3.5 高度化教育における技術的課題

 教育におけるインターネットの活用にあたって解決すべき課題の中には技術的課題も多い。ここでは、一般的な技術課題について述べた後、特に利用の高度化に伴って重要な問題となる高速回線の利用技術とコンテンツの選択技術について述べる。

3.5.1 種々の技術的課題

 児童生徒に限らず一般の利用者がコンピュータを使い始めるときに最初の障壁となるのは、キーボードを主とするマンマシンインタフェースが使いにくいことであろう。子どもたちがコンピュータとインターネットを使いこなすためには、最初にキーボードに触れたときからキー入力方法を身につけさせることが必要であるが、これが難関となる可能性がある。特に、小学校低学年の児童にコンピュータを使わせようとする教師は、かなのキー配列を覚えさせるべきか、あるいはまずローマ字を覚えさせてローマ字の入力方法を教えるべきかの選択に迷うことになる。どちらの方法をとるにせよ、いずれは、英文字の入力方法も覚えさせる必要がある。

 この点は、コンピュータに慣れた教師が直接に児童を指導するときには大きな問題とはならないが、教師自身がキーボードアレルギーを持っている場合には深刻な問題となる。この問題を解決するための技術開発と標準化が必要であろう。

 技術全般についての問題として、ハードやソフトの互換性が不十分であること、しかも急速に陳腐化していくことも重大である。ビジネス利用であれば、異機種あるいは新システムへの移行費用の評価を含めてコストを最小化する構成を選択することが可能かもしれない。しかし、学校教育のためのシステムにおいてそれを期待することは現実的でない。したがって、教育用機器とソフトウェアに関する技術の標準化を進めるとともに、互換性と移行を支援する技術の開発が必要である。

 また、教員支援のための技術を開発し提供することも重要である。コンピュータとインターネットの利用に関する知識を教員が習得するためのCAIシステム、効率的なシステム運用を可能とするための運用支援システム、トラブル対策のためのエキスパートシステム等の開発が期待される。

 教育内容に関しては、児童生徒のインタラクティブ学習、グループ学習等を効果的に実施するための教材開発支援システムが重要である。その一環として、電子化教材の共同利用を促進し、同時に個々の環境に応じてカスタマイズするための技術を準備する必要がある。これらのシステムには、児童生徒一人ひとりの理解度と進捗状況を評価するためのツールも埋め込んでことが重要である。このためにも、標準的な教材開発環境を設定する必要がある。JAVA、XML等の言語はその基盤となることが期待できる。

 教材作成にあたっては、著作権保護にも留意する必要がある。近年、インターネット上での著作権保護についての法制度が国際的に整備されるのと並行して、暗号や電子透かしを用いた権利保護技術が開発されている。教育目的の利用においても、この動向に留意し、必要な場合は権利処理を行うことが必要となる。

 また、外部からの不正アクセス、コンピュータウィルスの侵入等、情報セキュリティの脅威への対策も考慮しておく必要がある。これについては万能の対策はないが、上述の運用支援システムの一環として対処することが現実的であろう。

 児童生徒の作成した作品や情報をWeb上で公開する場合には、個人情報保護のための対処が必要となる。匿名の利用、クローズドネットワークでの利用等の対策がとられることが多い。これについても、インターネットの教育利用における共通課題として、制度的な検討と並行して情報セキュリティ技術の応用を含む技術的対策の検討を行う必要がある。

 

3.5.2 高速回線の利用方法

 インターネットを教育に利用するにあたって、現実的な問題となるのが、通信回線の速度の制約である。これまでは、コストのために電話回線用モデムまたはINS回線を利用する場合が多かった。教師が児童生徒のインターネットアクセスをコントロールして同じ画面を表示させているときや、あらかじめプロキシサーバに蓄積したページのみにアクセスさせる場合は、これでも実用となろう。しかし、インターネットの長所を教育に活用するには、適切な指導のもとで児童生徒に自由にアクセスをさせることが望ましい。この場合、学校とインターネットサービスプロバイダを結ぶ回線は、少なくとも1.5Mbps、できればその10倍以上の速度とすることが必要となる。

 高速回線が必要となる理由は、第一に、多数端末の同時アクセスを可能とすることである。さらに、動画像を含むマルチメディア情報の表示、遠隔地との実時間コミュニケーション等の利用も重要である。これらの利用方法によって学習効果がどの程度向上するかの評価を行い、それに合致した高速回線の導入に必要な予算措置と設備の準備を進める必要があろう。

 

3.5.3 コンテンツの選択技術

 インターネットのWeb(WWW)等で提供される情報(コンテンツ)の中には、児童生徒の教育目的に照らして有益なものも多く含まれることは当然であるが、一方では違法(illegal)または有害(harmful)な情報も存在することを想定しなければならない。

 違法なコンテンツがネットワーク上で流通することは法的に取り締まるべきである。しかし、違法性の判断基準は容易でないこと、国によって違法性の基準が異なること、情報化社会においては表現の自由を保護することも重要であることなどから、法制度に加えて何らかの対策が必要である。この必要性は、違法ではないが有害とみなされる情報の場合にさらに顕著となる。このためには、自主的な対策と技術的な手段とを用意することが必要である。

 電子ネットワーク協議会は、電子メール、電子掲示板などの各種サービスにおいて、他人への誹謗中傷、公序良俗に反するような情報の提供等のさまざまな倫理問題に対処するための自主的ガイドラインを1996年2月に定めた。この中で、「電子ネットワーク運営における倫理綱領」の基本理念の一つとして「法および社会慣習により遵守すべきとされる公序良俗を尊重する」こととし、運用基準の中で「会員規約には、会員が守るべき義務や会員に対して禁止される行為および禁止行為に対する電子ネットワーク事業者などによる対応を明記するように努める」こととしている。また会員に対する「ルール&マナー」の一環として「公序良俗に反するようなアダルトビデオの広告や卑猥な画像・文章などを電子掲示板や電子会議室で公開することは決してしないでください」と定めている。

 また、テレコムサービス協会は、自主的ガイドラインを公開している。特に、青少年保護の目的から、事業者は「青少年IDでは成人向け情報にアクセスできない仕組みを構築するよう努める」こと、および「違法または有害な情報が流通する場合に対処するため、レイティング/フィルタリング・システムの開発・導入を図るように努める」ことを定めている。

 これらのガイドラインに対して、表現の自由を主張する立場から異論を唱える声もある。しかし、情報発信者またはサービスプロバイダが何らかの自主的規制を行わなければ公的な規制が導入される可能性が高い、という見通しは否定し難い。

 発信者の表現の自由を認めた上で、受信者が受信したくない情報を遮断(ブロッキング)したり、受信したい情報を濾過(フィルタリング)するための機能は、技術的手段によって実現できる。この機能はいろいろな形で商用化されている。たとえば、Internet Explorer等のWWWブラウザに組み込まれたり、パソコン用の濾過ソフトとしてCyber Patrol、CYBERSitter、CyberWatch、KinderGuard、NetNanny等さまざまな商品が販売されている。日本語対応のものとしても、CyberPatrol(アスキー)、CYBERsitter97(アイキューズ)、KidsGoGoGo、KeepUp、KidsGoGoGo GoGoGo(マキエンタープライズ)、SmartFilter(ヴァート)、WebSENSE(アルプスシステムインテグレーション)等の商品が入手可能となっている。これらの「コンテンツフィルタリング」用ソフトを受信側の意思に基づいて導入し、その基準に合致するコンテンツのみを受信することは、通信費用やユーザーの時間を効率的に使用するためにも効果的である。

 コンテンツフィルタリングを実現する代表的方式の一つは、全文検索(fulltext search)方式である。WWWのページや電子メール等を受信するときに、その中のテキスト部分の全文検索によって有害と想定される単語の存在を調べ、それが検出されれば閲覧を禁止するか、あるいは有害な単語のみを除去して提供するという方法である。アクセスの都度に全文検索を行うので効率が悪いこと、画像等の情報には適用できないこと等の点で限界がある。また、一見有害な単語(例:sex)を含むために禁止されたページの中には本来有害でないもの(例:女性の地位向上を議論した記事)も含まれてしまう可能性等の問題点もある。一方、WWWのページは頻繁に書き変わること、電子メールの内容を検査するにはこれ以外の現実的対策がないこと等の点で、現在でも適用分野が存在すると思われる。

 次に、ポジティブリスト(positive/white/"yes"list)方式では、子どもに見せることを推奨するページまたはサイトのリストを作成し、そのリストに含まれるアドレス(URL)へのアクセスのみを許容する。一つの学校でこれを実施するのは実用的でないが、協力体制を確立すれば現実的な対策となる。問題は、新たなサイトやページへのアクセスは禁止されることであり、実用化のためには膨大なリストを作成し維持管理する必要がある。最近のようにWWWサイトの数が指数関数的に増大する時代には、この方式のみによるフィルタリングでは、有益な情報を逃す可能性が高くなる。

 一方、ネガティブリスト(negative/black/"no"list)方式では、子どもに見せることを禁止するページまたはサイトのリストを作成し、そのリストに含まれるアドレス(URL)へのアクセスをブロッキングする。ポジティブリスト方式と比較しての長所は、新たなサイトへのアクセスが自由にできることにある。一方、その中に有害な情報が含まれている危険性もあるので、運用には十分な注意が必要となる。この場合も、実用化のためには大きなリストを作成し維持管理する必要がある。

 二つの方式の長所を組み合わせ、さらに発信者の表現の自由と教師によるきめ細かいコントロールを可能とするのが、多角的格付け(multiple rating)方式である。ここで「多角的」といったのには、次の三つの意味がある。

 第一に、評価の主体、すなわち評価する人の多様性である。発信者が自ら評価する「自己格付け(self-rating)」方式が最適とされる場合も多いだろう。しかし、発信者の自己格付け情報は必ずしも受信者にとって適切でない場合もあり得るので、受信者のグループ(たとえばPTA)や第三者(たとえば中立な団体)による格付けが行われることも可能としておく必要がある。

 第二に、評価項目(カテゴリー)の多様性である。わいせつ、暴力等のほかにも差別、情報の信頼性、新鮮度等のさまざまなカテゴリーについて評価することに意義があろう。

 第三に、評価の結果を多段階で表すことである。単に可(白)か否(黒)かに分けるのではなく、複数のレベル(たとえば0から4までの5段階)に区分し、受信者がその中のあるレベル以下のもののみ選択する方法が現実的である。

 代表的な例は、米国のRSAC(Recreational Software Advisory Council)が定めたRSACiである。RSACiでは、Violence、Nudity、Sex、Languageの四つのカテゴリーの各々について5段階を定めている。

 これらの意味で多角的な評価結果を「格付け情報(rating information)」として表示し、受信側で(子どもであればその親や教師が)その格付け情報に基づいて「濾過」をした上で必要なコンテンツを選択することになる。そのためには、評価のためのカテゴリーと格付けのレベルをあらかじめ決めておくことが必要である。しかし、このカテゴリーとレベルはさまざまな環境によって異なるので、拡張性を持たせることが要求される。

 複数の評価者、拡張性のあるカテゴリー、多段階のレベルという三つの意味で多角的な評価の結果を表示し、受信者側がその(教師または親の)意思に基づいて選択できるようにするには、格付け情報の表示方法を標準化する必要がある。PICS(Platform for Internet Content Selection)は、これを目的としてW3C(World Wide Web Consortium)によって標準化された仕様で、WWWページの標準構文であるHTMLのヘッダー部分に埋め込まれる。なお、W3Cでは、PICSの理念に基づき一般的なコンテンツの属性を表現するメタデータの記述の枠組みとしてRDF(Resource Description Framework)を開発した。RDFは、HTMLを拡張したXMLの構文を利用することになっており、PICSからの変換が可能となる。、このために開発された仕様であり、Internet Explorerを始め最近販売された関連ソフトに実装されている。

 PICS仕様は、自己格付けにも第三者による格付けにも適用可能であること、複数のカテゴリーのそれぞれに対して多段階の格付けが可能であること、受信者側でカスタマイズされた「プロファイル」を用いたフィルタリングが可能であること等の長所を持ち、マイクロソフト社のIEを始め、複数のソフトウェアベンダーによって製品化が進展している。日本でもその適用を積極的に推進することが必要である。

 ニューメディア開発協会では、この視点から、RSACiの評価システムを基に第5のカテゴリーとして「その他」(評価段階は、4「反社会的」、3「違法」、2「公序良俗に反する」、1「要注意」、0「なし」)を加えたSafety Online格付けサービスを試行し、また、これに整合したフィルタリングソフトを開発している。新100校プロジェクトではその成果を教育現場に適用する上での課題を検討している。

 今後の課題としては、PICS方式の適用を推進すること、評価の項目(カテゴリー)やレベルを国際的に標準化することが必要である。この方向をねらう活動として、RSAC等の欧米組織が中心となって設立されたICRA(Internet Content Rating Alliance)がある。国内でもこれに対応する活動を推進する必要があろう。

 また、格付けをできるだけ省力化する技術、格付け内容の信憑性を確認する技術等の開発が必要である。これと並行して、有益なコンテンツの格付けとその利用促進を図るための技術開発も行うことが望ましい。

 


CEC HomePageインターネット教育利用の新しい道