3.4 ネットワーク利用の技術的成果と課題

3.4.1 ネットワーク利用の技術的成果

1.個々の学校のインターネット利用環境の確立

 100校プロジェクトの目的をひと言で言えば、全国から選んだ100校の学校にインターネットを利用する環境を提供し、この環境を利用して、どのような学校教育活動が可能であるかを実証することであった。この計画が立案された1994年当時、わが国におけるインターネット利用は始まったばかりであり、全国規模でのこのような実証実験の前例は皆無であった。米国でも、この前年から、幼稚園から高校までの学校教育にインターネットを活用するK-12プロジェクトの実験が緒についたばかりであった。したがって、100校プロジェクトの実験を開始するには、まず、対象校に提供するインターネット利用環境を用意する必要がある。

 それには、@校内LANの構築、AこのLANとインターネットとを接続する中継点の提供が必要であった。Aについては、前出の2.2節で記述したように、地域ネットワークがその地域にあるプロジェクト対象校に対してインターネットへのトランジット機能を提供した。@の校内LANの構築については、1台のサーバシステムと1台のクライアント用のPCが提供され、これらはハブを介して接続して最小規模のLANを形成し、このLANはルータを介して、専用回線によって地域ネットワークのNOCと接続した。

 前出の2.2節でも述べたように、この通信回線としては、2種類が提供された。これらは、一方が64kbpsのデジタル専用回線であり、他方は3.4kHz帯域のアナログ専用線であった。対象校がアナログ専用線を使用した場合は、最大限28.8kbpsの転送速度をもつモデムが導入された。このように、100校プロジェクトの場合、インターネット利用設備として特徴的なことは、@どの対象校に対しても、インターネットへの接続回線として、専用線が使用されたこと、A広域の上位網に対する学校側の接続方式は、いわゆる、LAN方式の接続であることである。この二つの条件は、接続時間が増加しても回線使用料がかさむことを心配する必要がないこと、また、学校内のコンピュータを増設して、授業利用実験の規模の拡大を可能にするものである。同時接続のコンピュータの数の増加には、上位網との接続回線の高速化が必要になるが、上記のような条件でプロジェクト運用ができたことは、実験に取り組む教師たちの積極な気持ちが削がれることないような配慮から出たものであった。

 このプロジェクト開始後の2年間に、ほとんどすべての対象校で、インターネットの積極的な利用が行われ、活発で多様な実験事例が積み重ねられ、これらの成果が、事例発表会、インターネット上へのWebページによる情報発信、マスコミ報道等を通じて、社会的に大きな関心を呼ぶことになったのは、このようなネットワーク設計の結果であろう。

 

2.ネットワーク運用

 各対象校におけるシステム立ち上げ後の運用は、全般的には、順調に推移したと考えられる。校内システムの運用管理は、主としてそれぞれの学校内で本プロジェクトの推進者の役割を果たした教師によって担当された。プロジェクト参加への応募時に中心になった教師がプロジェクト実験の立ち上げ時や開始後の運用時に他校へ配置替えになった対象校では、適当な後任者が現れないために、運用が不活発になってしまった例もあるが、大部分の対象校では、応募時およびシステム立ち上げ時に中心的役割を果たした教師が、運用管理においても積極的な役割を果たしている。

 多くの学校で共通して多かったインターネットの利用機能は、WWW(World Wide Web)の参照(ブラウジング)と、自校の情報のWWWページの作成と発信であった。このWWWページの作成は、最初は上記の中心的教師によって始められたが、すぐに、他の教師や生徒(特に高校の場合)へと広がっていった。このようなWWWサーバ用としてIPAが用意したコンピュータシステム上に自校のWWWページを開設することができたが、それでも、インターネット側からみると高々28.8kbpsのバンド幅でしか情報を運べないアナログ専用線でつながった学校内のサーバにWWWページを開設する例のほうが圧倒的に多かった。

 利用機能の中で次に多かったのは、電子メールの利用であった。「aimiteno」と名づけられたCECが運用するメーリングリストを運用する電子メールの連絡網は、障害対策も含め、発生するさまざまな運用上の問題についての質問や要望を解決する役割を果たした。地域ネットワーク側に直接、質問や支援要請が寄せられ、地域ネットワークの担当者が支援にあたった例もあった。

 システム運用時の問題として最も危惧されたのは、トラブルシューティング、すなわちシステム障害発生後の障害原因の追及と解決であった。実際に障害が発生すると、システム導入業者のオンコールメンテナンス、メーリングリストへの質問、地域ネットワークの支援等によって、この回復がはかられるが、障害によっては、ひと月位の間、接続不能に陥ってしまった学校もある。しかし、一般的には、ほとんどの障害は比較的早期に解決している。障害の克服を体験するたびに、学校内のシステム担当者の運用管理の技術力が増していくこともあって、各対象校の運用が2年目に入る頃には、運用の安定度が増していた。3年目に入ると、多くの対象校でシステム運用の担当者の配置替えが行われるようになり、そこでは、次世代の運用管理者が生まれている。

 IPAとCECでまとめたインターネット利用者マニュアル(サーバ編とクライアント編)も対象校にとっては、大変有益な資料であり、その他、メーリングリストに寄せられた質問とその答え(Q & A)も近く整った資料にまとめられる計画になっている。これらは、100校プロジェクトの実践を通じて得られた運用技術のノウハウの蓄積であり、これからも、多くの学校のインターネット接続と利用環境の運用において参考書として役立つであろう。

 一部の地域ネットワークのNOCでは、プロジェクト対象校の通信トラフィックの監視が行われていた。TRAINの中心NOCである東京大学大型計算機センターや、 TRAINの分散NOCである山梨大学情報処理センターでは、長期にわたって、トラフィック監視が行われた。

 それを見る限り、100校プロジェクト対象校の通信トラフィックは、大学等の場合に比べると、かなり少なく、平均的な利用量を持つ大学のトラフィックの数パーセント程度であった。100校プロジェクト対象校を接続した地域ネットワークでは、元々NOCにおいて地域内の大学等の組織からの通信回線の接続セグメントまたはハブにおいて接続運用を行っているが、それとは別に100校プロジェクト対象校の接続セグメントまたはハブを設置して、対象校との接続運用を行った。上述のように、大学等のトラフィックに比べ100校プロジェクト対象校のトラフィックはかなり少ないので、トラフィック制御面での地域ネットワークの負担は少ない。

 負担という面では、接続のための機器が占める空間の大きさやそれを格納する筐体の設置面積はトラフィック量とは関係がないので、NOCルーム内で、大学等を接続する機器群に匹敵する大きさの空間を100校プロジェクト用の機器が占めること、機器類の消費する電気代程度の負担があること、また、数校とCU-SeeMeリフレクタと接続する経路上にこのNOCがある場合には、かなり目立つトラフィックがNOCの集中することであった。

 デジタル専用線による接続では、日常的なNOC運用の障害はほとんどなく、安定していた。モデムを使用するアナログ専用線接続の場合は、時折、対象校側の要請でモデムのリセットスイッチの押下等の些細な作業が発生することがある。総じて言えば、100校プロジェクトのNOC運用は、非常に安定しており、NOC側に大きな負荷が発生することはなかった。全国的に広く分布していた対象校を、各地の地域ネットワークのNOCに分散して接続したため、NOCに対する負荷も分散化したため、上述のNOCでの安定、かつ軽負荷運用が実現できたものと考えられる。

 

3.地域展開活動

 平成9年度から、100校プロジェクトは新しい段階に入った。それまで(準備1年間、対象校の実践2年間)は、この節の冒頭でも述べた、個々の学校のインターネット利用環境の確立とこれを利用した教育実践によりインターネット活用教育の可能性を確かめる実践の段階であった。この実践を通じてインターネット活用教育の重要性あることが確かめられ、今後、インターネットを利用する学校教育を進めていくための準備となる全国的なモデル校プロジェクトが次々に始まる状況を迎え、平成9年度からは、それまで100校プロジェクトの実践で得られた成果、経験と教訓を100校プロジェクト対象校の周辺の地域にある学校に広げていくことを目的とする実験、すなわち、地域展開の実験を試みることになった。これには、このための具体的な実践企画を作り、この企画の実践を進めていく方策を採った。平成9年度から平成10年度にかけてのこのような事業は、新100校プロジェクトと呼ばれている。具体的な企画としては、100校プロジェクトの対象校やその他のインターネット利用を進めている多くの学校や自治体の教育センター等からの提案募集を行い、この中から重点企画の実践をIPA/CECの事業として行い、その他の学校から提案された企画は、自主企画として、各学校で実践するための補助が行われることになった。平成9年度は、右表の重点企画を実施した。なお、これらの企画は、その実践活動の範囲や性格によって、四つの型に分類した。

地域
企画名
教育センター型 山梨県 山梨県総合教育センターの活動
教育センター型 佐賀県 佐賀県教育センターの活動
学校交流型 福島県阿武隈地区 あぶくま地域ネットワーク
グループ交流型 大分県日田地域 日田地区の学校ネットワーク

 この重点企画の活動は、活動自身はそれぞれの地域が、このために組織された研究会で検討して自主的に決め、それにしたがって、それぞれの地域の組織が活動するものであるが、新100校プロジェクトとしては、この研究会活動を支援することを通じて、その実践からインターネット活用教育を地域で広げていくための学校ネットワークについて方法、成果と教訓、具体的事例やノウハウ等を明らかにする目的をもって始められた。

 平成10年度は、下表の重点企画を実施した。

地域
企画名
学校交流型 岐阜県輪之内町 輪之内町の学校ネットワーク
グループ交流型 広島県広島市、呉市 広島市、呉市内9校の学校ネットワーク

 平成9年度および平成10年度のこれらの重点企画の活動では、ネットワークに接続する各学校内のインターネット利用環境、すなわち校内LANの構築と運用については、平成8年度までの100校プロジェクトでの活動内容や経験が踏襲され、さらに高度化された内容を持っている。教育センター型の企画では、県の教育センターが、かつて地域ネットワークが果たしたNOCの機能を果たすとともに、そこに接続する各学校のWebサーバやメールサーバを、そのNOCサイトにおいて提供する機能を持っている。その意味では、100校プロジェクト時代のネットワークより、さらにNOCへの依存度を高めた形態のネットワークになっている。サーバの資源強化や障害対策、有害情報の遮蔽、研修、経験交流の種々の方策等の実施に有利である。反面、システム強化の内容や運用のやり方が教育センターの方針に依存するトップダウン的な意思決定の要素が強くなる可能性がある。また、NOCシステムの障害等によるダウンは、ネットワークに接続する全学校のインターネット利用の一斉停止につながる大きな弱点が生まれることになりかねない。この対策としては、ネットワークの冗長システムや冗長経路の配慮が必要になる。

 学校交流型企画の活動は、いくつかの村を含む地区や町を活動領域とし、地区の自治体教育委員会の計画でネットワークが作られる場合でも、実際のネットワーク展開は、100校プロジェクト時代の経験や人材や、地域のボランティアの協力に頼って行われる点で、ボトムアップ的なネットワーク運用が期待される。グループ交流型では、ネットワーク展開における地域のボランティアへの依存度が大きく、この中の有能な技術者や研究者の指導や支援に依存する度合いも大きい。一方、この型の場合、地域内のすべての学校がそのネットワークに接続してくる保証はないし、どちらかといえば、インターネット利用に積極的な学校や活動的な教員がいる学校どうしのネットワークになりやすく、活発な実践例が生まれることが期待されるが、教育行政とのタイアップも、今後の運用にとって重要になる。

 ネットワークの構築や運用の技術、ネットワークを利用した教育実践のための情報活用技術も面では、新100校プロジェクトの重点企画の活動は、おおむね平成8年度までの100校プロジェクトの活動内容の継続と延長上にある。100校プロジェクトの時代には、サーバシステムのOSはSolarisとSystemV系のPC UNIXであったが、新100校プロジェクトの活動では、 UNIXでは、LinuxやFree BSD系のものが多く採用され、さらに多く採用されているのがWindows NTである。ネットワーク運用では、100校プロジェクトでは各校に24のグローバルIPアドレスを割り当てられていたが、今や、接続する上位のネットワークを運用する商用ISPからは、非常に少ない数のグローバルIPアドレスしか割り当てられないし、多くは、プライベートIPアドレスの使用を余儀なくされている。したがって、学校LANの構築においては、DHCPサービス機能やNATサーバの運用が必要になっている点で、当時より複雑になった。Webブラウザの性能や機能は当時より大幅にレベルアップされたし、Webページの作成が容易に行えるオーサリングソフトも入手できるようになっている。100校プロジェクトで検証した学校ネットワークの構築と運用の技術的な経験は、新100校プロジェクトでもよく生かされているが、むしろ100校プロジェクトより後発のモデル学校プロジェクト、たとえば、こねっと・プラン(1996〜)、インターネット利用実践地域指定事業(1997〜)、光ファイバ活用学校モデル事業(1998)、先進的教育用ネットワークモデル事業(1998〜) の計画や実践の中で生かされている。

 

3.4.2 ネットワーク利用の技術的課題

 100校プロジェクトはわが国におけるインターネット活用教育の先駆的なモデルプロジェクトである。わが国におけるインターネットの普及が十分でなく、全国のあらゆる地域で商用ISPが提供するインターネットへの接続サービスを利用することが未だ難しい時期に発足したプロジェクトであったため、インターネットへの接続環境を学術系または非営利系の地域ネットワークに頼ることになった。当時は接続に必要な技術も、比較的標準的な(教科書に書いてあるような)内容のものであったが、当時の経験は、そのままでは現在には適用できない部分がある。当時に比べると、現在のインターネットの利用環境は複雑になり、一方、料金を支払うことができれば、商用 ISPによる接続サービスを容易に手に入れることができる。100校プロジェクトの対象校が経験したような手作りでインターネットの利用環境を確保するには、当時よりも複雑になった状況のもとで構築を余儀なくされる。

 まず、ネットワーク通信メディアが多様になった。100校プロジェクトでは、デジタルおよびアナログ専用線のみを使用したが、現在では、専用線も利用できる。しかし、高速回線を導入しようとすれば、その使用料金は、当時よりやや下がったものの、依然として高い。それに対し、光ファイバの私設線、CATVのインターネット利用、無線、衛星、ADSL回線、等々のメディアが使用可能になってきた。これらのメディアの中のいくつかは、使用料金が安く、高速転送が期待できる。しかし、学校ネットワークのための利用として考えるなら、これらのメディアの利用がLANを接続して利用するのに有利かどうか、 LAN側が希望する経路制御がどの程度適用できるか、といった問題を一つ一つ解決していくことが必要になる。実際には、有害情報の遮蔽が期待する程の効果を上げられないという評価がある。しかし、この遮蔽効果が十分でないとしても、教育用のネットワークのNOCサイトでは、有害情報を遮蔽する必要がある。


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