画面の向こうにアジアの友達がいる

愛知県名古屋市立西陵商業高等学校

日本の高校生のクリエイティブパワーは アジアを知ることから
 「日本は物質的には豊かだけれども、生徒たちはどんどん内向的になり、何とか友だちに嫌われないようにと不安神経症のようになっています。そういう現状を打ち破って、将来に向けたクリエイティブなパワーを出させていきたい。それには、異文化という異質な土壌の中で、自分の生活を見つめ直す視点が必要なのではないかと考えたわけです。」
 西陵商業高校の影戸誠先生が、100校プロジェクトで国際交流をテーマに選んだ背景には、こんな強い思いがありました。1992年には、教科として国際コミュニケーションコースがスタートしました。以後、影戸先生は、海外留学生を講師にした授業や、海外で生徒が直接交流を深めるなどの国際交流プログラムを実施していきました。1992年、93年当時、それをフォローするマシン環境は、DOS/V機1台のみでした。これを端末にメールを海外に転送するなどしていたのです。
 「でも、直接海外へ行ける生徒の数には限界があります。ビデオや手紙のやりとりも、レスポンスに2週間もかかるので、コミュニケーションが継続しにくい。何とか“画面の向こうは海外”という環境ができないかと考えていたところ、1994年に100校プロジェクトに選ばれたんです。これで専用線が確保できる。“渡りに舟”という感じでしたね。」
 当初は64kbpsの専用回線にサーバ、それに端末が2台という環境でしたが、早くも1995年5月には、西陵商業のホームページが立ち上がりました。当時ホームページを立ち上げていたのは、全国の高校でわずか3校という時代です。こうして、インターネットによる国際交流プロジェクトが本格的に始まりました。このころの交流相手は、主にアメリカでしたが、影戸先生は、欧米との交流を大事にしながらも、今の日本の子どもにはアジアとの交流が重要だとの考えを深めていきます。
 「アジアの人たちは表情が豊かで存在感があり、エネルギーにあふれていますね。そこには、東京オリンピックのときに沿道で日の丸を振っていた日本人の顔があります。アジアは近いし、歴史的にも日本と深い関係をもっている。しかもお互いに英語がセカンドランゲージなのでベーシックな英語を使うという点も、交流に適していると考えました。」
 早速、1996年、西陵商業を幹事校とした画期的な国際交流プロジェクト『アジア-高校生インターネット交流企画』(CEC共同利用企画)がスタートしました。当初は、電子メールやメーリングリストを使った交流でしたが、西陵商業のネットワーク環境も次第に整い、1998年には光ファイバ128kbpsに接続してCU-SeeMeを使った双方向会議をするまでになりました。参加国も、韓国、台湾、タイ、マニラ、ネパール、ハワイなどに拡大。活動は、国際会議の場でもたびたび紹介され、欧米を含めて国内外から注目されるプロジェクトへと発展していったのです。
 企画を通じて影戸先生が重視したのは、環境問題をはじめとする身近な問題を中心としたテーマの設定でした。また、韓国の商業高校との交流では、仮想の商品取引をする「バーチャル貿易」に挑戦するなど、共同授業も実践していきました。
 「国際交流が一つのイベントとして終わることのないようにするためには、日常的なコミュニケーションにしていくことが大事です。生徒にはできるだけ伸び伸びとメールを書かせると同時に、メールが来たら短くても必ずすぐ返事を出すように指導しました。」

オフライン合宿で生徒も教師も アジアの仲間と同じ釜のめしを
 「日本の子どもたちには、どうしても欧米の国との交流のほうがカッコいいという思いがあります。西陵商業の生徒も初めはそうでした。でも、アジアの仲間との交流を進めていくなかで、次第に意識変革が見られてきたのです。」
 こう語る影戸先生の手元には、生徒の成長ぶりをうかがわせる感想文が残されています。そこには、「私は他の国の言葉を知りたいと思っていたが韓国語を教えてもらってとてもよかった。韓国の文化も知りたい。」など、交流の楽しさ、意欲が伝わってくる一人ひとりのコメントがあふれていました。影戸先生は、1998年10月に生徒の意識調査を行っていますが、ここでも、交流前に比べ交流後には交流相手国への好感度が大きく上がったという結果を得ています。同時に、生徒自身、交流の前と後では英会話能力、英文作成能力、プログラム活用、ホームページの作成、論文作成能力などが大きく伸びたと自己評価していることもわかりました。
 「韓国語を教えてもらったとか、自分のメールに返事をくれたという事実が、相手国を好きな国にさせるんです。テレビで内戦や不況のニュースを見ると“○○さんは大丈夫かな”というように隣の人を心配するように心配する。ネパールとの交流でも、経済的に貧しいはずの人たちが、精神的にはとても豊かでハッピーなんだということを知って、もう一度自分や日本というものを見直す。それが確実なエネルギーになっていきますね。」
 ネットワークを通して大きな成果を得た『アジア-高校生インターネット交流企画』。その推進の裏には、人間関係を大事にする影戸先生の並々ならぬ努力がありました。たとえば、相手校を選ぶときにも、どの学校がふさわしいかを調べるため、新聞社を訪れて趣旨を話し、新聞社の紹介で相手先を訪問するなどの心配りをしています。さらに、学校の休みを使って交流校を訪ね、英語の教科書やネットワーク環境をチェックしたり、ネットワーク環境の整備をサポートしノウハウを提供するなどの協力を惜しみませんでした。共同授業に当たっては、相手校の先生と国際職員会議も開くなどして、コミュニケーションを図ってきました。
 生徒どうしも人間関係を深めることができるように、オフラインでの合宿も実現しています。京都府京田辺市で行われた平成10年度の合宿には、台湾、韓国、タイ、ハワイ、日本の5か国52名が参加。生徒たちは、2泊3日寝起きをともにし、ホームページの共同制作を通して、お互いの理解をさらに深め合いました。
 「あまり縛らず自由にやらせてもらったところが、大きな成果につながったと思います。ヘルプデスクなどのサポート体制も非常によかった。」と『100校プロジェクト』を総括する影戸先生は、一方でプライベートの時間がほとんどもてないほど教師個人に負担がかかりすぎる点を課題として指摘しています。「ハワイでは、インターネットの授業のために教科の担任に加えてネットワークを管理して指導する専任者、コンテンツアドバイザ等と3人体制です。もっとも、肝心なのは教師自身の教育に対する情熱と姿勢ですが。今後は、教育資源を国際的にシェアしていく時代です。次代を担う人材を育てるために、ネットワークでネットワークを育てるという考え方をしていく必要があるでしょう。」
 『100校プロジェクト』をステップとして、これまでの成果を定着させていくと同時に、今後は通信衛星なども使いながらきめ細かな国際交流を実現していきたいと、影戸先生は、プロジェクトの広がりに情熱を燃やしています。

(取材対応者:影戸 誠先生)


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