第III章 ネットワーク利用の成果と課題

3.1 教育的成果と課題(教師の役割含む)

3.1.1 共同利用/高度化教育企画を中心にして

1.はじめに

 インターネットの教育利用には、いくつかの視点がある。一つの見方は、1)教授手段としての利用(情報技術・メディアも含む)、2)学習手段としての利用(これは、さらに教科の学習目標を達成するための利活用と一般的な問題解決や自己表現・コミュニケーション・創造的な活動のための利活用とに分けることができる)、3)情報技術そのものについての科学的理解のための利用、そして最後に、4)情報化社会における社会的、経済的、倫理的認識・理解に関することである。このような視点を踏まえて、インターネットの共同利用、高度な教育利用のあり方を議論することができる。

 今までのところ、インターネットの利用形態は、次の内容に整理・分類することができる。

1.共同調べ学習(地域データベースの作成と共同利用)
2.ネットワーク会議
3.共同制作
4.ネットワーク・コンテスト
5.Web-電子教材の共同作成
6.ネットワーク・ゼミ
7.遠隔操作
8.テレ・ティーチング

 これらは、現実の学校の中で、限られた資源・予算のもとでさまざまな形態で展開・実践されてきた。このような手段や形態で展開されるインターネット環境での学習の背景に存在するであろう学習観を少し紹介しておく。

2.ポストモダン時代における新しい学習観

 21世紀に向けたポストモダン時代における新しい学習観とは何であろうか。コンピュータを道具として扱い、ネットワーク環境を前提とした教育・学習環境では、以下のような学習形態が出現してくるであろう。

1.社会的活動に参画するためのグループ活動と協調学習
2.探求的な実験学習におけるデータ、情報の評価と共有
3.洞察力を重視した問題の認識・発見と、質問と教示による学習
4.相互対話による知識の組織化・洗練化・概念化

 インターネット世界の学習は、学習者が教授者から知識を伝達されるような受身的なプロセスではなく、必然的に学習者自身が問題を発見し、構成し、目的に応じて情報を活用するプロセスととらえる必要がある。そこでの学習の成果を、単なる知識量の増減のみで定量的に測定することは適切ではない。また、それらの活動を行う能力・スキルを育成するための授業の形態も再考する必要がある。

 学習活動は、個人の内的活動のみならず、他者や外的世界との相互作用であるととらえることができる。学習者自身の振る舞いによって彼らを取り巻く環境が変化し、その変化をフィードバック情報として学習者は自身の振る舞いの評価を行う。これからは、学習環境の在り方、外的世界との相互作用を通じた知識の獲得・洗練、さらに自己の思考過程や他者の立場を認識するようなモニタリング能力の育成が求められよう。個人が仮説をたて、それを検証していくような活動が中心となると考えられる。


図1 情報教育の学習モデル
 図1にインターネット環境を利用した情報教育にかかわる学習モデルを示す。重要なことは、問題認識から出発することにある。そこでは、学習者自身の目的や問題解決における仮説の組み立てを伴う。そのために必要なデータの収集、そして調査・分析活動を通して、計画・設計という活動が生じる。この過程では、モデリングやシミュレーションという概念や考え方、さらに具体的なツールを通じて得られる解決案を導出する活動が期待される。そして制作や実施(具体的な問題解決行動)を図り、解決案の適切性を評価する活動が続く。そこに何らかの意義を見出すことができるならば、発表や報告書作成を通して他者に伝えたり、知見のデータベース化を行うという流れである。それぞれの活動過程において、データベース化による知識の共有や再利用と協調活動が可能な仕組みを作り上げるためには、ネットワークは不可避となる。同時に、これらの活動に対して、人と社会と情報技術との関係において“何のために”という問いかけを内省し、情報化社会への健全な参画態度を育成しうるような視点も教授すべきであろう。

 これらの認識から、マルチメディアを利用した教育システムの重要性はますます増大していく。マルチモーダルなインタフェースとその処理系は実世界の利用はもちろんのこと、疑似的な状況世界をグローバルに作り上げることができる。同時に“相互対話性”を保証することによって、状況的疑似環境と学習者の行為を動的に連結させることが可能となる。そして、学習者の意図で環境を変化させることができる。環境の変化は、いわば自己の思考過程の映しであり、その認識過程を認識させること(メタ認知)の教育も可能になる。そこでは、主体としての自己と客体としての自己をモニターし得るような相互に役割を演技し合う場面も必要とされる。このような環境の実現にインターネットやマルチメディアシステムの教育的意味が存在する。

3.高度化教育企画で試行したもの

 平成6年からの3年間実施された100校プロジェクトに引き続き、平成9年、10年の2年間、新100校プロジェクトと銘打った重点企画/自主企画が展開された。このプロジェクトの重点企画の一つとして、インターネットの高度化教育利用プロジェクトが実施された。平成9年度におけるその企画内容は、次の通りであった。

1.情報教育に関連する教育用素材の作成・蓄積および共同利用実験
2.定点観測データの共有・活用実験
3.障害児童・生徒のネットワークへのアクセスビリティ改善
4.既存データベースの活用

 そして平成10年度には、これらの4課題から2課題、すなわち

1.定点観測データの共有・活用実験
2.既存データベースの活用

に絞り込まれ、実践された。また、障害児関係のプロジェクトは、重複障害児童・生徒のネットワーク・アクセスビリティの改善として、この枠からは独立に展開された。以下、本プロジェクトで中心的な活動に焦点を絞り、その教育的意味、効果等について簡潔に述べたい。

(1)情報教育に関する教育素材の作成・蓄積および共同利用実験

 当初の目標は、@さまざまな教育素材について、それらの活用方法を検討整理の上、利用に適した蓄積や検索の方法を検討すること、A特定の分野を想定し、関連素材の共同作成を行う、というものであった。教育用素材のデータベース化の対象として、さまざまな教材(理科実験の材料、画像等)、評価問題、学習指導案、授業実践事例などが想定された。しかし、著作権、プライバシー、利用効果等の面を考慮し、今回は実験中止となった。

(2)定点観測データの共有・活用実験

 現在、学校で実施されている定点観測の結果を学習に有効活用するため、データ化の方法および提供(共有)の方法を実証的に検討することをねらいとしていた。ここでは、一本の樹、お天気観測、酸性雨、発芽マップ、ライブカメラといったトピックを設定し、共同学習がなされた。これらの実験は、本プロジェクトにおける中心的な活動であり、地理的条件の差、季節、天候などの要因を含んだ時系列的なデータを日本の各地域にある学校で共同観測を行い、データの違いを“科学の眼”で分析・検討するというものであった。

(3)既存データベースの活用

 新聞記事データベースを利用して、そのニュースを授業の中で活用する方法を調査し、さらに実践しようという企画であった。初年度はアンケート調査を行い、次年度ではいくつかの学校で利活用の実践がなされた。

4.教育的な成果

 ここでは、重点企画としてのプロジェクト活動を中心に、さらに5年にわたる100校プロジェクト全体を考慮し、成果を検討する。成果の評価視点は、(1)教師の視点、(2)学習者(児童・生徒)の視点、(3)教育行政者の視点、(4)地域・保護者の視点、(5)経済的視点とする。これらの視点から、さまざまな立場の関係者に対して行われたアンケート調査の結果をまとめる。

(1)教師の視点

 教師へのアンケート調査においては、教職員間の問題、児童・生徒への接し方、指導計画の立案といった観点から、データ収集・分析が行われた。その結果、教職員間の協力体制がより促進され、また情報交換、共有が図られたことが指摘された。また、児童・生徒への接し方においては、アドバイザー、ファシリテイターといった役割を持ち、児童・生徒との会話数も増え、さらに伝統的な型にはまった授業計画からより柔軟な指導の方法を意識するようになったことが示された。

(2)児童・生徒の視点

 児童・生徒へのアンケート調査においては、学習に対する興味関心、情報収集能力、情報活用能力、表現・発信能力について、教師の観察を介して調査・分析された。その結果、すべての項目において、従来よりも望ましいという回答が得られた。しかしながら、この成果を真に実のあるものとするためには、それぞれの事柄に対して前述のような能力が、どのような心理機制、メカニズムを持ち、それらの能力の普遍性(転移能力)は何なのか、さらにメディア操作力との違いは何か、といった点を詳細に分析していく必要があろう。

(3)教育行政者の視点

 教育行政者へのアンケートは、教育委員会を対象としてなされた。調査内容としては、学校におけるインターネット利用、教職員の理解、情報倫理的問題点について問うている。その結果、教育委員会自体が、インターネットの社会的意味、影響を理解し、さらにその教育利用と教育効果を期待する方向にあるということが見出された。また教育効果においては、従来の狭い学力観から広い学力観へ、すなわち生きる力、総合力、興味・関心、積極性という点で従来よりも評価されている。インターネットを授業で利用している教師とそうでない教師との間の軋轢は多少はあるものの、全体としては問題となっていないという結果であった。また、特定の学校の中だけに留まらず、地域に公開したいという積極的反応が多かった。最後に、有害情報の問題に対しては、その利用に危惧するものの悪影響はないとする回答が全体の6割であったことは注目すべき点であろう。

(4)地域・保護者の視点

 地域・保護者に対しては、聞き取り調査がなされた。その結果からは、インターネットの積極的な利用が望まれていることがわかった。これは、学校よりも実社会で経済活動をしている保護者のほうが、必要性を感じていることの表れであろう。筆者が公民館などで講演し、各種のアンケートを行った結果、地域社会での市民のインターネットに関する興味はきわめて高いことがわかっている。ここでの問題は、健全なネットワーク利用のマナー/態度の形成であろう。

(5)経済的視点

 インターネット導入・運用に毎月、さらに年間では、どの程度の費用がかかるのか。また、その運用において、どのような業務が発生し、どのような人材が必要なのか。このような観点からの費用対効果を検討する必要がある。さらに教師の新たな役割や授業形態にかかわる研修のコスト、必要となる教材・教具、素材、各種ソフトウェアの購入や利用契約形態、バージョンアップ等の要因をすべて考慮した上で、経済的コストと教育効果を検討し、関係者の理解を得ることが必要となる。

 

 本100校プロジェクトの教育的効果(意義も含めて)は、次のようにまとめることができよう。

1.従来の学力観から計画、表現、創作、協調、興味・関心といった新しい学力観を学校文化の中に定着させたこと
2.情報活用能力という概念が、実践を通して明確化されたこと
3.インターネットによる学習を通して、情報技術へのアクセス、それらの操作リテラシー形成、情報化社会の実体を肌で感じ、理解し得たこと。そしてマルチメディアという技術の実体験を通して、情報教育の一貫として情報科学・技術についての学習が、間接的であるにしろ、実行されたこと
4.学校と地域とを結ぶ活動を掘り起こし、新しい実践カリキュラムの構成力を育成できたこと
5.各教科での問題解決的、道具的なネットワークの利活用に関するノウハウが蓄積されたこと
6.閉じた学習空間から開いた学習空間へのイメージが経験的に得られたこと
7.プロジェクト・ベースの学習活動を教師、児童・生徒が経験し、新しいグループ学習のモデル化が図られたこと

 一方で、問題点あるいは留意しなければならない点としては、次の事柄をあげることができる。

1.システムのメンテナンス、トラブル発生時の対応やそれによる授業の混乱の問題
2.授業の準備に多大の労力を要したため、他の教育的業務がおろそかにならざるを得なかったこと
3.情報公開についての基準がないため、各教師の個別的判断に委ねられ、教育的な観点から適切な対応が取れたか否かという問題
4.限られたクラスでの利用にならざるを得ない状況に、他のクラス、教師の理解が真に得られたか否かという問題
5.真に児童・生徒の学力が形成されているか否かという問題

5.教師の役割

 インターネット等を利用した教育(授業)において、教師の役割は明らかに変化するであろう。従来の一斉授業での教師の役割は、いわば知識の伝達者であった。そして、そのことを前提にした各種の学習指導、生徒指導が存在した。しかしながらインターネットやコンピュータ、多様なメディアを利用した授業において、教師はいわば学習環境のデザイナーであり、かつコンサルタント、アドバイザーといった役割が求められる。さらに個別学習やグループ学習を効果的に成立させるための各種リソース(教材、教具、マニュアル、素材等)の適切な仕入れと準備といった業務が求められる。しかしながら教育という活動の本質は、知識・技能の形成と物事を正しく判断する力の形成である。上述の役割はそれを放棄するものではない。むしろより頻繁に、適切なチェックとフィードバックが求められる。ややもすると児童・生徒の自主性を重んじるあまりに放任という現象が見られなくもないであろう。そのような授業は、むしろ授業の崩壊を招く。緻密で綿密な指導計画が一層求められ、学習活動をモニターする厳しい眼力と迅速な診断・処遇を施すための指導力がより求められる。今後、このような新たな指導力を形成するような研修が求められる。

 さて、本プロジェクトの実践から観察された教師の役割、および指導上の観点、求められる能力を具体的に検討してみよう。

1.質問による学習/説明による学習/制作することによる学習をグループ活動(協調作業・学習)とともに展開できる役割
2.プロデューサ/コーディネータとしての役割
3.児童・生徒の情報収集、活用、制作能力、さらに情報検索、研究スキルを形成させるスーパーバイザ的役割
4.情報の評価力を形成させる役割
5.メディエーター的役割
6.多量の情報に惑わされない自己確立のためのカウンセラー的役割
7.必要な情報技術にかかわる知識と操作力、そしてそれを教具として、利活用できる必要最小限のスキル
8.適切な情報を収集、選択できるガイド力
9.授業のデザイン力
10.教員組織のマネージング
11.他校の活動や社会の進展を把握し、関連資料を収集し、適切な教育活動を図る意思決定能力(マーケッティング力)
12.知識伝達のみならず、学び方の指導
13.児童・生徒のみならず教師の支援
14.情報倫理とマナーの指導

 新たに求められる教師の役割はどれも重要ではあるが、その遂行はきわめて困難なものでもある。やはり、着実な経験と工夫を通して獲得されるものであろう。それらのノウハウが研修(特に、実習)対象として伝達されなければならない。そのためにも、今後教員研修や教員養成において、座学的な形態ではなく、実践的な研修プログラムの開発が重要である。これもCECの重要な今後の役割(課題)となろう。

 

6.評価のあり方

 5年間にわたる100校プロジェクトの評価は、どのように考えればよいのであろうか。短期的な視野からの評価としては、定量的ではないにしろ、有意に肯定的な意見が寄せられている。ここでは、もう少し長期的な視野から、すなわちデジタル情報通信技術を中心とした21世紀社会における我々人間の学習にどのような影響、意味をもつのかといった観点から、本プロジェクトを論究してみたい。そのために次のような五つの評価軸を設定する。

1.デジタル技術によって、あらゆる形態の情報が、同一場で表現・処理することが可能になった。さらに、マルチメディアと呼ばれる一種のメタ表象的な土台が提供されるようになり、そこに多様な価値を持った人工物を創造することが可能になったこと
2.時間的、空間的な垣根を取り払った相互交流、活動の場(サイバースペース)を提供し得ること
3.サイバースペースにおける諸活動がデジタル記憶され、共有と再利用が可能なこと
4.さまざまな活動を支援、補強する道具(表象・認知・創造行動の増幅器)として、ネットワークが利用可能なこと
5.情報技術は、政治経済、産業、医療、教育、福祉、環境、研究活動などあらゆる分野において、それらの活動、営みを質的に変化させるような触媒的機能を有すること

 このような評価軸に照らし合わせてみると、間違いなく、本プロジェクトは、大きな社会的、教育的貢献を果たしたと結論付けることができよう。

 最後に、“思考の様相モデル”という視点からインターネット社会での能力観と本プロジェクトの位置付けを考察し、本稿を閉じたい。学習の対象となる領域として、“教科書内の世界”に代表される“よく構造化された世界(well-structured world)”と、“教科書外の世界”である“構造化されていない世界(ill-structured world)”が想定される。重要なことは、教科書外での仮定の無い世界(実社会)での学習であり、かつ自己設定した仮定が正しいか否かが時間、環境の変化によって変わるような世界での学習(思考の様相的ロジック)である。現実の社会は、このような世界であるととらえられる。これらの環境での思考形態は、表1に示すように大きく四つに分類することができる。すなわち合理的思考、実証的思考、批判的思考、そして自立的思考である。ここでいう合理的思考とは、数学における定理・公理、理科における原理などの既知の知識を、具体的な対象や問題解決に適用してある解を導く思考を指す。実証的思考とは、たとえば、実験計画や手続きを組み立てられる学力である。換言すれば、対象を客観化できる思考力である。批判的思考は、状況の欠点や矛盾、問題点を見出し、検討する思考である。最後に自立的思考は、固定的な見方を受け入れず、自分に対しても概念構造や考え方などを再度内省し、対象の本質を見抜くような創造的な思考形態を指す。

 従来、学校における学習は、よく構造化された教科書の中での閉じた世界での合理的思考や実証的思考が重視されていた。学習者は正しい知識を受け入れ、それの使い方を学んでいたのである。これからは、自分で問題を発見し、解決していくような能動的・主体的な学習者を育成するために、批判的思考、自立的思考の育成をめざした教育が求められよう。本プロジェクトは、構造化された世界と構造化されていない世界における実証的・批判的・自立的思考を含む領域に位置すると考えられる。情報化がもたらす学習環境は、従来の構造化された世界における思考形態を有していた学習者に対し、構造化されていない世界での思考活動への移行を促進し、育成支援をするために有効であると思われる。

表1 思考の4つのモデルと高度化教育利用プロジェクトの位置づけ
 


CEC HomePageインターネット教育利用の新しい道