3.3 特殊教育における広域ネットワーク利用の意義

 我が国における特殊教育は、心身に障害のある子どもたちに対する普通教育の一環として、「特別な教育課程」と「特別な教育方法」のもとに特殊教育諸学校と特殊学級において行われている。これらの学校ならびに学級は、障害による学習上の不利に応じた個別で専門的な配慮をしつつ、限りなく一人ひとりの可能性を発揮させるために個々の障害児の教育ニーズに応じたきめ細かい教育活動を行っている。

 特殊教育諸学校は、障害の種別に応じて、視覚機能に障害のある子どものための「盲学校」、聴覚機能に障害のある子どもの「聾学校」、知的発達に障害のある子どもの「知的障害養護学校」、運動機能に障害のある子どもの「肢体不自由養護学校」、病気療養が必要な子どものための「病弱養護学校」の大きく五つに分かれている。なお、知的障害、運動機能障害、病弱の3種類の学校は総称して「養護学校」と呼ばれるが、通常は障害の態様とそれに対する対応の違いによって、それぞれ異なる教育課程で運営されている。しかし、最近は複数の障害を併せもつ、いわゆる「重複障害」の子どもも増えており、より個別性に応じた教育対応が求められるようになってきた。

 こうした子どもたちの障害種別に応じた対応はそれぞれ異なるため、彼らへのインターネットをはじめとした広域ネットワーク(以下、インターネット等という)を活用した教育のあり方や方法論もまた多様にならざるを得ない。

 しかし共通していえるのは、障害ゆえの移動の困難さや、学ぶ場が分けられているための交流範囲の狭さをインターネット等が補い、豊かな情報活用や人的交流を可能にしてくれることへの期待が大きいことである。それが実現すれば、従来の教育方法以上の教育活動の広がりをもたらし、障害のある子どもたちにとって最も大切な社会参加に向けてのさまざまなスキルの獲得に大きな可能性を開くことになると考えられる。

 このように大きな期待を抱かせるメディアとしてのインターネット等の利用であったが、実際に活用するにあたって大きな課題になったのは、現在のコンピュータ環境やネットワークの環境が、障害のある人々や、まして子どもたちが使えるような配慮が十分とはいえず、個々の子どもに応じた「アクセシビリティ」(情報へのアクセスを可能にするための手だて、転じて障害に応じた操作環境改善や支援の方策)を講じる必要があると言うことであった。とりわけ問題となったのは、GUI(グラフィカルユーザーインタフェース)であるために、かえって視覚に障害のある子どもにはWeb画面が読みとれないことと、運動機能に障害のある子どもにはポインティングデバイスによる操作が困難となり、結果的にインターネット等の利用そのものが困難ということであった。

 そこで、当面はこれらの障害種別を中心に、障害に応じたアクセシビリティのあり方を実践的に検討しながら教育活動を展開することとした。

 

3.3.1 対象校における実践と成果

 100校プロジェクト開始当時、特殊教育で対象校となったのは盲学校2校(筑波大学附属盲学校、福島県立盲学校)、聾学校3校(東京都立大田ろう学校、大阪市立聾学校、兵庫県立神戸聾学校)、知的障害養護学校1校(福井大学附属養護学校)、肢体不自由養護学校1校(東京都立光明養護学校)、病弱養護学校1校(東京都立光明養護学校そよかぜ分教室)の、計8校であった。なお、新100校プロジェクトに移行する時点で、神戸聾学校は校内事情から参加を辞退している。

 各校は、障害種別が異なると実質的に障害への配慮や教育課程も教育方法も異なってしまうため、それぞれの学校種別内では積極的な連携や相互支援も行われたが、学校種別を越えた交流や協力体制はとりにくかった。しかし、実践校の中に同一障害種別のない養護学校3校と福井県立盲学校は必要に応じて協力体制をとって実践を進めることができた。

 

(1)盲学校における実践

 さて、まず盲学校においては、筑波大学附属盲学校では、アメリカ製の最新の視覚障害者向けピンディスプレイ(画面文字をピンの凹凸に替えて出力し、指で読みとる)などを導入し、その利用について試行錯誤を続けた。また、GUIであるWeb画面を、いったん「Lynx Mail Gateway System」という翻訳システムをおいたサーバに送り、それをメールの形(テキスト形式)で返送してもらって音声合成装置にかけるという方式による読みとり方策を検討した。また、福島県立盲学校では、これらのシステムを活用しつつ、一般高等学校とのオンラインディベートの実践を行った。実際にはオンラインというわけにはいかず、電子メールの交換によるディベートとなったが、障害を意識せずに進められる新しい交流の方法として大きな効果が報告された。

 

(2)聾学校における実践

 東京都立大田ろう学校、大阪市立聾学校、兵庫県立神戸聾学校の聾学校3校は、同一障害の実践校が3校あるという利点を活かし、相互に連携を取りあい、交流を進めながらインターネット等の活用について実践を深めた。3校で連携できることのメリットが生かされ、豊かな交流が行われた。

 

(3)養護学校における実践

 知的障害養護学校である福井大学附属養護学校では、障害に配慮したひらがなホームページなどを提案するとともに、大学生ボランティアによるWeb教材作成や日常的な交流など、機器によるアクセシビリティではなく、人的な支援の輪を広げることによる活用の拡大を図った。

 東京都立光明養護学校においては、運動機能の障害に応じた入力機器を検討するとともに、教育活動の中で子どもたちの積極的な情報発信を促し、子どもたち自身の自主性によるホームページ作りなど、活発なネットワーク活用を進めた。また、在宅児の支援を想定して、CU-SeeMeを利用した遠隔授業などの試行も行った。

 最後に光明養護学校そよかぜ分教室では、病気療養児の心理に配慮しながら情報発信を試み、メールボランティアの暖かい支援もあって、確実に情報連携を広げてきた。

 これらの実践を通じた、なによりの活用成果は、インターネット等で豊かな情報アクセスを経験することによって、学習に参加した障害児の世界観や社会観が広がり、自ら積極的に情報発信していくことや多様な人々とつながりあうことに喜びを見出したことである。

 むろんそれを陰で支えた教師の指導の力も大きいが、それに加えて多くのメールボランティアなど、子どもの発信に応じて励ましや感想を送り続けた人たちの功績も大きい。そうした広域のコミュニケーションを体験することが、なにより障害児の世界を広げる結果につながったと考えられる。

 さて、こうした実践で明らかになってきたことは、まずそれぞれの障害種別に応じたアクセシビリティの技術には、まだまだ研究と開発・普及の余地があるということである。もとより個別性の高い支援ニーズをもつ障害児には、その支援機器の開発とフィッティングに、より大きな力を投入すべきである。これらは決して少数の障害児のためだけの「福祉機器」としての特殊な装置ではなく、アクセシビリティの技術が、高齢者をはじめとした多様な支援ニーズのある人々の情報アクセスの機会を飛躍的に伸ばすことにつながるということに留意する必要がある。特殊な機器や極端にコストのかかるシステムばかりが必要なのではなく、多様なユーザーを想定した「使いやすい」システムを追求することで、障害児の多くはインターネット等の利用が可能になる。これらの発想を工業デザインにおける「ユニバーサルデザイン」というが、誰をもユーザーとして例外としない理念は、今後の高齢化社会、支援ニーズを多くの人がもつ相互支援社会において重要な思想である。

 また、アクセシビリティなどのテクノロジーの普及と情報の共有についての実質的な活用推進に大きな役割を果たしたのは、100校プロジェクト発足当時から関係者と支援者の相互支援のために設置したメーリングリスト「edhand」の存在である。テクノロジーや活用のノウハウは、前記のようにまだ開発途上であり、各校の担当者数名の知識や技術力だけですべてカバーできるものではない。メーリングリスト「edhand」は、徐々にメンバーが広がり、現在100名以上が相互に支援しあい、意見を交換しあう「論壇」の役割を果たし続けている。

 

3.3.2 担当者および学校からの評価

 今回の調査により、各実践校から100校プロジェクトの意義等について、さまざまな意見をいただいた。各学校ごと、あるいは障害種別ごとの事情があり、サンプル数も少ないため数的な評価分析や相対的な比較には意味は少ないが、どの学校においてもインターネットをはじめとする広域ネットワークを教育に取り入れる意義については、高い評価が寄せられている。特に「子どもの社会を見る観点が変わった」、「子どもの意欲面や国語能力など関連領域にもよい影響があった」などとする前向きな意見が目立った。ところが、学校全体のインターネット等の利用が進んだかという問いには、「あまり変化がない」という声も少なくない。これは、多様な支援ニーズをもつすべての子どもが利用できるアクセシビリティ環境がまだ整っていないこともあり、もとより個別な教育課程で指導されることが多い特殊教育では、どうしても担当者の周辺の限られた子どもの活用にとどまらざるを得なかったためと考えられる。より多くの子どもたちが、インターネット等を活用することが望ましいとはいえ、特殊教育においては、一律な指導を行うのではなく、ネットワークを利用することで個に応じた教育目的(たとえばコミュニケーションスキルを育てる、など)が達成できる子どもたちに、個別な指導方法の選択肢の一つとして無理なくインターネット等を活用していくという各校の実践は理にかなっている。また、校内の教師集団としての共通理解や相互支援については、厳しい現実が示された。

 それは「機器の活用や指導が一部の担当教師にゆだねられ、それ以上に浸透しない」という事実である。これは先に述べたように、特殊教育においては教育課程が個別的であり、教師も必ずしも一斉に同じ教育内容を担当するというわけではないという事情も大きい。

 また、実践にあたってはコンピュータ知識だけでなく、アクセシビリティについての技術的負担がどうしても大きくなり、一部のコンピュータ等に詳しい担当者以外の周辺になかなか実践が進まないものと考えられる。「サーバのメンテナンスを、授業を持ちながら担当教員がするというのはあまりに負担が大きい」という声に、各実践校の担当者の置かれた状況が象徴されている。後述するが、その解決にあたっては、校内外の技術支援体制や人的なフォローアップが必須条件である。

 次に指摘が多かったのは、回線設備の維持の問題である。各実践校に設置されている回線設備は高速な専用線接続が中心だが、100校プロジェクト終了にあたって設置者である地方公共団体の都合によりダイアルアップ接続にスケールダウンした学校もある。そこでこれらの環境を比較して、「特殊教育においてはぜひとも専用線接続環境が必要」という声が多くあがっていた。障害のために情報を読むにしろ、発信するにしろ時間がかかる障害児には、たしかに接続時間を気にすることなく、高速に画面表示できる回線設備が必要である。こうした意見は、今後特殊教育諸学校等にインターネット環境を構築する上で、大切な示唆を含んでいる。

 あわせて、せっかくのインターネット等の環境整備試行プロジェクトでもあったはずの100校プロジェクトの環境と、現実に学校や設置者が維持できる環境との間に大きなギャップがあるように思われる。

 

3.3.3 今後の課題

 各実践校での活動結果、意見集約を総合すると、特殊教育におけるインターネット等の教育利用においては、次のような教育的効果があげられる。

・障害による移動の困難や、交流範囲の狭さをインターネット等が補い、いながらにして情報収集や発信ができるようになった。
・多様な人々との交流によって、コミュニケーションスキルを伸ばすことができた。
・情報の自己発信の体験により、自らの障害観や社会観を成長させることができた。
・新しい社会参加の方法としてのネットワーク活用スキルを身につけることができ、学校卒業後の生きる力につながる展望をもつことができた。
・それぞれの障害の状態に応じた支援機器や方策の研究が進んだ。

 一方、課題として次のような項目が指摘された。

機器整備、環境の課題

・アクセシビリティ(障害に応じた支援方策)の研究が十分ではなく、多様なニーズに応じた機器開発や支援方策のさらなる研究の必要性が浮き彫りになった。
・既製のコンピュータ関連機器、インターネット環境の障害者への配慮が十分ではなく、またそうした配慮についての情報が学校教育関係者間で共有されていない。
・インターネット環境は十分な機器・回線設備が必要である。(地域ごとに整備する際にもそうした配慮がほしい)

支援体制、研究の課題

・インターネット等を特殊教育において活用するためには、操作面や理解面等において、障害児が負担やストレスを感じることがないようなさまざまな支援方策が必要になるが、その技術を学校の担当教員が負担するには限界があり、地域ごとあるいは全国レベルでの支援システムが必要である。
・教育方法や校内体制等についての研究や先行事例の共有化が必要である。
・メールボランティアなどの人的な育成と配置が必要となる。

 これらをふまえ、今後の課題としては、まずアクセシビリティ(支援方策)の研究と意識化を図る必要がある。インターネットやコンピュータが高機能化するに従って、その支援方策もまた広がっていく。そして支援方策の選択肢が増えるほどより多くの障害児の利用が促進されるという「相互作用」が生じる。今後、あらゆる機会を利用して支援方策の技術や理念を研究していく必要がある。

 もう一つの課題は、学校における活用を支援するシステムや人的資源の検討である。特殊教育諸学校では、障害のために可能な限り高機能の機器設備が必要となる。そのためにはメンテナンスなどを支援する外部機関がないと教師の負担が大きくなり過ぎる。

 またアクセシビリティの試行錯誤やフィッティングのためには、コンピュータ技術とはまた別の知識や技能が必要となるため、そうした支援を行う機関や支援のためのコミュニティが必要である。本研究のためのメーリングリスト「edhand」がその役割を果たしているが、こうした全国組織を今後も維持していく必要がある。

 さらに、これらの教育活動や子どもの発信を支えてくれるようなメールボランティアの存在も重要である。教育方法や技術開発にくわえ、人材育成方策についての研究も進めていく必要があろう。


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