知る
ときに激しいやりとりもあるオンラインディベート交流

東北学院中学高等学校

学校の枠を越えた交流を図る
 「ディベート」というゲームがあります。これをオンライン、つまりインターネットを介してできないものかと発想したのが「オンラインディベート」です。
 私たちが知っているディベートでは、賛成、反対、二つのチームが議論を戦わせるとき、たとえば3分というように、もち時間を決めておきます。もち時間切れとともに、発言は強制的に終了させられます。限られた条件(時間)で、どのように主張を組み立て、発表するかがポイントなのです。
 インターネット上のディベートでは、この「もち時間制限」に相当するものを、「文字数」としました。ここが「オンラインディベート」のミソと、お話をおうかがいした東北学院中学高等学校の井口先生は破顔されます。
 高校生とはいえ、これはかなり厳しい制限条件です。文章表現能力より、もっと高レベル、文章中の要不要部分を、迅速かつ的確に選び出す判断力までが要求されるからなのです。
 いったんやり始めると、生徒たちはオンラインディベートに文字通りのめり込みます。そのとき、必ず、800字などという、与えられた字数では絶対的不足をきたすのだそうです。
 さらに、その文章は、決められた時間内に完成させ、ディベートの相手に送信しなければないというのがルールです。たとえば、その期限は受信したその日の24時まで、というような具合です。
 かくしてオンラインディベートでは、相手のメールメッセージが着信するのを一日千秋の思いで待つ、ということになるわけです。


公開授業として産声をあげた オンラインディベート
 オンラインディベートは、1996年、全日本教育工学協議会全国大会開催時に、産声をあげました。小学校、中学校、高等学校、それぞれで企画された公開授業の一環として誕生したのです。
 このときの参加校は、東北各地に点在する、男女共学校、女子高2校、男子校、養護学校の計5校。同じ年齢でありながら立場の違うグループを、意図的に集めたのだそうです。論題は「校則を廃止するべきか」などだそうです。
 公開された会場で、いわゆる普通のディベートを、各校の代表者が戦わせています。敷設したテレビ会議システムで、会場の模様を各校に中継しました。これを各学校にいて観戦、ネットワークを介して議論に介入していくというものなのです。
 インターネット未接続の学校もあり、ゼロから設備を整備しなければならないこともあったようですが、構築したシステムは稼働しました。しかしそれよりも、立場の異なるグループ間の違いをそれぞれが認識できたところが、いちばんの収穫だったということで、それが現在もオンラインディベートが継続されている理由であると思われます。
 現在では、最短2週間、最大で3か月を一単位とする、メーリングリスト上のやり取りになっており、Webサイトでこれまでの議論が公開され、誰でもが閲覧できるようになっています。


ネゴシエーションがボトルネック
 技術面での大変さはなかったそうです。強力なサポートがバックにいたので、要求を投げかけるだけで済み、本来集中しなければならない作業に専念できたからです。
 また、今普及しているインターネットの技術レベル、規模で何ができるかを追求するにとどめ、決して無理はしませんでした。前述した公開授業では、音声、画像を送信するCU-SeeMeではネットワークに負荷がかかるため、文字をやりとりするだけのチャットですませることにしました。
 むしろ、大変なのは、運営にかかわる人間対人間の調整だったそうです。まず、事前に各校の生徒たちを集めて勉強会をしようとすると、時間調整がなかなかうまくいかず、先生方の事前連絡用メーリングリストをフル活用したようです。また、生徒派遣の承認を得るための書類を書きまくったそうです。生徒たちが事前会合をもつにしても、その会合へ行って帰ってくる間に事故があったらどうしようか、などという心配もあるからです。
 また、ディベートというカリキュラムが、そもそも正規の授業として存在していないのはもちろん、学校によって、このオンラインディベートに対する解釈がまったく違いました。ある学校はクラブ活動であるとし、ほかでは国語の授業であり、また別の学校では課外で生徒有志が集まっただけ、というようなことから、各学校の取り組みの微妙な温度差があったようです。


メールというメディアの落とし穴
 現在実施している、メーリングリストで運用するオンラインディベートでは、たいへん困ったことが起こるのだそうです。それは、本来ゲームであるはずのディベートに、感情移入をしてしまうことなのです。相手の姿が見えないメールという新しいメディアであるため潜在的な恐怖感がまずあり、それが相手にやりこめられたとき顕在化してしまうのかもしれません。
 結果、メールを介したけんかが始まります。と、朗らかに笑いながら、実は今もそういう状況なんです、と、名越先生。井口先生とともにオンラインディベートにかかわっておられます。でも、これは、オンラインディベート初体験者のほぼ全員が通過するのだそうです。
 証拠に、そうやってメールでけんかをした相手と会ってみると、生徒たちは異口同音、会って本当によかったと喜ぶのだそうです。相手の顔を見るまでは、憂鬱だった彼が、友達を得て帰ってくるわけです。心温まる話ですが、逆に対面することなく、お互いの心に傷を残したままで終わると、とても痛ましいことです。心のケアも必要なのです。運営に関係されている方々の苦労がしのばれます。


サポートデスクの設置が急務
 インタビューの最後に、名越先生がお話された言葉が印象的でした。それはオンラインディベートという現場だけではなく、すべての学校にあてはまることだがと前置きし、「これからコンピュータが入ってくる4万校の学校は、ここまでに約100校が経験してきたこととまったく同じことを経験するのだと思うのです」とのことです。たとえば、前述した感情的なメールのやりとりが起こることと、それをどのように収拾するかということ。
 先生がおっしゃっておられるのは、「経験」の中には、素晴らしいこともあるでしょう、しかし、初めて体験するので足をすくわれることもあり、実は後者が大問題なのです。
 「100校プロジェクト」と各学校は、いわば、お互いの顔が見える「家族的な」つき合いができました。しかし、4万校ではこれは不可能です。ディベートをしているうちに「本気になってしまう」というような、思いもかけない事態は、やってみて初めてわかりました。
 「これこれの成果があがった」という報告で後進の人たちを啓蒙するのも大切ですが、ここがトラブルへの分かれ道だったという情報が容易に取り出せることはもっと大切だということです。

(取材対応者:井口 巌先生 名越幸生先生)


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